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庭のサルナシの木に、そっと背中を預けてみる。
もし、この木と自分の間に、まだ知らない何かが生まれるとしたら?
10年以上サルナシを育ててきたTacaquitoさんが、ある朝、ふと受け取った不思議なひらめき。
それは、植物が私たちに何をしてくれるか、という話ではありません。
自分の願いや思いを植物にそっと差し出してみる。そして、植物から何が返ってくるのか、決めつけずに待ってみる。
まるで、お互いに手を伸ばしてハイタッチするように。
そこには、自分一人でも、植物だけでも生み出せなかった、新しい何かが現れるかもしれません。
私たちはつい、正解を外に探してしまいます。
でも、自分が感じたことを大切にして、目の前の存在と向き合うところから、世界の見え方が少し変わり始めるのかもしれません。
今回のお話は、サルナシの薬効を証明するものではなく、植物との関わりから生まれた、まだ検証途中の仮説と気づきの記録です。
水の不思議、意図の働き、そして、自立した存在同士が出会うことで生まれる「共同創造」。
少し不思議で、でもどこか懐かしいお話です。
聴き終わったら、庭の草木や道端の小さな花に、ちょっと声をかけてみたくなるかもしれません。
さて、あなたなら、目の前の植物と何を一緒に生み出してみたいですか?
エピソード構成(内容・ショウノート)
■ オープニング:泥臭い食卓にある「圧倒的な豊かさ」 (UXを本体にする)
■ メイントピック1:「鶴」と「亀」の新たな解釈 (自然は鏡)
■ メイントピック2:ホメオパシーと「反転」の作用 (信じさせるな、感じさせろ)
■ エンディング:実験の共有と、未消化の問い (未消化の問いを置く)
2026年10月20日。53歳の誕生日まであと5日。
マヤ暦の52年周期「ラウンドイヤー」を終えようとしているこの日、體と音の関係について、驚くような発見がありました。
きっかけは、ソウルサウンドライアーの創始者・みゆきさんとの出会い。
體にライアーを直接当てて奏でてもらったときには、ただ音が響いているという感覚しかありませんでした。
ところが後日、レムリア語で歌われる「蛍の光」を聴いていると、身体の細胞一つひとつが音に反応していることを、はっきりと自覚したのです。
さらに、夕方5時に村のスピーカーから流れてきた音楽にも、體が応答していることに気づきました。
人間の體は、もともと音や振動を受け取り、共鳴する受信機なのではないか。
そんな発見から、薬草と體の関係、ホメオパシー、骨伝導、細胞と水、遺伝子の働きへと考察が広がっていきます。
途中、鶏たちが騒ぎ始めたことから、動物たちが振動を感じ取り、人間と互いに応答し合っていることにも思いが及びました。
そして最後に浮かんできたのは、人間も動物も植物も、大地も宇宙も、それぞれ固有の響きを持ちながら共鳴し合っているのではないか、という問い。
ソウルサウンドライアーは、私たちが本来持っている自然界との共鳴を取り戻す、調律のきっかけになるのかもしれません。
これは、体験から生まれた気づきと、そこから展開した私自身の仮説を、忘れないうちに残した音声記録です。
音を聴く體から、音と共鳴する體へ。
その変化を自覚した、特別な一日の記録です。
収録:2026年10月20日/岡山県新庄村
2026年10月20日。53歳の誕生日を5日後に控えた今日、これまで別々だと思っていた体験が、突然ひとつにつながりました。
きっかけは、岡山県新庄村を訪れたソウルサウンドライアーの創始者・アカーシャ美雪さんとの出会い。
體に直接ライアーを当てて奏でてもらったとき、全身に響く不思議な振動を体験しました。
そして今日、何気なく音楽を聴いていたとき、體の細胞そのものが音に反応しているような感覚に気づいたのです。
「やっぱり人間の體は、宇宙や自然界の振動を受け取る受信機なんだな」
そんな仮説(思い)が浮かんできました。
さらに、庭で暮らす鶏たちとの出来事からも、思いがけない発見がありました。
自分が鶏たちを守っていると思っていたけれど、実は鶏たちの方が、自分を外の世界へと呼び出してくれていたのかもしれない。
植物、動物、人間、音、そして目に見えない世界。
それぞれが独立して存在しているのではなく、互いに響き合い、影響し合いながら、新しい現実を生み出しているとしたら?
これは、私が探究している「主観交差」という考え方にもつながる、大切な気づきでした。
ソウルサウンドライアー、薬草、ホメオパシー、骨伝導、DNA、そして鶏たちとの暮らし。
一見バラバラに見える体験が、「共鳴」というひとつのテーマで結びついていく、そんな発見の記録です。
科学的にまだ確かめられていない個人的な仮説も含まれていますが、だからこそ、答えを決めつけず、感じたことをそのまま残して(差し出して)おきたいと思いました。
あなたの體も、実は毎日、何かと響き合っているのかもしれません。
ぜひ、一緒にその可能性を感じてみてください。
収録:2026年10月20日|岡山県新庄村
#ソウルサウンドライアー #共鳴 #主観交差 #身体感覚 #自然との共生 #音と振動 #意識の探究 #新庄村 #気づきの記録 #體
村長が答えを決めない村へ。──得票30票だった新庄村長選・出馬表明記者会見【ノーカット】
2026年8月30日の岡山県新庄村長選挙に立候補しました。
結果は、得票30票。見事な惨敗でした(笑)。
今回公開するのは、選挙前に行われた出馬表明記者会見の音声です。あえて編集せず、そのまま公開します。
記者から繰り返し聞かれたのは、
「具体的に何をするのですか?」
「村長として、どんな政策を実現するのですか?」
という質問でした。
でも、自分が本当に実現したかったのは、村長があらかじめ答えを決めて、村民をそこに導く政治ではありません。
村民一人ひとりが持つ夢や希望、経験や知恵を持ち寄り、そこから誰も予想していなかった新しい村の姿が生まれてくる。
そんな仕組みをつくりたかったのです。
自然保護、農業、教育、空き家、移住、福祉。
それぞれの課題に対して、最初から正解を用意するのではなく、みんなで新しい答えを生み出していく。
今振り返ると、これは自分が現在探究している「主観交差」や「創発」、そしてデジタル民主主義の構想にもつながっています。
当時は、まだうまく言語化できていませんでした。
でも、この記者会見には、その原点が確かに残っています。
選挙には負けました。
けれども、問いは終わっていません。
「村長がどんな村をつくるか?」ではなく、「私たちが交わることで、どんな村が生まれるのか?」
この問いを、これからも開き続けていきたいと思います。
まずは、その記録として。
扉は、向こう側からも開いていた。LISTEN ── 神社の鳥居で気づいた、交わりの不思議
岡山県新庄村にある神社に伝わる、ひとつの不思議な物語。
激しい嵐の中、閉ざされていた神社の扉が、誰も触れていないのに内側から開いたという伝説。
その話を読んだとき、ふと聖書の言葉が浮かびました。
「見よ、わたしは戸の外に立って、たたいている」
ヨハネの黙示録3章20節。
人が神の扉を開くのか。それとも、神が人のために扉を開くのか。
鳥居の下に立った瞬間、私の中で何かが反転しました。
Mi casa es tu casa. Tu casa es mi casa.
私の家はあなたの家。あなたの家は私の家。
迎える者と迎えられる者。与える者と受け取る者。自分と他者。
それらは本当に分かれているのでしょうか。
アルゼンチンでの暮らし、今の宿づくり、聖書の言葉、そして神社での気づき。
一見つながりのない経験が、ひとつの意味を持ち始めました。
必要なものは、まだ見えていないだけなのかもしれない。
そして、一人では見つけられなかった可能性が、誰かとの出会いによって姿を現すのかもしれない。
LISTEN → OPEN → LIVE TOGETHER → CREATE THE UNKNOWN
耳を傾ける。扉を開く。共に生きる。そして、まだ誰も知らなかった未来を共に創る。
今回は、神社での個人的な体験から、鏡の法則、反転、聖書、そして人と人との交わりが生み出す可能性について、自由に語っています。
未知なるものを、恐れなくてもいい。
もしかしたら、扉はもう、向こう側から開いているのだから。
#Podcast #扉は開いている #神社 #聖書 #気づき #主観交差創発 #共同創造 #MiCasaEsTuCasa
【講演録】
「自分への嘘」をやめた日から、人生は実り始める——40歳のカミングアウトと50歳で受け取った最高裁判決
説明文: 「このまま自分を隠し、自分ではない誰かのために生きていくのか?」
人生の折り返し地点である40歳。すべてを失う覚悟でカミングアウトした私が直面したのは、拒絶ではなく「あなたはあなたのままでいい」という周囲の温かい声でした。世間がわかってくれるはずがないと、社会の目を恐れ、決めつけていたのは私自身だったのです。
本エピソードでは、岡山県北部の会場で行われた講演会の模様をお届けします。 2023年10月25日、最高裁が性別変更の手術要件を違憲とした歴史的な日。サルナシ畑に立っていた私に降りてきた「性別問題はオワコン(終わった問題)」という言葉の真意。そして、サン=テグジュペリの言葉が教えてくれる、余計なものをすべて削ぎ落とした先にある「本当の自分」の輝きと使命について。
サルナシの種は、周りを覆うゼリー状の膜を綺麗に洗い流して初めて芽を出します。 人間も同じです。他人の目や世間の常識という膜を取り払った時、あなたにはどんな景色が見えるでしょうか?
【概要文】秋の朝、さるなし畑で草刈りをしながらお届けする30分。今日はなぜか1時間以上もそばを離れない1羽のメスのニワトリとの不思議な時間から話が始まります。
言葉を交わさずとも届く「周波数」や「メッセージ」の存在。アルゼンチンや学生時代のターニングポイントで出会った「言葉を届けてくれた人々」を振り返りながら、人も動物も誰もが誰かのためにメッセージを運ぶ「天使(メッセンジャー)」なのだと気づかされます。
さらに、「わがまま=あるがまま」に生きることこそがパズルのピースを埋めるように社会への貢献になるという生き方論、そして「野菜は作り手や大地の記憶をまとった波動調整デバイス」というユニークな農の視点まで、自然の中で降りてきたインスピレーションを余すことなく語ります。
【エピソード要約(Spotify用)】
秋分の日の静けさの中、石井数俊氏の著書「宇宙案内人が語る「新地球人」化計画 ―死の恐怖から解放されて楽しく生きる方法―」から得たインスピレーションをもとに、「がん細胞の秘密」と「命の仕組み」について独自の視点で考察します。
なぜ、がん細胞は死なずに増殖し続けるのか。それは、細胞レベルで「死ぬこと」を恐れ、抵抗しているからではないかという仮説を展開。大学時代に触れたカエルの変態とアポトーシス(細胞死)のメカニズムを紐解きながら、肉体が本来「朽ちるようにデザインされている」ことの意味に立ち返ります。
また、がん抑制効果が注目される「サルナシ」と「水」の密接な関係性にも着目。水は温度によって構造や機能を変えるという事実から、サルナシが体内の水を正常化・還元し、生命本来の働きを取り戻すサポートをしている可能性を探ります。
「人間の本体は肉体ではなく、非物質の存在である」
死への恐怖を手放し、日々エネルギーを注いでやり切ることで生まれる、新しい生命のサイクルと視点の転換を促すエピソードです。
内容の要約
地域の商店閉鎖と小さな経済圏: 「特別村民制度」のさるなし酢を詰める共同作業の場において、憩いの場であった地元の商店が閉鎖されたことを受け、地域の持続可能性や、顔の見える関係性の中での新作(猿なしリーフのブラウニー)のフィードバックの重要性について語る。
村長選への視点と構造改革: 自身が出馬の可能性を示す真意は、特定の候補者への挑戦ではなく、誰がトップになっても機能する「方向性や構造」の変革を村に問いかけ、みんなが考え始めるきっかけを作ることにあると言及。行政を公務員主体から会社組織やDAO(分散型自律組織)のような分散型リーダーシップへ転換するアイデアを提示。
自主性の回復と独自のベーシックインカム: 国の補助金や年度予算に縛られず、地域の主権を取り戻すために「共助」の仕組みや地域の法整備を上位に据える必要性を説く。さらに、労働ではなく「村への貢献の意志」をベースとし、年齢によって倍率が変わる村独自のベーシックインカム構想を提案。
内容
* 環境の選択と日常の至福: 過去に訪れたコスタリカ・モンテベルデと同等の景色が、毎朝無料で広がっていることの贅沢さ。住む場所や食べるものは自らの「選択」であり、澄んだ空気の中で深呼吸できることや、鳥たちの声を聴くといった「小さな幸せ」にフォーカスする。
* 五感のスケープと源への回帰: 留学時代の記憶を呼び覚ますシトロネラやネロリを使ったオリジナル香水作りのエピソード。視覚(ランドスケープ)、聴覚(サウンドスケープ)、嗅覚など、五感を標準値にチューニングすることで、ノイズから距離を置き、自分自身の源に立ち還って1日を幸せにスタートする力について。
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