オーディオドラマ「五の線2」

127.1 第百二十四話 前半


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金沢駅近くの会館。この一階の大ホールに大勢の人間が集まっていた。コミュの定例会である。参加者は先日のものより数段多い。これも岩崎香織が電波に乗った効果なのだろうか。
「みなさん。こんばんわ!」
司会者が参加者に向かって大きな声で挨拶をするとそれに参加者は同じく挨拶で応えた。
「いやー今日は随分と参加者が多いですね。特に男性の方がいつもより多い気がします。」
彼がそう言うと参加者はお互いの顔を見合った。
「やっぱりなんだかんだと言ってテレビの影響力ってすごいんですね。試しに聞いてみましょうか。今日始めてここに来たっていう人手を上げてみて下さい。」
半数が手を上げた。
「なるほどー。じゃあ今手を上げた人たちにもうひとつ聞いてみましょうか。岩崎香織を見てみたいって人は手を上げてみて下さい。」
全員である。
「いやー岩崎人気はすごいですね。」
ステージの裾の方にいた村井は腕時計見目を落とした。そして側にいたスタッフに声をかける。
「インチョウは。」
「駄目です。携帯の電源が切られてます。困りましたね。」
「…何なんだよ。こんな大事な時に。」
「連絡が取れんがですから。仕方が無いっすよ。村井さんがインチョウの代わりにこの場を仕切るしかないっす。」
「俺がか?」
「ええ。そのための共同代表っしょ。」
「まあな…。」
こう言って村井はステージ袖の奥にひとり佇む女性の側に駆け寄った。
「岩崎。」
「あ…はい…。」
「おまえインチョウのこと知らいないのか。」
「はい。」
村井は舌打ちした。
ーそれにしてもあの今川さんが直々に俺に電話をしてきたってのが気になる…。
昨日
「え?明日のコミュでインチョウと岩崎の身に危険が?」
「そうだ。とある情報筋から入手した。だからあいつらの周辺には常に目を配れ。」
「はい。」
「ただお前らがいくら目を光らせたところで、相手がプロの場合はどうにもならない。もしものことがあれば村井、お前がコミュを引っ張るんだ。」
「俺がですか。」
「ああ。明日は決起の日だろ。」
「はい。手始めに夜の片町のスクランブル交差点にトラックを突っ込ませます。」
「週末金曜の夜に酒を飲んでごきげんな奴らを轢き殺すのはわけもない。コミュに来ているようなリア充憎しの連中にはもってこいの対象だな。」
「原発の爆発事件で世間がそっちに向いている中、ソフトターゲットを襲うことで市民の恐怖感を増幅させます。ソフトターゲットのテロを頻発させることで恐怖は警察や警察などの統治機構への疑念にかわっていきます。そうやって日本国人の分断を図ります。」
「もしも。もしものことだが、インチョウや岩崎に何かがあればそれを利用しろ。コミュは迫害を受けていると。そうすることでコミュの団結力も増すはずだ。」
ーまぁインチョウが来られないんだったら、とりあえずあの人の安全は確保できるってわけだ。ただもしもこの岩崎に何かがあったら…。今日これだけの人数が集まったのも岩崎をひと目見たいってだけのただのミーハーばっかり。アイドルの追っかけみたいなキモい連中ばっかりだ。もしも岩崎が今川さんが言うような危険に晒されるようなことがあったら、こいつら爆発しかねない。
「村井さん?」
「あん?」
「どうしたんですか顔色が悪いっすよ。」
「気にすんな。」
ーまてよ…。そのミーハー達の怒りを利用すればいいか。
「テレビをご覧になられた方はご存知かと思いますが、私達コミュでは数名のグループに分かれて話し合います。そこでグループメンバーの意見をすべて受け入れて、その後に自分の思いの丈を語る。ですからお目当ての人と同じグループになれるかどうかは保証できないんです。」
司会者がこう言うとご新規さん達の表情が途端に曇った。
「ですが今日はじめてコミュに来られた方にだけ特別な措置を講じようと思います。」
会場はざわついた。
「それはコミュの代表からご説明させていただきます。」
司会者がこう言うと、既存メンバーからインチョウの登場を期待する歓声が上がった。
「それでは代表よろしくお願いします!」
ステージの袖から村井が現れた。
いつもとは違う人物の登場に既存メンバーの周辺はざわついた。
「みなさんこんばんは。」
参加者は村井に応える。
「いまほど司会が言ったように、今日はたくさんの方に来ていただいて僕も本当にうれしいです。私、コミュを運営する村井といいます。よろしくお願いいたします。」
村井は深々と頭を下げた。
「本来なら共同代表のインチョウも一緒にご挨拶させていただくところですけど、残念がらインチョウはどうしてもはずせない急用ができまして本日コミュに参加できません。寛容な精神をお持ちの皆様ですので、その辺りはぜひともご理解いただけることと思います。」
他者の意見を受け入れることが前提のコミュにおいて、この村井の一言は参加者に響いたようだ。参加者たちは一様に頷いて村井に理解を示している。
「さて、今日は普段よりご新規さまが大勢お越しのようです。そのご新規の皆さんのお目当ては他でもない当方の運営担当の岩崎であると、先程判明しました。」
既存メンバーからかすかな笑い声が起こった。
「僕がこういうのも何なんですが、岩崎に目をつけた皆さん。お目が高い。彼女はこのコミュではバギーニャと言われています。バギーニャとは女神を指す言葉です。どうして女神と言われるか。見た目の美しさも去ることながら、彼女はありとあらゆる悩みや意見を本当に分け隔てなく聞き入れる力を持っているからです。」
古株の参加者たちは村井の言葉に頷く。
「本当に今日は多くの方がお越しになられています。なので今日は特別にはじめてのみなさん全員を岩崎のグループにセッティングしようと思います。岩崎のグループということはみなさんは皆平等に彼女との接点を持てるということです。」
この発言に新規メンバーから歓呼の声があがった。
「さあ私の挨拶はこれぐらいにして、皆さんお待ちかねの方に登場してもらいましょう。バギーニャ!」
ステージ袖から岩崎がゆったりとしたBGMにのせて静かに登場した。会場の参加者たちは彼女の美貌に思わずため息をついた。先程、岩崎と平等な接点を持てるということで湧き上がっていた新規メンバーたちもこの時は皆彼女の佇まいに静かに見入った。
「堂々としたもんですね。」
「慣れとるんや。」
「多分こうやって岩崎目当てで来た連中を釣って、上手に取り込んで勢力を拡大させてんでしょうね。」
「今日だけの特別措置とかもったいぶっとるけど、おそらくこれはいつものことや。」
「そうでしょうね。」
耳に装着したイヤホンから聞こえる声に、コミュの参加者に混じる岡田が応えた。
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オーディオドラマ「五の線2」By 闇と鮒

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