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「よし勤務先と住所は抑えた。」
そう言うと車に乗り込み、エンジンをかけた片倉は手にしていたスマートフォンを胸元にしまいこんだ。
「便利やなぁ。」
「トシさん、もう紙を持ち歩く時代は終わったんやぞ。」
「ほうか、ワシはいつまでたってもメモ帳や。ちょっとそれ見せぇや。」
「何や。」
「それ、ここに書き写す。」
片倉と古田は、佐竹、赤松、村上の三名の住所と勤務先を仕入れて県警本部の401資料室からそそくさと出た。その際に片倉は書き写していると時間がかかると言って、つい最近手に入れたスマートフォンのカメラでそれらの情報を撮影し、そこに保存した。古田は片倉から手渡されたスマートフォンを慣れない手つきで操作しながら、その情報を愛用のメモ帳に書き写した。
「先ずはどこから行く。」
「兵は神速を尊ぶ。ほやから別々にあたらんか。」
「おう。」
「ワシはこの佐竹と赤松っちゅう奴を当たる。お前は村上を当たってくれんか。」
「わかった。」
「ワシは自分の車を使う。お前もあんまり不在の時間が多いと怪しまれるから、その辺りは注意せいや。」
「じゃあ、先ずはトシさんを一旦家まで送るとするか。」
片倉はサイドブレーキを下ろしてアクセルを踏み込んだ。
「金沢銀行金沢駅前支店か。ワシの家の近くやな。」
「誰がや。」
「佐竹や。」
「あれか。剣道部のムードメーカー的な存在やったって奴か。」
「そうや。とある組織の潤滑油。この手のポジションにある奴がだいたいの情報を持っとる。広く浅くな。」
「捜査の順番から言って、妥当な手順やな。」
「片倉、金沢銀行までそのまま行ってくれ。そこで降ろしてくれ。」
「わかった。」
片倉が運転する車は県警本部を出て、国道8号線と交差する信号の前で止まった。彼は背広のポケットからおもむろにタバコを取り出してそれを咥えた。
「しっかし、でっけぇヤマねんな。」
「まあな。」
「なんか俺、妙に興奮して昨日の晩、寝れんかったわ。」
そう言って片倉は火をつける。それにつられて古田も一服する。
「落ち着けや片倉。ワシらはワシらや。特捜がどうこう言うことよりも、先ずは目の前のことを1つずつ潰して行くことが先決や。」
「わかっとる。あっちはあっち。こっちはこっちやな。」
「そのとおり。」
ここ石川県では昨日からの報道で凶悪犯罪が発生したことは誰もが知るところだ。だがこの時間の通りを行き交う人達の表情はいつもと変わらない。
容疑者は拳銃を携行して、ひょっとするとこのあたりに潜伏しているかもしれないというのに、市民は無防備である。普段より警邏活動を強化してはいるが、警察としては市民に対してできることは現状この程度。一刻もはやく容疑者の一色を確保することが求められる。
信号が青になり、片倉は車を進める。
「トシさん。いま何考えとった。」
「あん?」
「黙って遠くの方見とったけど。」
「遠謀深慮…か…。まさにあいつのためにあるような言葉やな…。」
「遠い先のことまで深く考えて、緻密な作戦を立てる。遠すぎるわ。」
「深すぎる。」
「だから誰も分かるわけない。」
「とんでもねぇ奴、相手にしちまったな。」
あまり人前で表情を変えない古田がこの時は俯き加減で元気の無い顔をしていた。
「トシさん。例のあれや。」
片倉は首をくいっと前方に上げ、その対象を指す。そこには現在工事中の金沢駅舎が建っていた。
「トシさん。やることはいっぱいある。特捜は特捜、俺らは俺らや。s俺はとにかく事件の真相を暴く。ただそれだけや。全身全霊でいくぜ。」
むき出しの闘志ではない。秘めた闘志を感じさせる片倉の言葉に古田は奮い立った。
「よし片倉、徹底的にいくぞ。」
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