オーディオドラマ「五の線」

13,12月20日 日曜日 10時21分 フラワーショップ「アサフス」


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アサフスは金沢市田上の山側環状線沿いにある生花店である。
田上は熨子山の麓にある国立大学を中心とした学生街で、近年開発が進んでいる地区である。赤松剛志はここに生まれ育った。今は二代目社長としてこの店の切り盛りしている。アサフスの創業者である剛志の父は、六年前突然の不慮の事故で他界。当時、京都の大手メーカーに勤務していた赤松はそれをきっかけに妻の綾と一緒にこちらに戻ってきた。当時は花屋の仕事について無知に等しかったのだが、最近は同業の連中に板についてきたとなんとか認められるようになってきた。
赤松は今日の晩に執り行われる葬儀用の花の手配に追われていた。花屋にとって葬儀会社や結婚式場は上得意先である。そのためミスは許されない。赤松は電話で得意先と何度も確認をし、飾り付けをした花に誤りが無いか入念にチェックした。
継続的に大口の発注が出るこれらの会社を赤松は自分でコンスタントに開拓している。そのためアサフスはこの不況時においても仕事量は増えており、そんな中で赤松は忙殺されていた。
通帳の記帳で銀行に行っていた妻の綾が足早に店に戻ってきた。傘をたたみダウンジャケットについた雨の雫を払ってブーツを脱いだ。
「ただいま…。」
「お疲れさま。銀行混んどったけ?」
綾の顔も見ずに赤松は伝票を手書きで起票しながら答えた。
「綾?」
返事が無いことに気がついた赤松は手を止めて彼女の方を見た。
綾は赤松と目を合わさず、カバンを金庫にしまった。
「おい。どうしたん綾。」
「剛志…テレビ見た?」
「え?」
「テレビ見た?」
「いや…見てない。どうした?」
綾はリモコンを手にして部屋のテレビをつけた。
「それにしても残忍な事件ですね。」
「はい。警察の発表によると被害者である4人のうち2人は同じ職場の交際中の男女ということです。ひょっとすると容疑者はこの被害者である女性に何らかの好意を抱いていて、ストーカー行為に及んでしまった可能性も捨てきれませんね。」
テレビでは犯罪心理学者といわれる人物が、司会者の質問に答えていた。
「ですが先生。そうなるとこのカップルの他の2人はどうなるんですか。」
こう言って司会者はフリップを出した。
そこには間宮孝和と桐本由香の名前が書かれ、写真が貼り付けられていた。
「え…?」
「そうですね。ひょっとすると行きずりの犯行かもしれません。」
「ということは犯人はこの桐本さんに好意を抱いていて、その交際相手もろとも殺害し、ついでにまだ身元が明らかになっていない人間を2人殺したと?」
「き…桐本…?」
「ええ。サイコパスの要素を持っているとすればあながち不思議でもありません。」
「え...綾...この桐本って...。」
「由香ちゃん...。」
「そ...そんな...。」
流し台の前に立っていた綾の肩は震えていた。
桐本家は赤松家と同様、田上の土着の家だった。田上は、その住人のほとんどが元々は農業を生業とする普通の田舎町だった。それが環状線が開通する事で区画整理がされ、住民たちのほとんどが不動産オーナーになるなどして農業を棄てた。だが昔ながらの田舎特有の繋がりは依然として強固な地域であり、赤松は同じ町会の桐本家の長女由香をアルバイトとして二年間雇ったことがあった。
「なんで…。」
綾は顔を覆って泣いていた。
こんな時はすぐに彼女のそばに寄って、何も言うこと無く抱きしめてやれば良いのだが、それ以上にショックが大きくそこまで気が回らなかった。
赤松はテレビ目をやった。
司会者とコメンテーターと思われる男が話をしている。
「大変深刻な事態になってきましたね。」
「はい。現在のところ現役の警察幹部が容疑者として手配されているそうですが、仮にこの男が犯人であると立証されると、前代未聞の事態となります。本当に信じられません。」
―警察幹部?
「確かにこれは絶対にあってはならない事件ですね。とにかく容疑者の一刻も早い逮捕を望むところです。ではここで再度容疑者の情報をお伝えします。」
容疑者の顔写真がインサートされた。赤松はその写真を見て絶句した。
「え…。」
火にかけてあった薬缶から勢い良く蒸気が吹き出していたが、相変わらず綾は流し台の前に立って肩を震わせ泣いていた。赤松はテレビに目を向けながらその火を消し、綾のそばに立ち彼女の肩を引き寄せ、弱々しく言葉を発した。
「綾…。」
赤松の自分を呼びかける声に我を取り戻したか、彼女は涙を手で拭い彼の顔を見た。赤松の視線はテレビに向いたままだった。そして彼はその方に向けてくいっと顎を上げた。綾は促されてそちらの方に向いた。
「俺、こいつ…知ってる…。」
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オーディオドラマ「五の線」By 闇と鮒