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すべてを解決するのは、「愛」ではなく「あわれみ」なのかもしれません。ならば、「愛」と「あわれみ」の違いは、どこにあるのでしょうか。そしてなぜ今、「あわれみ」だと思うようになったのでしょうか。「まっすぐに流れる河はない」とあるように、人生も物事も順調に進むばかりではありません。「抵抗なしに進む考えはない」とあるように、悩みや迷いが生じ、思いがけない流れに巻き込まれてしまうこともあります。そのように人生も物事も、いつも私たちに問いかけてきます。この問いを受けた、「悲しめるもの」が「骨を曲げて」眠る姿は、まるで河底の石のようです。上流から流れに任せて転がり、角が削られ丸くなっていく石。濁った水が清らかになり光が射すのを待つかのように解決方法を探し続けるその姿。長い時間をかけて丸くなっていった石は、流れていくうちに変化し受け入れていくことを覚えていきます。だからこそ時に誰かを傷つけることもある「愛」ではなく、互いの弱さも立場も理解し思いやる「あわれみ」の力に気づかされたのかもしれません。<文・白根直子>
By 永瀬清子の世界すべてを解決するのは、「愛」ではなく「あわれみ」なのかもしれません。ならば、「愛」と「あわれみ」の違いは、どこにあるのでしょうか。そしてなぜ今、「あわれみ」だと思うようになったのでしょうか。「まっすぐに流れる河はない」とあるように、人生も物事も順調に進むばかりではありません。「抵抗なしに進む考えはない」とあるように、悩みや迷いが生じ、思いがけない流れに巻き込まれてしまうこともあります。そのように人生も物事も、いつも私たちに問いかけてきます。この問いを受けた、「悲しめるもの」が「骨を曲げて」眠る姿は、まるで河底の石のようです。上流から流れに任せて転がり、角が削られ丸くなっていく石。濁った水が清らかになり光が射すのを待つかのように解決方法を探し続けるその姿。長い時間をかけて丸くなっていった石は、流れていくうちに変化し受け入れていくことを覚えていきます。だからこそ時に誰かを傷つけることもある「愛」ではなく、互いの弱さも立場も理解し思いやる「あわれみ」の力に気づかされたのかもしれません。<文・白根直子>