ヒダテン!ボイスドラマ

ヒダテン!ボイスドラマ

By Ks(ケイ)、湯浅一敏、飛騨・高山観光コンベンション協会FictionDrama
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ヒダテン!ボイスドラマ episodes

  • ボイスドラマ「0646-1710」

    朝6時46分発、夕方17時10分発。
    朝日町と高山市街地を結ぶ路線バスを舞台に描く、何気ない日常の中で生まれる小さなドラマ・・・

    【ペルソナ】
    ・よもぎ=(26歳/CV:蓬坂えりか)=カフェ「よもぎ」オーナー。漢方薬剤師。薬膳カフェよもぎの定休日、毎月第一日曜の朝6:46の路線バス朝日線で高山濃飛バスセンターへいく
    ・リク=(22歳/CV:田中遼大)=一見ナンパでやんちゃな大学生。実家は清見の木工所。沙羅は離婚した母がひき取り、リクは父へ。取り決めで月に一度、中間地点の高山で会っていた
    ・サラ=(8歳/CV:坂田月菜)=リクの妹、急性アレルギーで苦しんでいるときよもぎに助けられる
    ・マサ=(74歳/CV:日比野正裕)=薬膳カフェよもぎの常連客(+救急隊員25歳)

    【シーン1/朝日診療所口バス停】

    ▪️SE/キビタキのさえずり(自転車の停まる音)

    「おー、よもぎちゃん。

    日曜だっちゅうのに、こんな朝早うからバス待ちかぁ?

    薬膳カフェよもぎ、ほっといてええんか。

    あーそっかそっか、高山でデートかあ?」

    「も〜、やめてよ。マサさん。

    いっつもそういうことばっか言って。

    毎月第一日曜はお店の定休日でしょ。

    朝市へ食材とか見に行くのよ」

    「とかなんとか言って

    えらいおめかししとるんとちゃうか。

    やっぱり、いい人が・・・」

    「あ、バス来たからもう行くね、マサさん。

    早朝から自転車もいいけど、もっと厚着しなきゃだめよ。上焦(じょうしょう)を冷やすのは大敵なんだから」

    「ま〜た難しい言葉使ってごまかす。

    ほれみよ、ぜったい高山に色男が・・・」

    マサさんが喋り終わる前にバスのドアがしまった。

    ▪️SE/バスの扉が閉まって発車する音

    私の名前はよもぎ。

    朝日町の道の駅の近くで、薬膳カフェをやっている。

    本職は、漢方薬剤師。

    今日は月に一度の定休日。

    ルーティンは毎回決まっている。

    朝6時46分。乗鞍岳よりも少し南、

    御嶽山との間くらいから朝陽が顔を出す早朝。私は、朝日診療所口の停留所でバスを待つ。

    バスは朝日支所前始発ではなく、秋神温泉からやってくる。

    朝早くなのに、意外と乗客は多い。

    秘湯を早朝チェックアウトしたお客さんかしら。私の目的は高山市街地でのお買い物。

    まずは朝市で朝日にはない食材を探して・・・

    例えば、国府や清見のトチの実ね。

    『去痰(きょたん)』や『胃をあっためて痛みを止める』作用があるんだ。

    灰汁(あく)抜きがめっちゃ大変なんだけど。

    宮川の朝市(陣屋前?)には、たま〜に灰汁を抜いたトチの実が出てるの。

    今日はそれ狙いかな。

    あとは老舗の醸造元でお味噌や醤油の仕入れ。

    朝日町で採れるよもぎやクコと合わせるから。

    それから・・・ガラス作家が作った『手吹きガラス』。

    ガラスの脚や底の部分に金色の透漆(すきうるし)を塗ってあるやつ。『飛騨春慶塗(しゅんけいぬり)』の技法を応用したんだって。カフェで使うにはちょっともったいないかな・・・

    で、最後は、古い町並をふらふらっとスイーツめぐり。

    あ、これは私へのご褒美だけど。ふふ・・

    なんて、1日の予定をシミュレーションしてたら

    あっという間に高山濃飛バスセンターに着いちゃった。

    私はバスのステップを降りて、大きく背伸びをする。

    あ〜、楽しみだなあ。

    帰りのバスまでたっぷり10時間。夕方の5時10分までゆっくり高山を散策しましょ。

    今日もいいこと、ありますように。

    【シーン2/古い町並】

    ▪️SE/古い町並の雑踏(おばあちゃんの声)

    「お世話になりました」

    古い町並でおばあちゃんが私を見送る。

    町屋の軒先に干してあるトウキの葉っぱを見てたら、声をかけられちゃって。

    私が漢方薬剤師だと言うと、腰が痛いとか、目がかすむとか・・・

    結局1時間以上、漢方の相談にのってたんだ・・・

    ま、いっか。

    バスの時間まではまだあるから・・・

    そう思って歩いていると、目の前が急に騒がしくなった。

    お団子屋さんの前。

    人だかりができている。

    よく見ると、小さな女の子がうずくまっていた。

    思わず人混みをかき分けて近づく。

    8歳くらいの少女。フリルをあしらったピンクのトレーナーにキュロット。

    きれいに編み込まれた髪。

    顔を見ると、唇やまぶたが腫れ上がっている。

    首元や腕には、赤い蕁麻疹。

    近づくと・・苦しそうな呼吸音。

    足元には食べかけのソフトクリームが落ちている。

    それを拾って匂いを嗅ぐと・・・ヘーゼルナッツ?

    これって・・・

    まさか・・アナフィラキシーショック?

    ナッツアレルギー?

    私は取り囲む人たちに向かって叫ぶ。

    「救急車は呼びましたか?」

    「まだなら早く!」

    叫びながら、少女のリュックやポケットを探る。

    もしアレルギーの自覚があるなら、エピペンを持っているはず。

    少女の呼吸はどんどん苦しくなり、ついには仰向けに倒れた。

    あ、だめ。

    気道が塞がっちゃう。

    少女の上体を起こし、私の体に寄りかからせる。

    と、同時に・・探ったリュックの中に、

    「あった。エピペン」

    私は、躊躇なく、少女の太ももに注射した。

    「大丈夫だよ、心配しないで」

    「ゆっくり息を吸って」

    やがて救急隊員が到着する。

    私は医療従事者としての身分を明かす。

    時系列とバイタルサイン、行った処置の順に伝えた。

    救急隊員は私にお礼を言ったあと、

    「病院まで付き添っていただけませんか?」

    と告げた。

    当然だろう。小さな未成年の患者だし・・・

    私は時計を見る。

    16時30分。

    「すみません。バスの時間が・・・」

    申し訳なさそうにそう答えたとき、

    小さな手が私の掌を握った。

    え?

    少女の方へ向き直ると、潤んだ瞳が私を見つめている。

    何も言わず、ただ懇願するような瞳。

    私は目をつむり、小さく笑ってうなづいた。

    ▪️SE/救急車のサイレンが遠ざかっていく

    【シーン3/救急病院のER病棟】

    ▪️SE/病院内のガヤ

    「今日は本当にありがとうございました」

    少女とは救急車の中と病院で、少しお話した。

    名前は沙羅。沙羅双樹の沙羅。

    8歳。やっぱり。

    久々野に住んでるんだって。

    受け答えもしっかりしている。

    8歳とは思えないくらい。

    「今日はお兄ちゃんと高山へ来て、はぐれちゃったの」

    「お兄ちゃんの連絡先はわかんないの?」

    「さっきからかけてるけど、つながんない」

    「そうなの・・・

    実はね、お姉ちゃん、

    最終バスの時間があって・・・」

    「あ、もう大丈夫です」

    「でも・・・」

    「どうぞ。もう行ってください」

    「本当に大丈夫?」

    「バスの時間、何時ですか?」

    「5時10分・・・あ!?」

    「たいへん。急いで」

    「わ、わかった・・・

    お大事にね!無理しちゃだめよ!」

    「ありがとうございました」

    私は病院を飛び出して、高山駅、高山濃飛バスセンターへ走る。

    風はもう秋を通り越して、冷たく私の前に立ちはだかっていた。

    【シーン4/高山濃飛バスセンター】

    ▪️SE/走る足音とバスが発車する音

    「待ってー!」

    高山濃飛バスセンター17時10分発。

    たった1本の朝日線最終バスが目の前で発車していった。

    どうしよう。おばあちゃん、今日は秋神温泉へシニアクラブの旅行だし・・・

    最終バスが去った1番乗り場のベンチに座る。

    まあ、でもよかった。

    とりあえずあの子、沙羅が無事で・・・

    ちゃんとお兄さんに連絡ついたのかしら・・・

    とそのとき、私の心を嘲笑うような能天気な声が響いた。

    「あーあ、行っちゃったねー。お姉さん。

    完全に置いてかれてんじゃん。マジウケるんですけど」

    顔をあげると、そこに立っていたのは、20歳?くらいの男の子。

    シルバーのメッシュが入った、ツーブロック風のショートヘア。

    ダボっとしたストリート系の服を着崩して、ポケットに手を突っ込んでいる。へらへらと私を覗き込む、軽薄そのもののビジュ。

    ないなー。私の人生のなかでこういう人。

    「よかったら送ってあげましょうか?今日オレ、ちょうどクルマだし」

    「結構です」

    「へえ〜。

    でもさっき、泣きそうな顔してたじゃん。行っちゃったの朝日線でしょ。

    そっち方面なんだよなー、オレも」

    「どうぞ、おかまいなく」

    「無理しちゃってー」

    体を揺らしながら私を見下ろす男の子。

    まったく、こんなとこで何してんのかしら?

    日曜の夕方に。

    私はなるべく視線を合わせないようにしていたけど、

    さっきからなにか鈍い音が聞こえてくる。

    顔を背けるとよけいにボトムスの方から。

    「ねーねー帰る方法あるのー?」

    「ちょっと、あなた」

    「へ?」

    「スマホ、鳴ってるんじゃない?」

    「え?」

    慌ててポケットからスマホを取り出す彼。

    焦った顔で電話に出る。

    「あ、もしもし?

    沙羅か!

    今までどこ行ってたんだよ」

    さら?

    まさか・・まさか・・・

    「いま駅だよ。

    駅の駐車場にクルマ停めたの知ってんだろ。

    おい急げよ。

    早く来ないと置いてくぞ」

    彼はぞんざいに電話を切る。

    私は思わず彼からスマホを取り上げた。

    「おい!なにすんだよ」

    中身を開いて、通知センターに表示されたメッセージを読む。

    「返せよ」

    「あなた、今までなにしてたの!?」

    「なんだなんだ、何言ってる?あんたまで」

    「このメッセージ、読みなさい」

    「ワケわかんねえし」

    「早く読め、っての」

    「ったく、だりぃなあ・・

    っと・・

    『お兄ちゃん、どこ?』『お兄ちゃん、胸が苦しい』

    ってなんだこれ?」

    「沙羅ちゃん、急性アレルギーだったのよ」

    「え?

    なんであんた、沙羅の名前を・・・?」


    ※続きは音声でお楽しみください。

    18 min
  • ボイスドラマ「10月の雪」

    10月なのに、雪だった。
    そしてその雪が、二人を出会わせた。

    亡き妻との「幸せな雪」を忘れられない静流。

    雪の日の事故で恋人を失い、「悲しい雪」を忘れられない紅葉。

    高山から新穂高へ向かうバスで、偶然出会った二人。

    雨はみぞれへ。
    奥飛騨へ近づくにつれ、季節外れの雪へと変わっていく・・・

    紅葉と初雪が交差する奥飛騨を舞台に描くヒダテン!切ないラブロマンス。

    【ペルソナ】

    ・静流=シズル(30歳/CV:日比野正裕)妻を亡くした青年。妻との雪の思い出を大切にしている

    ・紅葉=くれは/(24歳/CV:坂田月菜)恋人を雪の日の事故で亡くした少女。雪はトラウマ

    ・天気予報アナウンサー=宮ノ下浩一さん

    【シーン1/高山濃飛バスセンター】

    ◾️天気予報(宮ノ下さん)

    「続いて、気象情報です。

    日本付近には、この時期としては非常に強い寒気が流れ込んでおり、

    高山市内でも夕方にかけて急激に気温が下がる見込みです」

    ▪️SE/高山濃飛バスセンターの雑踏

    天気予報の言う通り、10月の空は重い鉛色に閉ざされていた。

    まるで季節を飛び越えてしまったかのような、灰色の雲。

    高山濃飛バスセンター。

    バスを待つ客たちはみな体を丸めている。

    5番乗り場のホームは新穂高温泉行き。

    エアブレーキの音とともに、ロングデッキの路線バスが滑り込んできた。

    私の名前は静流。

    静かな流れ、と書く。

    30年の人生は、7年前まで、名前のように静かな軌跡をたどってきた。

    東京都内に生まれ、大学までずっと実家暮らし。

    卒業してからは、都内の小さな設計事務所へ。

    古い民家のリノベーションや庭園の設計を仕事にしてきた。

    ささやかな私の趣味は、季節を愛でること。研鑽を兼ねて、全国各地の自然を訪ねた。

    奥飛騨へ行ったのは7年前。

    大自然の中に悠然と佇む秘湯は、日々の疲れを優しく癒してくれた。

    そのとき出会ったのが妻。

    当時24歳の彼女は、都会の喧 騒を離れ、温泉宿で働くリゾートバイト。

    住み込みで仲居をしながら、奥飛騨の四季を楽しんでいた。

    話すようになってわかったのは、彼女がフリーターであること。

    自分では”自由人”と言っていたけど・・

    住まいは都内。私のオフィスと目と鼻の先。

    偶然は、引力に変わる。

    私たちの距離は、自然と近づいていった。

    結婚したのは、その次の年。

    新婚旅行は、彼女の希望で冬の奥飛騨へ。

    雪の降る露天風呂。

    彼女の微笑みは湯けむりに溶けていく。

    それは、人生で一番幸せなひとときだった。

    永遠に続くかと思っていた時間。

    あっけなく幕を閉じたのは、コロナが明けた2023年。

    逝ってしまう前、妻は何度も口にした。『あの温泉・・露天風呂にまたいきたいな』

    思いは叶わなかった。

    結局私はいま、ひとりでバスに乗っている。

    あの日と同じ、高山濃飛バスセンター。

    10月だというのに急に冷え込んだ空気。

    まるで私の心を映しているようだ。

    奥飛騨の紅葉は10月上旬から下旬。

    そろそろ終わりが近い。

    とはいえ、いまはまだハイシーズン。

    バスは満席ではないにしろ、そこそこお客さんは多かった。

    私の席は一番後ろ。

    人間観察が趣味、というわけじゃないけど、

    昔からこの場所が好きだった。

    私は手元の包み紙からさるぼぼをとりだす。

    購入したのは、駅前の土産屋さん。

    店員のおばちゃんは確かこう言ってたっけ。

    さるぼぼは、安産や子育てのお守り。

    女の子が幸せになるようにって願いをこめるんやさ。

    そうなんだ。

    あのとき、買っておけばよかったかな。

    ・・なんて、どうしようもないことを考えてしまう。

    車内の半分以上は外国人。

    残りは高齢者のご夫婦か。

    そのとき。

    発車直前のバスに、1人の女性が乗り込んできた。

    私も含めて

    まわりがブルゾンやダウンを着込んでいるというのに、

    白い薄手のジャケットにサマーニット。

    デニムの裾をまくり、足元は白いスニーカー。

    髪は、無造作にまとめられたショートボブ。

    通路を挟んだ私の斜め前に、座る。

    空いているのはそこだけ。

    私と目が合ったとき、彼女は一瞬、小さく会釈をした。

    私はそっとうなづいて視線を落とす。

    視線の先・・

    後ろを向いた彼女のリュックに赤い色が揺れている。

    彼女が座るのを待っていたように、案内放送が流れ、バスが動き出した。

    【シーン2/バス車内〜国分寺・古い町並口・別院前】

    ◾️天気予報(宮ノ下さん)

    「気象情報です。

    現在、奥飛騨の山間部を中心として断続的に雨が降っています。

    気温の低下に伴い、標高の高い地域では夕方以降、

    雨から一段と冷たい『みぞれ』に変わる見込みです」

    ▪️SE/バス車内のガヤ

    イヤホンから天気予報が流れてくる。

    ふうっ。雨か・・・

    バスは国分寺から古い町並口へ。

    斜め前に座る女性がリュックを網棚に載せる。

    そのとき、何かが床に落ちた。

    それは・・・

    さるぼぼ?

    私のよりひとまわり小さなキーホルダー。

    いや、別に驚くことなどないか。

    ここは高山だもの。

    みんなさるぼぼを持っていたっておかしくない。

    そんなことより・・・

    「あの・・・」

    私は立ち上がってさるぼぼを拾い、声をかける。

    「え?」

    不安そうな顔でゆっくりと振り返る女性。

    私が差し出す手の中に、さるぼぼを見つけると・・・

    「あ・・・」

    「さるぼぼ・・・落としましたよ」

    「ありがとうございます」

    彼女はホッとしたように口角を上げて、さるぼぼを受け取る。

    その瞬間、彼女の視線が、私のもう一方の手に止まった。

    「あ、それ・・・」

    「あ、これですか。

    お土産屋さんで見てたら、なんとなくほしくなっちゃって。

    おかしいですよね」

    「いいえ、わかります。

    この子もそう。

    さるぼぼなんて興味もなかったのに、6年前・・・」

    そう言いかけて、彼女は口をつぐんだ。

    急にさみしそうな表情が浮かぶ。

    「あ、ごめんなさい・・・」

    「いえ、こちらこそ急に声をかけてしまってすみません・・

    でも、心配ですね。天気」

    「天気・・・?」

    私は片耳にはめたイヤホンを指差す。

    「あ・・・」

    「奥飛騨は雨みたいですよ。

    どこまで行かれるんですか?

    っと、ごめんなさい」

    「いえ、大丈夫・・・

    あの、新穂高です」

    「奥飛騨なんですね。実は僕も・・・

    あ、いえ、失礼。関係ないし・・

    深い意味はないです」

    「奥飛騨は雨・・そうですか・・・

    雪だったらよかったのに」

    「え・・・」

    「いえ、なんでもありません・・・」

    そう言って彼女はまた窓の方に顔を向けた。

    バスは別院前から長坂辻(ながさかつじ)へ。

    北アルプスの山並みに向かって進んでいった。

    【シーン3/バス車内〜町方・坊坊公民館前〜スキー場口・ほおのき平】

    ◾️天気予報(宮ノ下さん)

    「天気の状況をお伝えします。

    気象庁は先ほど、奥飛騨温泉郷周辺に路面凍結に関する注意を呼びかけました。

    標高の高い地域では気温が氷点下近くまで下がっており、

    夜間にかけて路面の急激な凍結に警戒が必要です」

    ▪️SE/バス車内のガヤ

    天気予報が不穏な状況を伝える。

    バスは町方(まちかた)から坊坊(ぼうかた)公民館前へ。

    窓には小さな雨粒が当たりはじめた・・・

    「雨・・・」

    彼女がぽつりとつぶやいて振り返る。

    「さっきはごめんなさい・・・

    私、本当は雪が見たかったんです」

    「雪・・?」

    「そう。奥飛騨の一番奥まで行けば見られるのかな、って」

    「ああ。だから新穂高・・

    実は僕も、雪の思い出をたどるためにこのバスに乗ってるんです」

    「雪の思い出・・素敵ですね」

    「ええ。

    思い出すだけで、心があったかくなってきます。

    雪の中の露天風呂、っていう氷点下のシーンなのに」

    「素敵・・・雪の露天風呂ってまだ入ったことないです」

    「最高ですよ。

    体は火照ってくるのに、首から上は、痺れるような寒さ。

    見上げれば宝石のような雪がゆっくりと降りてくる。

    湯船を見ると、湯けむりが雪の結晶を溶かしていくんです」

    「見てみたいなあ」

    「冬になればいつでも見られるんじゃないですか。

    奥飛騨なら・・・」

    「そうですね。

    でも私、冬より秋が好きなんです」

    「はは。難しい相談ですね」

    「はい・・・秋に雪が降ればいいのに」

    気がつけば彼女は窓側から通路側に移動している。

    私も最後列の真ん中よりも彼女側に体をあずけていた。

    バスはいつの間にか鍾乳洞口もすぎてほおのき平へ。

    もう少しで五色ヶ原の森、そして奥飛騨温泉郷。

    窓の外は灰色の景色と、時折ガラスを濡らす水滴。

    街灯や対向車のライトが滲みながら、流れていった。

    【シーン4/バス車内〜平湯トンネル・平湯温泉バスターミナル〜栃尾温泉・新穂高温泉口】

    ◾️天気予報(宮ノ下さん)

    「お天気です。

    気象庁の最新の発表によりますと、奥飛騨温泉郷の新穂高温泉など、

    山間部の地域で先ほどから雪が降り始めました。

    上空の寒気はさらに強まる見込みで、夜遅くにかけては降雪が一段と強まり、

    10月としてはまとまった雪になる恐れがあります。

    水分を多く含んだ重い雪となるため、

    ノーマルタイヤの車両によるスリップや立ち往生に厳重な警戒が必要です」

    ▪️SE/バス車内のガヤ

    「降ってきましたね」

    「ええ」

    平湯トンネルを抜けると、雨は雪に変わっていた。

    ヘアピンカーブを通って平湯の町へと下っていく。

    車窓に流れる白い糸。

    私の方へ振り向いた彼女の表情は、どこか嬉しそうだった。

    と同時に瞳の奥に小さな憂いも感じる。

    なんだろう?

    「あの・・・」

    「はい・・・」

    「さっきのお話、もう少し伺ってもいいですか?」

    「え・・・あ、ああ・・もちろんです。

    もし・・・ご迷惑でなければ・・・そちらに移動してもいいですか?


    ※続きは音声でお楽しみください。

    20 min
  • ボイスドラマ「あさひの風」

    「移住なんて、ハ・ン・タ・イ!」

    名古屋で暮らす27歳のつむぎ。
    夫から提案された飛騨・朝日町への移住に大反対!

    でも、朝日町で過ごした一日が、彼女の未来を変えていく・・・

    【ペルソナ】

    ・つむぎ=(27歳/CV:蓬坂えりか)※名古屋から子育てのために移住先を検討中の主婦

    ・よもぎ=30歳/つむぎの夫(アートデザイナー)

    ・なずな=3歳/つむぎの娘(保育園入園前)

    ・かえで=54歳/つむぎの母(名古屋在住)


    【シーン1/道の駅ひだ朝日村/到着】

    ▪️SE/スマホの着信音

    「もしもし、あ、カイト?

    ・・うん、今着いたところ。『道の駅ひだ朝日村』。

    って駐車場入れないじゃん。

    なんか、イベントやってて・・

    あさひたかねわくわくフェスタ・・っての。

    周辺のイベント用駐車場に入れって。

    ま、いっか。

    ん?

    うん、名古屋出たのは朝8時よ。

    カイトが仕事に出かけたあと。掃除してから出たの。

    ダンナさまを見送ってから家事こなして、って主婦の鏡でしょ。

    え?ナズナ?

    もちろん、おかあさんに預けてきたわ。

    まだ3歳なのよ。

    長距離ドライブなんてかわいそうでしょ。

    アタシもアナタの車って、あんまり運転慣れてないし。

    ま、いいんじゃない。

    おかあさん、すごく喜んでたわ。

    でも、言われたし。

    たまには顔見せてちょうだい、って。

    ちゃんと伝えたからね、いい?

    それより、今日の仕事、時間かかるの?

    お昼前までくらい?

    え〜、昨日はすぐに終わるって言ってたじゃない。

    施主さんが遅れてる?

    あ〜あ、大変ね。建築デザイナーって。

    てかさ、そんな状態で本気で移住するつもりなの?

    ここ、朝日町へ。

    収入とか大丈夫?

    え?なになに?

    木工デザイナー?クラフトマン?

    ふうん。いいけど。

    現実と理想がちゃんと一致するといいわね。

    ん?

    そうよ、もちろん変わってないわ。

    アタシの考えは。

    どこにしろ移住なんて、ハ・ン・タ・イだから。

    子供のことも考えてよ。

    来年から保育園なのよ。

    ちょうどいい?

    はぁ〜。オトコの考え方ね、ったく。

    まあでも、本気で考えるならアタシもいまの仕事考えないとか。なに?まだ覚えられないの?

    アーユルヴェーダよ、アーユルヴェーダ。

    インドの伝統医学。

    ウチは完全紹介制の高級スパサロンなんだから。

    アタシはチーフセラピスト。

    結婚してもう4年なのよ。いい加減覚えなさい。

    でも、どうするかなあ〜。

    朝日町でなにができるんだろ。

    って、あたりまえじゃない。

    不安しかないわよ。

    ま、それも踏まえて、今日はじっくり見ておくわ、朝日町を。

    あ、っとゴメン。

    もう駐車場着いたから。

    切るよ。

    あんまり遅くならないでね。

    じゃ」

    ▪️SE/スマホを切る音「ピ!」

    イベント用の駐車場は、朝日小学校か・・・

    へえ〜、木造で、いい感じ。

    まあ、子供を通わせるなら、こういう小学校がいいわねえ。

    さてと。

    元気にしてるかな。ナズナ。

    おかあさん、遊んでくれてるよね。

    ▪️SE/スマホをかける音「プルルル」

    「あ、もしもし。おかあさん?

    つむぎです(※名前はタテる)

    今日は朝からすみません。

    ええ、カイトは仕事です。

    終わってからソッコーで朝日に向かうって言ってたけど。

    あ、はい。夕方にはこっちを出ます。

    夜遅くならないようにしますから。

    え?

    はあ・・

    明日はカイト、代休で仕事休みですけど・・・

    泊まり?

    そんな・・・大丈夫です。帰ります。

    申し訳ないですし・・

    え?

    そうですか・・・

    わかりました。

    カイトの来る時間が遅くなるようなら考えます。

    はい。ありがとうございます。

    いま?

    駐車場から歩いてるとこです。

    道の駅まで。

    なんか、今日、イベントやってるみたいなんで。道の駅で。

    あー、見えてきた、見えてきた。

    賑やかそうだなあ。

    楽しそう。

    あさひたかね わくわくフェスタか・・

    さっきも言ったけど・・・

    え?

    いえ、なんでもありません。

    え?わ!

    ちょっとすごいスケールおっきいかも。

    グルメにマルシェに・・・

    キッチンカーの数とか、ハンパないですー。

    あー、ナズナも連れてきてあげればよかったなあ。

    元気にしてますか?ナズナ?

    ちゃんとお昼寝しました?

    ああ、よかった。

    え?

    あ、はい。ありがとうございます。

    代わってください。

    (※しばらく間を開ける)

    もしもし。ナズナ?

    ママ。

    お利口にしてる?

    おばあちゃんの言うこと、ようくきくのよ。

    ママ?

    いまねえ、朝日町、ってとこに来てるの?

    あ・さ・ひ・ちょ・う。

    うん。名古屋からはずうーっと遠くだよ。

    おひるね1回して、おっきするくらい。

    今度、パパと一緒に、3人でこようね。

    いいとこだよ。

    涼しいし。

    そうだ。

    ナズナ、なにかほしいものある?

    お土産買ってくから。

    え?

    そうねえ・・・ちょっと待って・・・キッチンカーで食べれそうなのは・・・

    美女餅入りたこ焼き・・・たこ焼きだ!

    あ、でも持って帰るのはムズイかな。

    飛騨桃のヨーグルトスムージー・・・聞いたことあるわ。

    ヒダモモって、すっごく甘いんだって。

    あ、ごめん。これもいま食べるやつ。

    あとは・・・

    まんま美女餅!たしか、トッポギみたいなお餅か。

    でた!タカネコーン入りたこ焼き!

    てか、タカネコーン使ったグルメがいっぱいだわ。

    タカネコーン。

    これはママも聞いたことある。

    メロンより甘いトウモロコシ!

    ナズナ、トウモロコシ大好きでしょ?

    あ、でもいかん。

    タカネコーン食べちゃったら、

    きっともうフツーのコーンは食べれなくなるし・・・

    ん?

    っとごめんねー。

    持って帰れないものばっかり言って。

    大丈夫。ナズナが大好きなもの、ママが見つけてくるから。

    お土産楽しみに待っててね。

    じゃ、もっかいおばあちゃんに代わって。

    あ、もしもし。すみません。

    おかあさん、なにか食べたいものとかありますか?

    道の駅でお土産で持って帰れそうなもの探してきますから。

    え?よもぎだんご。

    リョーカイです。

    探してみます。

    ほかにも?

    え?『すな』?

    なんですか、それ?

    漬物?

    へえ〜。わかりました。

    ええ。すみません。

    カイトから連絡あったら、そっちへかけさせますね。

    じゃ、このあともナズナのこと、よろしくお願いします・・」

    ▪️SE/スマホを切る音「ピ!」

    さてと。

    グルメコーナーはさくっと見たし、

    本体の道の駅へ。

    道の駅ひだ朝日村・・・

    『朝日村』って、以前は大野郡朝日村だったのね。

    アタシ、結構この『村』っていう呼び方、好きなんだなあ。

    空気がきれいで自然がいっぱいで、山や川があって子供が遊んでて・・って。

    里山とかは、アタシの原風景。

    今は、名古屋のど真ん中、スパサロンで働いてるけど。

    ホントはこっちの方が自分に合ってる・・・

    あれ?

    さっきまでアタシ、移住反対って言ったんだよなー。

    ま、いいや。

    とにかくまずは、道の駅っと。

    おお。

    元祖飛騨よもぎうどん、よもぎ大福、よもぎ豆腐、よもぎこんにゃく、

    よもぎカレー、よもぎ焼酎、よもぎアイス・・・

    ってよもぎづくしじゃん。

    確かよもぎって、体にめっちゃいいんだよねー。

    婦人病とかにも・・

    女性の味方、って薬草でしょ。

    アタシの友達が薬膳カフェ、やってるから教えてもらったんだ。

    よもぎ、って子。

    そっかぁ。

    朝日って薬草の聖地なのね。

    アタシ、高級スパで健康ファーストなことやってるから、惹かれるわー。

    でも、もし、ここへ引っ越したら、アタシなにするの?

    う〜ん。

    薬草を使った『和のアーユルヴェーダ』とか?

    って、サロンは?

    あ、古民家とか・・・

    あるよね、きっと。

    リフォームはカイトの専売特許だし。

    うわ、なんか想像できちゃうじゃん。

    いやいや。待て待て待て。

    もうちょっと、ちゃあんとチェックしないと。

    道の駅だから、情報あるでしょ、きっと。

    ほら。観光のガイドブック、あるじゃん。

    (※朝日町の観光ガイドブックを手にとる)

    え〜っと、なになに?

    飛騨あさひ『枝垂れ桜の里』?

    なにそれ?

    お、写真がある・・・・・

    こ、これは・・・水鏡?

    神社の枝垂れ桜が、ライトアップされて水面に映り込んでる。

    すごっ。

    レベチな美しさ。

    青屋神明神社・・・

    来年の春か・・そりゃそうだよね。

    夏とか秋はどうなの?

    夏はキャンプ・川遊び・渓流釣り?

    カイトぜーんぶ好きじゃん。

    アタシは・・・ゴルフかな。

    湿度が低くて過ごしやすい、ってこれ優勝じゃん。

    秋は?

    きのこ狩り・紅葉狩り。おー。

    で、冬は氷点下の森・・や雪!

    あ、でも豪雪地帯じゃないから心配ないんだ?

    ふうん。

    あとは・・・

    (※高根町の観光ガイドブックを手にとる)

    お隣の高根町?

    そうそう。知ってる。

    『あゝ野麦峠』でしょ、記録文学の。

    読んだわ〜。

    すごく刺さった。一気に読んじゃったもん。

    いつかカイトに運転させて道の駅 飛騨たかね工房ヘ行ってみようっと。

    だけどもう、タカネコーンはないよね?

    おかあさんの言ってた健康食品のスナ。気になる〜。

    おー、高根って標高1,000mなんだ?

    真夏でも25度?

    そそられるわぁ。

    あ、ちょっと待って。

    なにこれ?

    飛騨高山蒸溜所?

    飛騨初のウィスキー造りか・・・

    アタシ、普段は日本酒党だけど、

    美味しいウィスキーにも目がないんだよねー。

    旧高根小学校?

    廃校となった小学校が蒸留所になったんだ・・・

    ロマンだなあ。

    え?黒板に?

    『小学校最後の日』に子どもたちが書いたメッセージが?

    ずっと残ってる?

    いかん。

    こんなん見たらアタシ正気がじゃいられない。

    絶対泣くわー。

    高根と朝日。朝日と高根。

    カイトとアタシにとっては最高のステージかも・・・


    ※※続きは音声でお楽しみください。

    20 min
  • ボイスドラマ「林檎失踪事件」

    「もうマジで無理! こんな家出ていってやる」

    秋の高山祭で賑わう10月。

    久々野のりんご農園で母親と大喧嘩した林檎は、本当に家を飛び出してしまいます。

    向かった先は、父・静流がペンションを営む奥飛騨温泉郷。

    今回はアガサ・クリスティの名作ミステリー『アクロイド殺し』『オリエント急行殺人事件』にオマージュを捧げた、ヒダテン!流ミステリーコメディ。

    舞台となるのは、高山から平湯、新穂高、そして中尾温泉へと走る濃飛バス新穂高線。

    紅葉の奥飛騨を走る路線バスとともに、ちょっと不思議な「失踪事件」をお楽しみください。

    果たしてあなたは、林檎が隠している“真相”を見破れるでしょうか?

    【ペルソナ】

    ・林檎=りんご(18歳/CV:坂田月菜)=JK3年生/父と離婚した母と2人暮らし/バスマニア

    ・静流=シズル(42歳/CV:日比野正裕)=離婚後に中尾温泉で温泉付きペンションを営む。ペンションの畑でスクナカボチャを育てている

    ・如菜=ジョナ(39歳/CV:小椋美織)=林檎の母/離婚したあともシングル/農園で働く・理玖=リク(19歳/CV:田中遼大)=林檎のバスマニア仲間/福井在住

    ・愛李彩=アリサ(40歳/CV:中島ゆかり)=新穂高の旅館で働く仲居さん

    ・沙羅=さら(25歳/CV:岩波あこ)=渋谷の旅&グルメ系インフルエンサー(インスタグラマー)
    【プロローグ/久々野のりんご栽培農家】

    ▪️SE/小鳥のさえずり

    「もうマジで無理!

    なんで毎年10月ってこうなん!?意味分かんないんだけど!

    なんで私だけ、高山祭行けないの!?おかしくない!?

    見てよ、ママ!インスタもTikTokも!

    屋台の引き揃えの写真、こーんなにいっぱい。

    友だちみーんなみだらしとか五平餅とか食べ歩きして、超楽しそうなのに!

    私だけいけないの、なんで!?」

    「りんご農園の娘だからでしょ!

    いまさら何言ってんの!」

    「マジでりんご農園になんて生まれてこなきゃよかった。最悪」

    「林檎!いい加減にしなさい!」

    「なんで?間違ったこと言ってないし。

    いいわ。もう。

    こんな家出ていってやる」

    「っとにもう!やんなるわ。

    そういうとこそっくりなんだから・・」

    え・・・

    ママが思わず口にする。

    それは去年別れたパパのこと。

    ママも私も、ずっとタブーにしてたのに。

    絶対口にしなかった言葉。

    「あ・・・いや・・ちがくて・・・

    とにかく黙って収穫手伝いなさい」

    私は黙ってママに背を向けた。

    うちは久々野のりんご農園。

    毎年この時期は、目が回るくらい忙しい。

    って、そんなこと言われなくてもわかってるし。

    生まれたときからず〜っとそう。

    私は林檎。

    名前も林檎。

    畑で実ってるやつとおんなじ。

    それもず〜っといやだったけど。

    友だちの楽しそうなストーリーを見て、ついにキレちゃった・

    そのあとはママがなにを言ってきても全部シカト。

    アタシは部屋に戻って、速攻で荷造りを始めた。

    思ったとおり。

    ママは追いかけてこない。そんなヒマないよね。

    黙々とりんごの収穫を続けていた。

    【シーン1/高山濃飛バスセンター新穂高線のりばから中尾高原口へ】

    ▪️SE/高山濃飛バスセンターのガヤ

    高山濃飛バスセンター新穂高線5番のりば。

    路線バスは意外と混んでない。なんで?

    紅葉シーズンの奥飛騨って、まじハイシーズンじゃん?

    あ、そっか。今日はみんな祭り見てるから。

    てか、なんでこの路線なの?って話なんだけど、ぶっちゃけ・・・

    パパ、離婚してから新穂高の中尾高原でペンションやってんだよね。

    ハッキリ教えてくんないけど、ワンチャンそれも離婚のガチ原因説。

    アタシは、裏垢でパパのペンション、フォローしてるし。

    宿泊客の投稿、まじでレベチすぎてえぐい。

    まずは、中尾高原の絶景掛け流し貸切風呂。貸切風呂だからスマホ持ち込めるのガチで神。

    湯煙の向こう、北アルプスのビジュがまじで大優勝してる。

    で、標高1,100mならではの、天然のプラネタリウム。

    街明かりゼロ、お風呂に浸かりながら見上げる満天の星!

    ってかガチで優勝確定っしょ。

    からの〜、とどめはペンションから車ですぐの『北アルプス大橋』!

    全長150m、谷底からの高さ70m。上路式ソリッドリブアーチ橋?

    錫杖岳とか笠ヶ岳をバックにしたビジュ。奥飛騨で一番すごいと思う。

    だ・け・ど〜

    パパ、アピるの下手すぎ。

    こんなにスペック高いのに、SNSのアカウントほとんど放置だし。

    もうちょっとなんとかならん?って感じ。

    ってことで、目的地は奥飛騨温泉郷。

    パパのペンション。

    もちろん、アタシが行くことは伝えてない(笑・・むふふ)。

    下手にLINEとかしたら、絶対ママにチクるっしょ。

    たまにはサプラ〜イズ、ってのもアリじゃん?

    ま、アタシ的には、月イチの面会とか普通に足りなすぎて不満だし。

    バスの乗客は、パラパラと数人。

    その中で一番後ろに座ってるのは男子大学生ひとり。

    なんかめっちゃ嬉しそうな顔してて草。

    時刻表通り。

    ドアが締まってバスが発車した。

    高山駅前から国道158号を東へ。

    『古い町並口』で、外国人のグループが降りていった。

    安川通りってフツーに歩いてもエモいのにね。

    別院前、東小学校口、松之木農協(まつのきのうきょう)を通って、丹生川へ。

    このへんから景色が山になっていく感じ、ぶっちゃけ好きだわー。

    丹生川中学校前。ほとんどのお客さんがバスを降りた。

    観光客じゃなくて、リアル地元民ってことね。

    次のバス停、丹生川支所前の町方(まちかた)から乗ってきたのは、ひとりの女性客。

    40代くらい?ちょいキレイ目。

    髪を一つにまとめ、白のニットにキャメルのプリーツスカート。

    席に座るとすぐ、彼女のスマホに着信が鳴り響いた。

    ▪️SE/スマホの着信音

    いやいや、おいおい(笑)マナーモードにしとけよって話。

    「あ、もしもし、私。

    いまバス乗ったから」

    え?出ちゃうの?

    空気読めないなあ。

    でもなんか焦ってる感じ?

    「うん、1時間ちょっとで着くと思うわ」

    1時間ちょっとって、パパのペンションまでとほぼ同じじゃん。

    なんか、まじでいや〜な予感しかしないんだけど。

    、

    「で、そっちはどう?

    ロープウェイのお客さんとか、これからチェックインでしょ」

    新穂高ロープウェイ?

    チェックイン?

    バスは鍾乳洞口、ほおのき平を通って 五色ヶ原入山口(ごしきがはらにゅうざんぐち)へ。

    いよいよ奥飛騨突入って感じ。

    さっきの40代話中(わちゅう)おばさんの声がだんだん大きくなる。

    てか、まだ電話してんの?

    「今晩?

    いいけど・・・大丈夫なの?」(※少し思わせぶりに)

    いや、ちょっと待って。ちょっとちょっと。

    まさか、まさかだけど・・・

    この人、パパの彼女だったりして〜?

    どうしようどうしよう?

    ってガチ焦りしてたら、始発から乗ってる大学生が席を立った。

    「ケータイ、ほかの人の迷惑になりますから」

    お。ヒーロー降臨じゃん。カッケー。

    「あら、ごめんなさい。

    実は緊急の用事が入っちゃって。

    でも、ほかの人ってあなたしかいないけど・・」

    「だから迷惑なんですけど。

    とにかく手短にお願いします」

    「はい、すみません」

    と、そのとき。スマホがぶるってLINEの通知。パパから?

    やっぱきたか・・『いまどこ?』即レス。

    『実はパパのペンションに向かってる』

    『どうしたんだ?』

    『いろいろあって・・』

    『そうか。

    いまバスか?』

    『うん』

    『降りるのは、中尾焼岳登山口だからな。間違えるなよ』パパとLINEしてたら、いつの間にかバスは平湯バスターミナルへ。

    平湯から、スーツケースを引いた女性が乗ってきた。

    25、6歳くらい?

    垢抜けた雰囲気。

    ダボッとしたワイドデニムにハイブランドのミニチェーンバッグ。

    スタイリッシュな黒のアルミキャリー。

    抜け感のある大人ストリートカジュアルって感じ?メロい。

    乗客は、40代話中(わちゅう)おばさんとその横に移動した大学生、

    一列空けてその前に座ったメロ姉さんだけ。

    「あなた、大丈夫ですか?」

    え?なに?

    話中おばさんが緊迫した声で口を開いた。

    見ると大学生が、俯いて胸を押さえている。

    メロ姉さんも振り返って・・

    「どうかされましたか?」

    「大丈夫です。ちょっと車酔いしちゃったみたいで・・・」

    バスは新穂高温泉口へ。

    アタシはパパにLINEする。

    『パパ、いま新穂高温泉口だけど、車酔いした乗客がいて大変みたい。

    どうしたらいい?』

    『そうか。

    まずベルトとかシャツのボタンを緩めてあげなさい。

    それから、ペットボトルとかがあれば、首の後ろに当てて冷やす。

    あと、可能なら中尾高原口で降りて、休憩所で休むといい。

    パパが薬を持ってそこまで行くから』

    さすが、パパ。

    少し落ち着いてきた大学生に話中おばさんが声をかける。

    「どこまで行かれるの?」

    「中尾高原口・・・」

    「あら、私もよ。

    降りたら安静にして。

    『奥飛騨さぼう塾』で少し休ませてもらったら」

    「私は中尾焼岳登山口だけど、一緒に降ります」

    「そんな・・申し訳ないから大丈夫です・・・」

    「そうよ、観光客でしょ?」

    「いいんです。

    バス停に着いたら連絡入れることになってるんで。

    中尾温泉のペンションからお迎えに来てくれるそうだから」

    「でも・・・」

    「それじゃあとにかく、降りましょ」


    ※続きは音声でお楽しみください。

    19 min
  • ボイスドラマ「101番目の提灯」

    「君の灯りは、世界で一番綺麗な灯りになるんだ・・・」

    朝の高山濃飛バスセンター。5分間の缶コーヒーから始まった、届かないはずの恋。伝統の秋祭りの夜、100個の提灯の中で待つ彼のもとへ届いた奇跡とは・・・

    【ペルソナ】

    ・アカナ=(20歳/CV:米山伸伍)=古川の専門学校で木工や家具の技術を学ぶ

    ・萌々=(もも/22歳/CV:高松志帆)=高山駅前のリゾートホテルで働くホテリエ


    【シーン1/高山濃飛バスセンター(8月終わり)】

    ▪️SE:高山濃飛バスセンターの雑踏(セミの声)

    「おはよう!今日もきれいだね!」

    「もう〜、やめてよ。みんな見てるのに」

    「仕事がんばって!」

    「ありがと!アカナもね!」

    オレだけにわかるよう、

    小さくウィンクをして彼女は市街地へ駆けていく・・・

    ・・・・・なんて、あるわけないよなぁ〜!

    高山濃飛バスセンター。

    古川神岡線の降車場で、毎朝オレは妄想する。

    朝6時20分。

    古川駅前から高山濃飛バスセンターへやってくる始発のバス。彼女はいつもこのバスから降りてくる。

    残暑厳しい8月。少しだけ残っている夜の涼しさ。

    バスを降りた彼女は静かに歩き出す。肩のラインが綺麗な、白いサマードレス。風が吹くたび、裾のフリルが軽やかに揺れる。

    丁寧に編み込んでアップにした髪型。うなじのラインが美しい。

    あ・・

    心の中で声をかけようとしても、言葉がでない。

    ほんの一瞬、視線が動いてオレの方へ。

    口角が少しだけ上がったような気がした。

    オレの名前はアカナ。

    大新町(おおしんまち)1丁目に住む20歳(はたち)の学生。

    古川にある専門学校で、木工とか家具の技術を学んでいる。

    ホントは、からくりを作りたいんだ。

    関係ないけど。

    オレの乗るバスは6時40分。

    彼女に会うために、毎朝15分も早起きしてる。

    バカだよな。ったく。

    【シーン2/高山濃飛バスセンター(9月中旬)】

    ▪️SE:高山濃飛バスセンターの雑踏(雨の声)

    9月の雨。

    アスファルトに跳ね返る雨の音。

    冷たい雨粒を見ながら、オレはいつものバスを待っている。

    手にはコンビニで買ったビニール傘。

    始発バスがロータリーに滑り込んできた。

    小さく水飛沫が上がる。

    タラップを降りる彼女は今日も美しい。

    チャコールグレーのボトムスに、白いブラウス。

    その上から、薄手のカーディガンを羽織っている。

    雨でもやっぱり綺麗だな・・・

    コンコースでバッグから折りたたみの傘を取り出す。

    ワインレッドの上品な生地。

    ボタンを押して開こうとしているみたい・・・だけど・・

    ん?

    どうかしたのかな?

    なにか引っかかって開かないようだ。

    道ゆく人は、気づかずに通り過ぎていく。

    オレは迷わず彼女の横へ。

    彼女に見えるように、手を差し出す。

    「え・・」

    「貸して。オレが開けてやるよ」

    「あ・・、だ、大丈夫です」

    一瞬オレをみたあと、すぐに視線を傘に戻して開こうとする。

    「あれ・・・なんでかなあ」

    「いいから貸して」

    「いえ・・」

    オレはなかば強引に彼女の手から傘をとりあげる。そのまま、力任せに開いた。

    すると・・・

    ▪️SE:傘の骨が折れる音「バキッ」

    「あ・・・」

    「ごっ、ごめんなさい!」

    「ぷっ・・・」(笑)

    傘は開いたけど、中の骨が折れて、飛び出している。

    彼女は鼻で笑ったあと・・・

    「ありがとうございます」

    そう言って、オレの手から傘をひったくった。

    「じゃ、急ぐので・・」

    「待って!」

    「なにか・・?」

    「これ・・オレの傘、使って」

    「結構です・・

    駅前のお店で傘を買うから」

    「そんなん、もったいない。

    いいからオレの傘持ってって。

    で、その傘はこっちへ。

    オレが直しとくから」

    「いえ、ホントに大丈夫ですから・・」

    「大丈夫じゃない。

    オレ、木工の学校行ってるんだ」

    「え・・」

    「そういうの直すの得意だから」

    「でも・・」

    彼女が言葉に詰まったのをみて、強引に壊れた傘を奪う。

    「あ・・」

    そのまま、自分の傘を彼女に押し付ける。

    「それじゃあなた、濡れちゃうじゃない・・」

    「明日、きっちり修理して渡すから」

    「待ってよ・・・」

    何か言おうとする彼女に背中を向けたまま手を降る。

    振り返らずに、ロータリーへ入ってきた古川神岡線に乗り込んだ。

    【シーン3/高山濃飛バスセンター(翌日)】

    ▪️SE:高山濃飛バスセンターの雑踏(コオロギの声)

    次の朝。

    いつもの時間にオレは緊張しながらバスを待っている。

    手には修復された折りたたみ傘。

    思ったより時間がかかっちまったな。

    てか、ほぼ徹夜・・・

    親骨(おやぼね)の関節部分が完全にひしゃげて、 

    かしめピンが弾け飛んでたんだよなあ。

    ペンチの先で、アルミ骨の歪みを、真っ直ぐに叩いて伸ばした。

    関節の破断部には、真鍮製の補修用スリーブを割り込ませる。

    でもって、新しいかしめピンを打ち込んでがっちり固定。

    仕上げは、防水ブチルテープを巻いて、雨水の浸入と金属疲労を防いだ。

    ・・・な〜んて彼女に説明しても、きっとうざったいからやめとこ。

    ほどなく、彼女の乗ったバス、古川神岡線が入ってくる。

    なんか・・ドキドキする・・・

    やんなるな、ったく。

    ああ、バスのスピードがやけに遅く感じる。

    ステップから降りてくる彼女の姿。

    まるでスローモーションをみているようだった。

    雨はやんでいるのに、手にはビニール傘。

    なんか・・・ピカピカじゃねえか?

    しかも・・

    「おはよう。昨日はありがとう」

    そう言って手渡したビニール傘には・・・なんだ?

    小さなリボンのシールって・・・

    「おかげで助かったわ」

    「あ・・そんな・・・」

    「じゃ・・」

    「ちょっと待って」

    「え?」

    「あの・・これ・・・」

    「なあに?」

    「傘、直しといたから・・・」

    「うそ!あんなボロボロになってたのに」

    「ボロボロって・・壊したのオレだし・・・」

    「ありがとう・・・あ、ちょっと待って」

    そう言って彼女は自販機の方へかけて行く。

    やがて缶コーヒーを2本手に持ってきて・・

    「はい。お礼に。

    ね、乗るのこのバスでしょ。古川神岡線」

    「あ・・はい・・・」

    「発車まで15分くらいあるよね?そこのベンチで少し話せる?」

    そう言って、彼女と過ごした15分。

    それは、20年の人生の全てを凝縮したような15分だった。

    彼女の名前は萌々、というらしい。

    高山市内のホテルで働くホテリエ。

    国府駅前から30分かけて高山濃飛バスセンターまで通っている。

    オレが古川の専門学校へ通っていることを話すと、

    「すれ違いの人生ね」

    と彼女は笑った。

    その屈託のない笑顔が眩しすぎて、

    オレはもう、恥ずかしいほど会話が続かなかった。

    やがて、彼女の乗ってきたバスが、2番乗り場へと入っていく。

    後ろ髪をひかれる思いでバスに乗りこむ。座るのはいつもの一番後ろの席。彼女はバスが見えなくなるまで手を振ってくれた。

    【シーン4/高山濃飛バスセンター(9月中旬〜下旬)】

    ▪️SE:高山濃飛バスセンターの雑踏(コオロギの声)

    その日からオレたちは毎日、バス停で缶コーヒーを飲んで話をした。

    ホテルのお客さんは外国人が多いから、何ヶ国語も覚えなきゃいけないこと。

    ロビーには、飛騨古川や高山の『匠』が作った家具が置いてあること。

    毎日ピンヒールを履いて立ちっぱなしだから、

    いつも足首の後ろに絆創膏を貼っていること。

    彼女が困り眉をして口角を上げる。

    大変なんだな、ホテルウーマン、ホテリエって。

    オレも自分のことを話す。

    家は市街地の大新町1丁目だということ。八幡祭(はちまんまつり)の屋台組だけど、屋台は消失して台車しか残ってないこと。

    いつか消失した屋台を復活させたいこと。

    そのために、古川にある木工デザインの専門学校に通っていること。実は、からくりの勉強をしていること。

    萌々の傘を直したときもからくりのバネを応用したこと。

    萌々は興味深そうにオレの話を聞く。

    それは毎朝6時20分から40分までの、短くて甘美なひとときだった・・・

    10月に入ったある日・・・

    オレはホットの缶コーヒーを萌々に渡し、いつものようにベンチに座る。

    「さすがにもう、ホットだよね」

    暖かい缶をカイロのように胸に抱く。

    「そろそろ、コートかなあ」

    「あ、そうだ、これ」

    「なあに?」

    「プレゼント。やるよ。

    昨日実習で作ったんだ。ランタン」

    「わあ、かわいい!」

    「実はさ、これ、以前修理した傘の骨を再利用して作った。

    内側のアルミの受け骨は綺麗だったから。

    ほら、断面がU字の溝になってるだろ。

    中にエナメル線を通したらちょうどピッタリで・・」

    「(笑)よくわかんないけど嬉しい。ありがとうね」

    「夜、灯りをともしたらロマンティックだぜ。

    宵祭りの屋台に負けないくらい」

    「ああ、そっか。もうすぐ八幡祭(はちまんまつり)だよね。

    ホテルはどこも、半年前からほとんどいっぱいだわ。

    アタシも明日から遅番。深夜までのシフトよ。

    行きのバスも12時台だからしばらく会えないわね。

    アカナもお祭りの準備で忙しいんでしょ」

    「うん・・・まあな・・・でもさ・・・

    祭りの日・・・会わないか?」

    「無理よ。一年で一番忙しい日だもん」

    「その日はオレ、8時から神事だから、観光客とか少ない早朝に散歩しようぜ」

    「散歩?おじいちゃんみたい(笑)」

    「いや、冗談じゃなくて・・

    10分でも15分でも2人で歩きながら話したいんだ」

    「なにを?話なんて、ここでいつもしてるじゃない」

    「いや・・違くて・・・

    そのあと、神事が12時に終わるから、よかったらランチとか」

    「無理でしょ。どこも激混みだよ」


    ※続きは音声でお楽しみください。

    20 min
  • ボイスドラマ「おおきなさくらのおひっこし」

    湖の底に沈んだふるさと。そして、生き続けた二本の桜。

    2024年、東京・渋谷。
    89歳の咲良のもとへ届いた一冊の絵本。

    『おおきなさくらのおひっこし』

    そこに描かれていたのは、70年以上前、ダム建設によって湖の底へ沈むことになった故郷・荘川村中野地区と、二本の大きな桜の物語でした・・・

    【ペルソナ】

    ・さくら=荘川桜の精(年齢不詳/CV:岩波あこ)=ストーリーテラー

    ・咲良=さくら(19-20歳/23歳/26歳/89歳/CV:岩波あこ)青年団所属で反対同盟の運動員

    ・昭一=しょういち/通称ショウ(年齢同上/CV:岩波あこ)咲良の幼馴染


    【プロローグ/2024年4月/東京渋谷】

    ▪️SE/玄関チャイム「お荷物です」

    2024年春。

    私の元に小さな小包が届いた。

    私の名前は、咲良。

    89歳。

    東京の渋谷に住んで、もう60年以上になる。

    ▪️SE/荷物の中身を開ける音

    小包の中身は・・・

    絵本?

    題名は・・・

    『おおきなさくらのおひっこし』。

    私は本のページを捲る。

    『荘川町中野地区。

    そこには照蓮寺、光輪寺というお寺があり、

    お寺には人々が大切にしていた二本の桜の木がありました』

    え?

    荘川村?中野地区?

    桜の木?

    何十年ぶりかに耳にするその名前。

    荘川村の中野は、私が産まれたところだ。

    【シーン1/1952年10月〜1953年1月/荘川村中野】

    『ある日突然、この荘川にダムができるという話がきました。

    中野地区の人たちは、みんなダムづくりにはんたいでした。

    ダムは中野地区につくられるため、ふるさとが水の中にしずんでしまうのです』

    ▪️SE/小鳥のさえずり

    1952年10月。

    ダム建設計画が公表された。

    私がその話を聞いたのは、光輪寺の境内。

    19歳の私は、幼馴染のショウ=昭一と一緒だった。

    光輪寺の境内は、小さい頃から私たちの遊び場。

    大人になってもそれは変わらない。

    遅い春には、桜吹雪の下でいつまでもショウと語り合った。

    ”お寺も、桜も、なにもかも・・・

    私たちの村が水の底に沈む?”

    当時の荘川村は農作物も豊富で、恵まれた農村だった。

    土地を失うということは『職と未来を同時に失うこと』を意味する。

    年が明けると『御母衣ダム絶対反対期成同盟死守会』を結成。

    日に日に反対運動は激しくなっていった。

    私とショウは、家々の玄関に『ダム絶対反対』と書いた木札を打ち付ける。

    バス停や道路沿いの家には巨大な横断幕を張って回った。

    その年、白川村と合同陳情団を結成。

    国会議事堂まで直訴に出かけた。

    反対運動は日を追うごとに、激しさを増していく。

    争いは何年にも渡り、終わりの見えない暗闇へと突き進んでいった。

    そこに現れたのが『賛成派』の村人たち。

    それは村を二分する深刻な対立へと発展した。

    死守会の若手頭、ショウの怒りは頂点に達していく。

    そんな時、私たちの目の前に、ひとりの老人が現れた。

    【シーン2/1959年夏/荘川村中野】

    『ある日、ダムづくりをすすめている、偉い人がやってきました。

    その人は、ダムづくりが日本のためになると説明しました。

    しかし、中野地区の人たちは、

    何回きてもらっても、ダムづくりには、反対だからね、と言いました』

    ▪️SE/ヒグラシの声

    1959年。

    初めてその人を見たとき、少し驚いた。

    ダム開発の責任者。

    それは冷徹で心のない、怖い人

    私はそう想像していた。

    なのに、その人の目は全く違った。

    私たちを真っ直ぐに見て、深々と頭を下げる。

    時には、目を潤ませながら。

    ショウは、そんな姿を目にしてもまったく動じなかったけど。

    『日本のために、みなさんからふるさとをとりあげる。

    ほんとうにひどい話だと想っています』

    私にはその人が、うわべだけのでまかせを言っているようには見えなかった。

    ショウは相変わらず鋭い目つきで老人を睨みつける。

    その夜、家に帰ると、父と母が私を待っていた。

    仏壇の前に 正座して、私に告げたのは・・・

    『荘川を出る。新しい場所でやり直す』

    耳を疑う言葉。

    父の声は小さく、震えていた。

    母は仏壇に向かったまま、肩を落としてすすり泣いている。

    『もうここまでか・・・』

    私の心の中に、波紋が広がっていった。

    ▪️SE/小鳥のさえずり

    次の日。

    私はショウを光輪寺の境内に呼びつけた。「さくら・・どうしたんだ?」

    「私、東京へ行くことになった」

    「え・・・?」

    絶句したまま、ショウは何も言わなかった。

    季節は晩夏を越えて、もうすぐ冬の準備に入る頃。

    目の前には私たちをずうっと見守ってきた大きな桜の木。

    この桜も、水の底に沈んでしまうのか・・・

    どうしようもない悲しさが私の心を覆っていく。

    老木は、風に吹かれて枝を揺らしていた。

    【シーン3/1959年11月/荘川村中野】

    『一九五九年(昭和三十四年)11月、

    みんながあつまって中野地区のお別れ会がひらかれました』

    ▪️SE/虫の声

    1959年11月。

    荘川村立中野小学校。

    反対同盟の解散式がおこなわれた。

    それは今思い出しても、切なくて美しい和解の瞬間。

    解散式に出席したのはなんと、開発の責任者。あの老人。

    反対同盟から案内状を受け取り、わざわざ足を運んでくれたという。

    反対同盟の幹部が解散宣言を読み上げる。

    ショウは、何も言わず唇を噛んでいた。

    宣言が終わる。

    壇上で反対同盟の代表と開発責任者の老人が歩み寄った。

    言葉を交わすのではなく、心を結ぶような固い握手。

    その瞬間、大人も子供も、ショウも私も、嗚咽した。

    愛する故郷と決別しなければならない寂しさ。

    それでも開発側の誠意にようやく心rがほどけた複雑な感情。

    解散式が終わり、誰もいなくなった小学校。

    教室の黒板には、チョークで大きくこう書き残されていた。

    『さようなら御母衣、さようなら中野』

    それはまるで、私の心を映す言葉。

    私は翌日、両親とともに、東京へ旅立った。

    【シーン4/1960年/荘川村中野】

    『この桜をたすけましょう。なんとかしてくれる人をさがします』

    『こうして光輪寺と照蓮寺の桜の木のおひっこしがはじまりました』

    ▪️SE/虫の声

    1960年11月。

    光輪寺と照蓮寺の桜が山の上へ引き上げられた。

    驚くような大移植が無事完了。

    それを指示したのは、開発の責任者、あの老人だった。

    え?

    うそ?

    あの桜が・・・

    東京へ引っ越したあと、父と母は渋谷で旅館業を始め軌道に乗った。

    私には縁談が舞い込み、この年、お見合いをして結婚。

    すぐに子供が生まれ、目が回るような毎日。

    荘川のことなど、考える余裕すらなかった。

    子供たちが成長して巣立つと、代わりに孫を授かる。

    孫たちの面倒を見ながら

    気がつくと60年以上が経っていた。

    知らなかった・・・

    生きていたんだ・・あの桜たち・・・

    『春のようせいと、桜のようせいがお話をはじめました』

    『今年はおそかったね。

    暖かいところからまわってきたので少しおそくなったけれど、

    ちゃんとあたらしい芽をもってきたよ』

    『春のようせいのおかげで、桜の木に芽がでました。

    桜のようせいも喜びました』

    『おおきなさくらのおひっこし』

    そういう意味なのね。

    最後のページを捲ったとき、一枚の紙が床に落ちた。

    きれいに折り畳まれた羊皮紙。そこには簡素な文字でこう書かれていた。『父からこの絵本を咲良さんに送るよう言われました。父の名は・・・』

    昭一?

    ・・・ショウ!

    『父は故郷が湖底に沈んだあと、中学校の教師となりました。

    中野中学校は統合されて、荘川中学校になり、

    定年まで勤め上げたのです。

    この本は今年、2024年に4月に完成しました。

    作ったのはいまの荘川中学校2年生の生徒たちです。

    父は絵本の完成をとても楽しみにしていました。

    残念ながら本を目にすることはできませんでしたが、

    いつもこう言っていたのを思い出します。

    咲良に見せてやりたい。

    教えてあげたい。

    時代に翻弄されながら、立派に生き抜いている荘川桜のことを。

    咲良、というのは咲良さんのことですよね。

    集団で東京や千葉へ向かった中野開拓団。

    その名簿を調べました。

    父と同い歳。

    咲良さんが父と一緒に反対運動を続けていたことも知りました。

    私が、咲良さんって誰?と聞くと

    いつも『戦友だ』と言っていました。

    本当に『戦友』だったのですね。

    この本は父の形見でもあります。

    どうか、父の気持ちをくんでいただき、受け取っていただけませんでしょうか』

    ああ、よかった。

    ショウ、荘川で幸せな人生を全うしたのね。

    今度会えたら、荘川桜のこと、いっぱい教えてちょうだい。

    早く、会いたいな・・・ショウ・・・

    『荘川桜は今もきれいに咲き続けています。

    地域の人々や私たち小・中学生も保全活動を行っています。 

    次は、この物語を読んでくださったあなたが荘川桜を大切に守っていってください。

    いつまでもこの荘川桜がみなさんの力で大切に守られていきますように』


    ※続きは音声でお楽しみください。

    17 min
  • ボイスドラマ「天文薄明」

    夕暮れと星空のあいだで、少女は少しだけ大人になる。

    昼が終わり、夜が始まるまでのわずかな時間。

    まだ空には明るさが残っているのに、少しずつ星が姿を現し始める・・・

    そんな「天文薄明」のような時間の中で、16歳の少女・星夜の小さな旅が始まります。

    【ペルソナ】※「星の降る里」「卒業旅行」の世界観

    ・星夜=せいや(16歳/CV:坂田月菜)=東京・広尾に住むJK。星座ヲタク。久々野は母の実家

    ・大空=リク(22歳/CV:田中遼大)=東京の大学4年生/高山出身/清見でキャンプ中

    ・聖夜のママ=(42歳/CV:山﨑るい)=東京のヘアデザイナー/パリコレに参加

    ・=あさひ(16歳/CV:蓬坂えりか)=朝日村のJK。漢方薬剤師になりたい


    【プロローグ】

    ▪️SE:小鳥のさえずり〜携帯電話の着信音

    「もしもし?星夜?」

    ママから国際電話があったのは10月7日の早朝だった。

    ママは、フリーのヘアデザイナー。

    東京で雑誌の撮影とか、芸能人のヘアメイクとかをやってる。

    でもいまは、パリ。

    親友からのオファーでパリコレのヘアメイクチームに呼ばれた。

    友達ってのは、新進気鋭のファッションデザイナー。

    世界最高峰の舞台。

    からのー、裏側だもんね。

    フツーにすごいと思う。

    「パリコレ、さっき終わったわ。もうサイコーよ!」

    「おつかれ〜、飛行機のチケットとれた?」

    「それがねえ、星夜・・」

    「なに?」

    「ママのヘアデザインが・・・

    有名なファッション雑誌の編集長の目にとまっちゃったの」

    「それで?」

    「ショー直後のエディトリアル撮影、参加してほしいって」

    「だから?」

    「来週まで帰れない」

    「えーーーー」

    「ごめん、星夜。ほんっとにゴメン!

    おばあちゃんにはママから連絡しとくから。

    ひとりで高山行ける?行けるよね?」

    週末、本当はママと一緒に高山へ行くはずだった。

    秋の高山祭。

    『高山祭はねー、一生に一度は見ておかないと!

    言葉なんかじゃ表現できない!

    とにかくサイコーだから!』

    って言ったのママじゃん。

    まあ、いいわ。

    高山は初めてじゃないし。

    1か月前、一緒にトレッキングした朝陽にLINEしてみよっと。

    『星夜、ごめんーー!

    高山祭の2日間、富山の薬科大学で特別講義入っちゃってる。泊まり込みで。

    言ってなかったけど、私、漢方薬剤師になりたいの。

    そのためには大学の薬学部へ進学しないとダメなんだ。

    だけど、星夜、すごいねー!高山祭くるんだ!

    宵祭も楽しんで!』

    漢・方・薬・剤・師!

    ってマ!?

    ガチですごすぎ。

    朝陽って、ただの薬草オタクじゃなかったんだ。

    なんか、フツーなのウチだけじゃん。

    マジ病むわ〜。

    このあと、ママはおばあちゃんにすぐ連絡してくれた。

    だ・け・ど。

    おばあちゃんちは久々野のりんご農家。

    この時期、収穫とか、色づけって作業で、

    休む暇もないくらいガチで忙しいらしい。

    りんご狩りの対応もするんだって。

    ま、ウチは別に全然ヘーキ。

    ひとりで高山祭行くから大丈夫だし。

    前髪を触りながら、ジルの鏡を見る。

    パリ行く前にママがカットしてくれたやつ。

    『絶対星夜に似合うから!』

    っつって、ママオリジナルのウルフカット。

    パツンと切り揃えるんじゃなくて、

    ミリ単位でハサミを縦に入れたっつー、束感。

    指先で少しクシャッと崩せば、

    無造作だけど、カッケー束になって額に落ちてくる。

    マジでオシャ。

    はぁ〜。

    まいっか。

    久々野のおばあちゃん、マジで優しいし、高山祭楽しみすぎて無理。

    古い町並とかテキトーにぶらついてこっと。

    【シーン1/高山濃飛バスセンター】

    ▪️SE:高山濃飛バスセンターの雑踏

    「あ、すみませーん!乗りまーす!!」

    高山濃飛バスセンターから、男の人が息を切らせて乗り込んできた。

    大学生、かなあ。

    なんか、派手じゃないのにシンプルにレベチで雰囲気ある感じ。

    今っぽいきれいめのブルゾンに、白シャツチラ見せのクリーム色ニットとか、マ。

    東京っぽい。

    ウチはノースリーブの白いティアードワンピース。

    肩が大胆に出たオフショル気味のデザイン。

    胸元にはネイビーのフリルとリボン。

    うーん。季節感バグってるかも。

    といいつつ、このビジュで、高山祭の2日間を思いっきり楽しんだ。

    いやマジ、すごすぎて語彙力失うレベル。

    控えめに言って、最高!

    おばあちゃんに『屋台見てきな〜』って言われて、

    ラーメン屋さんの屋台とか想像してたから、ビビったわー。

    でかいし、ゴージャスだし、数多すぎだし。

    『屋台曳き廻し』とか、ヤバすぎてフツーに『うわっ』って声出たわ。

    『宵祭り』なんて、本当にパねえ通り越してエグい。

    提灯の数が100個?100個ってマジ何個?

    ガチでエモくない?

    あ、てか、エモいっつったら『宮川の朝市』。

    『朝市』って生まれて初めてだったけど。

    おばちゃんたちの飛騨弁がチョー可愛くて。

    楽しくて、ず〜っとしゃべっちゃった。

    橋のところで買ったみたらし団子もガチで美味すぎて飛んだ。

    帰る前にはちゃーんと神社もお参りしてきたよ!

    『屋台の曳き揃え』やってた、桜山八幡宮?ってとこ。

    素敵な彼氏ができますように・・・って。

    ガチでご利益エグいパワースポットらしいし。

    マジで叶うといいなあ・・・なんて

    「あの、ここ、いいですか?」

    え?

    あ、そうか・・・

    バス結構混んでて、席あいてないんだ。

    ウチのとなりしか・・

    「あの・・」

    「あ、どうぞ」

    「ありがとうございます」

    え。

    チラ見したんだけど、フツーに顔面良くない?

    ワンチャン割とイケメンかも。

    「あの・・・」

    「え」

    「高山祭・・・行かれたんですか?」

    「あ、はい」

    「昨日も?」

    「はい」

    「じゃあ、宵祭りも?」

    「行きました」

    「すごいでしょ。ボク、アレが見たくて毎回帰ってくるんです」

    「帰ってくる?」

    「ああ、はい。

    ボク、東京の大学行ってるんですけど、

    実家が清見なもんで、帰省してて」

    「そうなんですか」

    「知ってますか、秋は『宵祭り』、春は『夜祭』っていうこと」

    「へえー、知らなかった。なんで?」

    「これ、いろんな説があるんだけど。

    神事の呼び方が由来って説が有力かなあ」

    「神事?」

    「春の高山祭がおこなわれるのは日枝(ひえ)神社でしょ。

    日枝神社の伝統的な神事に『夜祭(やさい)』ってのがあるんだ。

    『夜祭』って書いて『やさい』って読むんだよ。

    だから春は『夜祭』(よまつり)」

    「ふうん」

    「あ、ごめん。あんまり興味ないよね」

    「え、いや、そんなことないけど」

    「君は高山の人?」

    「ううん。家は東京の広尾。

    久々野のおばあちゃんちに泊めてもらってて」

    「久々野?」

    「うん。

    以前JRで帰ろうとしたら、列車の本数がガチでなさすぎて絶望したから、

    今回はバスにしたんだよね(笑)」

    「あ、ちょっと待って。久々野って・・・?」

    「あれ?

    ひょっとしてウチ、バス間違えた?

    これ、下呂/バスセンター行きだよね?」

    「じゃなくて、間違えたのはオレだ!」(※ここから地が出て「オレ」になる)

    「えええええええ」

    「うわ!一之宮もとっくに過ぎて、もうすぐ宮峠(みやとうげ)じゃん!」

    「え?なに?急に?

    なに言ってんのかマジわかんないんだけど」

    「待て待て待て。落ち着けオレ。

    高山濃飛バスセンターから清見方面の終バスって、

    確か18時半くらいだから・・・」

    「久々野からJRに乗ればワンチャン間に合うんじゃない?」

    「え?」

    ウチは乗り換えアプリの画面を見せる。

    このバスが久々野駅につくのは16時35分。

    久々野駅から高山方面の列車が出るのは18時ちょうど。

    高山に着くのが18時14分・・・

    「あ、これなら・・・」

    「間に合うんじゃね?終バス」

    「ホントだ・・・」

    「にしても・・終バス早すぎ(笑)」

    「だよなー(笑)

    ありがとう!マジで助かった。

    あ、あの・・・オレは大空。オオゾラ、って書いてリク。

    キミは?」

    「ウチは星夜。星の夜」

    「カッケーな」

    焦りまくってた表情がホッとした笑顔になった。

    バスは、宮峠の急な上り坂をゆっくりと進んでいく。

    右手に見えるのは、ごつごつした険しい山肌。

    そういえばおばあちゃん、ここ中央分水嶺だって言ってたっけ。

    カーブを曲がるたびに、色づき始めた紅葉の枝が通り過ぎる。

    トンネルを抜け、宮峠を越えると、久々野へ向かう下り坂。

    どこまでも高い秋の空と、山に囲まれた緑豊かな景色。

    東京のビル群とは全く違う風景が、急に愛おしく感じてきた。

    【シーン2/久々野駅】

    ▪️SE:久々野駅の夕方の雑踏

    「ありがとね。

    わざわざ久々野駅まで付き合ってもらって」

    「ううん、全然。

    ここ無人駅だし。

    それに、なんかウチも、ちょっと話し足りなかったしね」

    「高山行きの各停(かくてい)が来るまで、まだ1時間半くらいあるけど」

    ウチはスマホの時計を見る。

    「おうちの人とか心配してない?」

    「あ、全然大丈夫!。

    おばあちゃん、りんご農園やってるからガチで今忙しい時期だし。

    昨日も暗くなるまで収穫してて、

    そのあと道具の片付けとかしてから帰ってきたら6時過ぎ。

    だから今帰っても誰もいないの。

    ちょうどいいヒマつぶし」

    「そっかぁ。

    じゃ少し話そうか」

    誰もいない久々野駅のホームのベンチに2人で座る。

    ホームの向こうには、夕日に染まる山並み。

    まだ午後5時過ぎなのに、空気はどんどん冷たくなっていく。

    ▪️SE:自販機の音

    「ほい。コーヒー」

    「サンキュ」

    「さすがに夜は冷えるね」

    そう言って、大空はブルゾンをウチの肩にかけた。

    そのまま暗くなってきた空を見上げる・・・


    ※続きは音声でお楽しみください。

    17 min
  • ボイスドラマ「蛟」

    時代に忘れられた水の女神と、山に生きる青年

    時は1912年――明治45年、大正元年。

    前年、国鉄中央線が全線開通し、飛騨の工女たちが歩いた過酷な「野麦越え」は、その役目を終えようとしていました。

    最後の野麦越え。工女たち。美女峠。そして・・・

    人と神。
    歴史と伝承。
    そして、時代が変わっても変わることのない人の想い。

    明治から大正へと移り変わる飛騨を舞台に描く、少し不思議で、どこか懐かしい愛の物語です

    【ペルソナ】

    ※1912年(明治45年/大正元年〜大正三年)の春〜夏・水波=みずは(年齢不詳/CV:蓬坂えりか)=記憶を失った女性。実は水の女神、水龍    の化身

    ・惣太=そうた(25歳/CV:日比野正裕)=朝日村で一人炭焼きを営む住む寡黙な青年

    ・澪=みお(2歳/CV:坂田月菜)=惣太と水波の娘。半人半妖

    【シーン1/美女ケ池行き倒れ】

    ・少女の姿をした記憶喪失の龍神・水波が美女ケ池のほとりで倒れている

    ・冬に備えてナラ材を切り分けた木こりの惣太が運搬路を整えるため通りがかって発見する

    ◾️創作・糸引き唄(※唄:蓬坂えりか&坂田月菜)

    ※音声/https://hidaten.com/wp-content/uploads/2026/09/itohikiuta.wav

    〽ハァー 野麦(のむぎ)越えるときゃ 雪さえ溶ける 溶けぬ涙が エーヨー 胸を突く

    〽糸を引きましょ お国のために 親に仕送り エーヨー 果てるまで

    真っ暗な闇の中から『糸引き唄』が聞こえてくる。

    『お国のために、家族のために』

    吹雪の美女峠。

    工女たちの足音と、唄声。

    ああ、そうだ。覚えているとも。

    粗末な単衣(きもの)を何枚も重ね着して、

    三幅前掛け(みはば/まえかけ)を帯代わりに結んだ生娘(むすめ)たち。

    頭には手拭いを巻いて、脚には脚絆(きゃはん)。

    足袋の上からわらじを履いて、雪の峠を超えていく。

    美女峠は、過酷な道行きの入口。

    家族と離れ、野麦峠へと向かう『十三見送り(じゅうさんみおくり)』。

    『永の別れ』をねぎらうために、私は少女たちに餅をふるまった。

    親も子も、泣きそうな顔で『うまい』『うまい』と言うておった。

    最後の工女行列を見送った冬。

    役目を終えた私はどうなるのだろう?

    いや、そもそも、『私』とはだれなんだ?

    記憶の上に、果てしない忘却の雪が降り積もる。

    冬が終わり、春の足音が聞こえてくるまで・・・

    「おい、あんた!大丈夫か?生きてるか!」

    底なしの闇の中から、誰かが私を呼び覚ます。

    暗い。冷たい。水の底。

    ただ揺蕩(たゆた)うだけの深い眠りを覚ます響き。

    胸の奥がぎゅっと締め付けられるような・・・

    記憶の彼方から届く声。

    私は、閉じていた瞼を、ゆっくりと押し上げる。

    「おお、気がついたか」

    視界に飛び込んできたのは、眩い木漏れ日。

    そして、私の顔を覗き込む一人の男。

    荒れた手、煤けた衣服、私を見つめる、強い眼差し。

    炭焼きの男。

    その口から言葉が漏れる。

    「びっくりしたぞ。

    あんた、草むらのなか、美女ケ池の水際で倒れとったんや」

    「美女が池・・・」

    「ああ。

    真冬なら今頃生きちゃおらんやろが」

    「私は・・・私はだれじゃ・・・」

    男は眼を丸くして驚き、そのあと言葉が続かない。

    私も男と目が合った瞬間、再び、忘我の眠りに落ちていった。

    【シーン2/惣太の炭焼き小屋】

    ◾️虫の声

    「ああ、よかった。

    眼を覚ましたな。生きてたんだ」

    「虫の声・・・もう夜か・・」

    「ちゃうて。

    あんた、3日間眠ってたんや」

    「三日・・・

    ん?ここは・・・どこじゃ?」

    「オレの家や。炭焼き小屋。

    美女ケ池からはそう遠くない」

    「・・・そうか・・」

    「自分のこと、思い出したか?」

    「私・・私は・・・」

    「まあええわ。

    ゆっくり思いだしゃええ」

    「ああ・・・」

    「腹へったやろう?」

    私の返事を聞く前に、男は囲炉裏に向かった。

    火吹き竹で消し炭を煽ると、またたく間に赤い火が熾(おこ)る。

    煤けた鉄鍋に山の湧き水を注ぎ、自在鉤(じざいかぎ)に掛けた。

    「オレは・・・惣太だ」

    半身(はんみ)を起こした私に、男が名乗る。

    「見ての通り、ここで炭を焼いとる」

    話しながら、山菜を豪快につかんで鍋に入れた。

    そのまましゃがみ込んで火吹き竹を強く吹く。

    すると、眠っていた炭がパッと赤く色づいた。

    月明かりだけだった小屋の闇に、ぼおっと赤い炎が灯った。

    「いまは辛抱のときやけどな。

    冬になれば、高山の町から炭問屋の手代がここまで買い付けにくるんや」

    惣太は生簀(いけす)代わりの木桶から、元気のいいヤマメを取り出す。

    手早く腹を裂いて塩を振る。

    手慣れた仕草で、竹串に刺し灰のなかに勢いよく突き刺した。

    「オレの焼くナラ炭は町でも評判がええんや。

    火持ちが最高だそうだ。

    岡谷にある製紙工場のボイラー係も『オレの炭じゃなきゃ湯の沸きが悪い!』

    つって、わざわざ指名してくるんやさ」

    惣太の言う通り、炭火は勢いを増していく。

    パチパチと爆ぜる炭の音。

    脂の乗った魚の香ばしい匂いが煙とともに小屋を満たしていった。

    「金儲けだけやないぞ。

    美女峠の頂上に休憩小屋があるやろ。

    あそこにもオレの炭をおろしとる。こっちは利益なんて度外視や。

    峠を越えて野麦へ向かう工女たちのためやから・・・

    みんな、この先、地獄のような山越えをするんや。

    少しでもぬくとうしてやりたいやないか」

    惣太は背中を向けて焼いたヤマメをひっくり返す。

    何回か繰り返すと、今度は頭を下にして垂直に立てた。

    「そやけどなあ。

    それももう終わりや。

    去年・・・明治44年の5月に、国鉄の中央線が全線開通したやろ。

    これで、工女たちはもう野麦の峠を越えんでもようなった。

    中津川の坂下駅まで歩いていって、そこから汽車に乗って岡谷へ一本や。

    ほんとうによかったわ・・・

    おりゃあ、胸を撫で下ろしてるんやけどな、なんやちょっと寂しゅうて。

    工女たちの行列がもう二度と見られんと思うとなあ・・・」

    惣太が寂しそうな顔をしながら、焼き上がりを確認する。

    ヒレまで綺麗に白く焼き上がったヤマメの塩焼き。

    小屋の中にはもう美味しそうな匂いが充満している。

    惣太は串を抜くと、私の前へ突き出した。

    「さあ、焼けたぞ。食え。

    とにかく食って、精をつけろ」

    私は串を受け取り、そのままかじりつく。

    それを見た惣太は安心したようにまた話しだす。

    「このあと、どこへ行くんや?」

    私が何も答えず、ひたすらヤマメにしゃぶりついていると・・・

    「まあ、ほんなことええわ。ゆっくりしていけばええ」

    そう言って、鍋の中に地味噌をひとつまみ入れる。

    木杓子(きじゃくし)で鍋をかき回すと、大きなお椀にすくって私の方へ差し出した。

    「これも食べろ」

    「惣太の分は?」

    「オレは腹が減っとらん」

    そう言って背中を向けた。

    後ろを向いたまま、ボソっと呟く。

    「なあ・・・無理にとは言わんが・・・

    もし、行くあてがないなら・・・

    ずうっとここにおればええ」

    「わかった」

    「ほんとうか?」

    満面の笑みで振り返る。

    それが可笑しくて、可愛くて、私も思わず笑ってしまった。

    そのとき・・・

    「あぶない!」

    「え?」

    「このやろう!」

    そう言って、惣太が踏みつけたのは、大きな百足!

    私は・・・恐ろしくて、声も出ない。

    惣太は震えが止まらない私を抱き寄せる。

    「なんや。意外と怖がりなんやな」(※笑いながら)

    どうしてこんなに恐ろしいのだろう。

    意味がわからず震えていると、惣太は、

    「なあ、やっぱり・・・ここにいてくれや」

    そう言って私を強く抱きしめた。

    月明かりに照らされる2つの影。ただ虫の声だけが、賑やかに、激しく、鳴り響いていた・・・

    【シーン3/3年後/惣太の炭焼き小屋】

    ◾️野鳥の声

    「かあさま、びじょがいけまであそびにいってもいい?」

    「気をつけるのよ。水のそばには近寄らないでね」

    「はあい!いってきます」

    娘の澪が元気よく小屋から飛び出していった。

    あれから3年。

    私は惣太と夫婦となり、月日を重ねた。

    明治から大正へ。

    元号が変わって最初の夏。

    私は惣太の間に娘をさずかった。

    記憶は相変わらず曖昧だったが、

    澪が生まれて、名前を決めたとき、

    不意に自分の名前が浮かんできた。

    水波。

    名前を思い出したことを惣太は心から喜んでいた。

    「水波。澪。

    意味はようわからんけど、どっちもきれいな名前やなあ」

    でも、その瞳の奥に見えたのは小さな闇。

    きっと私が記憶を取り戻すことを、心のどこかで怖れていたのだろう。

    だが、惣太の不安とは逆に、私の記憶はだんだんと鮮明になっていった。

    「それにしても、今年はなかなか雨が降らんのう」

    惣太にとってもうひとつの不安は渇水。

    言葉通り、この年、朝日村を空前の日照りが襲った。

    美女ケ池の水位は下がり、山はカラカラに乾いていく。

    「ほんの少しでも火の粉が飛べば山全体が火の海になる」

    惣太はこう言って、炭を焼く回数を減らした。

    それなのに、

    「立ち木が猛暑と渇水で、干割れ(ひわれ)し始めた。割れてまうと、炭を焼いてもスカスカで、売り物にならん」

    日照りは私たちの生活を追い詰めていく。

    そんな残暑きびしい、ある夜。

    乾いた山に雷が落ちた。

    たちまち山火事が発生。

    火は私たちの炭小屋まで広がってくる。

    異変に気づいた私はすぐに、寝ていた惣太と澪を起こす。

    「どうした?水波」

    「火事よ!山火事!」


    ※続きは音声でお楽しみください。

    20 min
  • ボイスドラマ「奥飛騨百姓座敷湯守」

    昭和の頑固親父 VS 令和のギャル娘

    12年前に家を飛び出した娘・凛子が、奥飛騨の老舗温泉旅館「湯守」に突然帰ってきた!

    「昭和男児とかマジでサゲ」
    「ギャル女将とかアゲてこ」

    飛騨弁とギャル語が飛び交う、100年続く温泉宿の跡取り騒動。

    変えてはいけないもの。
    変わらなければ、守れないもの。

    5代目の父から6代目の娘へ、そしていつか7代目へ――。

    笑って、ぶつかって、最後はじんわり。
    奥飛騨の湯けむりに包まれる、父と娘の物語・・・

    【ペルソナ】※舞台設定は現代/新平湯温泉

    ・静馬(しずま/64歳/CV:日比野正裕)=百姓屋敷を改造した老舗旅館湯守の5代目

    ・凛子(りんこ/30歳/CV:坂田月菜)=静馬の娘。高卒で東京へ家出したギャル娘


    【プロローグ/家出】

    ◾️SE:セミの声(ニイニイゼミ)

    「ばかやろう!

    毎晩毎晩ほっつき歩きやがって!

    そんなチャラチャラしたやつは、娘でもなんでもない!

    いますぐこの家から出ていけ!」

    「はいはい、お疲れサマンサ〜。

    そうやってすぐにブチるの、マジでウケる。

    そんだけ激おこぷんぷん丸だと血管切れるよ?

    ウチの人生ウチが決めるんで。

    とりま、あざした〜!」

    そう言って、娘の凛子が家を出ていったのが12年前。

    世間では『ギャル』というらしいが、下品な化粧と言葉使い。

    いったいどこの国の言葉なんだ・・・

    私の名前は静馬。

    奥飛騨温泉郷・新平湯温泉にある老舗旅館

    『奥飛騨百姓座敷・湯守(ゆもり)』の5代目当主である。

    うちは元々、江戸時代から続く豪農の百姓屋敷。

    明治の終わり頃、初代がこの場所へ太い梁を移築。

    湯守として温泉旅館を始めた。

    今年でちょうど100年になる。

    じいさんも親父も、絵に描いたような昭和の頑固親父だった。

    『男は黙って背中で語れ』

    『客には命を削っておもてなしをしろ』

    口を開けば飛騨弁の怒声が飛ぶような環境。

    当然のように私も、典型的な昭和男子として生きてきた。

    最近ではなんだっけ?

    パワハラ?モラハラ?なんやそれ?

    ちょっと大きい声を出しゃあ『威圧的』やの、

    気合いを入れようと背中を叩けば『暴力』やの。

    コンプライアンスだの何だのって横文字にすりゃあいいと思って。

    男ってのはなぁ!

    健さんも言ってるやないか。

    理屈じゃねえ、行動で語れ。

    女は一歩引いて、男の背中を支えるもんだ!

    汗水垂らして、泥にまみれて、必死こいて働く姿を見せる。

    言葉が足りんけりゃあ、愛のムチだって必要だわ。

    でなきゃ、奥飛騨の厳しい冬が乗り越えられるかっての!

    湯口から吹き出す源泉の熱さに耐えられるかってんだ!

    今の若い奴らは、ちょっと怒られたくらいで『心が折れた』だの

    『メンタルがどうの』だの、くだらないことばっか言いやがって。

    一人前になるまでは、寝る間も惜しんで精進しろ、っつうの。

    「はい、今の全部アウト〜。

    セクハラ・パワハラ・ジェンハラのトリプル役満やめてもろて?」

    「り、凛子!?」

    【シーン1/出戻り】

    ◾️SE:セミの声(ミンミンゼミ)

    「お父ちゃん!声デカすぎだって。

    バス停まで余裕で聞こえてるからね?

    ただでさえ昭和男児とかー、世間的にマジでサゲなのに」

    「お前、いつ帰ってきたんだ?」

    「新宿を7時に出て、いま新平湯温泉に着いたー。

    つか最近の高速バス、ガチでリッチすぎてビビるんだけど!

    移動中ずっと爆睡できたし、普通に優勝だわ」

    「なんだ、それが12年ぶりに再会した親に言うセリフか?」

    「それよりー、お父ちゃん、いまのお客さんに聞かれたらガチで詰むって。

    昭和男児って、老害ムーブ全開でマジ公害レベルだから」

    「うるさい!

    それより昼飯は食べたのか?

    まかないでよかったら食ってけ」

    「え、食べる食べる!

    まかないとかガチで神なんだけど!

    ぶっちゃけお腹ペコペコすぎてたから、超助かる〜。

    とりま秒で荷物置いてくるから、よろしくね!」

    12年ぶりに新平湯へ帰ってきた娘。

    今年で30になるっていうのに、なんだ、あの化粧に言葉使いは。

    出てったときより、酷くなってるんじゃないか。

    目の周りは真っ黒、爪に変な飾りまでつけおって。

    とてもじゃないが、あれじゃあ、ご近所様や宿のお客様には見せられん。

    「ちょっと、お父ちゃん、ウチの部屋まんまにしといてくれたん?

    マジ感謝!マインド神すぎてアゲ!」

    荷物を部屋に置きにいった娘が走って戻ってきた。

    なにを言ってるのかよくわからんが・・・

    まあ、部屋をそのままにしとくのは当たり前だろう。

    一人娘なんだから。大事な跡取りなんだし。

    「つかウチさー、これから湯守で働こうと思って」

    「なんだと?

    うちの旅館で働く?」

    「いーじゃん、今ってどこも人手不足でマジ詰んでない?明日から手伝うからさー、ギャル女将とかアゲてこ」

    言葉がそのあと続かなかった。

    娘が帰ってくるのは嬉しいが、いきなり旅館を手伝うと言われても。

    喜びよりも不安の方がはるかに大きい。

    いつもよりセミの声がうるさく響いていた。

    【シーン2/帳場に立つギャル女将】

    ◾️SE:セミの声(ヒグラシ)

    「いらっしゃいませ〜!

    遠くからガチでお疲れサマンサです!湯守へようこそー!」

    翌日から凛子は帳場に立った。

    どこで見つけてきたのか、ド派手なピンクの浴衣。

    帯はリボンのように結び、

    髪はきっちりまとめるどころか、ゆるく巻いてアップにしている。

    化粧はいわゆるギャルメイク?というのか、見るに耐えない。

    その顔を満面の笑みにしてお客さんに話しかける。

    「とりま、こちらにお名前とか書いてくださーい!アゲ!」

    「ちょっと!凛子!こっちこい!」

    「えー、なにー?お父ちゃん!」

    「なんだ、いまの接客態度は!?」

    「ギャル女将なんだからフツーっしょ!」

    「全然普通じゃない!

    それに、その格好!チンドン屋じゃあるまいし」

    「は?それ差別用語!サゲ!」

    「だいたい、誰が帳場に立ってもいいと言った?

    女の分際で・・・」

    「へ?

    お父ちゃん、いつの時代生きてんの?」

    「なことはいいから、ここは中居頭のさくらさんに任せろ。

    言いたいことがあったら厨房で聞いてやる」

    「はぁ〜、ダルみざわなんだけど〜」

    うちの旅館・湯守には女将はいない。

    普段は仲居頭がお客様のお出迎えにあがる。

    凛子は仲居頭に頭を下げて厨房の方へ向かった。

    【シーン3/厨房の静馬と凛子】

    ◾️SE:厨房のガヤ

    「おっ、カイトっち、おつー!」

    凛子は見習いの板前・カイトに声をかける。

    「てか昨夜(ゆうべ)、ウチの歓迎会に、最後まで付き合ってくれてありがとね!」

    「パワハラ親父に無理やり飲まされてたっぽだけど、体調大丈夫そ?」

    「マジ我慢しなくていいからさ、モームリと思ったら休んじゃいな!」

    「アホか!凛子!

    見習いのカイトにくだらんことを吹き込むな!」

    「はぁ?」

    「おいカイト!今朝厨房の仕込みに遅れたそうだな!

    たかが二日酔いくらいでそんな風になってどうする?

    人並みに酒も飲めないで一人前の板前になれると思うか?

    高卒のお前をわざわざ引き取って一から育ててやったのに、

    いつまで半人前でいるつもりだ!

    やる気ねえなら明日から来なくていいぞ、クビだクビ!」

    「ちょっと!なに言ってんの!お父ちゃん!

    最初から最後まで全部アウトすぎて、もはやウケるんだけど」

    青白い顔をしたカイトに背中を向けて、ものすごい剣幕で凛子が捲し立てる。

    「『酒くらい飲めて一人前』とかなにそれ?

    昨日無理やり飲ませたのテメェだし完全アルハラだから!

    てか、そんな二日酔いの状態で早朝から包丁握らせるとか、ありえんわ!

    宿の安全管理どうなってんの?

    カイトっちの学歴出して『高卒の小僧』とか言うのも普通にアウトだし!

    『クビ』とか脅すの最悪のパワハラじゃん。マジ大丈夫!?しっかりしてよ!お父ちゃん!」

    「ったく、めんどくせえ世の中だな。

    ま・・その、なんだ・・・

    カイト、お前も、この先いい人見つけて、身を固めることも考えとけよ」

    「お父ちゃん!

    『身を固めろ』とか、サイテー!

    結婚とか恋愛なんて個人の自由だし!

    マインドが昭和すぎて脳みそ化石レベルなんだけど!」

    「ばかやろう!所帯を持ってこその男の甲斐性。家を守る嫁さんがいるから、男は思う存分戦えるんだ!」「はぁ!?なにそれ?

    男のために女が犠牲になるのが当たり前とか、

    マジで聞いてて虫唾が走るんだけど!

    外で戦うとか、カッコつけてんじゃねえよ!単に女に甘えてるだけっしょ!

    ・・・ウチだってさ!

    ・・・しょうもないクズ男のせいでメンタルボロボロ。

    ほんでここに戻ってきてんだから!」

    「なんだと!?凛子!お前・・・」

    「だって、そうなっちゃったもんはもうしょうがなくね? 

    マジどうしようもなかったんだから・・・」

    凛子・・・

    私は返す言葉が思いつかず、苛立ちを紛らわせるようにタバコに火をつけた。

    ◾️SE:ライターでタバコに火をつける音〜たばこを吸う音「ふう〜っ」

    「ちょっと!

    お父ちゃん!なにやってんの!?」

    「え?

    なにやってる、って見てわからんか。

    タバコ吸ってるんだよ。

    お前がおかしなコトを言うから」

    「は? 厨房でタバコとかマジありえない! 

    てかそもそも、なんでこの宿いまだに全面禁煙じゃないわけ? 

    イミフなんだけど。

    どうしても吸いたいなら、完全隔離の喫煙ルームとか作るのが普通っしょ!

    周りに子供とか妊婦さんとかいたらどうすんの?

    あーったまきた!全館の灰皿いまから全部、秒でゴミ箱行きね!」

    「アホいうな!

    子供とか妊婦とかって・・そんなもんちょっと気をつけりゃすむことだろ」

    「すむわけないじゃん!

    もしお腹の子に何かあったら、お父ちゃんマジでどう責任とんの

    20 min
  • ボイスドラマ「異世界マルス」

    「縄文とか、マジ興味ないんだけど。」

    歴史が苦手な久々野中3年生・輝李(エリー)が、学校の倉庫で見つけたのは——
    どう見ても「スマホスタンド」な縄文土器!?

    スマホを置いた瞬間、飛ばされたのはエルフと魔王が存在する異世界「マルス」だった!

    でも、この世界……どこかおかしい。

    5000年前の久々野。
    幼い頃の妄想。
    八尺川でなくしたスマホケース。
    そして「創造主」と呼ばれる輝李——。

    すべてがつながったとき、異世界マルスの本当の秘密が明らかになる・・・

    異世界×縄文時代×久々野。
    まさかの組み合わせで贈る、時空を超えたファンタジー!

    【ペルソナ】※舞台設定は現代

    ・輝李(エリー/15歳/CV:坂田月菜)=久々野中学校3年生

    ・静馬(しずま/35歳/CV:日比野正裕)=歴史教師

    ・イブ(5015歳/CV:坂田月菜)=縄文時代から存在する異世界マルスに住むエルフ

    ・アダム(5035歳/CV:日比野正裕)=異世界マルスを破壊しようと企む魔王


    【プロローグ/久々野中学校】

    ◾️SE:教室のガヤ〜机をバン!と叩く音

    「輝李!」

    「うわ!びっくりした!

    あ、先生、ふぁ〜おはようごさいます・・」

    「おはようございます、じゃないだろ。

    午後イチの授業だっちゅうの。

    2学期始まったばかりなのに、よくそんなに居眠りできるな」

    「いえ、そんな・・・大したことじゃ・・・」

    「誉めとらんわ!」

    「あ、サーセン!」

    ◾️SE:教室の笑い声

    「まあいい。

    今学期からは歴史の授業、縄文時代に入るから。

    みんな、ちゃんと聞けよ。

    ここ、テストに出るぞ。

    聞いとるか、輝李」

    「縄文とかまじ興味ないんだけど。

    同じ時代なら、中世ヨーロッパとか北欧とかの方がよくない?

    城とか騎士とか海賊とか、普通にかっこいいし」

    「あのなー。

    日本の縄文時代と、中世ヨーロッパや北欧バイキングの時代、

    一緒だと思ってるみたいだけどな。

    それ、時代が数千年もズレているんだよ」

    「え?まじ?」

    「なんでオレがウソ言うんだ。

    おい、輝李。

    罰として、お前倉庫までお使いに行け。

    授業で使う『縄文土器のレプリカ』を持ってこい!」

    はぁ、まじだりぃ。

    自分の忘れ物とか押し付けないでほしいんだけど。

    てか、まじで眠すぎ・・・

    ウチの名前は輝李(エリー)。

    久々野中3年。

    ガチで好きなのはゲーム・・・あ・・と・・違くて、eスポーツ。

    勉強はマジ無理。

    つか、ウチに超だるい用事押し付けてきたの、歴史の静馬だし。

    歴史ってマジ覚えること多すぎて、疲れるわ。

    縄文とか弥生とか言われても、イミフすぎて詰み。

    ◾️SE:ひたひたと学校の廊下を上履きで歩く音

    え、てか倉庫遠いし暗いしで、マジ怖いんだけど。

    縄文、縄文って・・・

    縄文の資料どこにあんの。

    あ、これかも・・・

    『堂之上遺跡関係』って書いてあるデカいダンボール・・・

    ◾️SE:ダンボールの中をガサゴソまさぐる音

    もう〜、土器のレプリカ、ってなんなん?

    壺とかお椀とかそういう系?

    いや、待って。あれじゃね?ゴーグルかけた宇宙人みたいなやつ・・・

    そんなん、どこにもないじゃん。

    てかそもそも堂之上遺跡とか、保育園のとき以来行ってないし。

    そういやあの頃マジで友だちいなくて、いつもひとりぼっちだったわ・・・

    堂之上遺跡の竪穴住居を見ながら、ひとりで一生妄想してたなあ・・・

    ん?あれ?

    ワンチャンこれじゃね?土器のレプリカ。

    板みたいなやつ。縄文っぽい模様がついてるし。

    でも、なんか違うっぽいっていうか・・・

    ほぼスマホスタンドじゃん。サイズ感といい、形といい・・・

    それは・・・

    手のひらにすっぽり収まるくらいの、土の塊。

    絶妙にコンパクトなサイズ。

    グレーというか、ちょっと青みがかった不思議な色をしている。

    土器にしてはツルツルしてるし。

    形はもうスマホスタンドそのもの。

    ウチは、思わず自分のスマホを出して置いてみた。

    すると・・・

    え・・・?

    周りの音が、一瞬で消えた。

    グラウンドから聞こえていた体育の授業も、遠くの道路を走る車の音も。

    次の瞬間、目の前の景色がグワッと歪んだ。

    目眩がして思わず目を閉じる。

    そのわずか一秒後。

    「え・・・?え・・・?ええええええええ!?」

    【異世界召喚シーン/異世界マルス】

    ◾️SE:ヨーロッパの街のガヤ

    目を開けると、

    そこは倉庫の中じゃなかった。

    眩しい日差しに赤レンガの屋根。

    石畳の道。

    太陽が低い!

    果物とか雑貨売ってる屋台。

    小高い丘の上にそびえるお城。

    街を行き交う人々はみんな・・・外・国・人!

    いやいやいや、待って待って待って!

    ここって、中世ヨーロッパとか北欧とかの街並みじゃね?

    てかさ、これ・・・ウチがちっちゃい頃、

    妄想してた異世界まんまなんだけど!ヤバい!

    でも、どっかおかしい。

    そうだ。景色がなんかボンヤリしてる。

    写真にフィルターかけて滲ませたみたいに。

    おもわずスマホを見る。

    『圏外』の文字。

    そりゃそうでしょ。異世界なんだから。

    「・・・ちょっと・・・」

    「ちょっと!」

    「え?」「ウチ?」

    「当たり前じゃん!あんたに決まってるでしょ」

    わ!

    出た!

    この人・・・

    とんがった耳、鋭い目つき、小ぶりな体・・・

    「エルフだ!」

    「みりゃわかるでしょ。

    それよりあんた、見ない顔だけど・・・だれ?

    どっから来たの?」

    「っと・・・ウチは・・エリー。

    久々野からきたの」

    「クグノ?

    って・・・もしかしてあれ?世界中の商品が集まり、ギルドで栄えているという、あの・・」

    「いや違くて。日本の、岐阜の、高山の、久々野」

    「ふむ。きいたことのない街だな。

    まあいい。

    で、なにしにここマルスへきた?」

    「マルス?」

    「おいおい。街の名も知らずにきたのか?」

    「てか、あんたはだれ?マルスってのはなに?」

    「私?

    私はイブ。

    見ての通りエルフだ。魔法使い。

    自慢じゃないけど、魔力は多分この世界で一番強いよ。

    マルスってのは、この世界で一番交易が盛んな街。ご覧のように商人や旅人でいつも賑わっている」

    エルフのイブが胸を張って答えた。なんかよく見ると、整った顔立ち。人気アニメに出てくるエルフと似ているかも。

    「あと、あそこの露天で売ってるあれもマルスだ」

    「え?あれって・・・リンゴじゃん!」

    「リンゴ、ってなんだ?」

    やばい。

    頭が混乱してきた。

    いや。

    そもそも、異世界に召喚された時点でもうぶっ飛んでるんだけど。

    「お前、エリーからはまだ返事を聞いてないぞ。

    マルスへなにしにきた?」

    「え〜っと・・・

    来たくてきたわけじゃなくて・・なんかのきっかけで召喚されちゃったみたいで・・・」

    「きっかけ?召喚?」

    そう、きっかけ・・・

    って・・・あ?

    ウチはあわててポケットを探る。

    あった。

    縄文土器?みたいな、スマホスタンド?みたいなのと・・スマホ。

    なくしたら帰れないよな、きっと。

    私は土器をポケットに戻して、スマホを手にした。

    『圏外』。

    そりゃそうだ。

    「それはなんだ?」

    「これ?これは、スマホ・・・・・」

    「まさか・・・まさか、その形・・・欠片の片割れでは・・・」

    「欠片?片割れ?イミフなんだけど」

    「世界の欠片だよ」

    「よけいわかんないし」

    「欠片を集めた者が世界を救う。そういう言い伝えrがあるんだ」

    「救わなくたって、みんな平和で幸せそうじゃん」

    「いや。この国を滅ぼそうとする者がいる」

    「え?そんなんいるの?」

    「黄泉の国に住まう、魔王だ」

    「でた・・・魔王!黄泉の国!

    うわ、ゴテゴテの厨二病じゃん」

    「なに?」

    「なんでもない」

    「魔王と言ってもその姿はドラゴンそのもの」

    「すご」

    「ワイバーンという種類のドラゴンだ。

    口から火を吹きながら空を飛ぶ」

    「なんで魔王はマルスを滅ぼすの?」

    「この世界をなかったことにしたいのさ」

    いや理不尽すぎるでしょ・・・

    てか、ゲームでも、魔王系ってそんなもんか。

    なんかいや〜な予感がする。

    この流れだと、きっともうすぐ魔王も出てくるんじゃない?

    早よ元の世界、久々野中学校へ帰らんと。

    歴史の教師の静馬。

    あいつ絶対怒ってるし。

    なんて、考えてたとき・・・

    急に空が真っ黒になり、冷たい風が吹きつけた。

    「見つけたぞ!イブ!」

    「でたな!アダム!」

    「え?アダムって?」

    「決まってるだろ、ヤツだよ!魔王!」

    名前、可愛すぎるだろ。

    つか、なんか、どこかで聞いたことのある声・・・

    「みんな! 露店を引け! いますぐ避難しろ!」 

    イブが、街の人たちに声をかける。

    みんな、口々に『イブさま、お願いします!』って。

    すごく頼りにされてるんだな。

    「今日こそ、世界の欠片を渡してもらう!」

    「欠片は創造主とつながるパズルのピースだ!

    お前のような、邪悪な心に触れることなどできない!

    毎回言ってるだろうが!」

    「ええ〜い!そんなセリフは聞き飽きた!

    力づくで奪うまでだ」

    RPGの世界まんまじゃん。

    いやなんか魔王の声って、本当にどっかで聞いたことあるんだけど。

    このあとのイブとアダムの戦いはもう、語彙力消えるレベルだった。

    それはまるで、ファンタジーRPGの、最終決戦(ラストバトル)のようだった。

    エルフのイブが細い杖を天に掲げると、

    魔法陣が幾重にも広がって天空を埋め尽くす。

    そこから魔王に向かって、光の矢が放たれた。

    魔王アダムは大きな口を開けて劫火を吐き出す。

    炎は光の矢をすべて焼き尽くしていった。

    「エリー!」 

    空の上。

    炎に包まれたイブが、ウチを見下ろして叫ぶ。

    「さっきの片割れを!」 

    「え?」「え?」

    片割れって・・このスマホ?

    そんなんだめ!


    ※続きは音声でお楽しみください。

    20 min

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飛騨高山を舞台にした珠玉のボイスドラマをお届けします。コミュニティFM Hit's FM(Hida Takayama Tele FM) で放送中の人気ラジオ番組! ヒダテン!のCV声優10名 が入れ替わりパーソナリティを務める「Hit’s Me Up!(ヒッツ・ミー・アップ!)」の中で放送されているボイスドラマです!ボイスドラマを通じて飛騨高山の魅力に触れてみてください!