毎週末のデートは決まって銀座のとある喫茶店から始まった。中央通りと晴海通りが交差する四丁目を中心に見て南東の一角に位置した地下の店は、素っ気なく古めかしい外看板しか掲げていなかったこともあり、碁盤の目のように区画整備された上品な高級感が漂う街並みの中では全く目立たず、正に知る人ぞ知る存在だった。 今では目抜き通りに量販店さえ進出する銀座はその昔の「高級」のイメージとは程遠いが、当時はそんな地下の店にも銀座らしい何処かスノビッシュな香りが感じられたものだ。鈍い萌葱色の扉を押すと、そこには薄暗い空間が広がり、板張りの床は歩を進めるたびにわずかに軋む音を立てるが、革靴の底にはよく磨かれているだろう感触が残った。 キャンドルが灯るだけのテーブルは二人掛け・四人掛け合わせてそこそこ数があり、それなりに客が入っても、静かなクラシック音楽が流れるその空間を遮るような声で会話する無法者はいなかった。ウェイターが行き交う小さな靴音と、いずれも一点ものと思しきポーセリンの茶器がカチャリと鳴る音が時折耳に入るくらいだ。 暗がりにボンヤリと浮かぶ煤けた色使いの油絵や何に使うのかおよそ見当も付かない古びた木製の道具を横目で追いつつも、最愛の相手の瞳の中に揺れるキャンドルの灯を見ながら、ボソボソと言葉を選んで取り留めない会話を続ける。 そんなぎこちない至福感を求め、若き日の筆者は進んで一杯1500円は下らない珈琲を何杯もオーダーした土曜日の午後。ひとしきりの会話を済ませて聖徳太子を数人の伊藤博文に換え、外の世界に出てみれば眩しいほどの解放感。希望にも似た思い。 その心地よい落差が忘れられず、ささやかな贅沢を繰り返した週末──勿体ないとか惜しいとかそんなチャチな金銭感覚を超越していた時代が、筆者にとっての昭和の終り頃のバブル体験である。 もちろん、その通いつめた喫茶店も、愛した人も今はもういない。 今週のサウンドキッチンは、モバイルミュージシャンを志向しながら、モバイル過ぎる日常に腰を据えての音楽づくりに全く取り組めなかったシェフこと @daycraze のフラストレーションが冒頭から爆発。数十秒のジングルに賭ける情熱の裏に見え隠れしたのは、孤独の中で内なる熱狂と戯れるミュージシャン本来の姿。音楽する欲望がひとまず満たされると、@nitecruise の巧みな話術に嵌められ、話題はいつしか貨幣経済から縮小均衡する日本の将来へと向かう。 番組に関するお問合せ: FM小金井 〒184-0004東京都小金井市本町6-5-3 シャトー小金井1階 (消防署側) TEL/FAX: 042-207-7777 110618 photo credit: Photohunny Texture artwork used in the movie by courtesy of bittbox at Flickr.