オーディオドラマ「五の線」

36,12月20日 日曜日 18時28分 県警本部前


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「あれか。」
アイドリングをしていた車のエンジンが切られ、中から男が二人現れた。
ひとりは身の丈180センチはあるかと思われる体格のよい30後半か40前半の男。彫りの深い彼の顔つきと体格はどこか日本人離れした様子だった。一般的には男前と言われる部類の容姿を持っている。ゆっくりとした動作のひとつひとつが、直江に威厳を持たせていた。
一方、もうひとりの男は彼と対照的だった。身長165センチほどの彼は小太りだった。胴長短足の典型的な日本人の体型をしている。高山の表情はどこか柔和であり、他人の警戒感を解きほぐす不思議な魅力を持っているようだった。親しみを覚えるその表情は、おそらく彼の肉付きの良さそして垂れ下がったその目つきからくるものなのだろう。直江と比べて、高山のほうが年齢は若く見えた。
「おおっ寒い。」
高山は車の外に出た途端、身震いをした。
直江は彼の言葉に耳を貸さない。彼は少し身をすくめるだけで、そのまま県警の正面玄関の方へと足を進める。直江と高山とでは歩幅に歴然とした差がある。高山は直江に離されまいと小走りに続いた。
正面玄関から手に鞄を持った痩身の男が現れると、玄関前に立っている警官が機敏な動作でその男に敬礼をした。彼それに軽く応えては正面に待たせてある黒塗りの車両に乗り込もうとした。
「朝倉本部長ですね。」
自分の名前を呼ぶ声に朝倉は振り向いた。
「東京地検特捜部です。」
直江と高山の二人がコートを着た姿で立っていた。
「東京地検特捜部?」
「はい。ちょっとお話を伺いたいことがありまして。ご協力くださいませんか。」
「わたしに?」
「ええ、そうです。」
警戒している朝倉の様子を察したのか、高山が朝倉に一枚のメモを渡した。
柔和な彼の表情に少し緊張を解されたのか、朝倉は素直にそれを受け取った。メモには市内のホテルの名前が書かれていた。
「…わかりました。これから行きましょう。」
朝倉は渡されたメモを両手で丁寧にたたんでそれをポケットにしまった。
「どうぞ、車に乗ってください。」
「いいえ、私たちも車で来ています。後ほどホテルのロビーでお会いしましょう。」
そう言って直江と高山はその場を後にした。朝倉は待たせてある警察車両に乗り込んで、そのドアを閉めた。
「ふーっ。」
深く息をついた瞬間、彼の胸元が震えた。朝倉は胸元から携帯電話を取り出して誰からの着信かを確認した。朝倉はその名前を見るやいなや、深く座っていた体勢を一旦あらためて、背筋を伸ばしその電話に出た。
「お疲れ様です。朝倉です。お久しぶりです。えぇ…。そうですね…。はい。えぇ。はい…。当然、私の責任です。今回の判断はあくまでも私の独断です。ですから責めは私が全て引き受けます。ええ、ええ、はい。そうですねおっしゃるとおりだと思います。そうです。どうしてあんな人間をこっちに派遣したのか…解せません。」
朝倉を乗せた警察車両は、県警本部から金沢駅までまっすぐに走る片側4車線の道路を軽快に走る。車窓から北陸特有のボタ雪が降っているのがわかった。
北陸の雪は北海道などと比較して、気温が高く、空気中に水蒸気を多く含むため、ベチャッとした雪質の時が多い。
水分を多く含むため、それが降る様子はボタボタと落ちてくるようで、こちらの方ではボタ雪と呼ぶ。そのボタ雪が窓ガラスに張り付いては溶けて水となり流れ落ちる。そのさまを見ながら朝倉は電話の向こう側の相手と話をしていた。
「いまから特捜と会います。えぇ…。要件は分かりませんが…。えぇ、分かりました。また詳細がわかりましたら報告します。」
電話を切ると朝倉は運転手に共通系無線の音量を上げるように指示した。無線の通信内容は当然、熨子山連続殺人事件の捜査に関する内容のものが飛び交っていた。
「本部より各所。現在までの検問状況をすべてデータで送れ。」
「了解。こちら大聖寺中署、熊坂の検問状況を今から送る。」
「了解。こちら津幡東署。倶利伽羅の検問状況を今から送る。」
ー現場の捜査員の判断を優先せずに、データを吸い上げてそれをすべて自分たちで分析か。機動的とは言えんな…。
無線の様子を聞いていた朝倉は、心のなかで松永を始めとする捜査本部の手法に苦言を呈した。
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オーディオドラマ「五の線」By 闇と鮒