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飛騨高山の山々には、太古からの神秘が息づいている。
この物語は、そんな飛騨の深奥にある“隠れ里”をめぐる、ひとりの女性とその娘の運命を描いた物語だ。
主人公は、民族学者としての知識を持ちながらも、人生の暗闇の中で逃げるように飛騨へと戻ってきた。しかし、そこで出会ったのは、現代には存在しないはずの「隠れ里」と、そこで生きる人々。彼らは一体何者なのか? なぜ今まで誰にも見つかることなく生きてきたのか? そして、彼らの“結界”が守ろうとしたものとは――。
この作品は、飛騨地方に今も残る伝説や歴史、そして位山の神秘をもとに紡がれたフィクションである。しかし、もしかしたらこの物語のどこかに、私たちの知らない「真実」が隠れているのかもしれない(CV:桑木栄美里)
【ストーリー】
<『インディジェナス〜隠れ里』>
【資料/飛騨びとのルーツ】
https://hida.keizai.biz/headline/472/
[シーン1:あららぎ湖]
■SE/タクシーが去って行く音〜森の夜の音/湖の波の音
ひと気のない、平日の位山。
夕方のこんな時間に、こんな場所でタクシーを降りた。
運転手さんは怪訝な顔をして車をUターンさせていく。
細い山道を登ってくる車は小型のキャンピングカーくらい。
私は2歳の娘を抱きしめ、あららぎ湖のほとりに佇んでいた。
東京から10年ぶりに戻ってきた飛騨。
祖母の待つ高山市内の実家へは戻らず、位山へ。
なぜなら私は、死に場所を求めて帰ってきたのだから。
だけど位山、というところが、民族学者の私らしいわ。
疲れて眠ってしまった娘を背中におぶって歩き出す。
獣道を通りアスナロの原生林の中へ。
ここ、水無神社の奥宮の近くかしら。
深い霧で前がよく見えない。
もうどのくらい歩いただろう。
疲れと空腹で目の前がかすんでいく。
しばらくすると、少し開けた場所へたどり着いた。
霧の中からやわらかい月光が降り注ぐ。
アスナロの大木。
まるで映画のセットのような森のベッドに抱かれ、
娘と私は、いつしか眠ってしまった。
[シーン2:隠れ里]
■SE/森の小鳥の声
「え・・・朝?」
「さっき眠ったばかりだったのに」
気がつくと、霧はすっかり晴れている。
見渡す限りのアスナロの森。
そのはるか向こう。
少し窪んだ地形にうっすらと何か見える。
近寄りながら、目をこらすと・・・
集落?
こんな山奥に集落なんてあったかしら。
なんだか気になって娘を抱き、降りていく。
やっぱり、集落だわ。
でも、人の気配がしない。
まさか、廃村?
霊峰位山が、私たち親子に最後の場所を与えてくれた?
20軒以上連なった、茅葺の集落。
屋根の角度が合掌造りとも微妙に違う変わった家屋。
一軒ずつ訪ねてみても、やはり誰もいない。
あきらめて戻ろうとして娘の手を握ると・・・
あれ、熱っぽい。
おでこをくっつけたら・・・やっぱりすごい熱。
もうこんなところで。
仕方なく、近くの小屋に入り、
敷き詰められた藁の上に娘を寝かせる。
どうしよう?
薬もなにもない。
着の身着の儘DV夫の元を飛び出してきたんだもの。
ふもとまで行こうにも、もう道もわからないわ。
そういえば、さっきせせらぎの音が聞こえてたっけ。
娘を寝かしつけ、川へ水を汲みにいく。
水筒なんて持ってきてないから、朴の木の葉っぱに水をためて飲ませた。
何回も何回も往復して。
そのうちに私も疲れ果て、またしても眠ってしまった。
目を覚ましたとき、漂っていたのは、美味しそうな匂い。
顔をあげると、木の器に野菜を煮込んだスープが置いてある。
え?
誰が持ってきてくれたの?
空腹感よりも、私以外に人がいるという恐怖の方が勝り、
まったく食欲がわかなかった。
でも高熱の娘を連れてここを出ることはできない。
しかも・・・
雨!?
まるで私たちをここへ閉じ込めるように
しとしとと雨が降っている。
わかったわ。
だけど、毒だかなんだかわからないものを口にすることなんてできない。
器ごとスープを扉の外へ置いた。
ところが、次の日も、また次の日もスープは届けられる。
なのに、持ってくる人を見ることはない。
眠らず起きていようと思っても、ほんの一瞬微睡むと、もう目の前に置かれている。
その顔を初めてみたのは、3日後。
熱にうなされる娘の前に、老婆が佇んでいた。
いや、老婆といっても、肌艶にハリがある。
シワも少ない。髪の色が白いだけだ。
老婆は娘のおでこに手をあてていた。
そのまま私の方を振り返って、小さくうなづく。
ほどなく笑顔のまま外へ出ていった。
1時間くらいすると、老婆は木の盆に、2つの器を持って戻ってきた。
ひとつはいつもの野菜スープ。
もうひとつは白湯?
いや、違う。この匂いは薬草だ。
私、薬膳に詳しいからわかる。
サンショウ、おおばこ、ヨモギ、ナツメ、しょうが。
ぜんぶ解熱作用がある薬草の香りだった。
私はすぐに娘に飲ませる。
老婆はもうひとつの器を私に差し出す。
最初は抗ったが、私の嗅覚を美味しそうな匂いが刺激する。
とうとう我慢できなくなって口にした。
美味しい!
これは、薬膳料理だ。しかも精進料理。
肉も魚も使っていない。
体に命の養分が流れ込む。
無我夢中で食べた。
そのうち、小屋の外に人の気配を感じて扉をあけると・・・
20人ほどの老若男女が静かに微笑みながら私と娘を見つめていた。
独特の風貌。
草や木の皮を素材にした服。
アイヌやクマソのようなイメージ。
顔つきは弥生人というより縄文人に近い。
彼らはあまり言葉を話さない。
だから、身振り手ぶりで話をしてくれた。
それは・・・
彼ら一族は大昔からここに住んでいる。
こういう里は位山にいくつもあって、それぞれ交流がある。
私、民族学者だからよくわかる。
彼らはインディジェナス。
飛騨の国の先住民族。
まさか、大和朝廷よりも古くに存在したと言われている飛騨王朝の末裔?
なのに、いくつもあるという彼らの里が今まで誰にも見つかってないのはなぜ?
隠れ里。
アスナロの森に囲まれ、日常的にアスナロの木を使っている。
別名は『気高いヒノキ』。
アスナロのまな板や器は殺菌力が高く湿度に強い。
日本一、いや、世界一とも言われるパワースポット位山ならではの
結界が生きているんだ。
私はそれが当たり前のように、彼らとともに暮らすようになった。
畑を耕し、米を作り、薬草を採る。
いつしか、位山へ来た目的すら忘れていた。
ある日。
娘が恐怖にひきつった顔で私の胸に飛び込んできた。
「どうしたの?」
何も答えず震えている。
私は娘を村人にあずけ、外へ出た。
すると、なんということ!
隠れ里の入口、アスナロの大木の横に夫が立っている!
どうして!?なんでここがわかったの!?
身の回りのものをすべてチェックする。
ほとんど何も持ってきてないのに。
そのとき、老婆が私の横にたち、耳元を指さす。
え?
ピアス?
まさかピアスにGPS?
すぐさまピアスを外し、近くの岩で叩き潰した。
その音を聞きつけて、夫が村へ入ってくる。
老婆の後ろに立っていた私と娘を見つけ、駆け寄ってきた。
私をつかもうと、手をのばしてくる。
そのとき、私の前に村の男たちが立ちはだかった。
私は娘を連れて村の奥へ走る。
突然現れた村人に驚いた夫は、捨て台詞を残して村から出ていった。
「ごめんなさい。私のせいでこの里が見つかっちゃった。
夫はきっとまたやってくるわ。
悪い人間を大勢連れてくるかも。
どうしよう、私のせいでみなさんに迷惑がかかる」
悲壮な声で泣き叫ぶ私に、村人たちがゆっくりさとす。
『心配ない』
『もう大丈夫』
『あと何日かしたらオマエも家に帰りなさい』
「え?そんなのいやよ!
ここから出たら、私、またつかまっちゃう。
そうしたらもう生きていられない」
『つかまらない』
『ここは位山』
『邪悪な魔物は許されない』
「え?」
『だからあと何日かしたらオマエも帰るのだ』
[シーン3:高山の実家]
■SE/街の喧騒
1週間後。
私は祖母の元へ帰った。
祖母は大喜びで私と娘を迎える。
それでも不安は消えない。
ここへも、いつまた夫がやってくるか。
しかし、その不安は杞憂に終わった。
夫は隠れ里へやってきた日、
位山の崖から転落死していたのだ。
しかも、私を見つけるよりも前に。
ネットニュースによると、隠れ里の私の元へやったきた時間に、
夫はすでに死んでいたという。
ではあのときの夫はなんだったんだ?
あれこそが、『魔(物)』だったのか。
あれ以来、いつ行っても、位山の隠れ里へは辿り着けない。
私を死の影から救ってくれた隠れ里の住人たちに、
ひとことお礼が言いたかったのに。
だから私は月に一度、飛騨一宮水無神社へ行き、祝詞を捧げる。
感謝の気持ちと、悪鬼退散の思いをこめて。
かしこみかしこみも、まおす!
By Ks(ケイ)、湯浅一敏、飛騨・高山観光コンベンション協会飛騨高山の山々には、太古からの神秘が息づいている。
この物語は、そんな飛騨の深奥にある“隠れ里”をめぐる、ひとりの女性とその娘の運命を描いた物語だ。
主人公は、民族学者としての知識を持ちながらも、人生の暗闇の中で逃げるように飛騨へと戻ってきた。しかし、そこで出会ったのは、現代には存在しないはずの「隠れ里」と、そこで生きる人々。彼らは一体何者なのか? なぜ今まで誰にも見つかることなく生きてきたのか? そして、彼らの“結界”が守ろうとしたものとは――。
この作品は、飛騨地方に今も残る伝説や歴史、そして位山の神秘をもとに紡がれたフィクションである。しかし、もしかしたらこの物語のどこかに、私たちの知らない「真実」が隠れているのかもしれない(CV:桑木栄美里)
【ストーリー】
<『インディジェナス〜隠れ里』>
【資料/飛騨びとのルーツ】
https://hida.keizai.biz/headline/472/
[シーン1:あららぎ湖]
■SE/タクシーが去って行く音〜森の夜の音/湖の波の音
ひと気のない、平日の位山。
夕方のこんな時間に、こんな場所でタクシーを降りた。
運転手さんは怪訝な顔をして車をUターンさせていく。
細い山道を登ってくる車は小型のキャンピングカーくらい。
私は2歳の娘を抱きしめ、あららぎ湖のほとりに佇んでいた。
東京から10年ぶりに戻ってきた飛騨。
祖母の待つ高山市内の実家へは戻らず、位山へ。
なぜなら私は、死に場所を求めて帰ってきたのだから。
だけど位山、というところが、民族学者の私らしいわ。
疲れて眠ってしまった娘を背中におぶって歩き出す。
獣道を通りアスナロの原生林の中へ。
ここ、水無神社の奥宮の近くかしら。
深い霧で前がよく見えない。
もうどのくらい歩いただろう。
疲れと空腹で目の前がかすんでいく。
しばらくすると、少し開けた場所へたどり着いた。
霧の中からやわらかい月光が降り注ぐ。
アスナロの大木。
まるで映画のセットのような森のベッドに抱かれ、
娘と私は、いつしか眠ってしまった。
[シーン2:隠れ里]
■SE/森の小鳥の声
「え・・・朝?」
「さっき眠ったばかりだったのに」
気がつくと、霧はすっかり晴れている。
見渡す限りのアスナロの森。
そのはるか向こう。
少し窪んだ地形にうっすらと何か見える。
近寄りながら、目をこらすと・・・
集落?
こんな山奥に集落なんてあったかしら。
なんだか気になって娘を抱き、降りていく。
やっぱり、集落だわ。
でも、人の気配がしない。
まさか、廃村?
霊峰位山が、私たち親子に最後の場所を与えてくれた?
20軒以上連なった、茅葺の集落。
屋根の角度が合掌造りとも微妙に違う変わった家屋。
一軒ずつ訪ねてみても、やはり誰もいない。
あきらめて戻ろうとして娘の手を握ると・・・
あれ、熱っぽい。
おでこをくっつけたら・・・やっぱりすごい熱。
もうこんなところで。
仕方なく、近くの小屋に入り、
敷き詰められた藁の上に娘を寝かせる。
どうしよう?
薬もなにもない。
着の身着の儘DV夫の元を飛び出してきたんだもの。
ふもとまで行こうにも、もう道もわからないわ。
そういえば、さっきせせらぎの音が聞こえてたっけ。
娘を寝かしつけ、川へ水を汲みにいく。
水筒なんて持ってきてないから、朴の木の葉っぱに水をためて飲ませた。
何回も何回も往復して。
そのうちに私も疲れ果て、またしても眠ってしまった。
目を覚ましたとき、漂っていたのは、美味しそうな匂い。
顔をあげると、木の器に野菜を煮込んだスープが置いてある。
え?
誰が持ってきてくれたの?
空腹感よりも、私以外に人がいるという恐怖の方が勝り、
まったく食欲がわかなかった。
でも高熱の娘を連れてここを出ることはできない。
しかも・・・
雨!?
まるで私たちをここへ閉じ込めるように
しとしとと雨が降っている。
わかったわ。
だけど、毒だかなんだかわからないものを口にすることなんてできない。
器ごとスープを扉の外へ置いた。
ところが、次の日も、また次の日もスープは届けられる。
なのに、持ってくる人を見ることはない。
眠らず起きていようと思っても、ほんの一瞬微睡むと、もう目の前に置かれている。
その顔を初めてみたのは、3日後。
熱にうなされる娘の前に、老婆が佇んでいた。
いや、老婆といっても、肌艶にハリがある。
シワも少ない。髪の色が白いだけだ。
老婆は娘のおでこに手をあてていた。
そのまま私の方を振り返って、小さくうなづく。
ほどなく笑顔のまま外へ出ていった。
1時間くらいすると、老婆は木の盆に、2つの器を持って戻ってきた。
ひとつはいつもの野菜スープ。
もうひとつは白湯?
いや、違う。この匂いは薬草だ。
私、薬膳に詳しいからわかる。
サンショウ、おおばこ、ヨモギ、ナツメ、しょうが。
ぜんぶ解熱作用がある薬草の香りだった。
私はすぐに娘に飲ませる。
老婆はもうひとつの器を私に差し出す。
最初は抗ったが、私の嗅覚を美味しそうな匂いが刺激する。
とうとう我慢できなくなって口にした。
美味しい!
これは、薬膳料理だ。しかも精進料理。
肉も魚も使っていない。
体に命の養分が流れ込む。
無我夢中で食べた。
そのうち、小屋の外に人の気配を感じて扉をあけると・・・
20人ほどの老若男女が静かに微笑みながら私と娘を見つめていた。
独特の風貌。
草や木の皮を素材にした服。
アイヌやクマソのようなイメージ。
顔つきは弥生人というより縄文人に近い。
彼らはあまり言葉を話さない。
だから、身振り手ぶりで話をしてくれた。
それは・・・
彼ら一族は大昔からここに住んでいる。
こういう里は位山にいくつもあって、それぞれ交流がある。
私、民族学者だからよくわかる。
彼らはインディジェナス。
飛騨の国の先住民族。
まさか、大和朝廷よりも古くに存在したと言われている飛騨王朝の末裔?
なのに、いくつもあるという彼らの里が今まで誰にも見つかってないのはなぜ?
隠れ里。
アスナロの森に囲まれ、日常的にアスナロの木を使っている。
別名は『気高いヒノキ』。
アスナロのまな板や器は殺菌力が高く湿度に強い。
日本一、いや、世界一とも言われるパワースポット位山ならではの
結界が生きているんだ。
私はそれが当たり前のように、彼らとともに暮らすようになった。
畑を耕し、米を作り、薬草を採る。
いつしか、位山へ来た目的すら忘れていた。
ある日。
娘が恐怖にひきつった顔で私の胸に飛び込んできた。
「どうしたの?」
何も答えず震えている。
私は娘を村人にあずけ、外へ出た。
すると、なんということ!
隠れ里の入口、アスナロの大木の横に夫が立っている!
どうして!?なんでここがわかったの!?
身の回りのものをすべてチェックする。
ほとんど何も持ってきてないのに。
そのとき、老婆が私の横にたち、耳元を指さす。
え?
ピアス?
まさかピアスにGPS?
すぐさまピアスを外し、近くの岩で叩き潰した。
その音を聞きつけて、夫が村へ入ってくる。
老婆の後ろに立っていた私と娘を見つけ、駆け寄ってきた。
私をつかもうと、手をのばしてくる。
そのとき、私の前に村の男たちが立ちはだかった。
私は娘を連れて村の奥へ走る。
突然現れた村人に驚いた夫は、捨て台詞を残して村から出ていった。
「ごめんなさい。私のせいでこの里が見つかっちゃった。
夫はきっとまたやってくるわ。
悪い人間を大勢連れてくるかも。
どうしよう、私のせいでみなさんに迷惑がかかる」
悲壮な声で泣き叫ぶ私に、村人たちがゆっくりさとす。
『心配ない』
『もう大丈夫』
『あと何日かしたらオマエも家に帰りなさい』
「え?そんなのいやよ!
ここから出たら、私、またつかまっちゃう。
そうしたらもう生きていられない」
『つかまらない』
『ここは位山』
『邪悪な魔物は許されない』
「え?」
『だからあと何日かしたらオマエも帰るのだ』
[シーン3:高山の実家]
■SE/街の喧騒
1週間後。
私は祖母の元へ帰った。
祖母は大喜びで私と娘を迎える。
それでも不安は消えない。
ここへも、いつまた夫がやってくるか。
しかし、その不安は杞憂に終わった。
夫は隠れ里へやってきた日、
位山の崖から転落死していたのだ。
しかも、私を見つけるよりも前に。
ネットニュースによると、隠れ里の私の元へやったきた時間に、
夫はすでに死んでいたという。
ではあのときの夫はなんだったんだ?
あれこそが、『魔(物)』だったのか。
あれ以来、いつ行っても、位山の隠れ里へは辿り着けない。
私を死の影から救ってくれた隠れ里の住人たちに、
ひとことお礼が言いたかったのに。
だから私は月に一度、飛騨一宮水無神社へ行き、祝詞を捧げる。
感謝の気持ちと、悪鬼退散の思いをこめて。
かしこみかしこみも、まおす!