ヒダテン!ボイスドラマ

ボイスドラマ「10年目の成人式」


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成人式という人生の大切な節目を舞台に、「約束」と「時間」が織りなす切なくも温かなドラマを描きました。

成人の日は、ただの通過点ではなく、人それぞれの想いが交錯する特別な一日です。大切な人と交わした約束、果たされなかった言葉、そして時間がもたらす変化——。そんな想いを込めて、この物語を紡ぎました。

また、本作はボイスドラマ としても制作され、実際に音声で楽しむことができます。
Spotify、Amazon、Appleなど各種Podcastプラットフォーム、そして「Hit’s Me Up!」の公式サイト にて配信中です。
声優の方々が演じる登場人物たちの息づかい、シーンごとに流れる音響効果が、物語の世界をより鮮やかに彩っています。ぜひ、文章だけでなく音でも この物語を楽しんでいただけたら嬉しいです。

それでは、どうぞ最後までお楽しみください(CV:桑木栄美里)

【ストーリー】

<『10年目の成人式』>

[シーン1/成人式会場]

「成人おめでとう!」

「おめでとうございます!」

「おめでとう!」

華やかな振袖たちが、踊るように成人式の会場へ吸い込まれていく。

私が身に纏うのは真紅の振袖。

大きな花弁の椿が咲き、優雅に蝶が舞う吉祥紋様(きっしょうもんよう)だ。

『聖なる花』である椿は『永遠の美』という意味を持つ。

卵から幼虫、さなぎへ。そしてさなぎから羽化する蝶は不老不死の象徴。

未来を祝福するような艶やかないでたちが、私の心を逆撫でした。

寒空(さむぞら)のなか、私は鬼の形相で会場の入口に立っている。

あれは1か月前。

彼と一緒に、着物の衣装屋さんに行った。

初めて着る振袖に、

いや、七五三以来初めて着る着物に不安いっぱいの私。

『ここから会場までどうやって行けばいいの?』

とっさに彼が言った、

『僕が送っていくよ』

このひとことにどれほど安心したか。

『僕のSUVなら車内も広いし、安全運転だから大丈夫さ』

よくものうのうと、そんないい加減な言葉を口にできたものだ。

成人式の日。

着付けが終わっても、待てど暮らせど現れない彼。

泣きそうになる私に、お店の人がタクシーを呼んでくれた。

成人式の会場に着いてからも、私は30分以上待たされている。

首長の挨拶も来賓の祝辞も、とっくに終わっているはずだ。

あきらめかけて、会場へ入ろうかと思ったとき、黒いSUVが

私の前で急ブレーキをかけた。

■SE/急ブレーキ〜車のドアをあける音

『ごめん!』

慌てて車から降りてくる彼。

鬼と化した私を見て、一瞬ひるんだが、

『朝クルマが急に動かなくなって』『寒波で電気系統がやられたらしい』

『ドイツ車って意外とそこ弱いんだ』

と、言い訳以外のなにものでもない言葉を私に投げつけた。

私は怒りを抑え、眉間に皺を寄せたまま微笑み、

『もう、さよならしましょ』

と、彼に告げた。

彼の表情がゆがみ、泣きそうな顔になる。

『ちょ、ちょっと待ってよ』『ホントなんだってば』

『連絡くらいできるでしょ』

『したよ!LINE送ったじゃないか』

私は、自分のLINEの画面を彼に見せて、

『どこに?』

私のスマホを見て彼は焦る。

『そんな!ちゃんと送ったのに』『クルマが壊れて動かない、タクシーで先に会場へ行ってくれ、って』

『あなたに言われなくても来たけど』

『すまない』

『これが私とあなたの相性なのね、きっと』

『そうじゃないんだ』

『もうあなたの顔なんて見たくないから』

『ホントに悪かった。謝罪を受け入れてほしい』

『無理でしょ』

『お願いだ』

『こんな気持ちのときになに言われたって無駄』

『じゃあ・・・待つよ』

『どうぞご勝手に』

『いつまで待てば許してくれる?』

『そうね・・・』

『10年後の今日、ここでもう一度謝ってくれたら許してあげる』

『え・・・』

彼は私の目をじっと見つめ、なにも言わなかった。

そりゃそうよね。

この言葉自体が、謝罪は不可能だって告げているわけだもの。

成人式の会場でも、私と彼は離れて座り、一切言葉を交わさなかった。

帰りも別々に帰っていく。

衣装屋さんで着付けを解き、家に帰った私は泥のように眠った。

[シーン2/月日は流れて】

成人式から1年後。

風の噂で、彼が結婚したと聞いた。

当然、私にインビテーションが届くわけもなく、

私は心の中で祝福の言葉を彼に送った。

『お幸せに』

彼と私は連絡をとることもなく、月日が流れていく。

7年後。

学生時代の友だちから連絡が届いた。

交通事故で、彼がこの世を去ったこと。

うそ・・・

私の心の中が空っぽになる。

どうしようもない虚しさが私から思考を奪った。

すべての力が体から抜けていく。

葬儀に行きたくても体が動かなかった。

それからの人生をどう生きたのか、あまりよく思い出せない。

気がつくと、10年目のこの日がやってきた。

[シーン3/二十歳のつどい会場]※声かけは湯浅も含めて録ります

「おめでとう!」

「おつかれー!」

「成人おめでとう!」

どうして、ここへ来てしまったのだろう。

もう、『成人式』という言葉自体もなくなってしまったのに。

『二十歳のつどい』という看板の前で私は立ち止まった。

華やかな振袖たちが、蝶のように会場を舞う。

10年前なら、私も蝶の群れの中へ悠然と入っていけただろう。

モルフォチョウのように、自分の美しさを誇示しながら。

成人たちは、私の方へちらちらと視線を送る。

ついくせで心を読む。

”ちょっと見て、あのおばさん”

”なんで成人式の会場にいるの?”

”ひょっとして新成人のお母さんだったりして”

失礼ね。私、まだ30よ。

いくつだと思ってんの?

久しぶりに外へ出たけど、まぶしい若さが目に沁みるなあ。

私の目的は新成人を祝うことじゃない。

もう、消えてしまった儚い約束のため。

それでもいい。

自分の心に決着をつけるためにここに来たのだから。

成人式が終わり、振袖たちが消えていくまでは、ここですごそう。

顔を上げ、冬の空を見上げながら、10年前のあの日に思いを馳せる。

と、そのとき、LINEの着信音が鳴った。

■SE/LINEの着信音

誰かしら?こんな日に。

最近、LINEなんて開いてもいなかったわ。

スマホの画面を開くと・・・

送信元には・・・彼の名前。

どういうこと?

彼のLINEなんて10年前からブロックしているのに。

おそるおそるメッセージを開く。

『ごめん。クルマがこわれちゃった。朝イチで修理に出すから

朝の迎えはいけない。タクシーで行ってほしい』

え?

日付は10年前の今日。

そんな・・・どうしていまこれが・・・

私は混乱しながら彼のブロックを解除する。

■SE/LINEの着信音

またLINE・・・

震える指で画面を開く。

先ほどのメッセージが送信取消となって消えている。

『このメッセージは、書いたけど送るかどうか迷ってる。

どんなに君に謝っても言い訳にしかならないから。

でもこれだけはわかってほしい。

君を傷つけたこと、一生かけて償うよ。

10年後の今日。

必ずこの気持ちでいると誓って』

10年後の今日?

ということは、成人式の日。あのあと書いたメッセージ?

でも、次の年には結婚してるじゃない。

■SE/LINEの着信音

え?なに?なに?なんだかこわい・・・

連続で届くLINEの画面を開く。

直前のメッセージはまた消去されている。

『今日きみの家にいったけど会えなかった。

何度も電話もした。

自分の心にけじめをつけたい。

一度でいいから返信してほしい』

日付は成人式の半年後?

私、ブロックしてるから返信できるわけないじゃない。

■SE/LINEの着信音

今度はなに?1年後?

『明日結婚するよ。

もう一度話したかった。

身勝手だけど、きみのことは忘れない』

本当に自分勝手なんだから。

■SE/LINEの着信音

7年後の日付。

なんだか、いやな予感がする。

『いまでもきみのことが忘れられない。

いや、時が経てば経つほど、思いは募っていく。

あと3年が待ちきれない』

まさか、このあと交通事故に・・・

私はスマホの画面を見つめながらしばらく呆然としていた。

私を正気に戻したのは、腰をひっぱる小さな力。

誰かがジャケットの裾を引っ張っている。

振り向くと、小学校低学年くらいの女の子が私を見つめていた。

『はじめまして』

この年齢の子にしてはとても礼儀正しく挨拶する。

こんにちは。あなたはだあれ?

女の子は、私がよく知った苗字を口にした。

まさか。まさか・・・

『父の代わりに約束を果たしにきました』

やっぱり。

LINEを送ってきたのも彼女だった。

聞けば、彼女が生まれたときから、彼はシングルファーザーだったという。

事情は知らないが、いろいろ大変だったんだろう。

彼が亡くなったあとは、親族の元で暮らしているようだ。

『父の謝罪、受けてもらえますか?』

ああ、そうだった。

私って、なんということを。

受けるもなにも、私の方こそ謝りたい。

私は、女の子と同じ目線にかがみ、彼女に告げる。

私こそ、ごめんなさい。

あなたのお父さんは、何も悪くなかったわ。

そう言って、彼女を抱きしめた。

彼女は初めて笑顔を見せ、私にしがみつく。

つぶらな瞳を潤ませて。

今度は私から彼女に話しかける。

『これから、たまにこうやって話を聞かせてくれる?』

彼女は嬉しそうにうなづく。

『約束ね』

小さな小指と指切りをした。

私は自分の心に誓う。

これからは、彼女との約束を守り続けていこう。

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