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3月26日ルツ記 1-4章


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3月26日

ルツ記 1〜4章

辛くて苦しい時、神様はどこにもいないように感じるかもしれません。でも実は、その時こそ神様は主権を働かせ、子どもたちに素晴らしい恵みの贈り物を準備してくれているのです。

私たちはみんな、辛くて困難な時期を経験します。その時、神様がどこにいて何をしているのか分からなくなりますよね。困難の中にいると、まるで神様がいないように感じたり、遠く離れてしまって私たちの生活に無関心であるかのように思えたりします。でも、聖書を通して読めば、すぐにその結論を捨て去るはずです。

なぜなら、暗い雲に覆われたような困難の裏には、子どもたちを祝福しようと積極的に働いている神様がいるからです。神様はよく、私たちが全く計画していなかった場所へ連れて行きます。それは、私たち自身の力では絶対に作り出せないものを、神様が私たちの人生に作り出すためです。ここで大切なのは、「神様の恵みは、いつも私たちが予想できる形や、心地よい形でやってくるとは限らない」と気づくことです。私たちが「恵みを取り逃がしてしまった」と勘違いしている時でも、実は神様の恵みはしっかりと働いています。ただ、それが私たちの思い通りの方法ではなかっただけなんです。

ルツ記は、聖書の中でも最も素晴らしい物語の一つで、とても魅力的な美しいエピソードが含まれています。表面的に見れば、ルツ記は美しいラブストーリーであり、聖書の中では数少ない、女性が主人公の物語です。でも、ルツ記には、もっと深くて重要なラブストーリーが隠されています。それは、ご自分の子どもたちに対する、神様の決して揺るがない、誰にも止められない愛の物語です。この物語に登場する人間の苦難や愛のドラマは、神様からの保証のサインでもあります。神様はご自身の知恵と主権を働かせ、契約の約束を心に留め、真実を貫き、苦難を通して善良と恵みの贈り物を子どもたちに届けてくれます。

ナオミ、ルツ、ボアズの物語はとても魅力的ですが、舞台の真ん中に立っているのは神様ご自身です。神様は、人間の苦難と愛の物語を通して、この後に続く「救いの物語」の方向をしっかりと定めました。

物語の最後に、ルツとボアズの間に男の子が生まれます。聖書にはこう書かれています。『ナオミはその子を取り、胸に抱いて、養い育てた。近所の女たちは、「ナオミに男の子が生まれた」と言って、その子に名をつけた。彼女たちはその名をオベデと呼んだ。オベデは、ダビデの父であるエッサイの父となった。』(ルツ記 4章16節〜17節) 

この言葉は、この物語がずっと何を意味していたのかを教えてくれます。神様はルツを救い出し、ボアズと結びつけただけでなく、この家族に一人の男の子を与えました。オベデという名前のこの男の子には、やがてエッサイという息子ができ、エッサイにはダビデという息子ができ、最終的にダビデの子孫としてイエス様がお生まれになります。

神様は、苦難と愛に関するこの小さな物語を通して、すべてのことを計画していました。そこで伝えようとしていたのは、決して小さなことではありません。究極の約束、恵みの中の恵みである、救い主イエス・キリストです。神様の救いの愛は、イエス・キリストを通して流れ続けていくのです。

神様は、ご自身の救いの計画が完成するその日まで、ずっと働き続けてくれます。これが、すべての物語の背後にある「究極の物語」です。覚えておいてください。神様の主権と恵みが交わるその場所にこそ、私たちは本当の命と希望を見つけることができるのです。

→ さらなる励ましと学びのために:ペテロの手紙 第一 1章3節〜12節 を読んでみましょう。

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