『アイドル』は、高山市を舞台にした青春ドラマであり、音楽と夢、そして「本当の自分」をテーマにした物語です。
アイドル活動と学園生活——まったく別の世界を生きる少女・栄美(エイミ)が、ある日、思いがけず「真実」と向き合うことになります。
華やかなステージに立つ「EMIRI」と、学校では地味で目立たない「栄美」。
彼女の二つの顔、そして彼女を取り巻く人々の想いが、音楽とともに交錯していく——。
本作は、Podcast番組「Hit’s Me Up!」の公式サイトやSpotify、Amazon、Appleなどでも楽しめる作品となっています。
ぜひ、音楽とともに物語の世界を感じていただければと思います!(CV:桑木栄美里)
【ストーリー】
<シーン1/ドーム公演>
■J-POPイメージBGM/japanese-vocals-300539110.wav
■SE/曲が終わったあとの大歓声(エミリコール「エミリ!」「エミリ!」「エミリ!」)
「みんな、今日はありがとう!」
45,000人の観客がペンライトを振る。
アンコール最後の曲が終わっているのに、いつまでも、いつまでも。
ソロアイドルの単独公演としては巨大過ぎるハコ。
ステージ上だけでなく、アリーナやスタンドにまで細部にわたった演出。
映像装置のせいで本来は55,000人のキャパであるドームが
45,000人の収容人数となった。
まさか満員御礼になるとは思ってもみなかった。
ファンは予想以上に行動力がある、ということなんだ。
アンコールも含めたセットリストはすでに終わっている。
私はアコースティックのギターを抱えた。
舞台監督がヒゲをさすりながらニヤリと笑う。
彼にはリハのあと、即興で弾き語ったのを見られていた。
ドラム、キーボード、ピアノ、リード&サイドギター。
楽器だけが置かれたステージに、私はゆっくりと歩いていく。
私の登場と同時にアンコールの拍手は止み、どよめきがおこる。
やがて、割れんばかりの大歓声が私を包んでいった。
■SE/大歓声と拍手
BGM/faerie-hill-spring-347048818.wav
BGM/seeds-in-the-sky-346427248.wav
<シーン2/学校の教室/始業のチャイム>
「ふぁ〜。もう5時限目かあ」
アイドル・EMIRIの素顔。
それは、高山市内の城山高校に通う1年生。
本名・栄美(エイミ)という名前は、ファンの誰も知らない。
言うつもりもないけど。
だって、校則でアルバイトも課外活動も禁止なんだもん。
違反したら即退学だし。
アルバイトじゃなくてちゃんとした仕事なんだけどなあ。
クラスの中は、昨日のEMIRIのライブの話で盛り上がっていた。
私は、授業中以外は、いやたまに授業中も、机に突っ伏して寝ている。
だめだめ。先生が教室に入ってくる前に起きなくちゃ。
今日も今日とてゆ〜っくり顔をあげると、
あ。まただ。
机に置いた教科書がなくなっている。
きっといつもの女子グループによるイジメだ。
教室の隅から、”トイレに行ったら見つかるかも〜”という声があがる。
にやけた声で笑いながら。
仕方ない。
私は立ち上がり、トイレへ向かう。
廊下を歩く私を見て、みんながクスクス笑っている。
そのわけは、トイレの鏡を見て理解した。
私の背中に習字の半紙がくっついている。
そこには、下手くそな文字で差別的な言葉が書かれていた。
はあ、よくやる。
私が誰ともつるまず、女子のどのグループにも属さず、
毎日独りで登下校しているのが気に食わないみたい。
そう。
みんなが推してる人気アイドル『EMIRI』の正体をクラスの誰も知らない。
メイクもせず、三つ編みに丸メガネ。
ステージのときのオーラなど微塵もないのだから当然ね。
みんな、私のこと、コミュ症で陰キャなオタク女子だと思ってる。
あたってるけど・・・
そう。栄美はEMIRIとは別人。真逆な人間だもん。
仕事やライブが入ると学校は休まないといけない。
まあ、最近は、学校って簡単に休めるからラクだけど。
トイレの床に落ちていた教科書を拾い、教室へ戻る。
後ろの扉から入ろうとすると・・・
あーあ、鍵がかかってる。
仕方なく前の席から入っていくと、担任の教師と目が合った。
『オマエ、何回授業に遅れたら気がすむんだ?あ〜ん?』
半分笑いながら黒板を指で叩く。
もう。いじめがなくならないのは、教師にも問題があるんじゃないかなあ。
『バツとして今日は居残りで補習だ』
『あ、無理です。今日は家の用事があって』
『きいてないぞ』
『そんな・・・。
朝マネージャ・・いえ母から電話入れているはずです』
『あ〜ん?ああ、これか・・・なになに・・・叔父さんの三回忌法要?
夕方から法要?まあ、いいけど。
今度から気をつけろよ。今度遅れたら校庭10周だぞ』
ちょっと先生、昨日のライブでアリーナの最前列にいたよね。
あの席はファンクラブ会員専用シート。
しかも最前列をとろうと思ったら、
チケット発売日の午後3時にオンタイムでサイトをクリックしないと無理。
確か、その時間教室は、先生不在で自習になっていたっけ。
教室では、クラスの男子も女子もみんな必死でチケットをとっていたし。
席に戻る私を、女子グループが下卑た笑いで迎える。
私がデザインしたEMIRIアパレルグッズのカーディガンを羽織って。
ウケる。
一緒になって笑う男子グループも、机にアクリルグッズを置いている。
文房具はどうしたの?
筆箱の中もぜんぶEMIRIシーズングリーティングのアイテムじゃない。
EMIRIってこんなに人気あるんだ。
ファンは大事にしなきゃ、ってマネージャー兼保護者のママは言うけれど。
実は私がいつも気になっていたのは、一番後ろの席の男子。
誰ともしゃべらず、いつも独り。
私以上に目立たず、下を向いて本を読んでいる。
彼も丸メガネをかけていた。
同じようにコミュ症なのかしら。
<シーン3/翌日の学校の教室から音楽祭まで>
翌日。
教室に行って驚いた。
黒板に、『城山高校音楽祭実行委員』という文字に、
私の名前と一番後ろの彼の名前が大きく書かれていた。
そんな。アイドル活動があるから無理だって。
そんな事情などおかまいなく、有無を言わさぬ圧力で、
すべての雑務が私たち2人だけに押し付けられた。
仕方なく、リモートMTGを駆使して委員の役目をこなしていく。
準備期間の2か月はあっという間。
出演者とのやりとり。ポスター・看板の作成。ステージの設計・施工準備。
音響オペレーター、照明オペレーターの手配。
そのすべてを2人でこなす。
そういえばもうひとりの彼もリモートが多いなあ。
こんな2人で本当に音楽祭、大丈夫なの?
大丈夫、じゃなかった。
音楽祭当日。
メインステージのトリで出演するはずだった軽音の子たちがいなくなった。
しかも、本番30分前に!?
どうするの?
こんな大きなステージ作っちゃって。
もうひとりの実行委員、彼と顔を見合わせる。
『仕方ないから、カラオケで私、うたおうかな』
冗談で言ったつもりが、
『そうだね。そうしよう』
とマジで決まっちゃった。
なんか、ポスターをよく見たら、トリの軽音部の出演者名に
「Surprise」とだけ書かれてある。
ハメられた。
そうか。
よし、覚悟を決めよう。
もう退学になってもいいや。こんなとこ。
私は急いでママに電話した。
<シーン4/音楽祭のステージ>
■SE/会場内のざわめき
ラストのトリまですべての演奏が終わり、いったん緞帳が下がる。
やがて休憩時間が終わり、会場が暗転した。
『え?こんな演出あり?』
会場内がどよめく。
暗転している間に緞帳が上がる。
■J-POP SONG/japanese-vocals-300539110.wav
ボーカルの入りと同時にトップサスがステージを貫く。
光の中には真紅の衣装でEMIRIが立っていた。
ママの手配で、バックバンドも照明と音響のオペレーターも全面協力。
次回のライブのリハに、ちょうどいい準備運動だ、だって。
最初、騒然となっていた客席から大歓声が沸き起こる。
みんな総立ちになって、ものすごい声援。
1コーラスを歌い終えたとき。
曲途中のブレイクで照明がまた暗転した。
”すごい演出。
どんだけ凝ってるの?”
次にトップサスが当たったのは、私と、私の横に立つもうひとり男の子。
なんと。
実行委員の彼は、超人気K-POPグループのメンバーだった。
グループに1人だけ参加している日本人アーティスト。
このものすごいサプライズで会場の熱気は最高潮に達した。
”ああ、気持ちいい。
まさに高校生活最後のライブね”
合計3曲歌って、ライブは幕をおろした。
終了後、私たちは早変わりのように着替えながら、
軽音部用に準備しておいた抜け道でステージをあとにする。
校庭に出たところで、私たちを同じクラスの男女たちが取り囲んだ。
『EMIRIたちはどこなの?』
『教えなさい』
彼が毅然として答える。
『裏門の方へ出ていったよ』
クラスメイトたちは、慌てて裏門へ走っていく。
彼が私に振り返ってウィンクした。
『おつかれさま。打ち上げでカラオケでもいかない?』
私も笑顔で答える。
「賛成。あなたの歌を歌ってみたい」
陽の落ちかけたグラウンドに2人の影が伸びていった。