あなたのいない夕暮れに 〜新訳:エミリー・ディキンソン

エミリー・ディキンソン「夜明けがいつ来てもいいように」


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こんにちは。  

ひと晩で、舞台の背景セットが変わったように、雨雲が跡形もなく消え、夏の空が一気に広がりました。はしゃいで、一年ぶりにノースリーブのワンピースを着てみたら、二の腕が驚くほど太くなっていて、戸惑っています。冬の間に蓄えた脂肪が、夏の眩しすぎる光に、さらされています。  

おかわりありませんか。   


先日、この夏空のように、突然のお客さまを、我が家にお迎えしました。この機会を逃したら、今後、会えるか分からない。そんな奇跡的なタイミングは、ある日の夕方やって来ました。  

それは、旅先から、我が家を経由して、帰路に着く計画。こちらは、予告ありの流れ星を受けとめるような、高揚感と緊張感。  


でも、あと3時間で駅に着くとの連絡をもらった時、リビングには、まだしまっていない冬の暖房器具、梅雨前に洗いそびれたこたつカバー、既に登場している扇風機や風鈴、繕い途中の浴衣……ひと部屋に、春夏秋冬、全員集合している状態でした。くわえて、食材の買い出しと、食事の準備もせねばならない。  


うちには、こんな時に頼りになる、小さな部屋があります。日ごろ「ゲストルーム」と呼んでいますが、ここにゲストを迎えたことは、いまだ一度もありません。  

この部屋は、家族がインフルエンザになったら隔離・療養施設になり、筋トレに目覚めれば、違う自分に着替えられる魔法のクローゼットになります。そして、お客さまが来た時には、散らかったものを押し込む部屋になります。つまり、「ゲストが来た時、散らかりを隠すルーム」であるところの「ゲストルーム」なのです。  


とにかく、リビングでくつろぐ四季たちを、この部屋に手際よく誘導したら、あとは、お客さまをお迎えすることに集中。おかげで、料理にも手をかけられ、ともに食卓を囲み、できる限りのおもてなしすることができました。  


そして、電車を乗り継ぎ3時間以上かけてやって来た流れ星は、わずか1時間ちょっとの滞在ののち、最終の新幹線、時速300キロの風をつかまえ、帰ってゆきました。  


「短い時間だったけど、いい時間を過ごしてもらえたかな」と、心地よい疲れと、余韻に浸る深夜。でも、トイレと隣り合う、ゲストルームのもうひとつの扉が全開で、中が丸見えだったことに気がついたのは、無事に帰宅したとのお礼の連絡を受けた後でした。  


「会える」ということは、日ごろ、別々に流れている互いの時間が、重なること。  

それは、前々からすり合わせられることもあれば、突然に互いの流れが合い出すこともあります。  


「さあ、いつでもどうぞ」と、いつ誰が来ても準備万端、どこの扉が開いても大丈夫、そんな風に過ごせたら、どんなにいいだろうといつも思っています。でも実際は、なかなかそうはいきません。  


今日は、いつやって来るか分からない、  

出会いへのそなえを、はっと思い出させてくれる、  

そんな詩を送ります。  


> Not knowing when the Dawn will come  

> I open every Door,  

> Or has it Feathers, like a Bird,  

> Or Billows, like a Shoreー  

>   

> 夜明けが いつ来てもいいように  

> あらゆる扉を 開けておく  

> 夜明けは  

> 鳥のように 羽ばたいて  

> 浜辺のように 波よせるから  


薄紫に明けてゆく空を見つめる気持ちで、会いたかった誰かを待つ。  

朝焼けする胸のおく、「この自分でお迎えして大丈夫かな」、そんなちょっとした不安な気持ちも、見え隠れしながら。  


そんな時のため、  

散らかった気持ちを、隠してくれる、  

見せないでおきたい闇を、見えなくしてくれる、  

そんな駆け込み寺のような、秘密の小部屋を、  

心やどこかに、持ちながら。  


でも、その扉は、閉め忘れずに。  

二の腕の準備が整うまでのしばしの間、  

夏色のカーディガンを、羽織っておこうと思います。  


また手紙を書きます。  

あなたのいない夕暮れに。


文:小谷ふみ  

朗読:天野さえか  

絵:黒坂麻衣  

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