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朝戸は商業ビル1階まで降りてきた。
ー藤木さんよ…。あんたやっぱり警察の人間だったんだな…。
偶然が過ぎた。沙希が眠る寺で偶然出会い、宿も偶然一緒。これを縁としてセバストポリとかいう喫茶店で食事し、他愛もない話で世代を超えて盛り上がる。沙希の姿を投影した山県久美子の様子を見て、気を落ち着かせようと彼女の勤務先の近くにいると、ここでもまた偶然、藤木と遭遇。そこでまさにこのコーヒーチェーン店で自分の孤独について吐露した。このコーヒーチェーン店で記憶は消え、気がつくと宿に自分の身があった。どうやら帰路で気を失って倒れていたところを偶然、藤木に助けられたらしい。
ここまでくると偶然とは言いにくい。朝戸は意識して藤木と接点を持っていたわけではない。となるとそうだ。藤木の方が朝戸との接点を意図的に持っていた。そう考えるのが自然だ。
薄々わかっていた。しかしそれを信じたくなかった。だから気づかないふりをしていた。
これが「情愛」か。
藤木との交流を通じて朝戸が知った人間としての温かみ。これまでの孤独に沈んでいた彼にとって、それは何かに似た体験だった。
この感覚は何だ。
わからない。
だが朝戸が藤木を排除できなかった理由はここにあるはずだ。
こういった心の揺れはその奥底で、人間的なつながりに対する希求を無意識に芽生えてさせているのだろうか。
しかし朝戸はまだその情愛を完全に受け入れる準備ができていなかった。
藤木との邂逅は「偶然」ではなく「計画」だった。それがつい先ほど、この藤木と遭遇した事が証明した。このことは彼の警戒心と猜疑心を再燃させた。
すべては監視の下にあった。
幻想だった。
何もかもが。
俺の運命はやはり決まっている。
すべてを破壊し、孤独なまま終わる。
これしかないのだ。
森本「ところで椎名は本当にあの手の武器を使いこなせるんですか。」
ふと警察無線に意識が向いた。6階で藤木と遭遇してからというもの、朝戸はろくに無線のやりとりを記憶していなかった。
ー椎名…。誰だ、椎名って。
岡田「使いこなせなかったら、何のコスプレだ。」
森本「にしても物騒すぎます。」
岡田「貴重な戦力なんだ。今の俺らにとって。SAT同様に。」
現場2「車両、別院通り口検問突破。」
ー車両?検問突破…?
朝戸は大きく息を吸った。そしてゆっくりと吐き出す。
ー俺が鼓門の下に移動する。これが合図のはず。いま、車両が検問突破って言ったよな。
唸るようなエンジン音が遠くに聞こえた。それはこちらの方に近づいてくる。音の方を見ると、鼓門前の道路の先から金沢駅に向かって一台のSUVが走ってきていた。
話が違う。朝戸はそう思った。
ーうん?
速度を落とさずにこちらに突っ込んでくるSUVの姿を、視界から遮るようにひとりの人間が立ちはだかった。
背中にロケットランチャーのようなものを担ぎ、自動小銃を小脇に抱えている。
森本「ところで椎名は本当にあの手の武器を使いこなせるんですか。」
岡田「使いこなせなかったら、何のコスプレだ。」
ーあれが…椎名?
視界から一旦消えたSUVは左に右に蛇行し、そのまま鼓門の一方の柱に大きな音を立てて衝突した。
それを見た朝戸は咄嗟に携帯電話を手にした。
「ほら一番最後にシステムメンテナンスってところがあるだろう。」
「それは隠しリンクだ。その中にお前さんの欲しいものがある。」150
ウェブサイトを開いた朝戸はシステムメンテナンスの文字をタップする。
画面の中央に表示されたGOと書かれたボタンを見つめた。
「起爆装置だ。」
「起爆装置?」
「あぁ。明日こいつを使え。お前の望む派手目のことが起こる。」150
爆発音
鼓門に激突した車両が轟音を立てて爆発した。
「え…。」
朝戸は携帯を見た。まだ自分の指はボタンを押していない。
「なぜだ…。」
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「何やってんだ!あの馬鹿野郎!」
「Что ты творишь, сукин сын!」
(Shto ty tvorish’, sukin syn!)
金沢駅西口に車両を止め、そこでモニターを見ていたヤドルチェンコは吠えた。
「あいつ…車に人が乗ってるのに爆破させやがった!」
車両の後部座席に座っていた彼は、助手席の後ろを激しく蹴った。
「1、2、3班。行動開始。」
助手席に座っていた副官らしき男が冷静な様子でヤドルチェンコに報告した。
ヤドルチェンコは両手で顔を拭った。
「なんで出だしから味方があいつに吹っ飛ばされるんだ…。」
「何かの手違いかもしれません…。」
「くそったれ!」
「Сука!」
(Suka!)
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爆発と共に煙がもてなしドームに充満する。辺りの様子はよくわからない。ランボーのような出で立ちの椎名と言われる男の姿も見えない。まさか今の爆発に巻き込まれたのか。しばし呆然とその様子を見ていた朝戸はふと人の気配を感じて身を隠した。
商業ビル1階のアパレルショップの中。吊しの服の間から黒ずくめの姿が見えた。フルフェイスヘルメットに防弾ジャケット。小銃を抱えている。ひとり、ふたり…。いや両手で数え切れない人員がそこに居るではないか。
ーあれか…SATとかって警察の特殊部隊か…。
銃声がどこからか鳴り響く。パンパン。パパパン。パパパパパパン。次第にその音は増え、けたたましい銃声となった。一方から銃が撃たれ、それに応射するように別の方から発砲される。
銃弾が商業ビルのガラスに当たり、店のガラスが割れた。
突如として、ドサドサという足音と共にアパレルショップに潜んでいたSATが割れたガラスを踏み越えて、鼓門の方面に展開を始めた。
岡田「貴重な戦力なんだ。今の俺らにとって。SAT同様に。」
ーつまり、あのランボー野郎は警察方の人間か。
やがて、もてなしドームに充満していた煙が徐々に晴れてきた。
朝戸の視界からも現場の全景が見える程度まで視界が晴れてきたとき、彼の目にランボー野郎の姿が映った。
ランボー野郎は鼓門の柱基礎部分でうずくまるようにして倒れていた。
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「本部から各所。SAT展開確認。これより制圧に入る。各員は市民の安全確保を最優先しつつ、周辺の警戒を徹底せよ。」
身をかがめながら外の様子を覗う駅交番の三人。この無線を聞いた彼らはお互いの顔を見合った。
児玉「風の影響か、少しだけ視界が開けたぞ。」
児玉が言った。
吉川「椎名はどこだ。」
この駅交番からは彼の姿は見えない。
相馬「まさか爆発に巻き込まれたとか…。」
ウ・ダバは駅交番から見て1時から2時方向から銃を撃ちながら鼓門に向かっている。それを商業ビルから出たSATが鶴翼の陣のようなフォーメーションで、一部がウ・ダバの後背に回り、包み込むようにもてなしドームへ圧迫させようとする。しかし敵も然る者で、組織的に動くSATとは反対に、個人個人が独創的な動きを展開。激しい銃撃戦となった。
吉川「よし、俺が行く。」
すでに武装を完了していた吉川はインカムマイクに話しかける。
「司令、司令。こちら特務吉川。」
「特務吉川、こちら司令。」
「金沢駅の銃撃戦において警察に加勢する。」
「了解。これよりSATの一員として貴様はその指揮下に入れ。無線周波数もそちらに切り替えろ。」
「了解。」
「健闘を祈る。」
児玉に警察との連携を託して、吉川は銃声が鳴り響く方に向かっていった。