ヒダテン!ボイスドラマ

ボイスドラマ「魔法使いの罠」


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過去を持たない魔法使いの老婆。彼女の元を訪ねてくる悲しみに溢れた青年。2人の間には誰も知らない秘密があった・・・(CV:桑木栄美里)

【ストーリー】

SE〜木の古い扉を開く音

「いらっしゃい」

「なにをお探しで・・・」

「あ、いや、言わぬともよい」

「当ててみせよう・・・」

「薬、じゃな」

「喉の痛みをとりたいのであろう」

目を丸くして、若い女の子が足をとめる。

ふふふ。

こんなもの、魔力を使わずとも見りゃわかるわ。

喋ろうとして喉から漏れる吐息を聞いていればな。

私は、魔力で傷や病気を癒す魔女・・・

いや、可愛らしく”魔法使い”と呼んでもらおう。

私のお祖母さんがこの高山じゃ有名な魔法使いで占い師だったからの。

私も才能を引き継いで、魔法使いとして暮らしておる。

あれは・・・もう20年も前じゃったかいな。

小学校へ上がる前の私を、いつもお祖母さんは魔女の集会へ連れていってくれた。

ワクワクしながらついていく私に、お祖母さんは、

『いいかい、魔法は正しいことにしか使ってはならぬ。

だから占いは、不幸を告げてはならぬ。

わかるか?』

どうして急にそんなことを聞くのか、わからなかった。

訝しがる私の頭を撫でながら、

『ようく覚えておくんだよ。

魔女の使命は、人々の悩みや苦しみを癒し、幸せな未来を創ること。

魔法を使って、身体の痛みや病気を癒すだけでなく、

心の傷や困難に立ち向かう勇気を与えることが大切なんじゃ。

だけど、もし、魔女が人々に不幸を告げたらどうなる?

みんなは、どうしたら不幸から逃れられるか聞いてくるじゃろう。

そのとき魔女が、

わしを信じてわしの言うことをきけば救われる。

と言ったら?

そう。言うとおりにするだろうな。

それで、不幸がやってこなければ、それは魔女に従ったから救われたと。

じゃあ、もし不幸がやってきたら?

おお、やっぱり魔女の言ったとおりだ。これからは魔女のいうことをきくべきだ。

となるんじゃよ。

こうやって人心をたぶらかすのは、悪い魔女だ。

今まで、たくさんの悪い魔女が悪さをして、処刑されてきたじゃろ。

お前は、そうなっちゃいけないよ。

必ず、いい魔女になりなさい。

しわの刻まれた柔和な笑顔で、お祖母さんは私にさとした。

そのときのお祖母さんと同じ表情で、私は女の子に液体の入った瓶を手渡す。

カンゾウとレンギョウとシャクヤクを煎じてスギの皮で煮詰めたものじゃ。

毎日寝る前にひとさじ舐めなさい。

苦いけど、吐き出しちゃだめだぞ。

良薬は口に苦し、って言うじゃろ。ほっほっほ・・・

まあ、苦けりゃハチミツかハーゲンダッツで流し込みな。

SE〜カウベルと木の古い扉を開く音

「いらっしゃ・・・」

思わず声をつぐんだ。

それは、私がよく知った青年。

たしか、丹生川(にゅうかわ)に近い町のはずれに1人で住んでいる。

牧場で働いていたんじゃなかったか・・・

その顔は・・・まだ眠れぬのか?

彼は、最近恋人と別れたときいた。

いや、別れたのではなく、恋人が消えてしまったとか・・・

それ以来、ずうっと私のところで眠るための処方を受けている。

それにしても、やつれ方がひどいもんだな。

いつもの、オウレン、サンシシ、オウバクを煎じたものを処方してやろう。

少しは気持ちが落ち着くだろう。

不眠は、気と、血と、水と、五臓六腑のバランスの乱れから起こる。

ゆえにこの歪みを治すことが根本治療につながるのじゃ。

とはいえ、彼の場合は、心の痛みが自律神経を歪めておるからなあ。

「なあ、今日は客が少ないからの。

お前の話をきいてやろうか」

彼は少し驚いたような表情をしながら、片方の頬で苦笑いをしてうなづいた。

よい思い出を掘り起こし、ネガティブな感情を抑える。

それができれば、些少の不眠解消にはなるじゃろう。

ふむふむ・・・

彼はある晩、恋人と牧場で語らっていた。よいもんじゃな。

空には満月。満天の星たち。

恋人たちの甘い会話が最高潮に達しようとしたまさにそのとき、

夜空はにわかにかき曇り、漆黒の闇が2人を包んだ。

近くの木の枝で、突然カラスが大声で鳴く。

驚いた彼が彼女の方をふりむくと、そこに彼女の姿はなかった。

そうじゃったのか・・・

彼には言えぬが、これは・・・・呪詛じゃな。

彼はそんな、人に恨みを買うような人間じゃなし・・・

彼女も普通のお嬢さんだと言うから・・・

お前の恋人がいまどこにいるのか、私が魔法で調べてやるから、

今夜は安心して眠りなさい。

SE〜古い扉を閉める音

彼は少しだけ安心して帰っていった。

私は店を閉め、店の奥にある魔法陣の中心に座った。

満月。黒雲。カラス・・・か。典型的な魔術だ。

誰がかけたかは知らぬが、悪い呪詛返しにならぬよう、気をつけてことにあたらねば。

幸いここには魔術に必要なものはたいてい揃っておるからな。

私は、魔法陣にあぐらをかき、白い紙を床に広げて、人探しのスターヴを書いた。

ああ、スターヴというのは魔女の使う呪文のことじゃ。

『悪魔の仕業(しわざ)に対し、突然のたぶらかしに対し、悪しき者共の呪詛に対し。

いましめを脱し、難を逃れよ!』

SE〜呪術が解かれていく効果音

う・・・

あれからどのくらい経った?

私が意識を取り戻したとき、時間は1時間以上も経っていた。

なんだか、自分の頭の中のモヤが晴れてきたような感覚が・・・

え?ここは?

お祖母ちゃんのお店?

待って。お祖母ちゃん、去年亡くなった・・・よね?

じゃあ・・・私は・・・だれ?

店に置いてある、大きな姿見まで、よろよろと歩く。

そこに映し出されたのは、彼が持っていた写真の中で微笑む

栗色の長い髪をした女性だった。

私・・・そうだったんだ・・・!

彼と星空を眺めていたとき・・・

思い出した。

お祖母ちゃんが言っていた、悪い魔女の呪い・・・

最近出かけた魔女の集会で、私うっかり彼のことをみんなに話しちゃったんだ。

ひょっとすると、浮かれてのろけているように聞こえたのかも・・・

不用意な態度だったから目をつけられたんだわ。

彼に会いに行かないと!

冴えてくる頭で記憶をたどると、彼への思いが私を突き動かす。

SE〜いきおいよく扉を開ける音

いきおいよく開けた扉の向こうに立っていたのは・・・彼だ。

帰らなかったんだ・・・

待っててくれたんだ・・・

私は、彼が歩き始めるよりも早く、彼の胸に飛び込んでいった。

振り返れば、店の姿見に一閃の光。

鏡の中、お祖母ちゃんがにっこり微笑んだ、気がした。

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ヒダテン!ボイスドラマBy Ks(ケイ)、湯浅一敏、飛騨・高山観光コンベンション協会