サンプリングの歴史は、ヴァルター・ルットマンが1930年にラジオ番組内で発表したサウンド・トラックをコラージュした作品「週末」が起源とされています。その後、環境音や生活音といった「ノイズ」をサンプリングし、楽曲に取り入れていくミュージック・コンクレートやサウンド・スケープという概念が生まれていきます71
私はいつも、ミュージック・コンクレートとサウンドスケープのちょうど狭間のものを<音>として発表することが多いです。したがって、上記の文脈に沿って作品を制作しようと思いました。
冒頭はサンプリングした環境音を加工したミュージック・コンクレートから始まり、虫の音・歩く音を契機にサウンド・ドラックを差し込んでいます。福岡県に所縁のある無頼派・檀一雄とも親交がある中原中也の詩の一節を朗読した後、冒頭のミュージック・コンクレートの元の素材である海の音を聴取し、突如終わりを迎え、現実に引き戻すような体験になるように設計しました。
途中読み上げられる詩は、中原中也著作「妹よ」の一説です。中原中也著作「妹よ」は、宮沢賢治が妹に対してよんだ詩にインスパイアされて制作された追悼の詩です。2 日本だけでなく、海の向こう側では今もなお凄惨な出来事が繰り広げられています。遠くの誰かを偲んでつくられた詩を引用(サンプリング)するのが望ましいと思いました。
時間や空間でつながった総体としての「海」は、秩序と混沌、破壊と生成、災いと富、寄せては返す波、引力による潮の満ち引きなどの要素を常に抱えながらダイナミックに動いています。今回は「海」のもつ両義性や越境性に着目しました。今いる自分の座標から、遠くかけ離れた場所へと意識が向いてほしいという願いを込めて、「TRANS」と名付けました。
参考文献
「フィールド・レコーディング 現代美術用語辞典ver.2.0」, Art scape, https://artscape.jp/artword/index.php/フィールド・レコーディング中原中也著, 「山羊の歌」, 「妹よ」より一部抜粋https://www.aozora.gr.jp/cards/000026/files/894_28272.htm