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「ホントの心」で通じ合うことを心の底で願っていても叶うことはない。「義理と思惑」で動く世の中では、心は届かないという嘆きばかりです。では、「ホントの心」とは何なのか。嘆くしかないのでしょうか。仮に「ホントの心」が届けば、全ては解決するのでしょうか。この詩は、これらの問いに答えを与えてはくれません。なぜならば、これらは人生の不条理ともいえる、誰にも答えられない問いだからです。ここで漢字の「本当」ではなく「ホント」とカタカナで表記することで、重い主題に独特の軽みを与え、読者の心に入りやすくなっています。詩人の井坂洋子さんは、「現代詩は、習熟した答えよりも問いの深さに軍配をあげ、自分サイズの完成よりも永遠の未完を評価する傾向がある」ことにふれ、その上で永瀬清子の詩を「伝統的な技法の延長線上にありながら、技法の隅々を実らす豊かさがある」と評価し、その理由として永瀬清子が「答え(認識)の側の詩人であったからではないか」と指摘しています(『永瀬清子』五柳書院 2000年11月)。安易な答えに満足することなく、答えが出ない問いに答え続け、本質を求め続ける永瀬清子。こうしたところにも永瀬清子の詩の特徴があるといえるでしょう。<文・白根直子>
By 永瀬清子の世界「ホントの心」で通じ合うことを心の底で願っていても叶うことはない。「義理と思惑」で動く世の中では、心は届かないという嘆きばかりです。では、「ホントの心」とは何なのか。嘆くしかないのでしょうか。仮に「ホントの心」が届けば、全ては解決するのでしょうか。この詩は、これらの問いに答えを与えてはくれません。なぜならば、これらは人生の不条理ともいえる、誰にも答えられない問いだからです。ここで漢字の「本当」ではなく「ホント」とカタカナで表記することで、重い主題に独特の軽みを与え、読者の心に入りやすくなっています。詩人の井坂洋子さんは、「現代詩は、習熟した答えよりも問いの深さに軍配をあげ、自分サイズの完成よりも永遠の未完を評価する傾向がある」ことにふれ、その上で永瀬清子の詩を「伝統的な技法の延長線上にありながら、技法の隅々を実らす豊かさがある」と評価し、その理由として永瀬清子が「答え(認識)の側の詩人であったからではないか」と指摘しています(『永瀬清子』五柳書院 2000年11月)。安易な答えに満足することなく、答えが出ない問いに答え続け、本質を求め続ける永瀬清子。こうしたところにも永瀬清子の詩の特徴があるといえるでしょう。<文・白根直子>