ヒダテン!ボイスドラマ

ボイスドラマ「生きろ!」


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みなさんは「姥捨て伝説」と聞いて、どのような物語を思い浮かべるでしょうか。
ある者は「悲しき風習」として捉え、ある者は「親を捨てる非情な慣習」と語るかもしれません。
しかし、この物語では「姥捨て」という行為の裏に秘められた、ある母と息子の壮絶な絆を描いています。

時は天明7年。日本を襲った未曾有の大飢饉により、多くの村々が地獄絵図と化しました。
飢えに苦しむ人々は、生き延びるために極限の決断を迫られます。
そんな時代に生きたひとりの母、栄(さかえ)。
そして、その母を背負う息子、美(よし)。
彼らが選んだ道とは――。

本作は、史実を下敷きにしながらも、フィクションとして描いた悲劇の物語です。
「生きる」ということの意味を、今一度読者の皆さんとともに考えられたら幸いです。

では、物語の扉を開きましょう(CV:桑木栄美里)

【ストーリー】

(プロローグ1)

■SE〜森の中を歩く音/カラスの鳴き声

『ああ、陽が落ちてきたな』

■SE〜木の枝を折る音「パキッ」

『体、えらくないか』

■SE〜木の枝を折る音「パキッ」

『少しくらい休まんと』

■SE〜木の枝を折る音「パキッ」

背負子(しょいこ)の上から息子に声をかける。

息子、美(ヨシ)は振り返りもせず、黙々と森の中を登っていく。

天明7年。

いやはや、なんともすさまじい飢饉が村を襲った。

悪天候や冷害は前の年から延々と続き、畑の作物は枯れ放題。

そもそも毎年の年貢米でさえ、必死でやりくりしているというのに。

そこへもってきて、時の郡代・大原亀五郎正純による年貢米の搾取である。

あろうことか大原郡代は江戸幕府が用意した、飢饉の保証金さえ横領していた。

村には餓死した者たちの骸(むくろ)があふれ、まさに地獄絵図だった。

このような飢饉のときに限ってだが、ある儀式がおこなわれる。

「吉野山詣り」。

家にいる年寄りが62歳になると、その年の内に「吉野山詣り」に連れていかれるのだ。

私の名は、栄(サカエ)。

この春で齢(よわい)62歳になった。

「吉野山詣り」の行き先は「人落しの崖」。

なんとも物騒な名前だが、なあに、そう恐れるほどのことではない。

ちょっと変わった隠居の儀式とでも思えばいい。

美が歩くたびに上下する背負子の振動が心地よい。

62年か。

それにしても長く生きたものだな。

今までの62年間の人生が走馬灯のように頭の中を回り始める。

初めてこの村に嫁にきたのは、まだ私が14歳のとき。

右も左もわからぬおぼこ娘だったから、毎日の畑仕事はきつかったなあ。

■SE〜木の枝を折る音「パキッ」

息子の美が生まれたはその翌年、私はまだ15歳だった。

乳の出が悪うて井戸水を毎日いっぱい飲んだものだ。

■SE〜木の枝を折る音「パキッ」

美はよくぐずって姑に疎まれた。

そんなときは、美をおぶって吉野山の麓まで歩いたっけな。

■SE〜木の枝を折る音「パキッ」

ひとつ思い出しては、ひとつ森の木の枝を折る。

断続的に響くパキっという音に、美はビクリとして後ろを振り返った。

悟りきったような母の笑顔を見て、あわててまた前を向く。

美が祝言を挙げて嫁を娶ったのは私が44歳のとき。

隣村からやってきた嫁。まるで30年前の自分を見ているようだった。

めんこいな。苦労させたくないな。

■SE〜木の枝を折る音「パキッ」

次の年にはもう孫の里(さと)が生まれた。

私・栄と夫、息子・美と嫁、孫・里の家族5人。

その年は豊作で、この幸せが永遠に続けばいいのにと思った。

■SE〜木の枝を折る音「パキッ」

里が10歳になったとき、私は55歳。

このとき私の人生は残り7年。

7年はもう自分のものではない。

美と里のために生を使わなくてはならない。

■SE〜木の枝を折る音「パキッ」

そして、天明7年。

越前や津軽を襲ったあの大飢饉がこの飛騨にもやってきた。

働き者の夫は自らの食を細らせて、子や孫に与え続ける。

その結果、1月(ひとつき)ももたずに息絶えた。

■SE〜木の枝を折る音「パキッ」

年が明けると私は、毎日のように美に「吉野山詣り」を急かした。

美は私の話を聞かないようにしていたが、飢饉は容赦無く襲いかかる。

いよいよ来年用の種籾にまで手をつけなければならなくなったとき。

■SE〜木の枝を折る音「パキッ」

『美が連れていかんのなら、私がひとりで行く』

その言葉でやっと美は動いた。

私と美の間には、言葉の闇がうごめく。

■SE〜木の枝を折る音「パキッ」

『なあ、美や。もうとっくに着いておるのやろう』

■SE〜木の枝を折る音「パキッ」

『いつまでも同じところをまわっているんじゃない』

■SE〜木の枝を折る音「パキッ」

『わしを降ろして、はよう帰りなさい』

■SE〜木の枝を折る音「パキッ」

振り返った美の瞳には、涙が月明かりで光っていた。

『小さい頃からお前はしょっちゅう道に迷うとったからな』

『月の光だけじゃ、獣道は帰れんやろ』

『わしが折った木を目じるしにするといい』

「おっかあ・・・」

『いいか。この先、なにがあっても、最後まで生きろ』

「おっかあ、おっかぁ・・・」

『さ、はよ、いけ!』

『たっしゃでな』

■SE〜夜の森の音/虫の声/フクロウの鳴き声

さて、ここからは後日談。

口に入れるものがなくなってしまった農民たちに、酒蔵の旦那衆は酒粕を振る舞った。

酒造りのときにできる酒粕は栄養もあり、食料として飢えを凌ぐための命の糧となった。

美は村へ帰ると、生き残っていた農民たちを飛騨一宮水無神社へ集めた。

「このまま指を加えていてはだめだ!」

「子どもたちの命を守らなくて何が親だ!」

「おれたち、百姓(農民)ができることをやるんだ!」

「幕府から給付された保証金を搾取し、年貢の余剰分まで横領した大原!」

「今こそ諸悪の根源、私利私欲を肥やした郡代を倒す!」

美の呼びかけで集まった農民たちの波は大きなうねりとなっていった。

大原正純により解雇された役人たちもその波に合流する。

役人といえども、もちろん不正を良しとしない、正義漢もいるのだ。

大原により失職した名主たちも行動をともにする。

彼らは度々江戸に使者を送り、老中松平定信(まつだいらさだのぶ)らに密訴状を手渡す。

老中の家の門へ捨て訴(そ)という、訴状の投げ入れを繰り返す。

美は、江戸まで出向き、老中松平定信の駕籠を止め、直訴を行った。

結局、勘定奉行が動いた。

民を苦しめ、搾取や横領を繰り返した大原正純は八丈島に流刑。

大原に加担した役人たちも厳しく罰せられた。

一方、一揆を企てた農民たちは温情裁きでほぼ全員が軽い罪。

だが、その中でただひとり、

老中松平定信に駕籠訴を行った美(よし)だけは死罪となった。

美は判決を聞き、お白洲(おしらす)に深々と頭を垂れる。

最後の瞬間は、息子・里を前にして、誇らしげな顔でこうつぶやいたという。

『おっかあ・・・おらぁ、生きたぞ』

親の生命は、子を守るための灯(ともしび)。

それは昔も今も、変わらない。

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ヒダテン!ボイスドラマBy Ks(ケイ)、湯浅一敏、飛騨・高山観光コンベンション協会