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「これだけは言っておかなければ」
と、私はA子の踏まれた靴のかかとを静かにめくりあげて、その時、私は思わず、「あっ!」と、息をのんだ。
なんと、めくりあげた靴底はすり減り、ヒール部分を強化するための格子状の物だけをわずかに残して、見慣れた玄関のタイルが見えているのだ。
私は間を置かず、めくりあげたかかとを押し倒し、元の踏まれた状態に戻した。
そのとたん私は胸が熱くなり、涙がこみ上げてきた。
「この子にはこの靴しかないのだ。はじめて行く家で、しかも他人の家に2週間ほど泊まるのに、履いてくる靴がこれしかないのだ。この子には身寄りがないかもしれないし、もちろん小遣いをくれる家族もいないのだ。」
そう考えると、この子が無性にいとおしくなった。
この子が帰るときには新しい靴を買ってやりたいとも思ったが、それは規則でできないし、もちろん小遣いを与えることなども厳しく禁止されている。
できることは物を与えることでも、何かを教えることでもない。
本当の家族として優しく温かく接することなのだとあらためて思った時、私の中から「これだけは言っておかなければ」という思いはすでに消えていた。
この子はもう15歳、花も恥じらう立派な乙女なのだ。靴のかかとを踏んでいるのは、「穴のあいた靴を見られたくない」という恥じらいもあったのだろう。
「こうすれば、もう少し長くはける」という思いもあったかも知れない。
坊主という立場もあり、老婆心ながら偉そうに説教しようとした己を心から恥じた。
靴を粗末に扱い、新品の時からかかとを踏む若者もいる。
しかし粗末に扱って靴を踏む者ばかりではないのだ。
この子を預かることで何かを教えてやろうと考えていた自分が情けなくなった。
というより、むしろ反対に、この子が我が家にいた2週間の最初の一時間足らずで多くのことを教えてもらった。
世の中は見た目だけで判断できないのだ。
A子は食事の後かたづけなどを手際よくこなした。よく躾られていたし、多分、施設ではみんなの手本になっていただろうことは容易に想像できた。
寝るときには「古新聞を貸して下さい」といって、スカートを寝押ししていた。
今、寝押しを知っている子どもはいるだろうかと思いながらも、ふり返って我が家でも、アイロンを使わなくてもできるのだとあらためて考えさせられた。A子のスカートはすでにテカテカと言うよりピカピカに光っているほど、永くはかれているのが見て取れた。
それにしても、底がすり減るほど履かれた靴や、光ったスカートのように、今の人々がなくしている「物を大切にする心」をA子は持っている。
ある日、A子を高野山に連れて行った。途中、大きなお地蔵さまの前に車を止め、A子と共に手を合わせた。
A子はそのお地蔵さまの顔をじっと眺めていた。その姿は何かを一心に祈っているようだった。
ショートステイの期間中、できるだけA子と会話し、いろんな物を見せてやりたいと思いながら、あっという間に2週間が過ぎた。
合掌
4月からのシーズン2の読み聞かせ法話の本は
後に「田舎坊主シリーズ」とつながる第1弾です。
田舎坊主シリーズ
「田舎坊主の合掌」https://amzn.to/3BTVafF
各ネット書店、全国の主要書店で発売中です。
「田舎坊主の七転八倒」https://amzn.to/3RrFjMN
「田舎坊主の闘病日記」https://amzn.to/3k65Oek
「田舎坊主の愛別離苦」
「田舎坊主の求不得苦」 https://amzn.to/3ZepPyh
電子書籍版は
・アマゾン(Amazon Kindleストア)
・ラクテン(楽天Kobo電子書籍ストア)
にて販売されていま
「これだけは言っておかなければ」
と、私はA子の踏まれた靴のかかとを静かにめくりあげて、その時、私は思わず、「あっ!」と、息をのんだ。
なんと、めくりあげた靴底はすり減り、ヒール部分を強化するための格子状の物だけをわずかに残して、見慣れた玄関のタイルが見えているのだ。
私は間を置かず、めくりあげたかかとを押し倒し、元の踏まれた状態に戻した。
そのとたん私は胸が熱くなり、涙がこみ上げてきた。
「この子にはこの靴しかないのだ。はじめて行く家で、しかも他人の家に2週間ほど泊まるのに、履いてくる靴がこれしかないのだ。この子には身寄りがないかもしれないし、もちろん小遣いをくれる家族もいないのだ。」
そう考えると、この子が無性にいとおしくなった。
この子が帰るときには新しい靴を買ってやりたいとも思ったが、それは規則でできないし、もちろん小遣いを与えることなども厳しく禁止されている。
できることは物を与えることでも、何かを教えることでもない。
本当の家族として優しく温かく接することなのだとあらためて思った時、私の中から「これだけは言っておかなければ」という思いはすでに消えていた。
この子はもう15歳、花も恥じらう立派な乙女なのだ。靴のかかとを踏んでいるのは、「穴のあいた靴を見られたくない」という恥じらいもあったのだろう。
「こうすれば、もう少し長くはける」という思いもあったかも知れない。
坊主という立場もあり、老婆心ながら偉そうに説教しようとした己を心から恥じた。
靴を粗末に扱い、新品の時からかかとを踏む若者もいる。
しかし粗末に扱って靴を踏む者ばかりではないのだ。
この子を預かることで何かを教えてやろうと考えていた自分が情けなくなった。
というより、むしろ反対に、この子が我が家にいた2週間の最初の一時間足らずで多くのことを教えてもらった。
世の中は見た目だけで判断できないのだ。
A子は食事の後かたづけなどを手際よくこなした。よく躾られていたし、多分、施設ではみんなの手本になっていただろうことは容易に想像できた。
寝るときには「古新聞を貸して下さい」といって、スカートを寝押ししていた。
今、寝押しを知っている子どもはいるだろうかと思いながらも、ふり返って我が家でも、アイロンを使わなくてもできるのだとあらためて考えさせられた。A子のスカートはすでにテカテカと言うよりピカピカに光っているほど、永くはかれているのが見て取れた。
それにしても、底がすり減るほど履かれた靴や、光ったスカートのように、今の人々がなくしている「物を大切にする心」をA子は持っている。
ある日、A子を高野山に連れて行った。途中、大きなお地蔵さまの前に車を止め、A子と共に手を合わせた。
A子はそのお地蔵さまの顔をじっと眺めていた。その姿は何かを一心に祈っているようだった。
ショートステイの期間中、できるだけA子と会話し、いろんな物を見せてやりたいと思いながら、あっという間に2週間が過ぎた。
合掌
4月からのシーズン2の読み聞かせ法話の本は
後に「田舎坊主シリーズ」とつながる第1弾です。
田舎坊主シリーズ
「田舎坊主の合掌」https://amzn.to/3BTVafF
各ネット書店、全国の主要書店で発売中です。
「田舎坊主の七転八倒」https://amzn.to/3RrFjMN
「田舎坊主の闘病日記」https://amzn.to/3k65Oek
「田舎坊主の愛別離苦」
「田舎坊主の求不得苦」 https://amzn.to/3ZepPyh
電子書籍版は
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にて販売されていま