余白の朗読室

闇予報|CLEAR #7


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闇予報|CLEAR #7


CLEARが止まった翌週、木下は三日間、ほとんど眠れなかった。


仕事の判断ができなかった。朝、どの経路で出勤するか決められなかった。会議で何を言えばいいかわからなかった。取引先へのメールを書き始めては消した。昼に何を食べるか、十分考えて、結局コンビニで適当なものを買った。


CLEARを使い始めたのは六年前だった。最初は通勤経路だけだった。それが仕事の判断に広がり、家族との会話に広がり、いつの間にか一日の全てがCLEARを前提に動いていた。


止まってみて、初めてわかった。


自分は、何も決められなくなっていた。


代替サービスを探し始めたのは、止まってから十日後だった。


検索すると、いくつも出てきた。CLEARの規制を受けて設立されたもの、規制の抜け穴を使ったもの、海外サーバーを経由したもの、素性のはっきりしないものが混在していた。


木下が見つけたのは、SKYERAというサービスだった。


名前の響きがCLEARに似ていた。画面のデザインも似ていた。説明には、独自のアルゴリズムと蓄積データにより、個人の未来傾向を分析すると書かれていた。月額三千円だった。


登録した。


最初の通知が届いた。


今日のあなたのバイオリズム指数は42.7。上昇曲線の途中にあります。しかし霊的干渉波が午前中にピークを迎えるため、重要な判断は14時以降に行ってください。


CLEARとは違った。根拠が見えなかった。しかし、木下はその言葉を読んで、少しだけ楽になった。


何かが示されている、ということが、楽だった。


SKYERAの通知は、毎朝届いた。


本日の宇宙共鳴値は高水準です。あなたの潜在的引力が活性化されています。積極的に動くことで、眠っていた縁が動き出します。


今週はカルマ解放の週です。過去の選択が清算される周期に入っています。抵抗せず、流れに委ねることで本来の道が開かれます。バイオリズム周期との一致率87%。


今日は慎重に。霊的干渉指数が上昇しています。重要な決断は明日以降に持ち越すことを強く推奨します。


CLEARのように経路や成功率や具体的な根拠は出なかった。しかし木下はそれを読んで、行動を決めた。霊的干渉波が高いと出た日は、大きな判断を避けた。宇宙共鳴値が高水準と出た日は、懸案だった取引先への連絡をした。


不思議なことに、うまくいくことがあった。


偶然だとわかっていた。しかし、うまくいった日は、SKYERAの通知と重ねて考えた。外れた日は、自分の読み方が足りなかったのだと思った。


エキスパートプランに切り替えた。月額二万二千円だった。量子共鳴解析による完全個人最適化が受けられると書かれていた。


木下様専用解析。現在のあなたのソウルフリークエンシーは432Hz共鳴帯にあります。今週の火曜日、エネルギーの交差点が発生します。その日の重要な会話は避けてください。霊的干渉指数が通常の3.2倍に上昇します。


木下は火曜日、上司との打ち合わせを延期した。


娘の彩が異変に気づいたのは、二ヶ月後だった。


父が毎朝スマホを見てから行動するのは以前からだった。しかし様子が違った。CLEARの時は、通知を見て淡々と動いていた。今は、通知を見て何かを確認するように何度も読み返した。夕食の時間に、急にスマホを取り出して画面を見た。


「何を見てるの」と彩が聞いた。


「天気」と父は言った。


画面が見えた。天気ではなかった。


彩は何も言わなかった。


その週末、母から電話が来た。父が転職を考えていると言った。SKYERAが今年は大きな変化の年だと示しているから、と父が言ったのだという。今の仕事は流れに逆らっていると。


彩は黙って聞いた。


翌週、実家に戻った。


父のスマホの画面が見えた。SKYERAの通知だった。


重大な警告。今週、あなたの周囲に不和をもたらす存在がいます。ソウルフリークエンシーの乱れを検知しました。その存在との関係を見直す必要があります。


夕食の席で、父は母に言った。


「最近、少し距離を置いた方がいいかもしれない」


母は黙っていた。


彩は箸を置いた。


彩が動いたのは、その夜だった。


国際未来情報規制条約に基づいて設立された機関の名前を、彩は知っていた。ニュースで何度か見たことがあった。未来情報監視機構、通称FIMOと呼ばれていた。違法な予報サービスの摘発と、CLEAR依存症への対応が主な業務だと報じられていた。


彩はFIMOの相談窓口に、深夜にメッセージを送った。


翌朝、返信が来た。


FIMOの職員が自宅を訪問したのは、一週間後だった。


木下は最初、拒否した。おかしなサービスではないと言った。自分で判断して使っているだけだと言った。


職員は静かに話した。SKYERAは海外サーバーを経由した違法サービスであること、使用しているアルゴリズムに科学的根拠がないこと、断定的な表現と宗教的な語彙を組み合わせて依存を強化する設計になっていること。国内で摘発された類似サービスが十七件あること。


木下は話を聞きながら、わかっていた。


わかっていた、と思っていた。


「おかしいサービスだということは、わかっていました」


木下は言った。


「でも、どうしようもなかったんです。」


職員は何も言わなかった。


「CLEARがあった時は、何も考えずに動けた。止まってから、何も決められなくなった。SKYERAはいい加減だとわかっていた。根拠がないこともわかっていた。でも、何かが示されていないと、朝が始められなかった。」


木下は窓の外を見た。


「麻薬みたいなものですか」


職員は少し間を置いてから言った。


「似ています。世界的に、同じ状態の方が非常に多い。対応のガイドラインを今、各国で作っているところです。」


「治りますか」


「時間がかかります。でも、戻れます。」


職員はそう言った。木下には、その言葉が本当かどうかわからなかった。


その夜、彩は父の隣に座った。


二人でしばらく、テレビを見た。


天気予報が流れた。CLEARの気象データを使った予報だった。明日は晴れ、最高気温23度、降水確率5%、午後の風速2.1メートル、紫外線指数6、熱中症リスク低、洗濯指数95点。数字が並んだ。


父は画面を見ていた。


「昔は、これだけで十分だったんだ」


彩は何も言わなかった。


父は続けた。


「雨が降るかもしれないから、傘を持っていく。それだけだった。それだけで、朝が始められた。」


テレビの天気予報は、週間予報に変わった。七日分の降水確率が並んでいた。10%、0%、30%、60%、20%、5%、15%。精度の高い数字だけが、静かに並んでいた。


木下はそれを見ながら、何も言わなかった。


天気はわかる。それだけがわかる。


木下はスマホに手を伸ばしかけた。


彩が、それを見ていた。


木下は手を止めた。


テーブルの上で、画面の暗いスマホだけが、まだ何かを待っているように見えた。

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余白の朗読室By tosusia