バトル・ニュース(プロレス&格闘技)

バトル・ニュース(プロレス&格闘技)

By 株式会社コラボ総研SportsWrestling
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バトル・ニュース(プロレス&格闘技) episodes

  • ロンダ・ラウジーが『エクストリーム・ルールズ』を前にバットを振り回す王者リブ・モーガンと大乱闘
    日本時間10月2日にスマックダウンが配信され、“地球上で最も危険な女”こと次期挑戦者ロンダ・ラウジーが『エクストリーム・ルールズ』を前にバットで襲撃を狙うSD女子王者リブ・モーガンを返り討ちにすると警備員らが止めに入る大乱闘となった。 ロンダはナタリアとの試合に挑むとナタリアのアンクルロックに捕まりながらも、打撃からアームバーを決めて反撃した。さらにナタリアのシャープシューターをかわしたものの、強烈なクローズラインを浴びて劣勢となったが、最後はきっちりアンクルロックでやり返してタップ勝ちを収めた。 試合後には『エクストリーム・ルールズ』の王座エクストリーム・ルールズ戦で対戦する王者リブにバットで襲撃されたが、攻撃をかわしながらパイパーズ・ピットを決めるとリブとバットの奪い合いを展開。さらにリブをタイムキーパーエリアに投げ飛ばすと警備員やレフェリーに制止されてバックステージに戻ろうとしたが、背後から再びリブに襲われて警備員らに引き離される大乱闘になった。 王者リブ vs. ロンダのSD女子王座エクストリーム・ルールズ戦が行われる『エクストリーム・ルールズ』は日本時間10月9日にWWEネットワークで配信される。
    2 min
  • “ダメージCTRL”ベイリーと王者ビアンカが大技を狙い合う乱闘で遺恨激化
    日本時間10月2日にスマックダウンが配信され、“ダメージCTRL”ベイリーが『エクストリーム・ルールズ』のロウ女子王座ラダー戦を前に王者ビアンカ・べレアと大技を狙い合う乱闘となって2人の遺恨が激化した。 ベイリーが“怨敵”ショッツィとの対戦に挑むとアームドラックから顔面ビッグブーツを放って攻め込んだ。さらにショッツィにセントーンやハイキック、エプロンでのDDTと連続攻撃で反撃されるも、コーナー上のショッツィの足を掴んで投げ飛ばすとそのままローズプラントを叩き込んで勝利を収めた。 試合後、ベイリーが2発目のローズプラントからラダーを持ち出してショッツィに制裁を狙ったが、ここで救出に現れた王者ビアンカに妨害されてしまう。するとベイリーは背後からビアンカを捕まえてラダー上へローズプラントを仕掛ければ、これをかわしたビアンカにKODを狙われたが、場外になんとか回避すると視殺戦となって2人の遺恨が激化。 次週のロウでは『エクストリーム・ルールズ』を前に2人の調印式が行われることが発表された。王者ビアンカ vs. ベイリーのロウ女子王座ラダー戦が行われる『エクストリーム・ルールズ』は日本時間10月9日にWWEネットワークで配信される。
    2 min
  • アントニオ猪木さんと北朝鮮やイラクで『平和の祭典』を仕掛けた元新日本プロレス取締役・永島勝司が追悼のメッセージ「『5つの顔』を持った猪木の凄さは生半可なものではなかった」
    かつて新日本プロレスの取締役としてアントニオ猪木さんとともに様々な仕掛けを行ったバトル・ニュースの永島勝司編集長が、ついたちに心不全で亡くなったアントニオ猪木さんへ追悼のメッセージを送った。『人生の師であり元上司、そして最大の友人であるアントニオ・猪木が死去した。 病気の報道以来、ある程度の覚悟はしていたものの、こんなに早く逝ってしまうとは残念でならない。「俺より前に死ぬなよ」という私との約束を破った。う~ん悔しい。 東京スポーツでプロレス担当になった時、新日プロでの記者会見で、私は同席する先輩記者たちを尻目に「プロレスの在り方」について反発したことがあった。それはシリーズ開幕戦と7日後に行われる試合で同一レスラーが選手権をやるというものだったが、私は「それは全くおかしい。誤解を招くことだ」と発言したのだ。先輩記者も「バカ野郎、何を言うんだ」とえらく怒られた。 その時だった。会見場の隣の部屋の社長室の猪木から私に呼び込みが来た。どうやら隣室で記者会見の模様を聞いていたらしい。社長室に招き入れられた私に猪木が言った言葉は、私のプロレスに対する考え方を根本から変えた。 「永島さん、それでいいんです。その考えをずっと持ち続けて下さい。あなたは間違っていない」 人気絶頂だった猪木は、私にそう言うと帰りのエレベーターまで送ってくれたのだ。それが私が猪木という人間を信じた瞬間だった。いってみれば、このひと言が私の人生を決めたのだからね。 アマレス選手をプロに転向させて開いたソ連、人質解放につながったイラク・バクダット、力道山を偲びながら国交開始の先行となり、48万人の大観衆を集めた北朝鮮。それぞれ開催した「平和の祭典」は猪木と私の二人三脚で成し得たものだったが、猪木の外交力は偉いものだった。 山あり谷ありのジェットコースター人生を過した猪木。選手、コーチ、マッチメーカー、プロデューサー、社長と「5つの顔」を持った猪木の凄さは生半可なものではなかった。 とにかく今は、うまいワインを飲みながら何も考えないでゆっくりと休んでくれよ。アントン、俺の中ではずっと生きているからね。
    3 min
  • ジュリアと鈴季すずのシングルマッチがついに実現!姉貴分と妹分のドロドロ因縁戦は涙の死闘となり最後は笑顔!
    ついたち、東京みやこ・武蔵野の森総合スポーツプラザにて、スターダム『LEC ふわるんマスク Presents 5★STAR GP 2022~優勝決定戦~』が開催され、 『5★STAR GP』とは毎年夏に行われるスターダムのシングルリーグ戦であり、今年は7月末~10月頭までの長期戦で過去最多の26選手がエントリー。過去最大となる21大会に渡ってのシリーズで全156試合を行うリーグ戦となり、今年新日本プロレスが開催した『じーわんくらいまっくす 32』の20大会を上回る規模のシリーズとなった。 ジュリアとすずの因縁を深く知るには、テキーラさやという選手の存在を知る必要がある。 ジュリアとさやはかつてアイスリボンで“Burning Raw”というチームを組み、タッグ王座を戴冠するなど活躍してきた。そしてさやは2019年10月12日に引退予定であったが、この日の大会は台風19号の影響で中止となりさやの引退は延期に。その2日後に突如ジュリアはSNS上でアイスリボンからの退団を発表し、その数時間後にスターダムのリングへ登場した。 すずは、パートナーから突然裏切られて傷付いたさやを支え、さやの引退前には彼女の代名詞的必殺技である“グラン・マエストロ・デ・テキーラ”(※変形キドクラッチ)を継承。ジュリアに対するすずの怒りの中には、さやのことも含まれていると思われる。 すずは、昨年末にアイスリボンを退団した同志たちと“プロミネンス”を結成し、今年1月にスターダムに乗り込んできてジュリアへ自身の怒りと悲しみをストレートにぶつけて抗争を展開。 過去にタッグマッチで直接対決が実現した際には、すずがテキーラ・ショット(※変形グラン・マエストロ・デ・テキーラ)を見舞えばジュリアもグラン・マエストロ・デ・テキーラで切り返すなど、2人の過去を知るものにとっては深い意味のある攻防を展開してきた。 この日は、5★STAR GP最終戦にてジュリアとすずのシングルマッチが実現。 両者は入場後にリング上で対峙した際には既に目に涙を浮かべており、試合は両者泣きながらのビンタ合戦に始まる。
    3 min
  • 悪の首魁がスターダムリングに帰還!“ビッグダディ三女”林下詩美を襲撃し「私は約束も守れねーやつが本当に嫌いなんだ!」
    10月ついたち、武蔵野の森総合スポーツプラザでスターダム『LEC ふわるんマスク Presents 5★STAR GP 2022~優勝決定戦~』が開催。第9試合となるはやししたうたみvsコグマの試合後に、欠場中の刀羅ナツコが乱入した。 ナツコは2016年にデビューし、2019年に花月の指名をうけ大江戸隊入りしヒールターン。2020年に花月・葉月亡き後の大江戸隊をリーダーとして牽引し、2021年7月にはやししたうたみの持つ赤いベルト(ワールド・オブ・スターダム王座)へ挑戦する。 しかしこの試合の最中、場外の机に寝かされたうたみへナツコがダイビングボディプレスを投下し、これでうたみは机にめりこみ意識が朦朧とする。そこへナツコがダイビングフットスタンプを投下するが、これでナツコは膝を押さえて動けなくなり、両者の状態を見てレフェリーが試合を止めた。 緊急搬送されたナツコは左膝前十字靭帯断裂と診断され、1年以上が経った今もセコンドとして試合に介入することはあってもリングに上がることはなくリハビリを続けている。 この日の試合では、うたみがBTボムを狙ったところをコグマがヨシタニックで切り返し勝利。 敗北したうたみの前に仮面をかぶった死神が現れ、その仮面をうたみが奪うと正体はナツコだった。 ナツコはローブも脱ぎ捨てると、うたみをデスバレーボムで叩きつけ「うたみー!!久しぶりだなリングの上では。おい、おまえこの5STAR7勝5敗?元赤のチャンピオンがなんてざまなんだ!オマエ私に言ったよな?私が戻ってくるまで、赤いベルト守ってるからって。私は、約束も守れねーやつが、本当に嫌いなんだ!私は、オマエとの試合で膝を怪我して1年以上も欠場した。あの日から私は止まったまま。オマエも、止まったままなんじゃねーの?リーダーになったのに存在感の1つもない。なにもしてない。私とのシングルで完全に終わらせてやる」とマイクを投げ捨てた。 ボロボロになったうたみは「ナツコがいなくなってから私の中で1つ大きなものが欠けちゃったし。『赤いベルトを持ってもう1回待っててやるよ』って言ったのに、そこだけはすごい申し訳ない。けど、今なにもない、赤いベルトも、なんのベルトも腰に巻いてない私ともやってくれるってナツコが思ってくれてるなら、あの時の約束とはちょっとだけ違うけど、またなんでも受けて立つから。
    3 min
  • 大仁田厚が故・アントニオ猪木さんへ黙祷を捧げる「猪木さんがいなかったら、今の俺たちレスラーはいない」
    10月ついたち(土)17時より、北海道旭川市ウエスタンパワーズ駐車場特設会場で開催された、『FMWE電流爆破〜なくそうイジメ!地方応援プロレスin旭川』の中で大仁田厚が、同日午前7時40分に逝去し訃報が報じられた、アントニオ猪木さんへ、黙祷を捧げた。こどもプロレス体操教室をリング上で行い、第1試合のアンドレザ・ジャイアントパンダ(新根室プロレス所属)戦を終えた大仁田厚は、そのままリング上に残り、参戦選手全員をリングに迎え入れ、会場の観客と共にアントニオ猪木さんへ黙祷を捧げた。大仁田は、「猪木さんは、馬場さんと共に、今のプロレス界を作ってくれた。ひとつの時代が終わった感じがして、とても寂しく思います。俺は猪木さんと対戦することがなかった。いつも心のどこかに引っかかっていた。」と、いつになくしんみりと話した。「今の俺たちレスラーがいるのは、猪木さんがプロレス界を盛り上げて礎を作ってくださったから。団体が一緒でも交流があったわけでもない俺ですが、会場にいるレスラーもプロレスファンのお客さんもみんな、猪木さんへの感謝の気持ちを持っているから、黙祷させてもらいました。
    2 min
  • イケメン二郎がグル・ラージと日印タッグも連敗脱出ならず
    日本時間10月ついたちに『NXTレベルアップ』が配信され、イケメン二郎がグル・ラージと日印タッグを組むも、マリック・ブレイド&エドリス・エノフェに敗れて連敗脱出に失敗した。 試合前、イケメン二郎はインド出身のグル・ラージと共に「レスリングは世界共通言語だ」とインタビューに答えて意気投合すると、メイン戦となったブレイド&エノフェとの試合ではラージと連携攻撃を放って攻め込んだ。中盤にはラージがアームドラックやスプラッシュの連打を浴びて劣勢となったが、交代したイケメン二郎がジャケットパンチ5連打や顔面ドロップキック、スワントーンボムを放ってエノフェに反撃。しかし、場外でラージが鉄製ステップに叩きつけられて撃沈すると、イケメン二郎もトドメのイケメンスラッシュをかわされ、最後はブレイド&エノフェの連携攻撃を浴びてすりーかうんとを奪われた。 イケメン二郎は『NXTレベルアップ』でシングル2連敗に続いてタッグ戦でも無念の敗戦となった。
    2 min
  • IWGP女子王座新設のスターダムでアントニオ猪木さんの追悼10カウントゴング 明日からIWGP女子王座トーナメントが開催
    ついたち、武蔵野の森総合スポーツプラザでスターダム『LEC ふわるんマスク Presents 5★STAR GP 2022~優勝決定戦~』が開催。第6試合後に、心不全で死去したアントニオ猪木さんの追悼10カウントゴングが行われた。 スターダムは新日本プロレスのグループ会社であり、新設されるIWGP女子王座を賭けたトーナメントが明日2日からスタート。11月20日の新日本プロレス×スターダム合同興行で初代王者が決定する。 この日は過去最多26選手参加となる7月~10月の4ヶ月を跨いで行われた『5★STAR GP』決勝戦を含む全13試合が行われ、第6試合後に「今朝のニュースをご覧になられたでしょうか?」というアナウンスとともにアントニオ猪木さんの訃報が会場に知らされる。 無音になった会場で、観客の起立とともに追悼の10カウントゴングが行われた。
    2 min
  • RIZIN榊原代表がアントニオ猪木さんへ追悼の意「PRIDEはもちろん、RIZINにも“闘魂”のエッセンスが間違い無く受け継がれています」
    ついたち、心不全で亡くなられた猪木寛至(アントニオ猪木)さんへRIZINの榊原信行代表が追悼の意を述べた。 猪木さんは10月ついたち午前に自宅で体調が悪化し、そのまま関係者に看取られて亡くなった。 この報を受けて榊原代表は「猪木さんから本当に沢山の事を学ばせて頂きました。PRIDEはもちろん、RIZINにも“闘魂”のエッセンスが間違い無く受け継がれています。RIZINのリングにも上がって頂きたかったです。心からご冥福をお祈りいたします」とコメント。 かつて大晦日には日本テレビ『INOKI BOM-BA-YE』、TBS『K-1』、フジテレビ『PRIDE』が地上波で同時間帯に流され、格闘技界をともに盛り上げてきた歴史がある。 猪木の『環状線理論』は今後もプロレス格闘技界に受け継がれていく。
    1 min
  • 新日本プロレスがアントニオ猪木さん死去を受け追悼「旗揚げ50周年にメッセージを送っていただきました」
    ついたち、心不全で亡くなられた猪木寛至(アントニオ猪木)さんへ新日本プロレスが公式HPで追悼のメッセージを送った。 新日本プロレスは、『新日本プロレスの創設者であり、元プロレスラーのアントニオ猪木さん(本名・猪木寛至さん)が10月ついたち、みやこ内で死去されました。猪木さんは、数万人に一人の難病と言われる「全身性トランスサイレチンアミロイドーシス」で闘病中でした。享年79歳。 猪木さんは、神奈川県横浜市出身。13歳の時に家族と共にブラジルに移住し、コーヒー農園等の仕事に従事していましたが、遠征で現地に訪れた力道山さんにスカウトされるかたちで日本プロレスへ入門。 1960年9月30日、東京・台東区体育館にて本名でプロレスデビューし、1962年から「アントニオ猪木」とリングネームを改名しました。 その後、日本プロレスとの確執から追放を経て、1972年1月には新日本プロレスを創設し、3月6日に大田区総合体育館ではたあげげ戦を開催。 生涯のライバル、ジャイアント馬場さんの全日本プロレスに対抗して、ストロングスタイルを標榜する過激なプロレスを推し進め、“燃える闘魂”をキャッチフレーズに数々の名勝負を展開。日本中にプロレスブームを巻き起こしました。 また、1976年6月26日には日本武道館で、ボクシング世界ヘビー級王者 モハメド・アリとの“世紀の一戦”異種格闘技戦を実現させて、世界中の話題を集めました。 1989年には政界にも進出し、スポーツ平和党を立ち上げて、第15回参議院選挙に初当選。史上初のレスラー出身の国会議員となり、参議院議員を2期務めています。 2022年1月4日東京ドーム大会のオープニングでは、場内ヴィジョンにVTRのかたちでご登場頂き、新日本プロレスはたあげげ50周年にメッセージを送っていただきました。アントニオ猪木さんのご冥福を心からお祈りいたします。新日本プロレスリング株式会社』 と追悼の意を掲載。社長の大張高己氏は「猪木さんご逝去に際し、心よりご冥福をお祈り致します。今は悲しみに暮れていますが、「新日本プロレス」を生み、育てて頂いた尊敬と感謝を今一度胸に刻み、前を向き、迷わずに進みたいと思います。遥か昔、花道で目を見て強く握って頂いた、硬く分厚く暖かい、手のひらの感触は決して忘れません」と想いを寄せた。
    3 min

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