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「さ…さたけ…。」
鍋島の後方2メートルで木刀を手にした佐竹はサングラスをかけている。
「頭が痛いか?鍋島。」
自身の頭部を手で抑える鍋島を佐竹は遠い目で見つめた。
「別に…。」
「まぁ…お前に破滅に追い込まれた人間に比べれば、その痛みはクソみたいなもんだから我慢しろ。」
「て…てめぇ…。」
「その頭、昔っから出来が良かったよな。」
「あ…ん?」
「出来が良すぎて、一色の教えることすんなり覚えて、日本語も上達して、俺らなんかより難しい本読むようになって、テストでもいつも俺らより良い点取ってた。」
「…お前らのような愚民とは構造が違うんだ。」
「確かに構造が違う。普通の人間なら自分の邪魔をする存在すべてを、この世から消し去るなんて発想はできたとしても実行に移すなんてことはできやしない。お前は頭の構造も行動力も身体能力もおれら凡人のものとは違う。」
「ほう。珍しいな佐竹。お前が俺を褒めるなんて。」
「褒める?」
「あぁ。」
「勘違いすんなこのクソ野郎。」
「あん。」
「俺はお前を褒めてんじゃねぇんだよ。」
「けっ意味わかんねぇ。」
「そんだけすげぇ能力を持っていながら、その使い道を明後日の方に使ってしまったお前自身はクソだって言ってんだ。」
「なにぃ…。」
佐竹はポケットから折りたたみ式の古い携帯電話を取り出した。
「これ一色の墓の側に落ちてたぞ。」
「落ちてたじゃねぇだろ。着信あって赤松と二人してびびってたくせに。」
「ああビビった。」
「そういや赤松はどうしたんだよ。佐竹。なんで赤松がここに居ないんだ。」
「ここにあいつ連れてくるわけにいかないだろ。」
「なんで。」
「あいつも既にお前の妙な力に操られてんだから。」
グラウンドの中央に佇む古田は煙草を吸い始めた。
「ほう…どこで気がついた。」
「美紀だよ。」
鍋島は舌打ちした。
「俺と赤松が夜の熨子山に行った次の日から赤松が俺の動きを美紀に聞いている。」参照71
「…。」
「これを見ろ。」
佐竹は現在使用している携帯電話を取り出した。そこには山内美紀からのメッセージがずらりと並んでいる。
「美紀はいま何をしているかって俺に何度も聞いてきた。俺は精神の病気を持っているから、美紀のそういった探りを入れるメッセージには慣れている。だけどこの頻度は尋常じゃない。俺は美紀に聞いた。なんでそんなに俺の行動を監視するようなことをやるんだって。そしたら赤松が聞いてくるって。」
「クソが…。」
「ピンときたよ。俺の行動を監視する役を赤松が担っているって。」
「…。」
「会社じゃ橘さん。プライベートは赤松。そりゃ俺の動きが逐一お前に伝わるわけだ。まぁどこでどうやってお前が赤松と接触したかわからないけどな。」
「…。」
「ここで俺が赤松を疑って、あいつに探りを入れだそうもんなら俺らは同士討ちを始めるようなもんだ。俺と赤松の関係がうまくいかなくなれば、美紀の立場も気まずいものになる。こうやって俺らの信頼関係をぐちゃぐちゃにしてやろうってのがお前の企みなんだろ?」
「ふふふ…。」
「なんだよ。何がおかしい。」
「( ´,_ゝ`)クックック・・・( ´∀`)フハハハハ・・・( ゚∀゚)ハァーハッハッハッハ!!」
闇夜のグラウンドに鍋島の笑い声がこだました。
「相変わらず勘だけはいいな。佐竹。」
この言葉に佐竹は咄嗟に鍋島の胸ぐらを掴んだ。
「何だそのもの言いは。」
「熱くなんなよ。昔っからそうじゃねぇか。一色も言ってたぜ。あいつお得意の人物評ってやつだ。」
「一色が?」
「ああ。一色だけじゃない。村上も赤松も。」
「なに…。」
「あれこれ分析して科学的に何かを立証して適切な方法論を導き出す力にお前は劣る。それなのに何故かお前の勘による解はいつも最適解だ。」
「…。」
「厄介だよ。思考方法が読めない奴を相手にいろいろと策を張り巡らせるのは。結局、赤松とお前とを仲違いさせて消耗しきったところに絶望を与えてやろうと思ったんだが、その俺の策もお前の勘の前にあえなく崩壊したってわけか。」
鍋島は佐竹の手を振りほどいた。
「クソなんだよ。おめぇは。」
「なに…。」
「一色も、村上も、赤松も…どいつもこいつもクソだが、お前はそれ以上にクソだ。」
「なんだと…。」
「一色も村上はあからさまな正義感を振りかざす。それが目障りだった。一方、赤松にはそういった主張は特にない。いうなれば調整型の人間だ。だが調整役に回るってのは聞こえは良いが、誰からも悪く思われないように接するつまらん人間とも言える。」
「…。」
「そして佐竹。お前はそのどちらのクソなもんをちょうどいい塩梅で兼ね備えるクソの極みなんだよ。」
「なにぃ?」
「お前の人物評には続きがある。お前なりの絶対的な正義感を内に秘め決して表に出さない。しかし、もしその正義感に抵触するようなものを見つければお前は徹底的に処断する。そいつは普段から自分の主義主張をぶつける一色や村上よりもたちが悪い。なぜならお前がどこに価値の重きを置いているかわからないからだ。」
「何が言いたい。」
「いいか。お前はずるいんだ。一色とかよりもな。自分の立ち位置を普段から他人に見せないことで、自分のとった行為を正当化させる。後付の正義を振りかざしてな。」
「随分な言われようだな。」
「ああ。真実だ。」
「で。」
「で?」
「ああ。続きは。」
「けっ…。」
「何だよそれでおしまいか。」
「…それだよ、それ。そうやって他人にべらべら喋らせて、自分の保身を図れる場所を探してる。探してここなら大丈夫だって判断したら、正義の剣を振りかざす。その正義の剣を取り出すタイミングが絶妙だから、お前は打てば響くって評価を得られるんだ。」
「それがお前の俺の人物評か。」
「ああ。そうだ。そんなセコい生き方をしているお前が、大して頭も良くもないお前が、人よりちょっと直感が働くってだけで、平々凡々とした生活を送っている事が俺は許せん。」
「うるさい。このエゴの塊が。」
「な…に…。」
佐竹は手にしていた木刀を肩に担いで鍋島の周りをゆっくりと歩きだした。
「お前は単なる設計主義者だ。」
「あん?」
「自分の思い通りにすべて事を運ばせることにすべての意義を見出す。そのためには手段を選ばない。手段を選ばない結果、お前を取り巻く多くの人間が犠牲になった。さっき古田さんが読み上げた人間たちな。」
「お前に何が分かるよ。偽善を振りかざすお前に。」
「分からんよ。」
「何だと。」
「分からないし分かる必要もない。お前は結果的に多くの人間を殺めた。そこにどういった大義名分があろうと、この結果は決して受け入れられるもんじゃない。」
「けっ。」
「確かに俺はお前が言うようなクソ野郎かもしれない。でもな。このクソ野郎を信じて自分が死んだ後でも落とし前をつけさせようとした人間も居るんだよ。俺だけじゃない。自分と関わりを持った人間を信じて後を託した人間がな。」
「それが一色だとでも言いたいのか。」
「ああ。そうだ。」
「あっそ。」
「あいつはいつも最後の判断を俺たちに委ねた。自分はこうこうこう言う筋道でこう思っている。だからこういう方向で行こうと思う。だが実行するのは俺らだ。実行するかしないかは俺ら現場に任せるって具合に。」
「だからその回りくどいやり方が気に食わねぇんだよ。やれって言ったらやる。やるなって言ったらやらない。これで十分だ。」
「ほう。」
「なんだ。」
「じゃあ聞く。お前は一色がやれって言ったらやるのか?やるなって言ったらやらないのか?」
「…。」
「違うだろ。お前は設計主義者だ。お前はすべてを自分色に染めたい。そんなお前が他人の指図なんか受けるかよ。」
「…。」
「世の中いろんな人間が居る。百人百様の考え方を持っている。そんな中で自分の主義主張を他人に押し付けるなんてことをすれば、どこかに歪みが出てどこかでそれは爆発する。そんなことは一色は知っていた。知っていたからこそ判断は常に委ねた。俺らは高校時代、あいつの練習方法や作戦のレクを受けた。そしてあいつの音頭に乗った。確かに音頭を取ったのはあいつだが、それに乗ったのは俺らの自由意志によるところだ。お前もその中のひとりだろ。」
鍋島は無言である。
「俺もお前も赤松も村上も一色も、剣道を通して得るものとして自分の思い描くものは別々だったかもしれない。だけど目下の大会でいい成績を収めたいというのは共通認識としてあった。それを実現するには一色の案がベストではないとしてもベターだと判断した。だから力を合わせて練習に打ち込んだ。…鍋島…お前、回りくどいって言っただろ、いま。」
「ああ。」
「回りくどいもんなんだよ。世の中は。何かをしようと思えば何かが邪魔をする。その邪魔をいかに説得して、妥協を図るか。この連続なんだ。少なくともここ日本ではな。」
「俺はその手法が効率的でないと踏んだ。変化が必要な時、スピードが大切だ。その為には他人の言うことに耳を傾けている余裕はない。邪魔をするやつは力で排除しないといけない。」
「その最も効率的な方法が洗脳と暴力か。」
「そうだ。それでしか革命は成し得ない。」
佐竹はポリポリと頭を掻いた。
「やっぱり無理だな鍋島。」
「なに?」
「無理だよ鍋島。そんな設計主義のお前もお前のさらに上の設計主義者によって設計されている。」
「どういうことだ。」
「ツヴァイスタンや鍋島。」
グランドの中央に立って煙草をくゆらす古田が声を上げた。
「おめぇは自分なりのご立派な思想を持っとるんかもしれん。救済の手始めは金。どんなゴタクよりも金。経済的援助のない励ましはただの偽善。そうやよな。」
「なんだ…。」
「その金のありがたみをお前は下間芳夫というツヴァイスタンの工作員から教えてもらった。ツヴァイスタンこそ自分らのような恵まれん環境にあるもんを救ってくれる。口だけの援助はなんの足しにもならん。」
「そうだ。」
「その時点でお前は下間っちゅう設計主義者の下僕(しもべ)の下僕に成り下がっとるんや。お前はなんか勘違いしとる。お前は自分自身の考えを元に誰の力も借りずに、他人を自分色に染めてこの世の理想郷を作り出そうとしとるかのように振る舞っとる。しかしその実、その源流となるもんはすべて下間や今川、その背後にあるツヴァイスタンの設計思想からくるもんや。いまのお前の思想はツヴァイスタンなしには語れん。つまりお前は設計された人格やってことや。他人を設計しようと思っとるお前が、設計された人間。」
「なぁ鍋島…いい加減やめようぜ…。お前もツヴァイスタンっていうシャブにどっぷりハマっている。俺も本多っていうシャブにハマっている。シャブから足を洗おう。」114
鍋島は再び頭を手で抑えた。
「うっ…。」
「哀れやな鍋島。とどのつまりお前には自分の主義主張なんてもんは何一つないんや。他人の言ったことをそのまま忠実にこなすだけのただのマシーン。もはや人でもない。」
「自分の頭で考えて、自分の判断に責任を持つ。その重要性を一色は教えてくれていたにも関わらず、お前だけは最後までそれに気づかなった。気づかないどころか間違った方向に突き進んだ。」
「突き進んだ上で、最もやったらいかんことをしでかした。」
「法を破るって四角四面なもんじゃない。人としてやってはいけないことをやった。しかも立て続けに。」
「その行為がもたらすもの。」
「憎しみ。」
「憎悪。」
「やめろ…。」
「いまお前の心は人から向けられるその感情で支配されている。」
「や…やめろ。」
「ワシの頭ん中もそいつで一杯や。」
「くそぉぉぉぉぉぉぉ!!」