
Sign up to save your podcasts
Or
JR東海の伝説的なTVCM「クリスマスエクスプレス」にオマージュを捧げた恋愛ストーリーです。1980〜90年代、あのCMに心をときめかせた方も多いのではないでしょうか? 遠距離恋愛の切なさと奇跡のような再会を描いたあの世界観を、現代の高山駅に舞台を移し、新たな物語として紡ぎました。
また、本作は ボイスドラマ化 もされており、よりリアルな感情や臨場感をお楽しみいただけます。番組「Hit’s Me Up!」の公式サイト をはじめ、Spotify、Amazon、Appleなど各種Podcastプラットフォームで視聴可能です。文章と音声、どちらからでもこの物語の世界に浸っていただけたら嬉しいです。
クリスマスの高山駅、特急ひだ、遠距離恋愛のもどかしさと温もり——そんな冬の物語を、どうぞお楽しみください。
(CV:桑木栄美里)
【ストーリー】
■SE/高山駅東口エスカレーター周辺の雑踏
クリスマスイヴ。
改札から吐き出された乗客たちが、急ぎ足でエスカレーターを降りてくる。
高山駅東口。18時45分。
特急ひだが到着したんだ。
彼は・・・
いるわけない・・・か。
これに乗るには、名古屋を16時3分に乗らないといけないし。
人の波が私の横を忙しく通り過ぎる。
それをぼんやりと見つめながら私はあの日を思い出していた。
2年前のクリスマス。同じこの東口。
黒いチェスターコートを来た男性が慌ててエスカレーターを降りてくる。
あ〜あ。
エスカレーターを歩くのはマナー違反なのに。
と思ったら、私の目の前で、大きくバランスを崩す。
『あっ』
と思う間もなく、書類の束が花火のように散らばった。
私は咄嗟にかがんで書類を拾い集める。
『す、すみません』
「いいのよ。どうせ、このあと予定入ってないし」
すごく急いでいたようだから、ちょっとした人助け?かな
私が書類の束を揃えて渡すと、彼は、
『で、電話番号』
「え?」
『電話番号教えてください』
「え〜!」
『いま急いでいるので、あとから連絡します』
「そんな、別に大丈夫ですから」
『いえ、教えてください!』
結局、彼の勢いに押されて、教えてしまった。
私、普段は簡単に電話番号なんて教えないのに。
これが、私と彼の第一章。プロローグね。
彼は高山市内に住む建築デザイナー。
大手建設会社の高山支社に勤務している。
名古屋や東京のクライアントが多いため、
しょっちゅう特急ひだを利用しているという。
私はというと、生まれも育ちも高山の、グラフィックデザイナー。
デザイン、という部分では彼と共通する話題も多いけど。
日を追って、私たちの距離は近くなり、
2人の休みを合わせて、いろんなところへドライブに出かけた。
冬の奥飛騨、春の荘川桜(しょうかわざくら)、
夏の乗鞍(のりくら)、秋のせせらぎ街道・・・
お互いを知っていくときが一番幸せな時間。それは間違いない。
■SE/高山駅待合室の雑踏
次の特急まで2時間もあるし、駅前のカフェでお茶でもしようかな・・・
と思っていたのに、気がつくと2階の待合室からずっと改札を眺めていた。
そうか。あれからもう1年になるんだ・・・
1年前。私はこの改札から彼を見送った。
彼が、名古屋の支社へ転勤になったから。
『名古屋-高山なんていつでも帰って来られるよ』
うそばっかり。
実際は、最初だけだったじゃない。
第二章の始まりは、2人で過ごす初めてのクリスマスだった。
名古屋発18時12分。
彼は仕事を早めに終えて特急ひだへかけこむ。
高山着20時51分。
高山駅の改札から多くの乗客たちが街へ吐き出されてくる。
その中に彼の姿を見つけたとき、私の顔は一瞬でほころぶ。
私が用意した手袋を、彼は満面の笑みで受け取った。
そのまま白い息を吐きながら、背中を丸めて駅前のお店に入る。
香ばしい醤油スープのラーメンをフウフウ言いながら2人で食べた。
寒い高山で過ごす、あったかい時間。
こういうのを”幸せ”って言うんだな。
3日後の月曜。朝6時46分発の特急で彼は名古屋へ帰っていった。
次の週は私が名古屋へ行き、彼が私を待ち受ける。
この幸福な時間がつづいたのは、最初のひと月だけ。
彼はウィークデーにやりきれなかった仕事で土日を犠牲にするようになった。
私のデザインの仕事も週末までずれこんでいく。
結局、第二章は、思ったより少ないページ数で終わってしまった。
■SE/高山駅改札の雑踏
あのとき、私たちが待ち合わせたのと同じ時刻に特急が到着した。
私は、咄嗟に待合室の中に隠れる。
でも、乗客の中に、あの頃のような笑顔の彼を見つけることはできなかった。
もう・・・最終しかないじゃない。
ひょっとして、帰ってこないつもり?
クリスマスイヴなのに。
まさか、あの喧嘩をずうっとひきづっているの?
そう、第三章の私たちは、小さな諍(いさか)いからはじまった。
『イヴなんて忙しいから無理だよ』
クリスマスを2週間後にひかえた週末。
不用意な彼の言葉が、私の胸に突き刺さった。
「最初から無理だなんて言わないで」
久しぶりに逢った週末だというのに、私は夕食もとらずに高山へ帰った。
どうせ、忙しくてディナーの予約だってしてないんでしょ。もう知らない!
でも、まさか、それがイブまでの長期戦になるとは思わなかった・・・
私は不安にさいなまれながら、ホームへの階段を降りていく。
第三章は最終章ってこと?
最悪の事態を考えながら乗客のいなくなったホームへ。
遠くから特急ひだの灯りが近づいてくる。
え?もうそんな時間?
いやだ、もうあとがないってこと?
どうしよう・・・
もしも彼があの車両から降りてこなかったら・・・
私の思いなど無関係に特急列車がホームへ滑り込んでくる。
私はエレベータの影に隠れて特急を待つ。
たくさんの人の群れがホームから改札へと階段を登って消えていく。
最後の1人を見送ってから、私はホームを見渡す。
ふうっ。
エンドマークね。
踵を返し、改札へ戻ろうと夜空を見上げたとき、何かが頬に触れた。
雪・・・
■BGM『クリスマスイヴ/山下達郎』
ホワイトクリスマスってことね。
いまさら・・・
そのとき、柱の影でなにかが光った。
ハート形の煌めきが柱の横に揺れている。
ゆっくり近づいていくと、
ハートのネックレスを手にした彼が、ゆっくりと半身を現した。
『メリークリスマス』
「ばか」
「ばか ばか ばか ばか ばか・・・ばか・・・ばか」
『ごめんね』
「絶対に許さないから」
私には、どんな高価なネックレスより、ここにいるあなたが最高のプレゼント。
JR東海の伝説的なTVCM「クリスマスエクスプレス」にオマージュを捧げた恋愛ストーリーです。1980〜90年代、あのCMに心をときめかせた方も多いのではないでしょうか? 遠距離恋愛の切なさと奇跡のような再会を描いたあの世界観を、現代の高山駅に舞台を移し、新たな物語として紡ぎました。
また、本作は ボイスドラマ化 もされており、よりリアルな感情や臨場感をお楽しみいただけます。番組「Hit’s Me Up!」の公式サイト をはじめ、Spotify、Amazon、Appleなど各種Podcastプラットフォームで視聴可能です。文章と音声、どちらからでもこの物語の世界に浸っていただけたら嬉しいです。
クリスマスの高山駅、特急ひだ、遠距離恋愛のもどかしさと温もり——そんな冬の物語を、どうぞお楽しみください。
(CV:桑木栄美里)
【ストーリー】
■SE/高山駅東口エスカレーター周辺の雑踏
クリスマスイヴ。
改札から吐き出された乗客たちが、急ぎ足でエスカレーターを降りてくる。
高山駅東口。18時45分。
特急ひだが到着したんだ。
彼は・・・
いるわけない・・・か。
これに乗るには、名古屋を16時3分に乗らないといけないし。
人の波が私の横を忙しく通り過ぎる。
それをぼんやりと見つめながら私はあの日を思い出していた。
2年前のクリスマス。同じこの東口。
黒いチェスターコートを来た男性が慌ててエスカレーターを降りてくる。
あ〜あ。
エスカレーターを歩くのはマナー違反なのに。
と思ったら、私の目の前で、大きくバランスを崩す。
『あっ』
と思う間もなく、書類の束が花火のように散らばった。
私は咄嗟にかがんで書類を拾い集める。
『す、すみません』
「いいのよ。どうせ、このあと予定入ってないし」
すごく急いでいたようだから、ちょっとした人助け?かな
私が書類の束を揃えて渡すと、彼は、
『で、電話番号』
「え?」
『電話番号教えてください』
「え〜!」
『いま急いでいるので、あとから連絡します』
「そんな、別に大丈夫ですから」
『いえ、教えてください!』
結局、彼の勢いに押されて、教えてしまった。
私、普段は簡単に電話番号なんて教えないのに。
これが、私と彼の第一章。プロローグね。
彼は高山市内に住む建築デザイナー。
大手建設会社の高山支社に勤務している。
名古屋や東京のクライアントが多いため、
しょっちゅう特急ひだを利用しているという。
私はというと、生まれも育ちも高山の、グラフィックデザイナー。
デザイン、という部分では彼と共通する話題も多いけど。
日を追って、私たちの距離は近くなり、
2人の休みを合わせて、いろんなところへドライブに出かけた。
冬の奥飛騨、春の荘川桜(しょうかわざくら)、
夏の乗鞍(のりくら)、秋のせせらぎ街道・・・
お互いを知っていくときが一番幸せな時間。それは間違いない。
■SE/高山駅待合室の雑踏
次の特急まで2時間もあるし、駅前のカフェでお茶でもしようかな・・・
と思っていたのに、気がつくと2階の待合室からずっと改札を眺めていた。
そうか。あれからもう1年になるんだ・・・
1年前。私はこの改札から彼を見送った。
彼が、名古屋の支社へ転勤になったから。
『名古屋-高山なんていつでも帰って来られるよ』
うそばっかり。
実際は、最初だけだったじゃない。
第二章の始まりは、2人で過ごす初めてのクリスマスだった。
名古屋発18時12分。
彼は仕事を早めに終えて特急ひだへかけこむ。
高山着20時51分。
高山駅の改札から多くの乗客たちが街へ吐き出されてくる。
その中に彼の姿を見つけたとき、私の顔は一瞬でほころぶ。
私が用意した手袋を、彼は満面の笑みで受け取った。
そのまま白い息を吐きながら、背中を丸めて駅前のお店に入る。
香ばしい醤油スープのラーメンをフウフウ言いながら2人で食べた。
寒い高山で過ごす、あったかい時間。
こういうのを”幸せ”って言うんだな。
3日後の月曜。朝6時46分発の特急で彼は名古屋へ帰っていった。
次の週は私が名古屋へ行き、彼が私を待ち受ける。
この幸福な時間がつづいたのは、最初のひと月だけ。
彼はウィークデーにやりきれなかった仕事で土日を犠牲にするようになった。
私のデザインの仕事も週末までずれこんでいく。
結局、第二章は、思ったより少ないページ数で終わってしまった。
■SE/高山駅改札の雑踏
あのとき、私たちが待ち合わせたのと同じ時刻に特急が到着した。
私は、咄嗟に待合室の中に隠れる。
でも、乗客の中に、あの頃のような笑顔の彼を見つけることはできなかった。
もう・・・最終しかないじゃない。
ひょっとして、帰ってこないつもり?
クリスマスイヴなのに。
まさか、あの喧嘩をずうっとひきづっているの?
そう、第三章の私たちは、小さな諍(いさか)いからはじまった。
『イヴなんて忙しいから無理だよ』
クリスマスを2週間後にひかえた週末。
不用意な彼の言葉が、私の胸に突き刺さった。
「最初から無理だなんて言わないで」
久しぶりに逢った週末だというのに、私は夕食もとらずに高山へ帰った。
どうせ、忙しくてディナーの予約だってしてないんでしょ。もう知らない!
でも、まさか、それがイブまでの長期戦になるとは思わなかった・・・
私は不安にさいなまれながら、ホームへの階段を降りていく。
第三章は最終章ってこと?
最悪の事態を考えながら乗客のいなくなったホームへ。
遠くから特急ひだの灯りが近づいてくる。
え?もうそんな時間?
いやだ、もうあとがないってこと?
どうしよう・・・
もしも彼があの車両から降りてこなかったら・・・
私の思いなど無関係に特急列車がホームへ滑り込んでくる。
私はエレベータの影に隠れて特急を待つ。
たくさんの人の群れがホームから改札へと階段を登って消えていく。
最後の1人を見送ってから、私はホームを見渡す。
ふうっ。
エンドマークね。
踵を返し、改札へ戻ろうと夜空を見上げたとき、何かが頬に触れた。
雪・・・
■BGM『クリスマスイヴ/山下達郎』
ホワイトクリスマスってことね。
いまさら・・・
そのとき、柱の影でなにかが光った。
ハート形の煌めきが柱の横に揺れている。
ゆっくり近づいていくと、
ハートのネックレスを手にした彼が、ゆっくりと半身を現した。
『メリークリスマス』
「ばか」
「ばか ばか ばか ばか ばか・・・ばか・・・ばか」
『ごめんね』
「絶対に許さないから」
私には、どんな高価なネックレスより、ここにいるあなたが最高のプレゼント。