
Sign up to save your podcasts
Or


【第129回】2024/1/14(日)
一週間のご無沙汰でした。72のポッドキャスターよっしーです。お元気でしょうか?
「今週のエッセイ」の時間となりました。
「タイトルは 東日本大震災から一年 です。」
このエッセイは、2012年に書かれたものです。
今年初めての配信となります。
昔書いたエッセイを順番にアップしていますが、
今回は、「東日本大震災から一年」というエッセイになりました。
あれから13年が経ったんですね。復興状況はどうなってるのでしょう。
2024年は、元日から大きな出来事が起こりました。
能登半島の大地震、多くの方々が無くなり、今も安否不明の方々も多くいます。
二日には、航空事故が起こりました。奇跡的に乗員はすべて助かりましたが、
海保の職員5人が亡くなられました。
私には何もできませんが、末永い寄付と祈祷で応援したいと思っています。
***************************************************************************
東日本大震災から一年
二○一一年三月十一日午後二時四十六分、マグニチュード九・一の大地震が東北地方を襲った。そして、津波に原発事故。誰も想像しなかった事態が発生したのである。
私は、その日その時間、会社で仕事をしていたが、何気なく開いたインターネットで津波警報を目にした。「津波の高さ六メートル」(いやに高いな。今まで津波警報が出されても数十センチで津波といえるのかなぁといつも思っていたのだが、今回はそれに比べると非常に高いな)でも、思考はそこまででそれ以上考えることもなく、仕事に戻っていた。しかし、帰宅してからテレビのニュースを見ると、目を疑った。そこには、信じられない光景が映し出されていたからである。人が建物が車が船が材木が流れてゆく。大きな波が押し寄せてくる。六メートルどころではない、十メートルを越えている。所によっては十六メートルもの津波がきた所もある。もう、人間は為す術がないただ見つめているだけである。それぞれの人に生死を分けた物語があり、それぞれの人生に津波は問答無用で押し寄せてきた。残ったのは夥しい瓦礫の山、山、山である。
あれから一年が過ぎてしまった。生き残った人たちの歩みは、遅々として進まないのか、それとも一歩でも前に進んだのか。遠くにいる私には想像もできない。同じ体験をした者同士だと、言葉を交わさなくても、苦しみも楽しみも悩みも分かることと思う。だけど、体験していない私には、どんなに言葉を尽くして語られたとしても本当の痛みは分からないと思うし、どんな立派な言葉で励ましても伝わらない気がする。今までは人海戦術で良かったかもしれないが、これからは、人が必要なところ、物が必要なところ、情報が必要なところ、心が必要なところ、被災地というひと括りでは解決できない問題が多々でてくることだろう。そういうきめ細かい配慮の上に綿密な計画をたてた旗振り役が必要となってくることだろう。復興には長い時間と深い知恵が必要となってくる。国の舵取りは重大な仕事となってくる。
はてさて、毎日がいっぱいいっぱいの生活をしている私に求められているのは何だろうか。考え込む一日である。
***************************************************************************
今日現在で、石川県の死者213人、安否不明者52人となっているようです。
悲しみの中にいる人々に早く平穏な生活が戻るように、お祈り致します。
By 森田義夫【第129回】2024/1/14(日)
一週間のご無沙汰でした。72のポッドキャスターよっしーです。お元気でしょうか?
「今週のエッセイ」の時間となりました。
「タイトルは 東日本大震災から一年 です。」
このエッセイは、2012年に書かれたものです。
今年初めての配信となります。
昔書いたエッセイを順番にアップしていますが、
今回は、「東日本大震災から一年」というエッセイになりました。
あれから13年が経ったんですね。復興状況はどうなってるのでしょう。
2024年は、元日から大きな出来事が起こりました。
能登半島の大地震、多くの方々が無くなり、今も安否不明の方々も多くいます。
二日には、航空事故が起こりました。奇跡的に乗員はすべて助かりましたが、
海保の職員5人が亡くなられました。
私には何もできませんが、末永い寄付と祈祷で応援したいと思っています。
***************************************************************************
東日本大震災から一年
二○一一年三月十一日午後二時四十六分、マグニチュード九・一の大地震が東北地方を襲った。そして、津波に原発事故。誰も想像しなかった事態が発生したのである。
私は、その日その時間、会社で仕事をしていたが、何気なく開いたインターネットで津波警報を目にした。「津波の高さ六メートル」(いやに高いな。今まで津波警報が出されても数十センチで津波といえるのかなぁといつも思っていたのだが、今回はそれに比べると非常に高いな)でも、思考はそこまででそれ以上考えることもなく、仕事に戻っていた。しかし、帰宅してからテレビのニュースを見ると、目を疑った。そこには、信じられない光景が映し出されていたからである。人が建物が車が船が材木が流れてゆく。大きな波が押し寄せてくる。六メートルどころではない、十メートルを越えている。所によっては十六メートルもの津波がきた所もある。もう、人間は為す術がないただ見つめているだけである。それぞれの人に生死を分けた物語があり、それぞれの人生に津波は問答無用で押し寄せてきた。残ったのは夥しい瓦礫の山、山、山である。
あれから一年が過ぎてしまった。生き残った人たちの歩みは、遅々として進まないのか、それとも一歩でも前に進んだのか。遠くにいる私には想像もできない。同じ体験をした者同士だと、言葉を交わさなくても、苦しみも楽しみも悩みも分かることと思う。だけど、体験していない私には、どんなに言葉を尽くして語られたとしても本当の痛みは分からないと思うし、どんな立派な言葉で励ましても伝わらない気がする。今までは人海戦術で良かったかもしれないが、これからは、人が必要なところ、物が必要なところ、情報が必要なところ、心が必要なところ、被災地というひと括りでは解決できない問題が多々でてくることだろう。そういうきめ細かい配慮の上に綿密な計画をたてた旗振り役が必要となってくることだろう。復興には長い時間と深い知恵が必要となってくる。国の舵取りは重大な仕事となってくる。
はてさて、毎日がいっぱいいっぱいの生活をしている私に求められているのは何だろうか。考え込む一日である。
***************************************************************************
今日現在で、石川県の死者213人、安否不明者52人となっているようです。
悲しみの中にいる人々に早く平穏な生活が戻るように、お祈り致します。