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時は元禄、飛騨国の城下町。華やかに彩られた花街の灯が、歴史の闇に浮かび上がる。幕府直轄の地でありながら、粋な遊郭文化が息づいていたこの町には、ひとりの伝説的な花魁がいた。
名を栄美里衣(えみりい)。その美しさ、気高さ、そして誇り高さは、誰もが息をのむほど。だが、彼女の運命はただの艶やかな夜物語には収まらなかった。ある日、ひとりの武士との出会いが、彼女の人生を大きく揺るがせる。やがて紐解かれる過去の因縁、そして避けられぬ宿命の再会――。
これは、時代に翻弄されながらも、真実の愛を貫いたひと組の兄妹の物語。
どうぞ、心ゆくまでこの儚くも美しい物語に浸ってください
(CV:桑木栄美里)
【ストーリー】
<第一幕:大門の開門>
■SE/般若心経〜寺の鐘「ゴ〜ン」が鳴ると、にわかに花街の雑踏が聞こえてくる
「よう来なんした。お出でなんし、御上がりなんし」
時は元禄。
江戸幕府の直轄領であった飛騨国(ひだのくに)。
城下町の町屋から見える大きな寺の山門。
暮れ六つの鐘が鳴ると、表の山門は閉まり、裏門が開く。
この裏門こそが遊郭の入口、大門(おおもん)であった。
「まさか、お寺の中に遊郭があるとは、御釈迦様でも気がつくまい。へっへっへ」
煙管(キセル)の灰を火鉢に落として、茶屋の女将(おかみ)が嘯(うそぶ)く。
入口の提灯や行燈(あんどん)に『谷屋』という文字が灯ると、
寺子屋は花街(はなまち/かがい)に早変わり。
幕府直轄の飛騨国ならではの粋な演出である。
「太夫、さるお武家様から差紙(あげやさしがみ)が届いておるぞ。
今宵は揚屋まで出向いてやりな」
「馴染みになる前なのに、仕方がありんせん。
久しぶりの花魁道中で、飛騨人たちの眼福になりんしょう」
差紙、というのは花魁を名指しで呼ぶときの紙。
まあ、客の身分証明でありんす。
呼ばれた花魁は、新艘(しんぞう)や禿(かむろ)たちを引き連れて揚げ屋まで練り歩くのでござんす。
大名行列のように華やかな花魁道中は一見の価値がありんすよ。
申し遅れました。
わっちは、ここ飛騨国の花魁。
その中でも、最高位になる太夫、栄美里衣(えみりい)と申します。
<第二幕:花魁道中〜行き道>
逢魔時(おうまがどき)の街道沿い。
花魁道中見たさに町人たちの人だかり。
そのとき、一人のお侍様が道中に立ちはだかりんした。
「太夫・栄美里衣とやら、よいところで出会った。
拙者のお相手を頼もうぞ」
「ご冗談を」
「冗談ではない。先刻(せんこく)大坂から飛騨国へ着いたばかりでな。
夜伽(よとぎ)の相手を探しておったのじゃ」
「どちらのお侍さんか知りやせんが、そこをどいてくださんし」
「なんだと。拙者を誰と知っての物言いじゃ」
「どなたであろうが変わりんせん。
わちきの相手をしたいのなら、きちんと手順を踏みなんし」
「ふざけたことを申すな。飛騨の田舎女郎風情が」
「その田舎女郎を買おうとするお侍さんは一体なんざんすか。
わちきはともかく幕府直轄の天領・飛騨国を馬鹿にしたら許しんせん」
「どうも、この脇差(わきざし)が見えねえようだな」
「ふん。
この身ひとつで頂点に登りつめたこの体。
斬りたきゃご自由にお斬りなんしょう。
さあ、さあさあさあさあ!」
わちきの剣幕にたじろぎながら、侍は脇差に手をかけんした。
思わず目を瞑ったそのとき・・・
「やめておけ。抜いたら、お主も言い逃れができぬぞ」
耳に届いたのは、静かながら、迫力ある声。
一人のお小姓が、侍の手を上から押さえて、小さくささやく。
侍は面目をつぶされ、そそくさと街道(かいどう)をあとにした。
見物の野次馬たちから拍手が沸く。
わちきはお小姓に礼を言い、客の待つ揚屋へと急いだ。
<第三幕:揚屋の小姓>
大門を出て、宮川沿いの揚屋まで出向くと、
もうすでに、お武家様たちは座敷で座っておりんした。
「おお、来たか、太夫」
わちきはいつも通り、上座にあがり、黙って客を見下ろす。
「いつ見ても、美しいのう」
どうも、こちらのお武家様は好きになりんせん。
『初回』からやけに距離が近おござんした。
目線を合わせるのもしきたり違反なのに。
今宵は『裏』と呼ばれる2回目。
たとえお武家様といえど、わちきはまだ言葉をかわしません。
もちろん、床入れなどもってのほか。
このしきたりを知らずに花街へお越しになると恥をかきなんすよ。
主(ぬし)さんも気をつけなんし。
お武家様はお酒を交わしながら、芸妓(げいぎ)の歌や舞を観て、楽しそう。
このあと『馴染み』になるか、お断りするか、思案のしどころでありんす。
宴の席に目をそむけた先にいたのは、末席(まっせき)でじっと佇むお小姓(こしょう)。
きりりとした顔立ちと凛々しい眼差し。
なんと先ほど助けてくれたお小姓ではありんすか。
彼は私の方をあえて見ねえようにしてやした。
<第四幕:花魁の恋・小姓の涙>
そのあと、例のお武家様には丁重にお断りしんした。
あのお小姓とも会えなくなるのは仕方ありんせん。
ところがある日。
大門(おおもん)の前に佇むお小姓を禿(かむろ)が見つけてわちきに知らせんした。
わちきは、禿に小遣いを渡し、お小姓を部屋へ招く。
「逢いたかった」
「わちきもでありんす」
それからは人目を忍んで逢引きを重ねる仲となりんした。
お互いを深く知っていくうちに、頭の奥の方に何かが引っかかってくる。
あまりに自分とよく似た物言いや考え方のお小姓。
実はわちきには、物心着く前に生き別れた兄がいる。
思い切ってお小姓に素性(すじょう)を尋ねた。わかったのは・・・
彼も幼い頃、家族から離され、武家の養子となったこと。
そのとき家族には妹がいたこと。
まさか・・・まさか・・・
「主さん。もう逢うのはやめんしょう」
わちきは断腸の思いでお小姓に告げんした。
「どうして・・・なぜ・・・」
彼は目を潤ませて・・・だが受け入れた。
<第五幕:真実>
それから三年。
わきちの元へ、初めて聞く名前の差紙(さしがみ)が届いた。
まあ、ちょうどお茶挽き(おちゃひき)が続いていたから、ようござんす。
出かけた揚屋で待っていたのは・・・なんとあのお小姓。
踵(きびす)を返して立ち去ろうとするわちきの手をとり、
「花魁に聞きたいことがある」
と、静かな口調で問いかけてくる。
「その前に手を離しておくんなまし。
初回で花魁に触れるのはしきたり違反でありんすよ」
「すまぬ。誠に申し訳ないがどうしても聞いてほしいのだ」
「なんでありんしょう?」
「花魁の本名は栄美里といわぬか?」
「そうですが。どうしてそのようなことを?」
「俺を見てわからないか?」
わちきはあえて目をそらす。
「そうか・・・やっぱりそうだったんだな。
それであのとき三行半(みくだりはん)を」
「・・・」
「栄美里。俺は生き別れたお前の兄だ」
「しりんせん・・・」
「だが俺の本当の親は、今の武家のお館さまだ」
「え・・・」
「跡目(あとめ)争いを避けるために、俺を栄美里の母に預けたのだ」
「そんな・・・」
「そうそう。今日ここに参上した理由はもうひとつある」
「あい・・・」
「太夫・栄美里衣は、来年の弥生十四日に年季明けとなろう」
「ああ・・・」
「そしたら、女房になってもらえぬか?」
「え」
「無理にとは言わぬが・・・」
「なりんす!わちきのようなものでよければ」
「かたじけない」
「是非とも女房にしてくんなまし!」
「拙者の俸禄(ほうろく)では贅沢はさせられぬがよいか」
「愛してもらえれば、ものなど要りません!
誓ってもいい。指を切りましょうか」
「それだけは勘弁しておくれ」
いつまでも、いつもでも。引舟(ひきぶね)たちがあきれるくらい
2人の会話は、途切れることはなかった。私たちの愛のように・・・
時は元禄、飛騨国の城下町。華やかに彩られた花街の灯が、歴史の闇に浮かび上がる。幕府直轄の地でありながら、粋な遊郭文化が息づいていたこの町には、ひとりの伝説的な花魁がいた。
名を栄美里衣(えみりい)。その美しさ、気高さ、そして誇り高さは、誰もが息をのむほど。だが、彼女の運命はただの艶やかな夜物語には収まらなかった。ある日、ひとりの武士との出会いが、彼女の人生を大きく揺るがせる。やがて紐解かれる過去の因縁、そして避けられぬ宿命の再会――。
これは、時代に翻弄されながらも、真実の愛を貫いたひと組の兄妹の物語。
どうぞ、心ゆくまでこの儚くも美しい物語に浸ってください
(CV:桑木栄美里)
【ストーリー】
<第一幕:大門の開門>
■SE/般若心経〜寺の鐘「ゴ〜ン」が鳴ると、にわかに花街の雑踏が聞こえてくる
「よう来なんした。お出でなんし、御上がりなんし」
時は元禄。
江戸幕府の直轄領であった飛騨国(ひだのくに)。
城下町の町屋から見える大きな寺の山門。
暮れ六つの鐘が鳴ると、表の山門は閉まり、裏門が開く。
この裏門こそが遊郭の入口、大門(おおもん)であった。
「まさか、お寺の中に遊郭があるとは、御釈迦様でも気がつくまい。へっへっへ」
煙管(キセル)の灰を火鉢に落として、茶屋の女将(おかみ)が嘯(うそぶ)く。
入口の提灯や行燈(あんどん)に『谷屋』という文字が灯ると、
寺子屋は花街(はなまち/かがい)に早変わり。
幕府直轄の飛騨国ならではの粋な演出である。
「太夫、さるお武家様から差紙(あげやさしがみ)が届いておるぞ。
今宵は揚屋まで出向いてやりな」
「馴染みになる前なのに、仕方がありんせん。
久しぶりの花魁道中で、飛騨人たちの眼福になりんしょう」
差紙、というのは花魁を名指しで呼ぶときの紙。
まあ、客の身分証明でありんす。
呼ばれた花魁は、新艘(しんぞう)や禿(かむろ)たちを引き連れて揚げ屋まで練り歩くのでござんす。
大名行列のように華やかな花魁道中は一見の価値がありんすよ。
申し遅れました。
わっちは、ここ飛騨国の花魁。
その中でも、最高位になる太夫、栄美里衣(えみりい)と申します。
<第二幕:花魁道中〜行き道>
逢魔時(おうまがどき)の街道沿い。
花魁道中見たさに町人たちの人だかり。
そのとき、一人のお侍様が道中に立ちはだかりんした。
「太夫・栄美里衣とやら、よいところで出会った。
拙者のお相手を頼もうぞ」
「ご冗談を」
「冗談ではない。先刻(せんこく)大坂から飛騨国へ着いたばかりでな。
夜伽(よとぎ)の相手を探しておったのじゃ」
「どちらのお侍さんか知りやせんが、そこをどいてくださんし」
「なんだと。拙者を誰と知っての物言いじゃ」
「どなたであろうが変わりんせん。
わちきの相手をしたいのなら、きちんと手順を踏みなんし」
「ふざけたことを申すな。飛騨の田舎女郎風情が」
「その田舎女郎を買おうとするお侍さんは一体なんざんすか。
わちきはともかく幕府直轄の天領・飛騨国を馬鹿にしたら許しんせん」
「どうも、この脇差(わきざし)が見えねえようだな」
「ふん。
この身ひとつで頂点に登りつめたこの体。
斬りたきゃご自由にお斬りなんしょう。
さあ、さあさあさあさあ!」
わちきの剣幕にたじろぎながら、侍は脇差に手をかけんした。
思わず目を瞑ったそのとき・・・
「やめておけ。抜いたら、お主も言い逃れができぬぞ」
耳に届いたのは、静かながら、迫力ある声。
一人のお小姓が、侍の手を上から押さえて、小さくささやく。
侍は面目をつぶされ、そそくさと街道(かいどう)をあとにした。
見物の野次馬たちから拍手が沸く。
わちきはお小姓に礼を言い、客の待つ揚屋へと急いだ。
<第三幕:揚屋の小姓>
大門を出て、宮川沿いの揚屋まで出向くと、
もうすでに、お武家様たちは座敷で座っておりんした。
「おお、来たか、太夫」
わちきはいつも通り、上座にあがり、黙って客を見下ろす。
「いつ見ても、美しいのう」
どうも、こちらのお武家様は好きになりんせん。
『初回』からやけに距離が近おござんした。
目線を合わせるのもしきたり違反なのに。
今宵は『裏』と呼ばれる2回目。
たとえお武家様といえど、わちきはまだ言葉をかわしません。
もちろん、床入れなどもってのほか。
このしきたりを知らずに花街へお越しになると恥をかきなんすよ。
主(ぬし)さんも気をつけなんし。
お武家様はお酒を交わしながら、芸妓(げいぎ)の歌や舞を観て、楽しそう。
このあと『馴染み』になるか、お断りするか、思案のしどころでありんす。
宴の席に目をそむけた先にいたのは、末席(まっせき)でじっと佇むお小姓(こしょう)。
きりりとした顔立ちと凛々しい眼差し。
なんと先ほど助けてくれたお小姓ではありんすか。
彼は私の方をあえて見ねえようにしてやした。
<第四幕:花魁の恋・小姓の涙>
そのあと、例のお武家様には丁重にお断りしんした。
あのお小姓とも会えなくなるのは仕方ありんせん。
ところがある日。
大門(おおもん)の前に佇むお小姓を禿(かむろ)が見つけてわちきに知らせんした。
わちきは、禿に小遣いを渡し、お小姓を部屋へ招く。
「逢いたかった」
「わちきもでありんす」
それからは人目を忍んで逢引きを重ねる仲となりんした。
お互いを深く知っていくうちに、頭の奥の方に何かが引っかかってくる。
あまりに自分とよく似た物言いや考え方のお小姓。
実はわちきには、物心着く前に生き別れた兄がいる。
思い切ってお小姓に素性(すじょう)を尋ねた。わかったのは・・・
彼も幼い頃、家族から離され、武家の養子となったこと。
そのとき家族には妹がいたこと。
まさか・・・まさか・・・
「主さん。もう逢うのはやめんしょう」
わちきは断腸の思いでお小姓に告げんした。
「どうして・・・なぜ・・・」
彼は目を潤ませて・・・だが受け入れた。
<第五幕:真実>
それから三年。
わきちの元へ、初めて聞く名前の差紙(さしがみ)が届いた。
まあ、ちょうどお茶挽き(おちゃひき)が続いていたから、ようござんす。
出かけた揚屋で待っていたのは・・・なんとあのお小姓。
踵(きびす)を返して立ち去ろうとするわちきの手をとり、
「花魁に聞きたいことがある」
と、静かな口調で問いかけてくる。
「その前に手を離しておくんなまし。
初回で花魁に触れるのはしきたり違反でありんすよ」
「すまぬ。誠に申し訳ないがどうしても聞いてほしいのだ」
「なんでありんしょう?」
「花魁の本名は栄美里といわぬか?」
「そうですが。どうしてそのようなことを?」
「俺を見てわからないか?」
わちきはあえて目をそらす。
「そうか・・・やっぱりそうだったんだな。
それであのとき三行半(みくだりはん)を」
「・・・」
「栄美里。俺は生き別れたお前の兄だ」
「しりんせん・・・」
「だが俺の本当の親は、今の武家のお館さまだ」
「え・・・」
「跡目(あとめ)争いを避けるために、俺を栄美里の母に預けたのだ」
「そんな・・・」
「そうそう。今日ここに参上した理由はもうひとつある」
「あい・・・」
「太夫・栄美里衣は、来年の弥生十四日に年季明けとなろう」
「ああ・・・」
「そしたら、女房になってもらえぬか?」
「え」
「無理にとは言わぬが・・・」
「なりんす!わちきのようなものでよければ」
「かたじけない」
「是非とも女房にしてくんなまし!」
「拙者の俸禄(ほうろく)では贅沢はさせられぬがよいか」
「愛してもらえれば、ものなど要りません!
誓ってもいい。指を切りましょうか」
「それだけは勘弁しておくれ」
いつまでも、いつもでも。引舟(ひきぶね)たちがあきれるくらい
2人の会話は、途切れることはなかった。私たちの愛のように・・・