銀器・食卓調度コレクションで、疑いも無く最も重要な展示品に数えられるのが、グラン・フェルメイユです。フランスにおける金細工の最高峰を示すこのセットは、当初40点の食器からなるものでした。これに1850年頃ウィーンの銀工房で追加品が制作され、食器は140点となりました。今日、この豪華なセットは4500点の食器からなり、重さも1トンを越えるものです。全て銀器に熱金メッキを施したもので、この技法がフランス語で「フェルメイユ」と呼ばれています。このセットにまつわる物語も興味深いもので、ナポレオンの出世から失脚に至る運命と密接に結び付いています。1808年に注文された豪華なセットの注文主は、ナポレオンの義理の息子ユジーヌ・ド・ボーアルネと考えられています。制作を担当したのは、パリのマルタン=ギョーム・ビエネとミラノの金細工師エウジェニオ・ブルーサです。セットは、1805年から1814年までイタリアの副王であったボーアルネが、ミラノの宮廷で用いるため注文したのです。 完成したセットはミラノに届けられましたが、ナポレオンの失脚後、ロンバルジア=ベネト王国はオーストリア領となりました。ウィーン会議での取り決めによりフランツ皇帝は、ボーアルネからセットを買い取らねばなりませんでした。1816年、皇帝はカロリーネ=アウグステとの4回目の結婚に際し、セットをウィーンに取り寄せました。このとき、食器に刻まれたイタリア王ナポレオンの紋章が、フランツI世の紋章と取り替えられました。