ヒダテン!ボイスドラマ

ボイスドラマ「朴葉味噌」


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『朴葉味噌』の香ばしい香りが広がるとき、そこにはいつも温かな家族の記憶がある。

この物語は、ある少女の心の旅を描いたものだ。突然の別れに戸惑い、喪失の中で言葉を失くしてしまった少女。大切な人に素直になれなかった後悔と、どうしようもない喪失感。そんな彼女を包み込むのは、家族が受け継いできた味と、寄り添うように存在する小さな守り神だった。

「食べること」は生きること。そして、誰かが作ってくれた料理には、言葉では言い尽くせない愛情が込められている。物語を通して、あなたにもそんな温もりを感じてもらえたら幸いだ。

本作品は、番組『Hit’s Me Up!』の公式サイトをはじめ、Spotify、Amazon、Appleなど各種Podcastプラットフォームでも視聴できる。また、小説家になろうサイトでも読むことができるので、ぜひそちらでも楽しんでいただきたい。

(CV:桑木栄美里)

【ストーリー】

[シーン1:朝食風景]

■SE/朝食風景〜食卓から立ち上がる音

「ママなんてキライ!!」

もう〜あんなに毎回言ってるのに。

朝から朴葉味噌なんて食べたら、太るからイヤだって。

違う違う。朴葉味噌で太るんじゃなくて。

朴葉味噌があると、ご飯をいっぱい食べちゃうんだよ。

だって、ママが焼いてくれる朴葉味噌ってすっごく美味しいんだもん・・・

そんなことわかってる。

でも、この日は、なんだかイライラしてたんだ。

だから、朝ごはんも食べずに家を出た。

キーホルダーのさるぼぼを揺らしながら。

あれ?さるぼぼ?

昨日なくしちゃったはずだけど・・・

そっか。

ママが探してくれたんだ。

あ〜あ、帰ったら、あやまんないと。

なのに・・・

結局、ママの顔を見たのは、それが最後になった。

家を出てすぐの角を曲がるとき。

肩越しにちらっと見えた、心配そうな表情。

それが記憶に焼きついたママの顔。

悔やんでも、悔やみきれない。

[シーン2:式場の帰り]

■SE/式場帰りの車の中(父親は白い箱をひざにかかえている)

「私のせいだ・・・」

式場からの帰り道。

ぽつりとつぶやいた私に、父が声をかける。

”そんなことはない”

”ばかなことを言うんじゃない”

否定されればされるほど、肯定しているように聞こえてしまう。

父は涙も見せずに喪服を脱いで、小さく微笑む。

私はそれすら目に入らず、一切の表情が消えていった。

机の上に無造作に置いたカバン。

キーホルダーのさるぼぼが揺れている。

さるぼぼなんて・・・もう見たくない。

私の心と一緒に、机の奥へ仕舞い込んだ。

[シーン3:ひきこもり]

■SE/スマホをさわる音

父がシングルマザーになった日から、私は学校へ行かなくなった。

食事もほとんど喉を通らない。

忙しいのに父はちゃんと作ってくれるから食べるけど。

あれからずうっと、味が、全然しないんだもん。

ああ、このまま何も食べなきゃ、ママのとこ行けるのかな。

そしたら、まず、ママにあやまろう。

あの日は私、どうかしてたんだ・・・って。

涙も枯れ果て、自分の部屋にひきこもる毎日。

春が終わりに近づき、雨が多くなってくると父の仕事はすごく忙しくなる。

それなのに、毎朝早起きをして、朝ごはんとお弁当、夕食の支度までしてから出かける。

そんな無理しなくてもいいのに。

「私、お昼はコンビニのお弁当かパンでいいから」

って言っても、

”いや、お父さん、最近料理が楽しくなっちゃってな”

と笑う。

うそばっかり。

自分は何も口に入れずに、慌てて出ていくじゃん。

なのになんで、夕食の準備までしていくの。

私の晩御飯が遅くならないように、いつもあっためるだけになってるし。

食材、いつ買ってんのよ。

そんな父を見ていて、手伝わなきゃいけない。お手伝いしたい、

って心の中では思う。

私がいるから、苦しい顔をまったく見せずに、自分を酷使する父。

そういうループ、考えれば考えるほど、なぜだか腹が立ってくる。

父の顔を見れば見るほど、やりきれなくなって、反抗してしまう。

違う。

口もきかないんだから、反抗にもなってない。

考えてみたら、私、最後に父と言葉を交わしたのはいつだったろう。

父は、そんな私に注意をするでもなく、ただもくもくと家事をこなす。

父のそういう態度にもイライラしてたんだと思う。

実は私が学校に行ってないこと、きっと父は知らない。

私より早く起きて早く出かけ、私よりずっと遅くに帰ってくるんだから。

いつか、バレるんだろうな。

でもいいや。バレたって。

そしたら、ちゃんと怒ってくれるかな。

[シーン4:ある雨の日]

■SE/雨の音

母がいなくなって、季節が変わろうという頃。

私は変わらず、自分の部屋にひきこもっている。

ある雨の日。

いつものように窓をあけていたら、土砂降りの雨が降りこんできた。

一番酷い状態になったのは、窓際に置いてある机。

何ヶ月も開いたままのノートはびしょ濡れになった。

多分これ、机の中まで濡れちゃったな。

引き出しをあけると、赤い布が現れた。

あ。あの日、仕舞い込んださるぼぼ。

顔の部分が雨に濡れて、まるで泣いているみたい。

そうか。

さるぼぼは、持ち主の感情を受け止めるお守り。

嬉しい時には笑顔に、悲しい時にはさるぼぼも悲しい顔になるんだっけ。

じゃあ、私いま、泣いてるってこと?

違う。全然泣いてなんかいない。

泣きたくもない。

降り込む雨に、窓をしめようとしたとき。

2階から見える、隣の家にふと目がいった。

道をはさんだお隣さん。

玄関でさるぼぼが手を振っている。

え?

違う違う。

あれは・・・

赤いエプロンをした、お隣のおばあちゃんだ。

確か何年か前におじいさんを亡くしてから、一人なんだっけ。

ずいぶん久しく顔を見ていなかったけど。

なんか、手を振ってるみたい。

ようく目を凝らすと、こっちを手招きしている。

私?

・・・じゃないよね。

私が躊躇していると、手を振るジェスチャーがだんだん大きくなる。

やっぱり私に手招きしてるんだ。

見ているうちにだんだん恥ずかしくなって、私は階下へ降りていく。

最近は宅配でさえ、煩わしく感じて、ぜ〜んぶ置き配にしちゃったのに。

そのまま外へ出て道を渡ると、満面笑みのおばあちゃんは

「晩ご飯まだだろ?」

と、不安そうな顔をした私に、声をかける。

「あ・・・」

いえ、お腹すいてないから・・・

と言おうとする私を制して玄関の扉を開けた。

あ・・・

この匂い・・・

「朴葉味噌・・・」

思わず口をついた言葉で、おばあちゃんはさらに笑顔になり、

「ああそうだよ。焼きおにぎり、食べていきない」

間髪入れず首を横に振る私に、畳み掛ける。

「ここは遠慮するところじゃないよ」

「でも」

「料理作るのなんて、ひとりでも2人でも変わんないんだよ」

ほとんど強引におばあちゃんちに上げられ、食卓へ座らされた。

いやだ。朴葉味噌なんて、絶対に食べたくない。

でも心と裏腹に・・・(※お腹が鳴る「グ〜」)

おばあちゃんは、くすっと笑いながら、私の前に焼きおにぎりを置く。

大きめに握った朴葉味噌の焼きおにぎり。

朴葉味噌の芳ばしい香りが漂ってくる。

最初は俯いていた私も、急に空いてきたお腹に抗えず、思わずかぶりついた。

「おいしい・・・」

そう呟いたその瞬間、涙があふれてとまらなくなった・・・

「泣きたいときは泣き、嬉しいときは笑うんだよ」

「うん・・・」

「さるぼぼ、手に持ってんだろ」

はっ。

私、知らず知らず、さるぼぼ持ったまま、出てきてた。

「感情を上手く出せないときは、さるぼぼに受け止めてもらうんだ」

「え・・・」

「どうしても泣けなければ、さるぼぼが代わりに泣いてくれる。

涙が止まらなくなっても、一緒に泣いてくれる」

「あ・・・」

私の頬を伝う涙が、手のひらのさるぼぼを濡らした。

そのとき、チャイムが鳴った。

「ああ、きたね。早いじゃないか」

「え・・・」

扉を開けたのは、なんと、仕事帰りの父。

「さあ、あがんなさい」

すみません、と、深々と頭を下げて父が上がってくる。

焼きおにぎりを頬張る私を見て、父はひとこと・・・

”よかった”

そう言って目に涙を潤ませた。

言葉が続かない私たちの肩を、おばあちゃんが優しく叩く。

「さあ、あったかいうちに食べるよ。

料理の手間なんて、ひとりも2人も、3人でも変わんないんだから」

こんなにあったかくて、こんなに優しい朴葉味噌を食べたのは生まれて初めてだ。

「いくらでもあるからね」

食べながら目を潤ませる父と私。

無口な2人を、饒舌な表情でさるぼぼが見つめていた。

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