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【プロット】
主人公(栄美里)は江戸時代から続く元武家の旧家の一人娘として育つが、父亡きあと、母は落ちぶれた武家の屋敷へ後添えとして嫁いでいく。義理の父や義姉たちは栄美里の器量を妬み、奉公に出される。奉公先は、悪徳高利貸しとして名高い一人暮らしの男性。
怖がりつつも炊事洗濯と家事をこなす栄美里は、男性の表と裏の顔を知る。
表面的には冷たい高利貸しとして金持ちの商家や元武家屋敷から金を貸し、取り立てる。
その一方、いつも勝手口から男性を訪ねてくる粗末な身なりをした子どもたちやお年寄りは涙を流しながら帰っていくのだった。
男性のその裏の顔とは・・・(CV:桑木栄美里)
【ストーリー】
<シーン1/旧武家屋敷にて>
■SE〜古い町並のガヤ/箒で掃除をする音/古い木戸が開く音
「あ・・・、おはようございます」
私は、小さく、唇だけの笑顔で家族にあいさつをする。
家族?
誰も私を見ても声すらかけない。
いや、見てすらいない。
存在さえ否定されていて、”家族”と呼べるのだろうか。
ここは、旧高山城の城下町。
かつて幕府直轄の天領だったのが嘘のようだ。
街道沿いには、飛騨の木工技術を競うように、瀟洒な町屋が並んでいる。
その町家より一段高いところにあるのが、かつての武家屋敷だ。
私の母は、実父亡き後、武家屋敷のひとつに、後添えとして入った。
連れ子の私と一緒に。
義理の父は世間体を気にする人だったので、私は母の使用人として屋敷にあがった。
そこまでして義父(ちち)が母に焦がれたのは、
その美貌と亡くなった連れ合い=私の実父の財産だ。
当時若干8歳だった私には、なんの迷いもなく、
優しい母とまた一緒にいられることが嬉しかった。
時は移り、明治も終わり頃になると、少女の私にもいろいろなことが見えてきた。
この武家屋敷にはいまや昔日の勢いはなく自転車操業であること。
母の持参金を、義父とその娘たちで使い果たしてしまったこと。
そして、2人いる義理の姉は、私を使用人としか見ていないこと。
そう、私が称された”使用人”というのは建前だけではなかったのだ。
そんななか、突然母が病に倒れた。
働かない義父や、浪費癖のある義姉(あね)たちの分まで、
家事をしながら朝から晩まで働き続けたからだ。
床に伏せる母を看とったのは私ひとり。
やがて看病のかいもなく、母は私を遺して逝ってしまった。
葬儀の最中、義父は私に信じられない言葉を告げた。
”お前には奉公に出てもらう”
義父の横で、喪服姿の義姉が笑いを噛み殺している。
言葉をよく理解できない私の耳元に、義姉たちのささやきが響く。
”強欲な高利貸しのお宅ですって”
”無事でいられるかしら”
もの言わぬ母の遺影が、憂いを帯びて私を見つめていた。
<シーン2/高利貸・岩佐宅>
■SE〜古い町並のガヤ/下駄の音
「しつれい・・・いたします」
木戸を開けようとしたが、鍵がかかっている。
悪名高い『高利貸し』だと言われたけど、どこにも看板は出ていない。
義父から聞いた『岩佐』という苗字の表札だけが頼り。
思い切ってもう一度木戸に手をかけたとき・・・
■SE〜古い木戸が開く音
「あ・・・」
木戸を開けて顔をのぞかせたのは・・・
年の頃なら三十五、六・・・
長髪で端正な顔つきの男性だった。
「あの・・・今日からご奉公にまいりました・・・栄美里と申します」
彼は、言葉を発せず、目線を家の中に向けて、入るよう命じた。
義父は、しばらくは帰ってこないように、と言って私を送り出している。
奉公人は私だけ。
だから、私はこれから、この人と・・・
訳もなく無言で涙が溢れた。
■SE〜食事の準備をする音
炊事、洗濯、庭掃除・・・
ここへきて3月(みつき)の歳月が流れた頃、やっと奉公にも慣れてきた。
家の主人は相変わらず、ほとんど私に対して口をきかない。
いや、私にだけではなく、お金を借りに来るお客さんに対しても
必要最低限の言葉しか話さない。
彼が最初、私に命じたのは、3つ。
”ひとつ。金を借りにくる連中は玄関横の座敷に通すように”
私が取り次ぐお客さんは、お金持ちの商家や武家屋敷の元お侍さんたち。
きっと義父もいくらか借りているのだろう。
”ふたつ。茶室へは誰も入れるな”
外から見るとただの町家なのに、入口に商談用の小さな座敷、
奥には立派な茶室がしつらえてある。
お掃除で入るたび、壁にかけられた書の美しさに圧倒された。
”みっつ。裏の木戸はいつでもあけておくように”
”裏の木戸をあけておく”って・・・
お金を扱うお仕事なのに、大丈夫かしら。
その裏木戸。
いつだったか、私が床に入ったあとの深夜に、物音が聞こえてきた。
まさか、賊!?
震えながら、箒を抱えて裏木戸へ向かうと、主人の姿が・・・
「だ、だんなさま、賊が・・・」
彼は私を睨みつけ、首を横にふった。
『賊ではない』
低いが、重みのある声で答える。
その表情に気圧され、納得できぬまま、私は寝床に戻った。
だが、いつまでも寝つかれず、ずっと裏木戸のことを考えていた。
主人と百鬼夜行が語り合う悪夢にうなされながら・・・
裏木戸の客は、週に何度かやってきた。
主人はどうやら彼らを茶室に通しているようだ。
私は好奇心に耐えられなくなって、ある晩、そっとあとをつけた。
すると・・・
なんということだろう。
貧しい身なりの老人たちが、茶室で彼の煎れる茶をたしなんでいた。
彼も、私や世間に見せたことのない笑顔で語り合っている。
帰るときには、自ら書を揮毫(きごう)して、金子(きんす)とともに彼らに渡した。
誰もが、涙を流してそれを受け取る。
それからも幾度となく、いろんな人たちが彼を訪ねてきた。
ときには、子どもたちであったり、顔中に包帯を巻いた病人であったり・・・
みな、貧しい身なりをしたものばかりだった。
ある日の深夜、私はいたたまれず、自分が作った栗きんとんを持って
主人と客人のいる茶室へ入っていった。
冷たい目で私を睨みつける主人。
しかし、その日の客人、老婦人は満面の笑みで私を迎え入れる。
”早く出ていけ”と促す主人を制止して、口を開く。
”この人があなたの言っていた、心の美しい娘さんね”
え?
驚きを隠せない私に向かって、重い口を開く。
『この方たちは、大切なお客様だ』
『人として、だれよりも尊い』
「だんなさまにとって大切な方なら、私にとっても大事なお客様。
なんと言われようと、おもてなしをいたします」
私の剣幕に驚きつつも、彼は初めて口元を緩める。
『仕方がない』
そう言って、お客様たちの説明をしてくれた。
”ここにお通しするのは、みな貧しくて身寄りのない者たちだ。
家族のない老人。孤児。医者に見放された病人。
だが彼らは、誰に迷惑をかけることなく、人の道にはずれず、正しく生きている。
心の中は誰よりも清い。
そういう者たちこそ、報われなくてはならない”
私はうなづく。心から。
この日、私たちは、夜明け近くまで語り合った。
<シーン3/三之町にて>
■SE〜古い町並のガヤ/草履の音
ある日の午後、買い物に三之町まで出かけたときのこと。
いつか、茶室で見た老人を見かけた。
その老人は町の人たちから蔑みの眼差しを受けながら、街道の方へ歩いていく。
私は思わずそのあとをつけた。
老人がたどりついたのは、人里はなれた山の中。
倒木を組み合わせただけの小屋へ入っていった。
小屋の中で私が見たのは・・・
身を寄せ合って暮らす、何人もの老人たち。
床に伏せったものも大勢いて、思わず目をそむける。
それでも、彼らはみな幸せそうに見えた。
壁に貼られているのは、きっと主人が書いた書の数々。
「瑞」(ずい)「悠」(ゆう)「信」(しん)・・・
美しい言葉が並んでいる。それに続けて・・・「栄」「美」「里」!?私の名前?
どうして・・・
帰り道、少し回り道をして、陣屋の周辺を歩いていると、後ろから声をかけられた。
振り向くと、厳しい顔で義父と義姉たちが私を睨んでいる。
”今すぐに家に戻ってくるように”
「戻る?私の家はもうそこではありません」
そう答えると、義父は有無を言わさず、私の頬をうつ。
”お前には別のところへ奉公に行ってもらう”
往来の真ん中で私をとり囲む。
”3月もなしのつぶてで”
”今度は奉公じゃなくて身売りだけど”
義姉たちの嘲笑が私の耳に響く。
私は思わず耳をふさぐ。
私の頬に義父の平手が振りおろされ、思わず目をつむる。
その瞬間。
目をあけると義理の父が地面に倒れていた。
え?
『その娘に指一本触れたら、問答無用で叩き斬る』
”ひっ”
義姉たちの小さな悲鳴。
うずくまる義父たちの前に仁王立ちしているのは、主人だ。
振り下ろされた義父の手は、主人の渾身の足蹴りで吹っ飛ばされた。
主人は腰にさした脇差に手をかけ、鬼神のごとく義父たちを睨みつける。
震えながら義父が言う。
”つ、通報するぞ、帯刀禁止令を知らんのか”
『わるいな。うちの家系には免状があるのだ』
”うちの家系・・・”
そうつぶやいたあと、ハッとした義父は、”岩佐・・・あの、岩佐か”
なにもわからない義姉たちに義父が説明する。
私にもどうなっているのか、わからない。
”きさま、山岡鉄舟の書の師範、岩佐一亭の直系だったのか”
”岩佐一亭は、書を説く前に鉄舟が必ず手合わせした剣の達人と言われている””まさか、きさまが!”
『くだらない肩書きだ』
「・・・」
『大丈夫か?』
「はい」
『さ、帰ろう』
「はい」
私は義父たちを一瞥して、彼の腕をとる。
彼が義父たちには目もくれず、私を見つめる。
夕陽に映える彼の顔が、ますます輝いてみえた。
【プロット】
主人公(栄美里)は江戸時代から続く元武家の旧家の一人娘として育つが、父亡きあと、母は落ちぶれた武家の屋敷へ後添えとして嫁いでいく。義理の父や義姉たちは栄美里の器量を妬み、奉公に出される。奉公先は、悪徳高利貸しとして名高い一人暮らしの男性。
怖がりつつも炊事洗濯と家事をこなす栄美里は、男性の表と裏の顔を知る。
表面的には冷たい高利貸しとして金持ちの商家や元武家屋敷から金を貸し、取り立てる。
その一方、いつも勝手口から男性を訪ねてくる粗末な身なりをした子どもたちやお年寄りは涙を流しながら帰っていくのだった。
男性のその裏の顔とは・・・(CV:桑木栄美里)
【ストーリー】
<シーン1/旧武家屋敷にて>
■SE〜古い町並のガヤ/箒で掃除をする音/古い木戸が開く音
「あ・・・、おはようございます」
私は、小さく、唇だけの笑顔で家族にあいさつをする。
家族?
誰も私を見ても声すらかけない。
いや、見てすらいない。
存在さえ否定されていて、”家族”と呼べるのだろうか。
ここは、旧高山城の城下町。
かつて幕府直轄の天領だったのが嘘のようだ。
街道沿いには、飛騨の木工技術を競うように、瀟洒な町屋が並んでいる。
その町家より一段高いところにあるのが、かつての武家屋敷だ。
私の母は、実父亡き後、武家屋敷のひとつに、後添えとして入った。
連れ子の私と一緒に。
義理の父は世間体を気にする人だったので、私は母の使用人として屋敷にあがった。
そこまでして義父(ちち)が母に焦がれたのは、
その美貌と亡くなった連れ合い=私の実父の財産だ。
当時若干8歳だった私には、なんの迷いもなく、
優しい母とまた一緒にいられることが嬉しかった。
時は移り、明治も終わり頃になると、少女の私にもいろいろなことが見えてきた。
この武家屋敷にはいまや昔日の勢いはなく自転車操業であること。
母の持参金を、義父とその娘たちで使い果たしてしまったこと。
そして、2人いる義理の姉は、私を使用人としか見ていないこと。
そう、私が称された”使用人”というのは建前だけではなかったのだ。
そんななか、突然母が病に倒れた。
働かない義父や、浪費癖のある義姉(あね)たちの分まで、
家事をしながら朝から晩まで働き続けたからだ。
床に伏せる母を看とったのは私ひとり。
やがて看病のかいもなく、母は私を遺して逝ってしまった。
葬儀の最中、義父は私に信じられない言葉を告げた。
”お前には奉公に出てもらう”
義父の横で、喪服姿の義姉が笑いを噛み殺している。
言葉をよく理解できない私の耳元に、義姉たちのささやきが響く。
”強欲な高利貸しのお宅ですって”
”無事でいられるかしら”
もの言わぬ母の遺影が、憂いを帯びて私を見つめていた。
<シーン2/高利貸・岩佐宅>
■SE〜古い町並のガヤ/下駄の音
「しつれい・・・いたします」
木戸を開けようとしたが、鍵がかかっている。
悪名高い『高利貸し』だと言われたけど、どこにも看板は出ていない。
義父から聞いた『岩佐』という苗字の表札だけが頼り。
思い切ってもう一度木戸に手をかけたとき・・・
■SE〜古い木戸が開く音
「あ・・・」
木戸を開けて顔をのぞかせたのは・・・
年の頃なら三十五、六・・・
長髪で端正な顔つきの男性だった。
「あの・・・今日からご奉公にまいりました・・・栄美里と申します」
彼は、言葉を発せず、目線を家の中に向けて、入るよう命じた。
義父は、しばらくは帰ってこないように、と言って私を送り出している。
奉公人は私だけ。
だから、私はこれから、この人と・・・
訳もなく無言で涙が溢れた。
■SE〜食事の準備をする音
炊事、洗濯、庭掃除・・・
ここへきて3月(みつき)の歳月が流れた頃、やっと奉公にも慣れてきた。
家の主人は相変わらず、ほとんど私に対して口をきかない。
いや、私にだけではなく、お金を借りに来るお客さんに対しても
必要最低限の言葉しか話さない。
彼が最初、私に命じたのは、3つ。
”ひとつ。金を借りにくる連中は玄関横の座敷に通すように”
私が取り次ぐお客さんは、お金持ちの商家や武家屋敷の元お侍さんたち。
きっと義父もいくらか借りているのだろう。
”ふたつ。茶室へは誰も入れるな”
外から見るとただの町家なのに、入口に商談用の小さな座敷、
奥には立派な茶室がしつらえてある。
お掃除で入るたび、壁にかけられた書の美しさに圧倒された。
”みっつ。裏の木戸はいつでもあけておくように”
”裏の木戸をあけておく”って・・・
お金を扱うお仕事なのに、大丈夫かしら。
その裏木戸。
いつだったか、私が床に入ったあとの深夜に、物音が聞こえてきた。
まさか、賊!?
震えながら、箒を抱えて裏木戸へ向かうと、主人の姿が・・・
「だ、だんなさま、賊が・・・」
彼は私を睨みつけ、首を横にふった。
『賊ではない』
低いが、重みのある声で答える。
その表情に気圧され、納得できぬまま、私は寝床に戻った。
だが、いつまでも寝つかれず、ずっと裏木戸のことを考えていた。
主人と百鬼夜行が語り合う悪夢にうなされながら・・・
裏木戸の客は、週に何度かやってきた。
主人はどうやら彼らを茶室に通しているようだ。
私は好奇心に耐えられなくなって、ある晩、そっとあとをつけた。
すると・・・
なんということだろう。
貧しい身なりの老人たちが、茶室で彼の煎れる茶をたしなんでいた。
彼も、私や世間に見せたことのない笑顔で語り合っている。
帰るときには、自ら書を揮毫(きごう)して、金子(きんす)とともに彼らに渡した。
誰もが、涙を流してそれを受け取る。
それからも幾度となく、いろんな人たちが彼を訪ねてきた。
ときには、子どもたちであったり、顔中に包帯を巻いた病人であったり・・・
みな、貧しい身なりをしたものばかりだった。
ある日の深夜、私はいたたまれず、自分が作った栗きんとんを持って
主人と客人のいる茶室へ入っていった。
冷たい目で私を睨みつける主人。
しかし、その日の客人、老婦人は満面の笑みで私を迎え入れる。
”早く出ていけ”と促す主人を制止して、口を開く。
”この人があなたの言っていた、心の美しい娘さんね”
え?
驚きを隠せない私に向かって、重い口を開く。
『この方たちは、大切なお客様だ』
『人として、だれよりも尊い』
「だんなさまにとって大切な方なら、私にとっても大事なお客様。
なんと言われようと、おもてなしをいたします」
私の剣幕に驚きつつも、彼は初めて口元を緩める。
『仕方がない』
そう言って、お客様たちの説明をしてくれた。
”ここにお通しするのは、みな貧しくて身寄りのない者たちだ。
家族のない老人。孤児。医者に見放された病人。
だが彼らは、誰に迷惑をかけることなく、人の道にはずれず、正しく生きている。
心の中は誰よりも清い。
そういう者たちこそ、報われなくてはならない”
私はうなづく。心から。
この日、私たちは、夜明け近くまで語り合った。
<シーン3/三之町にて>
■SE〜古い町並のガヤ/草履の音
ある日の午後、買い物に三之町まで出かけたときのこと。
いつか、茶室で見た老人を見かけた。
その老人は町の人たちから蔑みの眼差しを受けながら、街道の方へ歩いていく。
私は思わずそのあとをつけた。
老人がたどりついたのは、人里はなれた山の中。
倒木を組み合わせただけの小屋へ入っていった。
小屋の中で私が見たのは・・・
身を寄せ合って暮らす、何人もの老人たち。
床に伏せったものも大勢いて、思わず目をそむける。
それでも、彼らはみな幸せそうに見えた。
壁に貼られているのは、きっと主人が書いた書の数々。
「瑞」(ずい)「悠」(ゆう)「信」(しん)・・・
美しい言葉が並んでいる。それに続けて・・・「栄」「美」「里」!?私の名前?
どうして・・・
帰り道、少し回り道をして、陣屋の周辺を歩いていると、後ろから声をかけられた。
振り向くと、厳しい顔で義父と義姉たちが私を睨んでいる。
”今すぐに家に戻ってくるように”
「戻る?私の家はもうそこではありません」
そう答えると、義父は有無を言わさず、私の頬をうつ。
”お前には別のところへ奉公に行ってもらう”
往来の真ん中で私をとり囲む。
”3月もなしのつぶてで”
”今度は奉公じゃなくて身売りだけど”
義姉たちの嘲笑が私の耳に響く。
私は思わず耳をふさぐ。
私の頬に義父の平手が振りおろされ、思わず目をつむる。
その瞬間。
目をあけると義理の父が地面に倒れていた。
え?
『その娘に指一本触れたら、問答無用で叩き斬る』
”ひっ”
義姉たちの小さな悲鳴。
うずくまる義父たちの前に仁王立ちしているのは、主人だ。
振り下ろされた義父の手は、主人の渾身の足蹴りで吹っ飛ばされた。
主人は腰にさした脇差に手をかけ、鬼神のごとく義父たちを睨みつける。
震えながら義父が言う。
”つ、通報するぞ、帯刀禁止令を知らんのか”
『わるいな。うちの家系には免状があるのだ』
”うちの家系・・・”
そうつぶやいたあと、ハッとした義父は、”岩佐・・・あの、岩佐か”
なにもわからない義姉たちに義父が説明する。
私にもどうなっているのか、わからない。
”きさま、山岡鉄舟の書の師範、岩佐一亭の直系だったのか”
”岩佐一亭は、書を説く前に鉄舟が必ず手合わせした剣の達人と言われている””まさか、きさまが!”
『くだらない肩書きだ』
「・・・」
『大丈夫か?』
「はい」
『さ、帰ろう』
「はい」
私は義父たちを一瞥して、彼の腕をとる。
彼が義父たちには目もくれず、私を見つめる。
夕陽に映える彼の顔が、ますます輝いてみえた。