田舎坊主の読み聞かせ法話

不動寺の紹介 ー消された菊の紋ー


Listen Later

消された菊の紋

 私の自坊は、正式名を高野山真言宗 瑞宝山 不動寺という。1601年(慶長六)創建と伝えられ、約420年の歴史をもつ、由緒ある田舎の貧乏寺である。

 紀伊風土記には、

「村中にあり 岩上に堂あり 本尊不動明王は大師の作なり 什宝に山 越三尊彌陀 恵心僧都筆 一幅あり」と、記されている。

空海上人(弘法大師)が高野山に登る途中、当地で荒行をした際、霊夢に不動明王が現れ、ここに一堂宇を建立したという伝説がある。これに心打たれたある長者が、後に不動寺を寄進建立したと伝えられている。 不動寺は紀伊風土記に書かれているとおり、本堂には基礎石がなく、一枚の岩盤上に直接建てられた、珍しい建築様式をのこしている。しかし、恵心僧都筆と伝えられる三尊彌陀は焼失したのか、すでに現存しない。

 ちなみに、当地は旧高野街道の重要な宿場町で、大和街道と高野街道の分岐点にあたり、昭和36年頃まで、毎年開かれる歳の市には、近在から多くの人が買い出しに来て、にぎやかだったことを覚えている。また、高野参りの巡礼者たちは、旅館や茶店、薬屋などが軒を連ねていたこの村の茶屋町とよばれる通りで、宿をとったり、あるいは必要なものを買い求め、高野山へと登っていったのである。

 今は立ち寄る人もほとんどいなくなったが、唯一、町はずれにたたずむ「右高野山大門五里」の道しるべが、かつての往来にぎやかなりし頃を偲ばせている。

 紀ノ川の水上交通の要衝でもあったこの村は、古くは「大津(おおづ)」と書かれていたが、かつて、麻の栽培が盛んなこともあって、現在は「麻生津(おおづ)」と、振り仮名がなければ読みがたい漢字に書き換えられている。

 不動寺は、紀伊高野山から京都、奈良、泉州への街道道沿いにあり、高野山金剛峯寺の別院末寺として建てられたとも言い伝えられている。

 このことは、庫裡の屋根に葺かれた、軒丸瓦や角瓦すべてに、当寺勅願寺にしか許されなかった菊の紋が施されていることから、容易に推察できるのである。さらに、平成12年、老朽化した庫裡の大修理を発願したときの簡単な調査で、屋根の棟瓦に葺かれた直径二寸ほどの、無数の小さな差し込み瓦にも、すべて菊の紋が刻まれていたことが分かった。

しかし、これらの菊の紋は、明治初年の「神仏分離令」、「廃仏毀釈」という、仏教にとっての最大危機のとき、

「日本は神国」であり、

「天皇は神」であるとして、

「仏教寺院に天皇家の菊の御紋を使用することは、以ての外」との沙汰に従い、この庫裡の屋根瓦に施された、すべての菊の紋は、漆喰で塗りつぶされたのである。

 「廃仏毀釈(はいぶつきしゃく)」とは、明治初年ごろ、明治維新政府が「日本は神の国」であるとして、「神仏分離令」を発布し、それまで、墓石の正面には鳥居を建てたり(高野山奥の院には今も多数見られる)、お寺の裏には鎮守の森があるように、共存共栄し習合体であった神と仏を分離し、かつ、お釈迦さまの教えである仏教・仏法を強制的に排斥していったのである。そのため、仏の教えの拠点である「お寺」をつぶし、教典を焼き、僧侶からは僧籍を剥奪し、仏教宗派は神道に変えさせ、日本の近代化とは、天皇の意志として古代神道を遵守することであるとして、強引に実施したのだ。

 現在、死者を出した家が仏式の葬儀を行う場合、、「神」に嫌われないようにするため、そして、死者を出したあとも、「神」も「仏」も、ともに祀りたいとの純朴な思いから、四十九日の満中陰か、または百ヶ日まで、座敷の長押の上などに祀られた神棚に白紙を貼って、神参りを遠慮する風習が残っているが、これも、「神」と「仏」を強引に分離した「廃仏毀釈」以降、生まれてきた風習と考えられる。

 いずれにせよ、当寺に対する排斥行為は、僧侶を追い出し無住寺として、庫裡の屋根瓦に施された菊の紋を、すべて漆喰によって封印してしまったのだ。

それから、130年以上の風雪を経た今、明治維新政府によって封じ込まれた菊の紋は、ところどころ漆喰がはがれ落ち、静かに廃仏毀釈以前の姿を現しているのである。

 不動寺庫裡の屋根瓦は、公権による最大の仏教危機である「廃仏毀釈」の、まさに物言わぬ生き証人といえるかも知れない。

ちなみに平成13年、すべての屋根瓦は葺き替えられました。

合掌


和歌山県紀の川市 瑞宝山不動寺

不動坊 良恒


4月からのシーズン2の読み聞かせ法話の本は

私の初版本で、2002年に出版した「田舎坊主のぶつぶつ説法」です。

後に「田舎坊主シリーズ」とつながる第1弾です。

・・・・・・・・・・・・・・・・・

田舎坊主シリーズ

「田舎坊主の合掌」⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠https://amzn.to/3BTVafF⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠

各ネット書店、全国の主要書店で発売中です。

「田舎坊主の七転八倒」⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠https://amzn.to/3RrFjMN⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠

「田舎坊主の闘病日記」https://amzn.to/3k65Oek

「田舎坊主の愛別離苦」

「田舎坊主の求不得苦」 https://amzn.to/3ZepPyh

電子書籍版は

・アマゾン(Amazon Kindleストア)

・ラクテン(楽天Kobo電子書籍ストア)

にて販売されています。

...more
View all episodesView all episodes
Download on the App Store

田舎坊主の読み聞かせ法話By 田舎坊主 森田良恒