𝟛𝕞𝕚𝕟 𝕤𝕥𝕠𝕣𝕪

「三日月」


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久しぶりだなぁ。二人してこんな風に海沿いを歩くの。誘ったのは僕だった。青春時代の淡い色恋を不器用な手つきでなぞり合ったその彼女は無言で笑った。いつからそんなくすんだグレーのような形容し難い表情をするようになったんだ。


…ずるいよ、いつも。はにかんだあの日の笑顔が今もほんの数センチほどダブって見える。新しさの中にもまだ、馴染みの良すぎる落ち着く薫りが染みついて離れない。

その薄く輝く月が、分厚い雲に飲み込まれるその様をぼんやり眺める。「頑張っているからねって」「強くなるからねって」脳裏に焼き付く名曲のワンフレーズが心で響いて、ちょっとしょっぱい。


会えなくなって、会わなくなって。

少しずつその関係にピリオドが滲んだ。

隠れた月がまた顔を見せ、眺める間もなくまた。


未来がなくても、過去に未来を見てしまう女々しい僕が、本当に憎たらしい。今どんな風に笑ってどんな風に泣くのか、知りようがないことをその大人びた表情が証明する。

あの日強がって言えなかった言葉を言うんじゃないのか。「ごめんね」それだけで、よかったんじゃないのか。一瞬の迷い、戸惑いが、いつしか膨れ上がって、こんな風に身を切り裂くナイフになるのなら、それを知っていたなら。


「頑張っているからねって」

「強くなるからねって」

弱い君を見つけられなかった。

弱い僕を見せられなかった。


その美しいメロディーが、静かに心を揺らして響く。同じ月を隣で眺めても、見ている光は違う気がして。

僕はまた、月影を追いかけた。

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𝟛𝕞𝕚𝕟 𝕤𝕥𝕠𝕣𝕪By 廣野ノブユキ