我らの文学140 中勘助『銀の匙』67（前編48②）＞ 

ラジオ収録20221125

「レオンラジオ日の出」テーマ曲 作詞作曲 楠元純一郎 OP「水魚の交わり」、ED 「遺伝子の舟」

司会 楠元純一郎

中国語翻訳・朗読 レオー（中国語講師・中国大慶の小学校教諭）

中国語翻訳 編集 レオー

読解者・朗読  松尾欣治（哲学者・大学外部総合評価者）

読解者  福留邦浩（国際関係学者）

中国語朗読  刘耀鸿     

聴講 张晓良  張智航  劉凱戈 

　お蕙ちやんは泣きまねが上手だつた。つまらないことを二言三言いひあふうちに急にぷりぷりしたと思ふといきなりひとの膝に顔をかくしておいおいと泣く。

〈泣きまね→鳴き真似、泣くふり。ぷりぷり→怒っているの擬態。膝（ひざ）。おいおい→大声で激しく泣く擬態。〉

      阿蕙很会装哭。为了一些无聊的小事三言两语地争吵时，我刚一生气，她立刻就把脸埋在我的腿上哇哇大哭起来。

私はその重たい温ぬくみを感じながら、簪をぬいてみたり、くすぐつてみたり、手をかへ品をかへて機嫌をなほさうとすればなほなほ泣きたてるのでこちらに咎とがはないと思ひながらも一所懸命にわびる。

〈簪（かんざし）。くすぐる→皮膚の表面を刺激し、こちょこちょし、むずむず笑いたくなるようにする。手を替え品を替え→あの手この手と方法を変える様。機嫌を直す→不快な気分を元通りにする。咎（とが）→罪、過ち、誤ち、動詞→咎める。〉

我一面感受着她的重量和体温，一面试着拔下她的簪子，或者挠她的痒痒肉，想方设法地讨她开心。可她反而越发哭得起劲儿， 我一边想着自己明明没错，一边拼命道歉。

と、さんざてこずらしておいてから不意に顔をあげべろつと舌をだして　ああいい気味だ　といふやうに得意に笑ひこける。

〈さんざ→さんざん→程度がひどく。てこずらす→処理に困らせる。不意に→予期せず急に。べろっと→舌（べろ）を出したり、それで舐めたりする擬態。いい気味（きみ）だ→普段快く思っていない人が失敗したり不運だったりしたときに、胸がスッとする気持ちになって嘲（あざけ）ること。ざまーみろ。得意（とくい）に→思い通りになって誇らしげに満足すること。↔️失意。笑いこける→大笑いすること。〉

过了一会儿，她却忽然抬起头来，吐了吐舌头，得意地笑了。像是在说：“啊，这感觉真好。”

すべつこい細い舌だつた。私はあまりたびたびその手をくつたためしまひにはほん泣きかうそ泣きかを額に出る癇癪筋のあるなしで見わけることをおぼえた。

〈すべっこい→滑らかな。その手を食う→ある計略に騙される、その手は桑名の焼き蛤→上手いことを並べ立てても騙されないぞ。恐れ入り屋の鬼子母神。本泣き、半泣き、嘘泣き。〉

她的小舌头光滑灵巧。我被她这招耍了太多次，以至于竟能从额头是否浮出青筋这一点上，来判断她是真哭还是假哭。 

　また睨めつこが得手でいつでも私を負かした。お蕙ちやんの顔は自由自在に動いて勝手気儘な表情ができる。あんがりめ　さんがりめ　なんといつて両手で眼玉をごむみたいに伸び縮みさせたりする。〈睨（にら）めっこ→二人が向かい合って、互いに変な顔、可笑しな顔を相手に見せて、先に笑わせた方が勝ちという子供の遊び。得手→上手、得意、得手不得て→上手下手。勝手気ままな→他人のことは気にせず、自分のしたいようにする様。あんがりめ→上り目、さんがりめ→下がり目。〉

      阿蕙还很会做鬼脸，我总是输给她。她的一张小脸能随心所欲地做出想做的各种表情，一边说着“往上看，往下看”，一边用双手揉搓着眼眶，一会儿张大，一会儿缩小。仿佛眼球是橡胶一般。

私はその睨めつこが大嫌ひだつた。

それは自分が負けるからではなくて、お蕙ちやんの整つた顔が白眼をだしたり、鰐口になつたり、見るも無惨な片輪になるのがしんじつ情なかつたからである。

〈鰐口（わにぐち）→横長に開いた口、その他、恐ろしい世間の噂話。見るも無惨な→直視できないほどに痛々しい様。片輪（かたわ）→身体の一部に障害があること。古くから使われてきた言葉のようであるが、現在は禁句となっている。情けなかった→嘆かわしく、見るに忍びない。〉

我很讨厌她这样做鬼脸。不是因为自己比不过她，而是觉得她那样姣好的面容，却一会儿翻白眼，一会儿大咧着嘴，把自己弄得那么丑，我看着就难受。