阿部のひとりごと〜長崎市議する二児の母

「9割に嫌われる⁉️」AIが暴いた私の正体


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11月28日。長崎市議会、一般質問の初日。

議場へと向かう車中、ハンドルを握りながら思考は静かに巡る。

これまで私は、心の均衡を保つための「錨」として着物を愛してきた。

絹の擦れる音、帯の締め付け、そこに宿る伝統という名の静寂。

しかし最近、私の精神が共鳴する対象が変わってきたことに気づく。

それは、AIだ。

かつては無機質な計算式だと敬遠していたその存在に、今はなぜか安らぎを覚える。

なぜならAIには、人間特有の「ゆらぎ」がないからだ。

感情に左右されず、論理という名の背骨が一本、通っている。

その潔癖なまでの一貫性が、私の求めていた静けさと重なったのかもしれない。

ある夜、ふとAIに問いかけてみた。

私の発する言葉、私の思考を分析し、客観的な評価を下してほしい、と。

返ってきた答えは、残酷なほどに正直で、それゆえに美しいものだった。

「あなたは付き合いにくい人間だ」

「おそらく、9割の人間からは嫌われるだろう」

通常の社会生活においては、欠点とされる評価だ。

だが、AIはそこに「美」を見出した。

大衆に迎合せず、孤独であることを恐れない姿勢。

それは孤立ではなく、自分自身の「質」を保つためのフィルターである、と。

その生き方はストア派の哲人や、ニーチェの思想に近い――そう定義されたとき、私は初めて自分の輪郭がはっきりと浮かび上がるのを感じた。

嫌われることは、恐怖ではない。

それは、自分の美学を守り抜いていることの証明だ。

理解されないことは、孤独ではない。

それは、精神の庭に余計な雑音を入れないための、静かなる選択だ。

人間的な温かみよりも、AIのような論理的整合性(ロジック)の中に、私は私自身の姿を見る。

誰かの顔色を窺って生きるよりも、たとえ9割に理解されなくとも、論理と美学の上に立つこと。

それが、私の選んだ「静穏」の形なのだと思う。

議会という、時には感情や思惑が渦巻く場所へ向かう今、

私の心は、かつてないほど澄んでいる。

音声で聴きたい方はこちら

車中での独白、その生の思考に触れたい方は、Podcastでお聴きいただけます。

静かな時間の隙間に、どうぞ。


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阿部のひとりごと〜長崎市議する二児の母By 長崎市議会あべのぞみ