田舎坊主の読み聞かせ法話

「靴のかかとを踏む子 ーその子はわが家にやってきたー」田舎坊主のぶつぶつ説法


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私は5歳の次女を胆道閉鎖症という難病で亡くしたあと、ある種の虚無感にとらわれた。

当時日本でも数えるほどしか患者がいないと言われたこの病気の権威者が北にいると聞けば北に飛び、手術を成功させた医師がいると聞けば西に飛び、同じ病気で予後がよい子供がいると聞けば南に飛んだ。

生後間もない頃から5年間の娘の闘病の姿を、家族が必死になって見守り、共にがんばってきた情熱は、死という形でピリオドを打った。

この時の例えようのない脱力感、一人の子供がいなくなった空白感、苦痛や不快感を訴える声がなくなった静寂感は、むしろ悲しみを増幅させた。

そんな折り、ある養護施設の先生から、ショートホームステイ事業のステイホームとして協力してほしいという話があった。

私は二つ返事で承諾した。

この施設では、何らかの理由で家族と離れて生活する必要のある子供や、全く身寄りのない子供たちが共同生活をするのだ。

その子どもたちがこの施設を巣立っていく前に、一般の家庭で2週間程度、実際の家庭生活を体験するのがこのショートホームステイ事業である。

施設を出て行くと同時に養子として引き取られていく子ども、就職が決まって寮生活に入っていく子ども、縁のある親戚に引き取られていく子ども等々、これから先が本当の社会の荒波にこぎ出していくのだ。

その子どもたちに、家庭における子どもの役割や社会で適応できるようになるための予備訓練的なものがこの事業である。

ステイホームを受け持った5年間の中で出会った一人の少女A子は、永く私の記憶から消えることはない。

A子は中学校卒業後、この施設を出るという。その巣立ちの前に私の家にやってきた。

A子は先生と二人でやってきて、玄関でピョコンと頭を下げて、

「よろしくお願いします。A子です。」と、可愛く挨拶した。

同行の先生は、「それじゃ、お願いします。」と言って帰っていった。

A子は黒色の靴を玄関出口の方向に向きを変え、二つそろえて部屋に上がっていった。

よく躾られた子だなと思ったが、そのそろえられた靴を見て、私はその靴のかかとの部分が踏まれていたのが気になった。

というのも私自身、靴の後ろを踏むことは大変嫌いなのだ。

靴はちゃんとかかとを立てて履く物なのだと常に思っているし、かかとを踏むならサンダルでいいではないかと思っている。

大げさに聞こえるかもしれないが、靴を作った人のことを考えたとき、それは大変失礼なことだと思うのだ。

しかも、このかかとの部分は製造過程でも一番心を込めて丹念に作らなければならないと聞いたことがある。

今、靴の値段は破格になっているが、だからといってかかとの部分を踏んで粗末に扱っては申し訳ないような気がするのだ。

合掌


4月からのシーズン2の読み聞かせ法話の本は

私の初版本で、2002年に出版した「田舎坊主のぶつぶつ説法」です。

後に「田舎坊主シリーズ」とつながる第1弾です。

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田舎坊主の読み聞かせ法話By 田舎坊主 森田良恒