バレンボイム氏とサイード氏の”Parallels and Pardoxes”を読んでいたら、昔学んだゼミで取り上げた作品、ニーチェの「悲劇の誕生」の話が出てきた。実はフルトヴェングラーと結びつけて常に、このテーマについて考えて来た私は、バレンボイム氏の対談で、当のバレンボイム氏ではなく、哲学者のサイード氏からこの話が持ち出されたことに、(正確にはメディエイターのグゼリミアン氏からだが)我が意を得たりの思いだった。フルトヴェングラーの音楽づくりについて、そして私がもう一つの課題とする、Quo Vadis?(私たちは一体どこへ向かっているのか?)についてお話しています。難しいけど、簡単だよ。むーらん