週末下雨天☔️
讀書還是很開心噠!
原稿以下:
運転手はそう言って、こりをほぐすように軽く何度か首を振った。首の後ろのしわが太古の生き物のように動いた。その動きを見るともなく見ているうちに、ショルダーバッグの底に入っている鋭く尖った物体のことを青豆はふと思い出した。手のひらが微かに汗ばんだ。
「じゃあ、どうすればいいのかしら?」
「どうしようもありません。ここは首都高速道路ですから、次の出口にたどり着くまでは手の打ちようがないです。一般道路のようにちょっとここで降りて、最寄りの駅から電車に乗るというわけにはいきません」
「次の出口は?」
「池尻ですが、そこに着くには日暮れまでかかるかもしれませんよ」
日暮れまで? 青豆は自分が日暮れまで、このタクシーの中に閉じこめられるところを想像した。ヤナーチェックの音楽はまだ続いている。弱音器つきの弦楽器が気持ちの高まりを癒すように、前面に出てくる。さっきのねじれの感覚は今ではもうずいぶん収まっていた。あれはいったいなんだったのだろう?
青豆は砧{きぬた}の近くでタクシーを拾い、用賀から首都高速道路三号線に乗った。最初のうち車の流れはスムーズだった。しかし三軒茶屋の手前から急に渋滞が始まり、やがてほとんどぴくりとも動かなくなった。下り線は順調に流れている。上り線だけが悲劇的に渋滞している。午後の三時過ぎは通常であれば、三号線の上りが渋滞する時間帯ではない。だからこそ青豆は運転手に、首都高速に乗ってくれと指示したのだ。
「高速道路では時間料金は加算されません」と運転手はミラーに向かって言った。「だから料金のことは心配しなくていいです。でもお客さん、待ち合わせに遅れると困るでしょう?」
「もちろん困るけど、でも手の打ちようもないんでしょう?」
運転手はミラーの中の青豆の顔をちらりと見た。彼は淡い色合いのサングラスをかけていた。光の加減で、青豆の方からは表情がうかがえない。
「あのですね、方法がまったくないってわけじゃないんです。いささか強引な非常手段になりますが、ここから電車で渋谷まで行くことはできます」
「非常手段?」
「あまりおおっぴらには言えない方法ですが」
青豆は何も言わず、目を細めたまま話の続きを待った。
「ほら、あの先に車を寄せるスペースがあるでしょう」と運転手は前方を指さして言った。「エッソの大きな看板が立っているあたりです」
青豆が目をこらすと、二車線の道路の左側に、故障車を停めるためのスペースが設置されているのが見えた。首都高速道路には路肩がないから、ところどころにそういう緊急避難場所が設けられている。非常用電話の入った黄色いボックスがあり、高速道路事務所に連絡することができる。そのスペースには今のところ、車は一台も停まっていなかった。対向車線を隔てたビルの屋上に大きなエッソ石油の広告看板があった。にっこり笑った虎が給油ホースを手にしている。
「実はですね、地上に降りるための階段があそこにあります。火災とか大地震が起きたときに、ドライバーが車を捨ててそこから地上に降りられるようになっているわけです。普段は道路補修の作業員なんかが使っています。その階段を使って下に降りれば、近くに東急線の駅があります。そいつに乗れば、あっという間に渋谷です」
「首都高に非常階段があるなんて知らなかった」と青豆は言った。
「一般にはほとんど知られてはいません」
「しかし緊急事態でもないのに、その階段を勝手に使ったりすると、問題になるんじゃないかしら?」
運転手は少しだけ間を置いた。「どうでしょうね。道路公団の細かい規則がどうなっているのか、私にもよくわかりません。しかし誰に迷惑をかけることでもなし、大目に見てもらえるのではないでしょうか。だいたいそんなところ、誰もいちいち見張っちゃいません。道路公団ってのはどこでも職員の数こそ多いけど、実際に働いている人間が少ないことで有名なんです」
「どんな階段?」
「そうですね、火災用の非常階段に似ています。ほら、古いビルの裏側によくついているようなやつ。とくに危険はありません。高さはビルの三階ぶんくらいありますが、普通に降りられます。いちおう入り口のところに柵がついていますが、高いものじゃないし、その気になればわけなく乗り越えられます」
「運転手さんはその階段を使ったことがあるの?」
返事はなかった。運転手はルームミラーの中で淡く微笑んだだけだ。いろんな意味に取れそうな笑みだった。
「あくまでお客さん次第です」、運転手は音楽に合わせて指先でハンドルをとんとんと軽く叩きながらそう言った。「ここに座って良い音で音楽を聴きながら、のんびりしてらしても、私としちゃちっともかまいません。いくらがんばってもどこにも行けないんですから、こうなったらお互い腹をくくるしかありません。しかしもし緊急の用件がおありなら、そういう非常手段も<傍点>なくはないってことです」
青豆は軽く顔をしかめ、腕時計に目をやり、それから顔を上げてまわりの車を眺めた。右側には、うっすらと白くほこりをかぶった黒い三菱パジェロがいた。助手席に座った若い男は窓を開けて、退屈そうに煙草を吸っていた。髪が長く、日焼けして、えんじ色のウィンドブレーカーを着ている。荷物室には使い込まれた汚ないサーフボードが何枚か積んであった。その前にはグレーのサーブ900が停まっていた。ティントしたガラス窓はぴたりと閉められ、どんな人間が乗っているのかは外からはうかがえない。実にきれいにワックスがかけられている。そばに寄ったら車体に顔が映りそうなくらいだ。