オーディオドラマ「五の線2」

124 第百二十一話


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「下間確保しました。」
「了解。」
「これからマサさんと下間の通信手段を抑えます。」
「わかった。くれぐれもホンボシに感づかれないように注意しろ。」
「了解。」
土岐は無線を切った。
「いい流れだね。」
「はい。」
県警本部長室の中には各種無線機が並べられ、数名の捜査員が詰めている。その中で本部長の最上と警部部長の土岐は向かい合うようにソファに掛けていた。
「七里君は?」
「安全なところに匿っています。」
「江国は?」
「情報調査本部の取調室です。今川逮捕と橘刑事告発の話を聞いてシステム改竄についてすぐにゲロしました。」
「ほう。」
「今川から県警システムの受注話を聞いたときから、鍋島の指紋情報を都合よく改竄できるよう細工を施していたようです。」
「そうか。」
「HAJAB成長の鍵を握っていた今川を抑えられ、金沢銀行システムの斡旋窓口だった橘がやられたとなると、流石に江国もどうにもならずに早々に敗北を認めたというところですか。」
「そういうところだろうな。」
「それにしても一色貴紀という男をとりまく人物のその…絆とでも言うんでしょうか…。どうしてここまで人を動かすんでしょうか。」
「七里君の件か?」
「はい。七里は熨子山事件当時、一色の車に搭載されていたGPS発信機を自分の車に載せるよう自ら一色に進言。朝倉に対する陽動作戦を決行しました。作戦は功を奏し朝倉は独断で熨子山事件の犯人は一色であると決め、帳場を設置。捜査の早期終結を図る方針を打ち出して自らの企みをもみ消そうとしました。ですが一色本人が鍋島によって殺害されていたため、捜査の方向性を少しずつ調整し、奴にとってイヌである三好元課長を難癖をつけて更迭。事件の主犯である村上も鍋島を使用して殺害。一色の策略は朝倉の前に破れ去りました。それから3年の時を経て、再びあの汚名を晴らさんと今回も七里自ら今川の監視役を買って出てくれました。」
「そうだね。おかげで今回はうまくいった。」
「七里にとっては今川が逮捕となり、金沢銀行や県警のシステムに不正を働いていたことが世間に公表されればドットメディカルという会社にとって不利益しかもたらしません。それなのに七里はこの役を自ら買って出てくれました。」
紙コップに入った温かいお茶を飲んで最上は口を開いた。
「土岐君。」
「はい。」
「君はいま一色の策略は朝倉の前に敗れ去ったと言ったね。」
「え…はい…。」
「その言葉、ちょっと違うよ。」
「え?」
最上は大きな体を起こして立ち上がった。そして窓側に移動して土岐に背を向けた。
「一色貴紀という人材を亡くしたのは警察にとって本当に痛手だった。でもね、それも今考えてみれば必要な犠牲だったのかもしれない。」
「え?あの…本部長…。」
「3年前の熨子山事件。そして今回のimagawa。これらは全て波多野元内閣官房長官による絵だ。」
「え…。」
「つまり一色貴紀をとりまく諸状況はあくまでもミクロの話。マクロでは波多野さんが全て絵を書いていたわけだ。」
「え…。」
土岐は絶句した。
「本部長。松永理事官からテレビ電話がつながっています。」
無線機の前に座っている捜査員が最上に報告をした。
「うん。回してくれ。土岐部長も同席してくれ。」
「え…はい…。」
部屋の壁に置かれた50型のテレビに映像が写し出された。そこには松永の姿があった。
「あ…。」
土岐は思わず声を発した。そこには松永とともに白髪頭の老人が臨席していた。
「は…波多野元長官…。」
最上はテレビに向かって敬礼を行った。同席してる土岐も最上に合わせて同じく敬礼をする。
「ご苦労様です。最上本部長。こちらにも報告は入っています。」
「面目次第もありません。」
「たしかに鍋島死亡は残念です。ですがツヴァイスタン関係の人間を一斉に検挙できているんです。ですから良しとしましょう。」
「ありがとうございます。」
「七里捜査員は。」
「安全な場所で休息をとっています。」
「そうですか。」
このやり取りに土岐は言葉を失った。
「え…。七里は潜入?」
「土岐部長。」
「は・はいっ!」
「ご苦労さまでした。十河捜査員と神谷捜査員との見事な連携。おかげで今川と下間はなんなく検挙できました。」
「はっ!過ぎたるお褒めの言葉です。」
「朝倉を騙すために日章旗を踏みにじるなんて、屈辱にもよく耐えてくれました。」
「いえ…。」
「息子さんの件はご心配なく。彼は何もやっていません。朝倉子飼いのサツカンが適当な罪名をでっち上げて息子さんを署まで引っ張ってきただけです。あなたの出世などには一切響きませんので、従来通り職務に励んで下さい。」
「と言うことは、朝倉は。」
「まだです。」
「え?」
「朝倉には然るべき人間が然るべき引導を渡します。」
「松永理事官。」
最上が口を開いた。
「今後の指示をお願いします。」
画面の松永は頷いた。
「県警警備部はコミュの村井をマークして下さい。本日19時コミュが開かれます。そこで村井を現行犯で検挙します。」
「現行犯ですか?」
「はい。罪状はなんでもいいです。とりあえず検挙してから村井への対応は考えます。」
「承知致しました。人選はこちらで行って良いですか。」
「はいお任せします。」
「かしこまりました。」
「最上本部長。土岐部長。」
今まで黙っていた羽多野が口を開き自分たちの名前を読んだため、2人に緊張が走った。
「盆には間に合わなかったが、明日あらためて一色の墓に線香を上げさせてもらう。」
「はっ。」
「その際には君も一緒に来てくれ。」
「勿論です。」
画面の波多野は穏やかな顔で頷くだけだった。
午前三時の金沢銀行の専務室は明かりがついていた。
「明日10時の記者会見の準備はひと通り完了しました。」
入室してきた常務の小堀が加賀に報告した。
「ご苦労さまでした。検察は?」
「橘の身柄とひと通りの資料を持っていきました。」
「外部に気づかれていませんね。」
「はい。この事実を知る人間は総務部の一部の人間と取締役会のみ。検察側の人間もマスコミに嗅ぎつけられないよう相当気を遣って隠密に動いていました。」
「そうですか。」
加賀は椅子に身を委ねた。
「しかし専務。」
「うん?」
「私は少し解せんがです。」
「なんですか。」
「あまりにも検察の動きが早すぎます。こっちからこうこうこんな事があったって電話で通報したら、ものの20分ほどで数名の職員が来たんですよ。ほんで聴取も短時間。立件に必要な書類に目星をつけるのも一瞬。あいつら随分前から橘の悪さをマークしとったんじゃないですか。」
「…そうかもしれませんね。」
「ちゅうとこの行内に検察のスパイがおったとも考えられます。」
「スパイね…。」
「はい。」
「居るんじゃないんですか。」
「え?」
「まぁそんな人間のひとりやふたり居ないと、常務が仰るように検察はこうも迅速な対応はできませんよ。しかもこんなに隠密理にね。」
「専務…。」
「常務。検察のスパイ探しはやめましょう。仮にスパイが行内に居たとしても、実際橘は悪事を働いていたんです。それに司直の手が伸びるのは当たり前のことと言えば当たり前のことです。」
「…はい。」
「あとは私が責任をとればいいだけの話です。」
「え?」
加賀は席を立った。
「長かった…。」
「あの…専務?」
「でもこれは入り口に過ぎない。これからが本当の闘いになる。」
「専務。どうしたんですか?」
加賀は小堀と目を合わせずに窓の外を眺めた。
「見届けさせてもらいますよ。政治家と官僚の本気を。」
「え?」
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