ヒダテン!ボイスドラマ

ボイスドラマ「千年の約束」


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飛騨国府に伝わる「宇津江村の大蛇伝説」にインスパイアされ、現代と過去が交錯する幻想的な愛の物語として紡ぎました。記憶を失った女性がたどり着いたのは、千年の時を超えた約束の地。その先に待つ運命とは――?

本作は、ボイスドラマ化もされており、番組「Hit’s Me Up!」 の公式サイトをはじめ、Spotify、Amazon、Appleなどの各種Podcastプラットフォームでお楽しみいただけます。ぜひ、音声ならではの情感あふれる世界も体験していただければ幸いです。(CV:桑木栄美里)

【ストーリー】

<『千年の約束』>

■SE/JR国府駅前の雑踏

私、さっきからなにをしているのだろう?

ここはどこ?

飛騨国府駅(ひだこくふえき)?

どうやってこの無人駅まできたの?

いまどこへ向かっているの?

ちょっと待って。

そもそも・・・私はだれ?

記憶喪失ってやつかしら?

駅舎のガラスに映るのは、

ミルクティーベージュのショートヘアー。

白いニットのセーター。

ダークチェックのボトムス。

バッグは大きめのキャンバストート。

この人だれ?

これが私?

格好は観光客じゃないわね。

足は自分の意思と関係なく国府の旧道を北へ歩いていく。

すれ違う人もなく、だれかに尋ねることもできない。

背後の山から微かに聞こえてくる鐘の音。

お寺でもあるのかしら。

まるで私になにか声をかけているように聞こえてくる。

振り返ることなく、私はすすむ。

コンビニエンスストアの手前を、私は左へ曲がった。

まるで道を知っているように。

ほどなく国道の喧騒が聞こえてくる。

そうだ。

私は信号機の前で立ち止まり、バッグの中身を探る。

免許証はないけど、身分証明書が・・・あった。

高山市図書館国府分館 学芸員?

25歳?

私、図書館で働いているの?

ああ、だめ、なんにも思い出せない。

信号が変わり、私はまた歩き出す。

国道を越え、宮川の橋を渡りはじめて足が止まった。

四十八滝橋?

その名前、どこかで・・・

橋を渡ると歩道の袂は彫像。

あ・・・記憶にある。

いや、朧げな記憶は、彫像というより、宝珠を持った龍。

この彫像がトリガーとなって、もうひとつの思いが頭をよぎる。

”会いにいかなきゃ”

え?誰に?どうして?

わからない。わからない。わからない。

それでも、思いに確信があふれてくる。

反対側の欄干から宮川へ流れ込む宇津江川が見える。

そのせせらぎを見つめながら静かに目を閉じると・・・

そうだ。あれは・・・流れる水音。

ブナの林から差し込む木漏れ日。

あれは、いつのことだったんだろう?

ああ、そんなことより・・・

行かなくちゃ。

あの人に会いに行かなくちゃ。

あの人・・・

だれ?

わからない。

とにかく進もう。

県道を山へ向かって歩く。

ひたすら一本道の直線道路。

真っ白に雪化粧した田園。

美しい日本建築の家。

こんなに歩いているのに、疲れなど微塵も感じない。

どのくらい歩いただろう。

道はだんだん細くなり、いよいよ建物もなくなってくる。

山の中をひたすら歩いていると、小さな休憩所が見えてきた。

この先、車はもう入れない。

彼方から水の音が聞こえてくる。

ここは・・・宇津江四十八滝?

滝?

頭の中のもやが少しずつ晴れてくる・・・

あれは、そう・・・

遠い遠い、昔の記憶だった。

■SE/水の音(滝のイメージ)

雪が降り始めても、凍らない瀑布(ばくふ)。

はじける雫が、私の体をさらに清めていく。

滝面での行水は冬が到来する前の楽しみのひとつ。

私は、ここ宇津江川の大蛇(おろち)。

行水で鱗にまとわりついた穢れ(けがれ)を落としている。

ふふ。さっきからイチイの樹の影で私を見ている若者。

驚きのあまり、歯の根も合わぬほど震えておるな。

まあ、無理もない。

宇津江川の主(ぬし)の姿を見た者は、7日以内にその命が尽きる。

今まで例外は一度もないからな。

私の姿を見られるのもこれが最後じゃ。

存分にその目に焼き付けるがいい。

うん?

なんだ?

若者は滝を前にして正座した。

命乞いか?

少しくらいは聞いてやってもよいぞ。

なに?

命乞いではなく、彼は感謝の言葉を奏上して、山をあとにした。

■SE/山歩きの音〜引き戸を開ける音

若者は、茅葺(かやぶき)の小さな小屋へ入っていく。

私はなぜかこの若者に興味を惹かれ、こっそりあとをつけていた。

家の中には、粗末な囲炉裏以外なにもない。

いや、床の上に、これまた粗末な布団が1組。

若者は布団のところまで、四つんばいになって近づき、

『おっかあ。宇津江川の水や。体にええからな』

それで、禁忌の宇津江川から水を・・・

布団に寝ているのは、母親か。

ひどい咳だな。労咳だろう。

『岩魚もとってきたから食べてくれ。もうこれで最後なんやさ』

自分の命がもう長くないこと、自覚しているのだな。

■SE/扉を叩く音

「あのう・・・もし・・・もし」

どうしてそんな行動をとったのか、私にもわからない。

私は道に迷った娘を装い、若者に近づいた。

彼はなんのためらいもなく、私を受け入れ小屋に招き入れた。

ゆっくりしていくようにと、宇津江川の水をさしだして。

私も顔を上げて、彼に伝える。

「私は多少なりとも薬草の知識を学んでおります。

よろしければお礼に母上殿を診てさしあげましょう」

私の煎じる薬は、人間の病などたちどころに祓ってしまう。

若者の母は日に日に回復していった。

若者も死に至ることはなく、無事に生きている。

そのかわり、私の命の灯火は、見る間に小さくしぼんでいった。

無理もない。

彼の母のために身を削って薬を調合し、

本来死にゆく彼をも助けてしまったのだから。

大蛇として1000年。

この先、龍神へと昇華するため、山で1000年もの間修行してきた私の命。

それが尽きることに、悔いなどない。

ただ、この胸の気持ち・・・

それだけが満たされぬまま、旅立つことが口惜しい。

母親の病気がすっかり治り、あたり一面真っ白な雪景色となる頃。

私は夜中にこっそりと、彼の家を出る。

削げ落ちた頬。窪んだ眼窩。

こんな姿も彼には見せたくない。

小屋を出て扉を閉めようとしたとき、私の手がとまった。

彼の手が私の手をつかんだのだ。

『いかないでくれ』

「え・・・」

『そばにいてほしい』

「私にはもう命の灯火がありません」

『では、私の命をおまえに』

「それはもうできないのです」

『それなら・・・』

月夜の下、彼は滝まで走り出す。

私も彼のあとを追う。

彼は、滝の前で立ち止まると、私の方へ振り返った。

『この世で結ばれぬなら、来世で一緒に』

そう言い残して、真っ黒な滝面に身を投げた。

「そんな!」

私も彼のあとを追う。

「私の最後の力を振り絞って、呪(しゅ)をかけましょう。

1000年後の来世で、必ずあなたを見つけ出します!

この約束をかしこみかしこみもうす!」

夜だというのに黒雲が湧き上がり、雷鳴が轟き渡る。

闇夜の嵐は滝面に沈んだ私たちを飲み込んで消えていった・・・

■SE/森の音と水の音(小鳥のさえずり)

やっと思い出した。

1000年前の記憶。

今日が・・・その1000年目だったんだ。

私はゆっくりと、一歩一歩歩みを確かめるように、滝へ近づく。

夕闇の中、滝面の前に1人の青年が立っている。

それは、なんと、袈裟をまとった僧侶だった。

だが、その眼差し、その笑顔は、間違いなくあのときの若者。

さっき鐘をついて、私に知らせてくれたのは、あなたなのね?

瞳の虹彩まではっきり見える距離に近づいたとき、彼がつぶやく。

『待たせたね』

それはこっちのせりふ。

1000年分の思いをとりもどして、私たちは抱き合う。

いつまでも続く、長い長い抱擁。

滝面に映る夕陽の赤が、まぶしく煌めいていた。


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ヒダテン!ボイスドラマBy Ks(ケイ)、湯浅一敏、飛騨・高山観光コンベンション協会