われらの文学 レオンラジオ 楠元純一郎

31 近亲结婚是不对的 青空文库 夏目漱石 こころ 下 5+6


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オープニングソング「水魚の交わり(魚水情)」

エンディングソング「バイオバイオバイオ(遺伝子の舟)」

作詞作曲 楠元純一郎

編曲 山之内馨


「私が夏休みを利用して始めて国へ帰った時、両親の死に断えた私の住居(すまい)には、新しい主人として、叔父夫婦が入れ代って住んでいました。これは私が東京へ出る前からの約束でした。たった一人取り残された私が家にいない以上、そうでもするより外(ほか)に仕方がなかったのです。

 叔父はその頃(ころ)市にある色々な会社に関係していたようです。業務の都合からいえば、今までの居宅(きょたく)に寝起(ねお)きする方が、二里(り)も隔(へだた)った私の家に移るより遥かに便利だといって笑いました。これは私の父母が亡くなった後(あと)、どう邸(やしき)を始末して、私が東京へ出るかという相談の時、叔父の口を洩(も)れた言葉であります。私の家は旧(ふる)い歴史をもっているので、少しはその界隈(かいわい)で人に知られていました。あなたの郷里でも同じ事だろうと思いますが、田舎では由緒(ゆいしょ)のある家を、相続人があるのに壊(こわ)したり売ったりするのは大事件です。今の私ならそのくらいの事は何とも思いませんが、その頃はまだ子供でしたから、東京へは出たし、家(うち)はそのままにして置かなければならず、はなはだ所置(しょち)に苦しんだのです。

叔父(おじ)は仕方なしに私の空家(あきや)へはいる事を承諾してくれました。しかし市(し)の方にある住居(すまい)もそのままにしておいて、両方の間を往(い)ったり来たりする便宜を与えてもらわなければ困るといいました。私に

[#「私に」は底本では「私は」]

固(もと)より異議のありようはずがありません。私はどんな条件でも東京へ出られれば好(い)いくらいに考えていたのです。

 子供らしい私は、故郷(ふるさと)を離れても、まだ心の眼で、懐かしげに故郷の家を望んでいました。固よりそこにはまだ自分の帰るべき家があるという旅人(たびびと)の心で望んでいたのです。休みが来れば帰らなくてはならないという気分は、いくら東京を恋しがって出て来た私にも、力強くあったのです。私は熱心に勉強し、愉快に遊んだ後(あと)、休みには帰れると思うその故郷の家をよく夢に見ました。

 私の留守の間、叔父はどんな風(ふう)に両方の間を往(ゆ)き来していたか知りません。私の着いた時は、家族のものが、みんな一(ひと)つ家(いえ)の内に集まっていました。学校へ出る子供などは平生(へいぜい)おそらく市の方にいたのでしょうが、これも休暇のために田舎(いなか)へ遊び半分といった格(かく)で引き取られていました。

 みんな私の顔を見て喜びました。私はまた父や母のいた時より、かえって賑(にぎ)やかで陽気になった家の様子を見て嬉(うれ)しがりました。叔父はもと私の部屋になっていた一間(ひとま)を占領している一番目の男の子を追い出して、私をそこへ入れました。座敷の数(かず)も少なくないのだから、私はほかの部屋で構わないと辞退したのですけれども、叔父はお前の宅(うち)だからといって、聞きませんでした。

 私は折々亡くなった父や母の事を思い出す外(ほか)に、何の不愉快もなく、その一夏(ひとなつ)を叔父の家族と共に過ごして、また東京へ帰ったのです。ただ一つその夏の出来事として、私の心にむしろ薄暗い影を投げたのは、叔父夫婦が口を揃(そろ)えて、まだ高等学校へ入ったばかりの私に結婚を勧める事でした。それは前後で丁度三、四回も繰り返されたでしょう。私も始めはただその突然なのに驚いただけでした。二度目には判然(はっきり)断りました。三度目にはこっちからとうとうその理由を反問しなければならなくなりました。彼らの主意は単簡(たんかん)でした。早く嫁(よめ)を貰(もら)ってここの家へ帰って来て、亡くなった父の後を相続しろというだけなのです。家は休暇(やすみ)になって帰りさえすれば、それでいいものと私は考えていました。父の後を相続する、それには嫁が必要だから貰(もら)う、両方とも理屈としては一通(ひととお)り聞こえます。ことに田舎の事情を知っている私には、よく解(わか)ります。私も絶対にそれを嫌ってはいなかったのでしょう。しかし東京へ修業に出たばかりの私には、それが遠眼鏡(とおめがね)で物を見るように、遥(はる)か先の距離に望まれるだけでした。私は叔父の希望に承諾を与えないで、ついにまた私の家を去りました。


「私は縁談の事をそれなり忘れてしまいました。私の周囲(ぐるり)を取り捲(ま)いている青年の顔を見ると、世帯染(しょたいじ)みたものは一人もいません。みんな自由です、そうして悉(ことごと)く単独らしく思われたのです。こういう気楽な人の中(うち)にも、裏面にはいり込んだら、あるいは家庭の事情に余儀なくされて、すでに妻を迎えていたものがあったかも知れませんが、子供らしい私はそこに気が付きませんでした。それからそういう特別の境遇に置かれた人の方でも、四辺(あたり)に気兼(きがね)をして、なるべくは書生に縁の遠いそんな内輪の話はしないように慎んでいたのでしょう。後(あと)から考えると、私自身がすでにその組だったのですが、私はそれさえ分らずに、ただ子供らしく愉快に修学の道を歩いて行きました。

 学年の終りに、私はまた行李(こうり)を絡(から)げて、親の墓のある田舎(いなか)へ帰って来ました。そうして去年と同じように、父母(ちちはは)のいたわが家(いえ)の中で、また叔父(おじ)夫婦とその子供の変らない顔を見ました。私は再びそこで故郷(ふるさと)の匂(にお)いを嗅(か)ぎました。その匂いは私に取って依然として懐かしいものでありました。一学年の単調を破る変化としても有難いものに違いなかったのです。

 しかしこの自分を育て上げたと同じような匂いの中で、私はまた突然結婚問題を叔父から鼻の先へ突き付けられました。叔父のいう所は、去年の勧誘を再び繰り返したのみです。理由も去年と同じでした。ただこの前勧(すす)められた時には、何らの目的物がなかったのに、今度はちゃんと肝心(かんじん)の当人を捕(つら)まえていたので、私はなお困らせられたのです。その当人というのは叔父の娘すなわち私の従妹(いとこ)に当る女でした。その女を貰(もら)ってくれれば、お互いのために便宜である、父も存生中(ぞんしょうちゅう)そんな事を話していた、と叔父がいうのです。私もそうすれば便宜だとは思いました。父が叔父にそういう風(ふう)な話をしたというのもあり得(う)べき事と考えました。しかしそれは私が叔父にいわれて、始めて気が付いたので、いわれない前から、覚(さと)っていた事柄ではないのです。だから私は驚きました。驚いたけれども、叔父の希望に無理のないところも、それがためによく解(わか)りました。私は迂闊(うかつ)なのでしょうか。あるいはそうなのかも知れませんが、おそらくその従妹に無頓着(むとんじゃく)であったのが、おもな源因(げんいん)になっているのでしょう。私は小供(こども)のうちから市(し)にいる叔父の家(うち)へ始終遊びに行きました。ただ行くばかりでなく、よくそこに泊りました。そうしてこの従妹とはその時分から親しかったのです。あなたもご承知でしょう、兄妹(きょうだい)の間に恋の成立した例(ためし)のないのを。私はこの公認された事実を勝手に布衍(ふえん)しているかも知れないが、始終接触して親しくなり過ぎた男女(なんにょ)の間には、恋に必要な刺戟(しげき)の起る清新な感じが失われてしまうように考えています。香(こう)をかぎ得(う)るのは、香を焚(た)き出した瞬間に限るごとく、酒を味わうのは、酒を飲み始めた刹那(せつな)にあるごとく、恋の衝動にもこういう際(きわ)どい一点が、時間の上に存在しているとしか思われないのです。一度平気でそこを通り抜けたら、馴(な)れれば馴れるほど、親しみが増すだけで、恋の神経はだんだん麻痺(まひ)して来るだけです。私はどう考え直しても、この従妹(いとこ)を妻にする気にはなれませんでした。

叔父(おじ)はもし私が主張するなら、私の卒業まで結婚を延ばしてもいいといいました。けれども善は急げという諺(ことわざ)もあるから、できるなら今のうちに祝言(しゅうげん)の盃(さかずき)だけは済ませておきたいともいいました。当人に望みのない私にはどっちにしたって同じ事です。私はまた断りました。叔父は厭(いや)な顔をしました。従妹は泣きました。私に添われないから悲しいのではありません。結婚の申し込みを拒絶されたのが、女として辛(つら)かったからです。私が従妹を愛していないごとく、従妹も私を愛していない事は、私によく知れていました。私はまた東京へ出ました。


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