ヒダテン!ボイスドラマ

ボイスドラマ「STATION1/戦場からのプロポーズ」


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1945年。日本が戦争の終焉へと向かう激動の時代。飛騨高山の駅には、多くの若者が戦地へと送り出され、その帰りを待つ人々の祈りが満ちていた。

この物語『STATION1/戦場からのプロポーズ』は、そんな時代に生きた一組の男女の運命を描いたものです。

戦争が引き裂いた愛、交わされた密やかな誓い、そして決して届くことのなかった未来への願い。

実際に高山本線は戦争とともに多くの人々の人生を乗せ、時には希望の光となり、時には悲しみを運びました。終戦から80年が過ぎた今、改めてその時代に生きた人々の声に耳を傾けてみたいと思います。

『STATION1』は、飛騨高山を舞台にした番組「Hit’s Me Up!」の公式サイトをはじめ、Spotify、Amazon、Appleなどの各種Podcastプラットフォームでお聴きいただけます。また、小説版は「小説家になろう」でも掲載しています。

この物語は戦時中を生きた若者たちの、消えることのない想い・・・(CV:桑木栄美里)

【ストーリー】

<『STATION1/戦場からのプロポーズ』>

【資料/高山本線の歴史】

https://www.pref.toyama.jp/8001/kendodukuri/koukyou/koukyoukoutsuu/takayamahonsen/kj00017031-027-01.html

[シーン1:1945年春の高山駅/出征する許嫁を見送る栄美里]

■SE/高山駅の雑踏/SLの汽笛/出征兵士を見送るバンザイの声

「だいにっぽんていこく、ばんざーい!ばんざーい!」「かえりみはせじー!」「お国のために立派に散ってこい」「勝って帰ってこい」

「生きて」

万歳三唱や軍歌の喧騒が飛び交う高山駅のホーム。

人波が引くのを見計らって、デッキの彼に近づく。

私は周りに聞こえぬよう、小さな声で彼の耳元にささやいた。

「どんなことをしても、生きて帰ってきて」

カーキ色の軍服が身震いする。

彼は一瞬口元をゆるめ、小さくうなづいた。

このやりとりを知るものは、この世に誰1人いない。

1945年春。

国鉄高山駅は、出征兵士を見送る人の群れでごった返していた。

戦況は目に見えて悪化。

物事を客観的に見ることができれば、結果は明らかに理解できるだろう。

[シーン2:高山市内の高台/今のアルプス展望公園スカイパーク]

■SE/高原でさえずる小鳥の声

私たちは幼馴染。

農家に生まれた彼は、この春高山中学校を卒業し

名古屋高等商業学校で学んでいた。

私は家が貧しく、12歳になったときから諏訪で女工として働いた。

戦況が傾いてくると、彼は三菱名古屋航空機製作所へ。

私は諏訪精工舎で兵器を作っている。

長男と三女。

身分の差もあり、私たちは許嫁にはなれなかった。

それでも年に何回かの休みを合わせ、高山市内を見下ろす高台で語り合った。

最後の逢瀬は3月の私の誕生日。

工場で怪我をして高山へ帰ってきていた私のもとへ彼がやってきた。

てっきり名古屋にいると思っていたのに。

白い乗鞍岳を見ながら彼がぼそっと呟く。

『赤紙がきた』

「え?」

最初、言葉の意味が理解できず、きょとんとした顔で彼を見つめた。

学徒動員。

あとから知ったけど、大学生の徴兵猶予が撤廃されたらしい。

”愛するものを守るため”

為世者(いせいしゃ)にとって都合の良いお題目に踊らされて

若者たちが死の行軍を進めていく。

『こうして会うのは今日が最後ってこと』

「そんな・・・」

しばらくは会話にならなかった。

彼が何を言っても私の耳には入らず、ただただ涙があふれてくる。

嗚咽すらできず、静かに絶望の淵へ落ちていく。

『今日はずうっと一緒にいてほしい』

顔を上げたのを見計らうように、彼がつぶやいた。

『たとえ特高がきたって今日だけは絶対に離れない』

「はい・・・」

と答えるのがせいいっぱい。

許嫁でもない2人が過ごす最後の時間だった。

[シーン3:1945年秋の高山駅/ホームに立ち汽車を見つめる栄美里]

■SE/高山駅の雑踏/SLの汽笛

「うそつき」

結局、彼は小さな箱に入って家族のもとへ帰ってきた。

箱の中に入っていたのは、感謝状という名の紙切れが1枚。

お父さんは”ふざけるな!”と言って紙を破こうとしたが

家族から止められたという。

私は幼馴染としてお葬式にも行けなかった。だって・・・

家族から彼の戦死を知らされたのは10日も経ってから。

さらにその10日後、私のもとへ手紙が届いた。

彼の思いが詰まった薄い封筒。

私は迷いながら、震える手で封を破く。

ところが、拍子抜けしたような文字が目に飛び込んできた。

『栄美里様おかわりありませんでせうか』

『高山駅にはきっと出征兵士たちを見送る華々しい光景があふれていることでせう』

ふふ・・。

不謹慎極まりないけど笑っちゃう。

目に涙をためながら、口元がゆるむ。

そりゃ許嫁でもない異性に送る手紙ですもの。

これは私たちだけがわかる暗号。

彼と過ごした最後の夜、彼と決めた符牒。

あの日、あの夜、2人はいつまでも語り合った。

『戦争はもう終わるだろう』

『だがいま出征したら生きて帰ることは不可能だ』

『軍需工場のある高山だって無事ではすまない』『お願いだ、栄美里だけはなにがあっても生きてほしい』

『僕の分まで』

「そんな話、聞きたくない」

『ごめんね、栄美里』『でも、聞いてほしい』

『生きて帰ったら君に伝えたいことがあるんだ』

「なに?」

『今は・・・まだ言えない』

『もし生きて帰れたら必ず伝える』

「もし、だなんていや」

『ごめん』

『帰れそうもなくなったら戦地から手紙を書くよ』

「そんなの、もっといやだ!」

『どうせ全部検閲されるから、言葉はすべて暗号にしよう。

僕たち2人だけの符牒だよ』

『文字はすべて正反対の意味』

『”お国のため”は”栄美里のため”』

『”散ってまいります”は”帰ってくるよ”』

『”お元気で”は”愛してる”』

子供の遊びのように、彼は暗号を説明した。

憲兵にばれないように、いまここで覚えるんだ、と。

「暗号なんて、覚えたくない。

死なないって・・・

生きて帰ってくるって、約束してくれなきゃ聞きたくもない!」

『栄美里・・・。わかったよ。約束する』

うそつき。

・・・でも、彼の気持ち、いまならわかる。

だから、読むわ。

手紙の奥に込められた、あなたの心を。

『愛する栄美里へ』

『高山駅は今でも出征兵士の見送りで悲しみに埋め尽くされていることだろうね。

心配しなくても、こんな戦争はもう終わるよ。

この手紙を読んでいる栄美里の姿を思うと、心が温かくなります。

子どもの頃から共に過ごしてきた栄美里と、

これからもずっと一緒にいたい。

どんなに離れていても、栄美里への想いは変わりません。

もしこの戦いが終わり、再び栄美里の元へ帰ることができたなら、

その時は私の妻になってください。

栄美里と2人で、幸せな家庭を築き、共に未来を歩んでいきたいのです。

なつかしい高山駅。もう一度あのホームに降り立ちたい。

全線開通したときは、飛騨の夜明けとまで言われたのに。

今や軍需物資と出征兵士を乗せる軍用列車に成り下がっている。

1日も早く、また飛騨の希望を乗せて走ってほしい。

そうしたら、高山駅から新婚旅行に出かけよう。

その日を心待ちにしています。

栄美里へ、心からの愛と誓いを込めて』

最後の言葉の字面は、

『お国の為、みごとに散ってまいります!』

その意味は、

『栄美里のために、必ず生きて戻ります!』

だったのに・・・

やっぱり、あなたは・・・

うそつき。

私、戦争が終わってから毎日、一日中高山駅であなたを待ったのよ。

くる日もくる日も。

それも今日が最後。

私は手紙を握りしめたまま、到着した最終列車を見つめる。

この手紙も、鉄道郵便できっとこの高山駅を降りたのね。

あなたと一緒に。

お帰りなさい、あなた。

これからはずっと一緒よ。あなたと私、そして・・・

私はお腹に手をあてる。

あなたの忘れ形見と。

■SE/SLの汽笛/最終列車の遠ざかる音

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ヒダテン!ボイスドラマBy Ks(ケイ)、湯浅一敏、飛騨・高山観光コンベンション協会