99.2.mp3
「はい…ええ…そうですか…分かりました…。」
電話を終えた古田は首を回して凝った肩をほぐした。
「どちらからですか。」
「いや、ちょっと…。」
「まさか課長からですか。」
「いや。」
「いいじゃないですか警部。」
パソコンを睨んでいた冨樫が神谷の詮索を止めた。
「ねぇ古田さん。」
古田はニヤリと笑って冨樫に応えた。
「あ…冨樫さん。」
「マサでいいですよ。」
「あぁマサさん。ちょっと検索して欲しいんやけど。」
「なんでしょうか。」
「平仮名で『ほんまごと』っちゅうサイトねんけど。」
「『ほんまごと』?ですか?」
「おう。」
素早く彼はそのサイトを画面に表示させた。
「え…なんですかこれ…。」
「うん?」
「これ…熨子山事件のこと書いてあるブログじゃないですか。」
「おう。マサさんはこれ知らんかったんけ。」
「ええ…ちょっと待って下さいよ…。これ…そこいらの週刊誌とかよりもよっぽど確度が高いネタ転がっとるじゃないですか。」
「どこらへんが?」
「ほら…山県久美子のレイプ事件の件とか、警察内部の権力闘争とか、ツヴァイスタンの影とか…。」
冨樫の側に寄った神谷もその画面を見つめた。
「ほんとうだ…。」
「これプロでしょ。」
「多分。」
「こんだけ深い内容ってことは、ネタ元は当時の関係者ですね。」
「そうやろうな。」
「ちゃんと取材して記事にしとる。」
「多少の間違いはあるけどな。」
古田は冨樫にサイトをリロードするように言った。
「あ。」
「どうした?」
「新しい記事が…って…これ…。」
煙草の煙を吹き出した古田は遠い目をしている。
「これ…完全にリークじゃないですか…。」
「何て書いてあるけ?」
古田のこの問いかけに、神谷は「至急報1」とタイトルに書かれた記事を読みだした。
ここでは熨子山事件に関する情報を私なりに取材し、裏を取り、記事にしてそれをアップしている。その情報の真贋は読者に委ねている。言うなれば仕入れた材料を自分なりに料理し、それを世に出して評価を仰ぐというもので、料理人のそれに似ているかもしれない。しかし、今回はその料理を放棄させていただく。ネタ元からの情報をそのままここにアップする。仕入れ材料をそのまま提供することにする。
何故か。ネタの鮮度が重要だからだ。ぼやぼやしていると、この新鮮な材料は一瞬にして腐ってしまう。よって私の方で料理をせずに、採れたままのものを提供してみようと思う。読者に皆さんでその真贋を見極めて欲しい。
ー藤堂豪は鍋島惇だー
結論から書こう。信頼できるネタ元(以後、X氏とする)によると過日発生した金沢銀行殺人事件の重要参考人である藤堂豪は熨子山事件にも登場した鍋島惇である。
「え…。」
「とんでもない暴露記事ですな…。」
「警部。続けて。」
このブログを御覧になっている方は「何言ってんだ?」と思われるだろう。そう鍋島惇は熨子山事件で村上隆二によって七尾で殺害された。これは県警からの公式発表でも明らかである。実はこれが大きな間違いの第一歩だった。
ー村上殺害時の県警による嘘ー
逮捕時に怪我をした村上隆二は入院することとなった。そしてその入院先で何者かによって殺害された。
病院内の警備は万全だった。しかし何故か犯人はその監視の目をかいくぐって村上の殺害を成し遂げた。
当時の警察発表では犯人の目撃情報は無かったことになっている。病院内に設置されたカメラも旧式で映像の解析は困難。村上殺害は迷宮入りとなった。
しかし今回、X氏からもたらされた情報はそのすべてをひっくり返すものだった。
実は監視カメラの映像は極めて鮮明なものだったというのである。そしてそこには当時死んだと思われていた鍋島惇本人の姿が写り込んでいたのである。
つまり鍋島惇は七尾で殺されていなかったのである。殺されていないどころか、この時村上を殺すために病院へやってきていたということになる。
そのような証拠がありながら警察はなぜ嘘をついたのか。
ー警備担当者の死ー
実は当時、村上の警備担当者が事件後、日本海岸で水死体で発見されている。警察発表は自殺。自分の警備の不手際によって被疑者を死に至らしめてしまったことを苦に自殺をしたというものだ。自殺であるため世間にはこの事実は伝わっていない。ここでX氏は衝撃的な事実を告白した。「警備担当者は自殺ではない。他殺だ。他殺を自殺として警察は処理した。」
警察が意図的に他殺を自殺とすることはありえるのかという議論はここではしない。ただX氏が言うことをそのまま記すと、事件当時の事情を最も分かっているはずの重要人物が、何者かの手で葬られたことになる。
ー協力者の存在ー
カメラ映像の嘘と担当者の死の隠蔽。この2つに共通して言えることはただ一つ。鍋島惇の生存を知られたくない人間が、警察内部にいたということだ。言い換えれば鍋島の協力者である。この協力者とは一体誰か。それはこの後に書くこととする。
「鍋島が残留孤児ってことだけじゃなくて、ツヴァイスタンとの関係までも書いとるんか…。」
神谷の朗読の声に耳を傾けていた古田は、いつの間にか冨樫のパソコンの前に立って画面を覗き込んでいた。
「ええ…。残留孤児の件は過去に別で記事で詳しく書いてあります。リンクも貼ってあります。」
冨樫は鍋島の経歴のことを記載してある記事を別のタブで開いてみせた。
「なるほど。ここには熨子山事件の情報の蓄積があるんやな。」
「そうみたいですね。かなりの情報量です。」
「見る人がここを見れば、その全容が掴めるっちゅうわけか。」
「ただ、すべてが時系列で綺麗に纏まっていないんで、理解するには時間がかかると思います。」
「確かにぱっと見では理解できんかもしれませんね。」
「今回の記事では山県久美子のレイプ事件についても取り上げられていますね。」
「これだけの情報を一度にリークできる人間って…。」
こう言った神谷は古田を見つめた。
「X氏は片倉課長ですね。」
古田は頷いた。
神谷は再びパソコンを覗き込み、今回の記事の最後の行を読んだ。
「X氏は鍋島は3年の年月を経てこの地に帰ってきていることは確かであり、地元住民は鍋島に十分注意する必要があると警告する。彼は「事件後整形手術を繰り返し、鍋島はいまの藤堂豪の顔を手に入れた。事件当時の鍋島惇の面影は残っていない」とも言う。
これから私はX氏からもたらされる第二、第三の情報を連続してこのブログにアップする。現在進行中の事件の情報であるため、市民の注意喚起を踏まえて読者諸君には拡散を希望する。」
大きく深呼吸した神谷は冨樫に尋ねた。
「冨樫さん。こいつSNS駆使して拡散できますか。」
「…。ええ、当然です。」
「古田さん。」
「はい。」
「拡散は、とりあえずこの石川県を中心としたものに止めようと思います。」
「なぜ?」
「こいつは鍋島に対する市民への注意喚起と奴の情報提供を求めるものです。直接的に関係のないところに拡散しても、混乱を招くだけですから。」
「いいでしょう。」
古田は納得した表情で頷いた。
「…ですがそれだけですか?」
「…いえ。」
「と言いますと。」
「イヌに感づかれるとマズいですから。」
「イヌ…。それはすなわち朝倉ですか。」
神谷は頷いた。
「さすがですな。警部。もう状況を呑み込んでいらっしゃる。」
「身内の人間を自分の都合で抹殺するなんて、警察の風上にも置けませんから。」
「気持ちいい言葉です。やりましょう。」