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私はかつて、新彊ウイグル自治区が外国人に解放されてまもなく、中国西域シルクロードを旅したことがある。
今はすでにイスラム圏となり、イスラムの破壊をまぬがれた、かつての仏教華やかなりしころの、石仏や仏教壁画がわずかに残るタクラマカン砂漠の周囲を約2週間見て歩いた。
天山山脈と昆論山脈に囲まれたこの大砂漠地帯の小さなオアシスの町、クチャ郊外にあるキジル千仏洞で、色鮮やかな五弦琵琶の壁画に出会ったときは感動だった。現在、奈良正倉院に残る最高御物で、螺鈿宝飾が施された五弦琵琶は、ここからはるばる日本にもたらされたのだ。
この旅で気づいたことは、イスラム圏から日本が頂いた文化のなんと多いことか。うどんあり、そうめんあり、キュウリあり、スイカあり、ブドウあり、焼き鳥あり、薬あり、楽器あり。数え上げればきりがない。
文字通りシルクロードを通って伝搬された文化が、私たちの命と生活を支えていると言っても決して過言ではないのである。
タクラマカン砂漠のもっとも西方の町がカシュガルだ。この町から日本にザクロがもたらされた。今も町のメインストリートのロータリー部分には大きなザクロのモニュメントが鎮座している。またこの町の至る所に鍛冶屋さんがあってトッチンカッチンとにぎやかな音が聞こえてくる。そのほとんどがナイフや包丁を作っている。この町の主たる輸出産業でもある。
私は町のはずれのイスラムのお墓に案内してもらった。まず目に入ってきたのは、日本で五月の子どもの日に多く見られる「鯉のぼり」の少し小さい物を想像してもらえればいいと思うのだが、その鯉の代わりに、先にすでに干からびている毛皮のような物が突き刺さっている、背の高い木の棒である。私は通訳を通して
「これは何か」と聞くと、
「ここの墓に埋葬された人が羊のおかげで今まで生きてくることができた。これは供養のために立ててある。」
というのである。
日本のように色花などは供えられていない。土色だけの墓地の中で、私には唯一の供え物のような気がした。
考えてみると、供養の「養」という字は、昔は「羊」ヘンに「食」と書かれていた。「羊を食べること」が養うことだったのだ。ましてやシルクロードの人たちにとって羊は「歩く食料」であり、羊はなくてはならない物なのだ。もちろん羊の毛は気温が下がる夜にはなくてはならない衣となるが、年間雨量60ミリ、年間蒸発量3000ミリと言われる大乾燥大地のシルクロードでは、昼間も人間を蒸発から守る大切な衣服なのだ。
毛を刈り、肉を食したあとの羊の皮はほとんどが「ふいご」となり、カシュガルでは欠かすことのできない火起こし道具となっている。これが鍛冶屋産業を生み支えているのである。また空気を入れてふくらませた羊の皮は、羊皮船となって中国大黄河の橋のないところでは水上運送船として、人や物を運ぶのになくてはならない重要な役割を今も果たしている。
シルクロードではオアシス以外、緑は決して豊かではないのに、羊が多いということは、羊が如何にたくましく人間と共存共栄しているかがわかるのである。それとともに、緑豊かな大地に羊の群れが遊んでいる姿しか想像できなかった私には、この土地の羊は何を食べて生きているのか不思議だった。
土地の古老は、
「羊は大地に吹き出した塩分と、わずかな草木の芽などを食べて生きられるのだ。しかも多産で安産なのだ。」
と教えてくれた。
そう言えば女性が母となるとき、胎児は羊水と羊膜に守られて母の胎内で最高の栄養を与えられ、月満ちて出産を迎える。なぜ胎児の生命を育む体内臓器に「羊」の字が使われたのかはわからないが、シルクロードにおいて、羊は安産であり多産であること、そして羊の命を頂いて人間の生命を支えてきたことと、決して無縁ではないように思う。
また、シルクロードなどの羊文化圏では人の年齢は「数え」で数えられていた。これは出産前の羊水・羊膜に守られた胎児の期間を加え、赤ちゃんが姿を現さないときから数えていたのである。
現在、数えで年齢を言う人はほとんどいないが、日本でも歴史的には、つい最近まで「数え」でよまれていた。今でも、お年寄りの中には数え年齢を言う人がいるのが、これはその名残である。
出産して赤ちゃんがこの世に姿を現した時を0歳として数え始める「満」の数え方が主流になったのは、行政の都合ともいえるのであって、本当は「いのち」全部を数えているとはいえないのである。
合掌
4月からのシーズン2の読み聞かせ法話の本は
後に「田舎坊主シリーズ」とつながる第1弾です。
田舎坊主シリーズ
「田舎坊主の合掌」https://amzn.to/3BTVafF
各ネット書店、全国の主要書店で発売中です。
「田舎坊主の七転八倒」https://amzn.to/3RrFjMN
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「田舎坊主の求不得苦」 https://amzn.to/3ZepPyh
電子書籍版は
・アマゾン(Amazon Kindleストア)
・ラクテン(楽天Kobo電子書籍ストア)
にて販売されています。
私はかつて、新彊ウイグル自治区が外国人に解放されてまもなく、中国西域シルクロードを旅したことがある。
今はすでにイスラム圏となり、イスラムの破壊をまぬがれた、かつての仏教華やかなりしころの、石仏や仏教壁画がわずかに残るタクラマカン砂漠の周囲を約2週間見て歩いた。
天山山脈と昆論山脈に囲まれたこの大砂漠地帯の小さなオアシスの町、クチャ郊外にあるキジル千仏洞で、色鮮やかな五弦琵琶の壁画に出会ったときは感動だった。現在、奈良正倉院に残る最高御物で、螺鈿宝飾が施された五弦琵琶は、ここからはるばる日本にもたらされたのだ。
この旅で気づいたことは、イスラム圏から日本が頂いた文化のなんと多いことか。うどんあり、そうめんあり、キュウリあり、スイカあり、ブドウあり、焼き鳥あり、薬あり、楽器あり。数え上げればきりがない。
文字通りシルクロードを通って伝搬された文化が、私たちの命と生活を支えていると言っても決して過言ではないのである。
タクラマカン砂漠のもっとも西方の町がカシュガルだ。この町から日本にザクロがもたらされた。今も町のメインストリートのロータリー部分には大きなザクロのモニュメントが鎮座している。またこの町の至る所に鍛冶屋さんがあってトッチンカッチンとにぎやかな音が聞こえてくる。そのほとんどがナイフや包丁を作っている。この町の主たる輸出産業でもある。
私は町のはずれのイスラムのお墓に案内してもらった。まず目に入ってきたのは、日本で五月の子どもの日に多く見られる「鯉のぼり」の少し小さい物を想像してもらえればいいと思うのだが、その鯉の代わりに、先にすでに干からびている毛皮のような物が突き刺さっている、背の高い木の棒である。私は通訳を通して
「これは何か」と聞くと、
「ここの墓に埋葬された人が羊のおかげで今まで生きてくることができた。これは供養のために立ててある。」
というのである。
日本のように色花などは供えられていない。土色だけの墓地の中で、私には唯一の供え物のような気がした。
考えてみると、供養の「養」という字は、昔は「羊」ヘンに「食」と書かれていた。「羊を食べること」が養うことだったのだ。ましてやシルクロードの人たちにとって羊は「歩く食料」であり、羊はなくてはならない物なのだ。もちろん羊の毛は気温が下がる夜にはなくてはならない衣となるが、年間雨量60ミリ、年間蒸発量3000ミリと言われる大乾燥大地のシルクロードでは、昼間も人間を蒸発から守る大切な衣服なのだ。
毛を刈り、肉を食したあとの羊の皮はほとんどが「ふいご」となり、カシュガルでは欠かすことのできない火起こし道具となっている。これが鍛冶屋産業を生み支えているのである。また空気を入れてふくらませた羊の皮は、羊皮船となって中国大黄河の橋のないところでは水上運送船として、人や物を運ぶのになくてはならない重要な役割を今も果たしている。
シルクロードではオアシス以外、緑は決して豊かではないのに、羊が多いということは、羊が如何にたくましく人間と共存共栄しているかがわかるのである。それとともに、緑豊かな大地に羊の群れが遊んでいる姿しか想像できなかった私には、この土地の羊は何を食べて生きているのか不思議だった。
土地の古老は、
「羊は大地に吹き出した塩分と、わずかな草木の芽などを食べて生きられるのだ。しかも多産で安産なのだ。」
と教えてくれた。
そう言えば女性が母となるとき、胎児は羊水と羊膜に守られて母の胎内で最高の栄養を与えられ、月満ちて出産を迎える。なぜ胎児の生命を育む体内臓器に「羊」の字が使われたのかはわからないが、シルクロードにおいて、羊は安産であり多産であること、そして羊の命を頂いて人間の生命を支えてきたことと、決して無縁ではないように思う。
また、シルクロードなどの羊文化圏では人の年齢は「数え」で数えられていた。これは出産前の羊水・羊膜に守られた胎児の期間を加え、赤ちゃんが姿を現さないときから数えていたのである。
現在、数えで年齢を言う人はほとんどいないが、日本でも歴史的には、つい最近まで「数え」でよまれていた。今でも、お年寄りの中には数え年齢を言う人がいるのが、これはその名残である。
出産して赤ちゃんがこの世に姿を現した時を0歳として数え始める「満」の数え方が主流になったのは、行政の都合ともいえるのであって、本当は「いのち」全部を数えているとはいえないのである。
合掌
4月からのシーズン2の読み聞かせ法話の本は
後に「田舎坊主シリーズ」とつながる第1弾です。
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