オーディオドラマ「五の線2」

116.2 第百十三話 後半


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重い木製の引き戸を開き、壁に埋め込まれた照明スイッチを押すとそこは剣道場だった。
「相変わらず(゚ν゚)クセェな。」
剣道場から醸し出される独特の臭気に、佐竹は渋い表情を見せた。
「あれ?」
「なんです。」
「へぇ道場にエアコン入ってんだ。」
そう言って彼はそれの電源を入れた。
「あ、俺のときにはもう入っていましたよ。」
「あ、そうなの。」
佐竹は道場正面に礼をして中に入った。相馬と京子もそれに続いた。
「おい相馬。」
「あ?」
「俺らもいいんか。」
「おう。一応正面に礼して入ってくれ。」
「え?こうか?」
ぎこちない様子で相馬達の動きを真似た長谷部と麗も中に入った。
「ねぇ相馬君。なんでこの部屋に入るのにお辞儀なんかするの。」
麗が尋ねた。
「え?」
相馬は固まった。そこに何の意味があるかなんて今まで考えたこともなかった。
「下間さんだったね。この手の道場に入るのはじめて?」
佐竹が麗の質問に答えた。
「え…はい。」
「はっきりとした解説はできないんだけど、この場所を使用させていただきますっていう素朴な気持ちの表明だって俺は聞いたことがある。」
「え?誰も居ないのに?」
「そう。ほらよく八百万の神って言葉があるだろ。自然界の万物にはすべて神が宿っているって。この道場にもそういった神様がいて、いまからこの道場を使わせていただきます。なので使用している間は怪我や事故などが起こらないよう見守っていて下さいって会話をすることなんだと思う。」
麗はキョトンとした様子である。
「こういったすべてのものを大切にするっていう気持を大切にすることで、相手を敬う心を育成する。そんなところかな。」
麗とは反対に、改めて知る正面への礼の意味に相馬は納得した様子だった。
「いやぁ何にも変わってないな。ここ。」
「そうですか。」
「ああ。黒板に書かれてる内容以外は何にも変わっていない。まるでタイムスリップしたみたいだ。」
「あの…それで…。」
「ああごめん。本題に入ろうか。」
佐竹達五人は道場の中心に車座になって座った。
「相馬君、片倉さん。一色と稽古したんだってな。熨子山事件の前に。」
「はい…。」
「あいつ何か言ってたか。」
「あの…どうやったらこれ以上強くなれるかってことについてアドバイスしてもらいました。」
「へぇ。どんなの?」
剣道の形を大事にすること、かかり稽古の数を増やすこと、そして囲碁の本を渡されたことを相馬は佐竹に話した。
「囲碁?」
「はい。」
「…囲碁ね…。」
佐竹は腕を組んでしばらく考えた。
「どうしたんですか。」
「で、どうだったその本、役に立った?」
「正直僕、将棋くらいはやったことありますけど本渡されるまで囲碁なんか興味もなかったしやったこともなかったんです。なんでその本読んでもよく分からんかったんです。」
「あらら。」
「でも折角一色さんから渡されたんもんを、そこで投げ出すのもしゃくですから取り敢えず入門書片手にやってみました。すると囲碁のルール自体は単純だってわかりました。」
「どういうことかな。」
「碁のルールは自分の色の石で相手より広い領域を囲う。これだけです。僕が難しいって思っとったのは、盤面状態とかゲーム木の複雑さだったみたいです。」
「相馬君。ごめんだけど俺、碁やったことないんだ。俺にも分かるように説明してくれないか。」
相馬は困惑した表情を見せながら口を開いた。
「結論を言うと一色さんは囲碁を通して大局観を身に付けろって僕らに言ったんだと思います。」
「え?」
「どんな世界でもマニュアルみたいなものがあります。こうすればこう。ああすればああ。でもそんなマニュアルで全てがうまくいくんだったらこんなに楽ちんなことはありません。実際の現場では臨機応変の対応が必要です。ただし臨機応変って口で言ってて実際の行動はただのその場しのぎってパターンは結構あります。なんでそんなことが起こるのか。そう、そういう人はその場での形勢判断を的確に行う能力が不足しているからです。」
「その的確な形勢判断能力が大局観か。」
「はい。全体を俯瞰で見るんです。囲碁はその力を養うにはいいゲームです。俯瞰で見える盤面に必勝の形を見出して相手を引き込む。その戦略的思考を一色さんは囲碁を通じて僕らに伝えようとしたんだと思います。」
「そうか…。」
「一色さんはこうも言ってました。」
「じゃあ僕はどういう形をつくればいいんでしょうか。」
「え?」
「僕は出鼻小手が得意です。」
「…それは自分自身で考えな。」
「そんな…。」
「それが練習だよ。みんなで考えて解を導き出したら良い。」
「すいません。一色さん。」
「その必勝の形に相手をおびき寄せたり、試合の主導権を握れば合理的ってことですよね。」
「ああ。」
「でもそれができん時はどうすればいいんですか?」
「…それは勘がモノを言う。」
「勘…ですか?」
「ああ。それは反射神経以外のなにものでもない。」
「じゃあその反射神経を鍛えるにはどうすれば?」
「それは簡単さ。かかり稽古をひたすらやるしかない。」
「かかり…。」
「いやだろう。」
「…はい。」
「おれも嫌だよ。辛いだけだしね。こんなシゴキなんかなんの役に立つんだって僕も昔思っていた。でもその形が突破されてしまって、いざって時にこいつが効くんだよ。」
「いざですか…。」
「まぁそうならないのが良いんだけどね。」
「ふっ…。」
昔を振り返る相馬の言葉に佐竹は笑みを浮かべた。
「どうしたんですか佐竹さん。」
「結果として県体ベスト4。立派な成績だよ。」
「あ・ありがとうございます。」
佐竹は防具棚の方を見つめた。
「一色…。お前は死んだかもしれないけど、お前の戦略的思考法と行動は未だ生きているみたいだな。」
「どうしたんですか佐竹さん。」
「俺らには鬼ごっこ。こいつらには囲碁。」
「え?」
「それに剣道部の鉄の掟。」
「きっちり落とし前つけさせてもらうぜ。一色。お前の代わりにな。」
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オーディオドラマ「五の線2」By 闇と鮒

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