オーディオドラマ「五の線」

43,12月21日 月曜日 8時15分 熨子山連続殺人事件捜査本部


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昨日開設されたこの捜査本部には捜査員が始終詰めている状況だった。
松永は捜査本部に入ってからというもの、一睡もしていない。流石に彼の顔に疲労がにじみ出てきていた。
犯人の確保を最優先した検問体制を取るも、めぼしい情報は松永の元には入ってきていなかった。
そんな中、一人の捜査員が気にかかる箇所があるとして、熨子山の検問状況報告書を持って松永と向き合った。
「どうした。」
「昨日の熨子山ですが、一点だけ気になる箇所があるのです。」
「言ってみろ。」
捜査員は資料を松永の前に広げた。そこには熨子山の検問地点を通過した人物のリストが並んでいた。
「ここです。」
捜査員はその中の一人の人物名を指した。
「村上隆二…」
「ええ、本多善幸議員の秘書です。」
疲れ眼の松永の目に鋭さが戻った。
「これがどうかしたか。」
「有力者の秘書ということで、ちょっと気にかかったのです。」
「それで。」
「私の方で現場に聞いてみたところ、富山県の高岡の方で党の会合があるということで、この道を利用したそうです。確かにこの県道熨子山線は金沢から高岡までの最短ルートでした。しかしこちらから民政党高岡支部へ何の会合があるかと聞いたところ、そのような会合は無いとのことだったのです。また、この村上という男は高岡支部へ顔を出していません。」
松永はリストに書かれている検問時刻を見た。
「昨日の11時50分か…。」
「理事官が山狩りを指示され、13時半から16時半までの3時間は熨子山線は封鎖されています。その後、県境を中心に検問体制の再編成を指示したのが16時50分。仮にこの村上が本当に高岡方面へ行ったとするならば、距離的に考えてその帰路で再び検問に引っかかるはずです。ですが現在のところ村上隆二という名前は確認できていません。」
「まぁ警察の対応が面倒くさくて適当なことを言う奴もいるからな。こいつもそのクチかも知れん。それに往路と復路は必ずしも同じとは限らないし、単純にこの男がまだ金沢に戻っていないのかもしれない。」
「理事官。この男のことですが私に調べさせていただけませんか。」
「調べてどうする。」
「無駄足かもしれませんが、現状一色に関する手がかりが入ってこない以上、気になることを1つずつ潰していきたいんです。」
捜査員のこの言葉に松永の表情は一変した。
「俺は無駄足とわかっていることを承認するほど馬鹿じゃねぇ。」
捜査一課の片倉然り、無差別殺人を推測した捜査員然り、松永に意見するものは酷い仕打ちが待っている。自分も同じ仕打ちをされるかもしれない。だが事件発生から24時間以上経過するも、被疑者逃亡に関する情報が捜査本部に一切もたらされていない現状を少しでも打破するために、この捜査員は覚悟を決めた。
「無駄足かどうかはまだ決まっていません。民政党石川県支部に聞くところ、村上隆二は20日の夜に本多善幸の国土建設大臣就任記念式典に同席しています。つまりこの男は金沢に既に帰ってきています。」
松永は捜査員の目を見つめた。そしてそっと口を開く。
「お前、名前は。」
「北署の岡田です。」
「現場か…。」
松永は苦虫を噛み潰したようなような表情で岡田を見る。
「どうやってこの検問状況リストを入手した。」
「熨子山の警備から入手しました。」
「規定違反だ。また現場の暴走か。」
「いいえ、情報の共有化です。」
ああ言えばこう言う。そう思ったが松永はそれを言葉に出さなかった。
「いいだろう。岡田。」
意外な松永の応えに岡田は肩の力を抜いた。
「しかし条件がある。」
松永は捜査本部を見渡した。松永が引き連れてきた捜査スタッフがパソコンに向き合って資料を作成したり、現場から上がってきた報告を取りまとめていた。各々自分が与えられた任務に全神経を集中させている。松永は捜査員たちがこちらの方を見ていないことを確認し、岡田に自分の横に来るように手で指示した。
「今後お前は俺の前に姿を現すな。」
そう言って岡田に一枚の小さな紙切れをこっそりと渡した。
「そこにお前が入手した情報はすべて送れ。どうしても俺と話をしなければならんようだったら、先にメールで俺の指示を仰げ。極秘だということを肝に銘じろ。」
岡田は松永のメールアドレスが記載されたその小さな紙を握りしめた。
瞬間、松永は岡田の首元を掴んで自分の顔に引き寄せ、急変させた。
「てめぇ、ノンキャリの分際で知った口聞くんじゃねぇよ。あん?」
「あ、あの…。」
「ここの捜査員はどいつもこいつも反抗的だなぁ。」
そのまま松永は岡田の首元を掴んで引きずり、彼の背中を壁に叩きつけて凄まじい形相で岡田を睨みつけた。
「何度言ったら分かるんだ!!お前らは機械だといっただろう!!俺にくだらんことを話しかけんじゃねぇ!!」
松永の激昂ぶりを目の当たりにした捜査本部のスタッフたちは静まり返った。捜査員たちは岡田に詰め寄っている松永の背中を見た。
「穴山と井上がなぜ熨子山に行ったか、どうやって行ったのかそんな報告もままならんというのに、糞にもならんことを意見すんじゃねぇ!!」
松永の豹変ぶりに圧倒され混乱していた岡田だったが、自分の目の前にある松永の表情を見て事を悟った。松永の表情は言葉と裏腹に冷静そのものだった。
「悪く思うな。少しだけ付き合え。」
松永は岡田にしか聞こえない程度の声で呟くと、そのまま岡田を床に叩きつけた。そして渾身の力を込めた一発の蹴りを入れる。
「ぐはっ。」
岡田は思わず身をよじって声を出した。
「ったく…クズばっかりだよ現場は。お前の顔も見たくない。さっさとここから消えろ。」
這いつくばって身動きが取れないようだった岡田を捜査スタッフが起こし上げた。松永の一蹴がよほど強烈だったのか、彼の足元はふらついていた。
「消えろっていってるだろ。」
松永のふてぶてしい物言いを横目に、岡田は体を引きずるようにそのまま捜査本部を後にした。
「おい、お前ら何見てんだ。手ェ止めんじゃねぇよ。さっさと情報を寄こせ。よこせって言ってんだろ!!それでもお前ら察庁か!!」
この叱責に松永に同行してきた察庁スタッフは無言のまま視線を落とした。
「お前らが捜査の脳みそだ。お前らが機能しないことには体は動かない。井上と穴山の情報すらまだ俺のところに上がってこない。どうなってるんだ。少しは自分にプレッシャーをかけたらどうなんだ。今のままじゃ捜査本部は脳死状態だ。」
松永は部屋にかけてる時計を見た。時刻は8時30分だった。
「よし、今日の正午迄に穴山と井上の情報を俺に上げろ。そのための指示を現場に出せ。もちろん県境の警戒態勢を解くことなくだ。」
「はっ。」
「さて、俺は少し休むことにする。」
そう言って部屋の片隅に畳んであったコートを手にとって、松永はそれを羽織った。
「関。」
「はっ。」
「ここは一旦お前に預ける。何かあれば俺に連絡しろ。正午には戻る。」
「かしこまりました。」
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