ヒダテン!ボイスドラマ

ボイスドラマ「Dancer」


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ポールダンサーと1人の青年の物語(CV:桑木栄美里)

SE〜ダンスバーの店内/客席の拍手

「おつかれさま・・・」

3回目のステージを終えて、私はカウンターの端へ座る。

私は、ポールダンサー。

高山では珍しい、ポールダンスのショーが見られるクラブで

私は週に1回だけ踊っている。

ポールダンスというのは、セクシーなイメージが強いけど、

実際には、身体の柔軟性と筋力でアクロバティックな技を見せるハードなダンス。

ダイエットからストレッチ、柔軟性、引き締め、筋トレ、持久力まで

全ての効果を含んだ万能フィットネスでもあるのよ。

あら、私、なに説明しているのかしら・・・(笑)

SE〜グラスを置く音

え、モヒート?私に?

マスター、誰から?

あちらのお客様から・・・って、なんだかクラシックな口説き方ね(笑)

視線をカウンターの反対側へ移すと・・・

まあ。なんだか、このクラブには似つかわしくない、まじめっぽい青年。

なあに、目をそらしちゃって。かわいい・・・

恥ずかしがるくらいなら、こんな古い手で誘わなくてもいいのに・・・

でも、ちょっと待って。

彼、どこかで会ったことあるような・・・

う〜ん、思い出せない・・・

まあ、いいか。

とはいえ、モヒート、なんて、センスいいわね。

アルコール度数があまり高くない、ロングカクテル。

見た目ほどお酒が強くない私にはぴったりだわ。

モヒートのカクテル言葉は「心のかわきを癒して」。

まさか、そこまで考えて選んだんじゃないでしょうけど。

ん?そこから先は?

よかったらご一緒に飲みませんか、とかはないの?

心のかわきを癒してもらうためだけに、モヒートをごちそうしてくれたってこと?

次のショータイムまで、あと30分。

いやだ、気になっちゃう。

私を見つめる視線に気づいて、顔を向けると、彼は目をそらす。

ひょっとしてスパイ?いやいやいやいや・・・

探偵・・・じゃないわよね。

私が会社を辞めて家を出たのは半年前。

昼間はカフェでアルバイトしながら、夜はこのクラブで踊ってる。

ダンスはもともとクラシックバレエをやってたから自信があったけど、

ポールダンスって思ったよりハードなのよねえ。

朝から晩まで毎日くたくたになりながらがんばっているのは目標があるから。

私、MBAの資格をとってニューヨークで働きたいんだ。

できればスタンフォードで経営学の基礎から学び直したい。

夢のために、いまの私がある。

あら、考え事してたら、グラスが空になってる。

やあね、ゆっくり飲むからロングカクテルなのに(笑)

マスター、同じものおかわりしていい?

あ、そうそう、ついでに、あちらのお客さんにも同じもの・・・じゃなくて

ホワイトレディを。

ホワイトレディ、というのはジンベースのロングカクテル。

カクテル言葉は、「純心」。

純な心、って、おかしい?

やだ、私こう見えて思いっきり純粋(うぶ)なのよ。

はい、こっちを見て。そんな照れないで。

カウンターの端っこと端っこで・・・乾杯。

彼は嬉しそうにグラスを掲げる。

口元にこぼれる笑み。

はにかみながらこちらを向いたとき、右側のえくぼがちらっと見えた。

あのえくぼ・・・

笑ったときだけあらわれる、あのキュートな感じ・・・

なんか、ひっかかるのよねえ・・・

SE〜ひとくちのんで、グラスを置く音

ふうっ。

心のかわきを癒して、か・・・

のどのかわきは潤うけど、心までは癒されない。

心のかわきを癒してくれる、そんな人と一緒に飲みたいカクテルね。

私は、ラムやシロップより、ミントを多めにする方が好き。

SE〜グラスを置いて立ち上がる音

さ、時間だわ。

今宵最後のステージは

ほろ酔い気分で、少し楽しんじゃおうかな。

BGM〜ダンス・ミュージック(acid-deep-house-300417469/bright-nightclub-party-300473101)

ポールダンスって、エロティックなイメージを持っている人が多いけど、

とにかく思った以上にハード。

でも全身運動だから、スタイルをキープしたい女性には最高のエクササイズなの。

ポールダンスが色っぽくセクシーに見えるのは、

アクロバティックな技と同時に、手の先からつま先の動きにまで気をつかっているから。

ポールダンスを通して自分の動作や表情まで気をつけるようになってはじめて、

あの繊細な色気が醸し出されるのよね。

私が一番大切にしているのは、『表現力』。

表現力を磨くことで、しなやかな筋肉と内面の美しさが完成するんじゃないかしら。

私は踊りながら、知らず知らず彼を探していた。

客席には・・・・いない。

首の動きに合わせてカウンターに目を向けると・・・いた。

さっきと同じカウンターの右端。

彼が1/3に減ったグラスを口に運び、ゆっくりとこちらへ振り返る。

・・・思い出した。

小学校1年生。ひとりっこ。ともだちのいない放課後・・・。

あの時期、唯一一緒に遊んでくれたのが彼だ。

1か月も経たずに引っ越していっちゃったけど・・・

お別れをする日、泣いている私に、たしか彼はこう言った。

”必ず、迎えにくるから”

すっかり忘れていた。

彼の顔まで忘れているなんて・・・

思わず、心が揺らいだ。

そのとき・・・

「あっ」

ポールに足をかけ、コクーンという大技に移ろうとした瞬間、

ひざの関節を思いっきり捻ってしまった。

う・・・

痛みがひざから全身をかけめぐる。

それでもプロの意地。

7分のショーケースを無事に終えて、控室へ。

激痛に耐え、ゆっくり歩きながら、カウンターへ目をやると・・・

彼の姿はもうなかった。

SE〜店の扉をしめてクラブから出てくる音

「おつかれさま」

私は、少しだけ足を引きづりながら店の外へ出る。

どうしようか・・・

この足で歩いてアパートまで帰るのはつらいな・・・

SE〜車のクラクションの音/ドアをあけて降りてくる音

え?

・・・彼だ・・・

どうして・・・

ひょっとして・・・車で待っててくれたの・・・?

足をひねったの、知ってたってこと・・・

え?送ってくれるの?

・・・いいわ、でもアパートは反対方向よ。

少し距離があるけど・・・?

オーケー。じゃあ・・・

ゆっくり話しましょ。

あ、そうそう、言い忘れてたけど・・・

「迎えにきてくれて、ありがとう」

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ヒダテン!ボイスドラマBy Ks(ケイ)、湯浅一敏、飛騨・高山観光コンベンション協会