田舎坊主の読み聞かせ法話

田舎坊主の愛別離苦<花見宴のあと>ー夜桜と突然の遷化ー


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<夜桜>

私が再婚して2年後の春、寺の境内にある一本の桜の下で夜桜の宴席を計画した。

そのころ私は役場の教育委員会に非常勤で勤務していて、集まった15人ほどの仲間は宴会が始まると、ほとんど4月の人事異動の話に花を咲かせていた。

宴もたけなわのころ、住職の父親が庫裡からやってきて、「ワシも中に入れてくれんか」と、仲間入りしたのである。

父親は役場勤めも長く、集まったなかに当時の部下もいたこともあって、庫裡でじっとくすぶっていることに我慢できなかったのだろう。

役場勤めの後半をほとんど保育所の園長として勤務していたものだから、みんなは「園長先生」と親しみを込めて呼んでくれる。

父親が同席してからは、話題は役場の昔話に変わっていった。

「ああ、楽しいなあ」

「ええ花見やなあ」

と、久しぶりに役場の話をできたことがよほどうれしかったのか、「庫裡に入って呑もう」と、庫裡で花見の二次会がはじまったのである。

いつも帽子を欠かさなかった父親は夜11時を過ぎたころ、押入れの中からたくさんの帽子を出してきて、「この帽子の中から、好きなものを持って帰れ」といいながら広げ、友人たちはそれぞれ好みのものを一つずつ手にして、この日の夜桜花見はお開きとなった。

みんなが帰ったあと、風呂好きの父親に「今日は酒を呑んでるから、風呂に入ったらあかんで」といって、私はお寺から5分ぐらいの処にある自宅へ帰った。

<突然の遷化>

翌日、私は妻と昼頃には帰るつもりで奈良法隆寺の壁画展に行くため、朝から出かけた。

昼過ぎ、家に帰り着くと、「帰ったらすぐお寺に来るように」との走り書きが自宅の玄関におかれていた。

寺に着くと親戚のものが庭を掃いていて「はやく、はやく」と私を庫裡へと急かした。

行くと、床の間には、白い布がかけられた父親が寝かされていたのである。

「まさか・・・・」

血の気が引くのを感じながら、母親に事情を聞くと、父親は昨日の夜には言われたとおり風呂には入らず、朝10時ごろ朝風呂に入った。ところが一時間過ぎても出てこないので母親が見に行ったら、湯船のなかで息絶えてぐったりしていたというのだ。

昨夜、みんなに帽子を手渡したのは、まるで己の死を予測していたかのような、形見分けの儀式だった。

 *

野辺の送りには、境内の満開の桜と、多くの友人知人の見送りを受け、御仏の子として生まれ、やがて御仏の懐に還っていくという御詠歌、

   あじの子が あじのふるさとたち出でて

   またたち還る あじのふるさと

の詠歌衆の合唱に包まれ旅立った。

そのときです。

堅い満開の桜の花が不思議にも風もないのに、まさに桜に心ありとばかり、旅立つ父親に散華するがごとく、見事に舞い散ったのである。

合掌

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7月からのシーズン3の読み聞かせ法話の本は

2009年に出版した「田舎坊主の愛別離苦」です。

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田舎坊主シリーズ

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田舎坊主の読み聞かせ法話By 田舎坊主 森田良恒