お聴きいただきありがとうございます。列島全土を旅した経験をもとに、特に印象に残っている光景のひとつである「北海道・小麦畑の平原」を音楽にあらわしました。肌で感じたフィーリングという素材を丸ごと出しておりますので、想像で作られたものよりも近い距離感でお聴きいただけるかと思います。旅をテーマにすると壮大な舞台がイメージされがちですが、実際は何もかもが手元にあり、そこはかとない寂しさと形容しがたい解放感の中で小さな世界をひとつずつ模索していく地道かつささやかなものです。大規模なオーケストラは風景そのものを猛々しく精緻に描くことができますが、風景を前にしたひとりの人間の心情を表現するにはどうしても距離が離れてしまい、空気の隔たりや疎外感など「自分とは関係の薄い世界」といった印象を受けかねません。自己の小ささとそびえる風景の大きさに葛藤を抱きながらも一歩ずつ進んでいく旅の手触りを出すには、風景よりも人そのものを主役として扱う必要があります。「旅される風景」ではなく「旅をするもの」に重きを置いて、能動的な近景の表現につとめました。