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(00:00) 今回もお便り紹介から。いつもありがとうございます。
(08:08) そもそも仏教とは何なのか
(41:19) 次回予告
日本文化をもっと楽しむための仏教入門、いよいよスタート。伊勢物語を読んでも、茶の湯を見ても、和歌をたどっても、気づけば仏教が顔を出す。では、そもそも仏教とは何なのか。その前に「宗教」って何なのかを考えます。特典音声は古代中国の冬至https://audiobook.jp/audiobook/257709
ついに『伊勢物語』125段、最後の一段を読みます。
最後に戻ってきたのは、あの「むかし、男」。
そして詠まれるのは、
「つひに行く 道とはかねて 聞きしかど 昨日今日とは 思はざりしを」
壮大な辞世でも、悟りきった言葉でもない。
いつか死ぬとは知っていた。でも、それが昨日今日だとは思っていなかった。
そんなあまりにも人間らしい一首で、伊勢物語は終わります。でも、125段すべてを読んだからこそ、「むかし、男」という言葉ひとつから、それまでの旅や恋、歌、人との関係が一気によみがえってくる。
物語の最後には「完」も「THE END」もありません。
読み終えたあとも、別の作品や日本文化へつながりながら、伊勢物語はまだ続いていくようにも見えます。
34回にわたって読んできた「伊勢物語をぜーんぶ読んでみた」、ついに完走です。
最後まで一緒に読んでくださった皆さん、本当にありがとうございました!
今回はいよいよ125段......の前に、皆さんから届いた「私にとっての伊勢物語」を紹介します。
どの段が心に残ったのか。最後の歌をどう読んだのか。伊勢物語から、和歌、美術、茶道、植物へとどんな世界が広がったのか。同じ125段を読んでも、見えてくるものは人によって違う。だからこそ、自分なりに読んで、話して、ほかの人の読み方を聞くのが面白い。
番組300回の節目に、リスナーの皆さんと一緒に伊勢物語を読んできた時間を振り返ります。/特典音声はセバスチャン高木のnotehttps://audiobook.jp/audiobook/257709
※前回配信分にいただいたお便りは次回ご紹介させていただきます
お便り紹介と今回は大宣伝!セバスチャン高木のnote/伊勢物語120段から124段までを読みます。終盤に入って、業平の気配さえ薄くなっていた伊勢物語。ところが123段で、久しぶりに「昔、男ありけり」が帰ってきます。
恋の歌を交わし、過去を振り返り、そして最後の124段へ。そこに現れるのは、若い頃のように思いをぶつける男ではなく、
「思うことは、言わないままでいい」 とでもいうような境地にたどり着いた男でした。
帰ってきた業平。120段から124段までを読みながら、物語の果てで業平がどこへたどり着いたのかを考えます。/特典音声はまさかの本に出てきた伊勢物語https://audiobook.jp/audiobook/257709
今回は伊勢物語114段から119段までを読みます。終盤に入った伊勢物語。ところが今回、業平の歌はひとつも出てきません。行平の歌は、名前のない老人の「失言」の話に。 小野小町とされる言葉遊びの歌は、陸奥で男を見送る女の悲しい別れの歌に。誰が詠んだのか。どんな場面で詠まれたのか。 歌は物語の中に置かれることで、作者も意味も、その表情さえ変わっていく。114段から119段までを通して、歌が別の物語をまといながら生き続けていく不思議を考えます。/特典音声は日本の重陽の節句https://audiobook.jp/audiobook/257709
今回のテーマは、「実践哲学としての棺」。遠野で廃墟物件を買ったこと。野ぐそをすること。肉を食べるのをやめたこと。腸内細菌や土について考えること。
一見ばらばらに見える話が、少しずつ「行動と思考をひとつにする」というテーマへつながっていきます。
そして、その先に見えてくるのは、共栄がすでにやってきた「棺を作って売る」という行為の強さ。
棺を作ること、売ること、届けることを、企業の実践哲学として捉え直す回です。
今回もお便り紹介から!/伊勢物語は107段から113段。前回は「歌は詠んだら、みんなのものになる」。今回はさらに一歩進んで、歌を「関係性」から読んでみます。
誰が誰に詠んだのか。その二人はどんな関係だったのか。恋、友情、死別、心と身体、そして時間。背景にある関係が変われば、同じ歌もまったく違って見えてきます。歌も世界も、関係性でできている。伊勢物語もいよいよ終盤。107段から113段までを通して、歌から立ち上がるさまざまな「関係」を考えます。/特典音声は重陽の節句https://audiobook.jp/audiobook/257709
今回のテーマは「実践哲学」。
茶の湯を知識として知っていても、実際に茶道をしていなければ欠けているものがある。穴窯もまた、実践を通してしか見えてこない世界がある。そんな話から、篠原希さんにとっての穴窯、高木さんにとっての遠野の物件、そして生活そのものを哲学にしていくことについて語ります。
土を水で揉み、火を入れ、草を刈り、家を生き返らせる。さらに話は、信楽の土、土と内臓、加守田章二、遠野の土へ。頭で理解するだけでは届かない場所へ、身体と実践を通して近づいていく回です。
全部読んでます!お便り紹介/今回は伊勢物語101段から106段までを読みとき!/101段から106段までを続けて読むと、歌が少しずつ詠み手の手を離れ、受け取った人、読んだ人のものになっていくように見えてくる/あの有名な「ちはやぶる 神代もきかず 竜田川……」登場/歌は詠んだら、みんなのものになる。6つの段を続けて読みながら、歌が詠み手を離れ、その意味を広げていく過程を考えます。/特典音声はこれすご!セバスチャンが色んな人に進めてる本https://audiobook.jp/audiobook/257709
今回は、読書と野ぐそと棺の話です。わからない本を読むことには、意味があるのか。
そもそも、意味や役に立つことばかりを求める必要があるのか。カルロ・ロヴェッリ『世界は関係でできている』を入口に、ハイデガー、ソシュール、龍樹、ロラン・バルト、福岡正信へと話は展開します。
そして後半は、伊沢正名さんの“野ぐそ”の思想へ。SDGsや循環を語る前に、本当に足りていないものは何なのか。野ぐその力を信じることと、棺の力を信じること。かなり深くてかなり大胆な価値転換回です。
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