気を確かに!

#9 浄土


Listen Later

詩の朗読回となる今回は、谷川俊太郎の詩から「浄土」を朗読しました。

生と死という体験から見ると人間は完全に孤独といえるのではないでしょうか?

友人の死という体験を目の前にして主人公は自分自身の内心に立ち還ったとき、

恥という感情から自分自身の陳腐さのようなものに気がつきます。

文明という枠組のなか、社会という場所に棲息する私たち人間は神をも創造しあらゆる事柄を造ってきましたが、

死という絶対的な体験を終着駅としたとき私たちはの感情や心は何を思うのでしょうか。

その思いは確かに自分だけの感覚であり、確かに私たちを生かしている。

孤独であるということを感じる視点をもたらしてくれる名作だと思ったので選びました。


『浄土』


谷川俊太郎:著

田原:編


ぼくはぼくであることから逃れられない

ふたつの目と耳ひとつの鼻と口の平凡な組み合わせを

ぼくは恐れ気もなく人前に曝してきた

それは多分ぼくに隠すべきものがあったから

汚れたタイルに囲まれた部屋で死んだばかりの友人に再会した時

彼は血と内蔵を抜き取られ

難破した一艘のカヌーのように解剖台に打ち上げられていた

もう何も運ばず何も隠していなかった

ぼくらに残されたのは白日に見まがう蛍光灯の光だけ


闇よりも明るさのほうが恐ろしい

きらめく海を背にするとどんな醜いものも美しく見える

限りないものの前でぼくらは一粒の砂に帰る

耳に聞こえてくるのは罵声とも笑声ともほど遠い波音……


もし浄土とやらへ行ってしまったら

ぼくはどんな顔をすればいいんだろう

仏だか天使だかに何もかも見通されてしまったら


不死だったら失ったに違いないものをぼくは隠している

隠していることに自分でも気づかずに

人々の仏頂面に取り囲まれ死すべき命の騒々しさに耳をおおって

ぼくは初冬の木々の影のまだらの中にいる


(『谷川俊太郎詩選集 3』集英社 )

...more
View all episodesView all episodes
Download on the App Store

気を確かに!By シギ,大兼昌平