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「水晶の塔」は、気候変動による海面上昇が引き起こした未来の日本を舞台にしたSFストーリーです。
かつて私たちが知っていた都市は水没し、残されたのはわずかな島々。科学の力が希望となる一方で、人類は生き延びるために厳しい選択を迫られます。
『水晶の塔』 は、そんな世界で生きるひとりの女性の物語です。
新たなエネルギー技術「ハイドロセル」を開発し、未来を切り開こうとする彼女。しかし、彼女は自らの妊娠が許されない社会の中で、ある決断を迫られます。
科学と生命、希望と絶望の狭間で、彼女は何を選ぶのか。
そして、彼女の中に宿る新しい命がもたらす奇跡とは――。
飛騨高山を舞台にした番組 「Hit’s Me Up!」 公式サイトをはじめ、Spotify、Amazon、Appleなど各種Podcastプラットフォームでも視聴可能です。また、小説版は「小説家になろう」でも読むことができます。
さあ、3024年の未来へ(CV:桑木栄美里)
【ストーリー】
[シーン1:北アルプスアイランド>穂高島>上高地港(ポート)】
■SE/岸壁に打ち寄せる波の音
■SE/船の汽笛
『わたしは世の光である。従う者は、命の光を持つ』
「なにそれ?」
『ヨハネによる福音書 8:12だよ』
「なんで聖書」
『まあ、内容かな』
「どんな?」
『この世に闇が訪れるとき、光の救世主が世を救う』
「わあ、宗教っぽい」
『違うよ。未来が見えなくても希望を捨てない。
心の持ち方を伝えているのさ』
「ふうん」
『あ、クルーザーの出航時間だね』
「うん。行ってくるわ」
『ドームデッキから見送るよ』
「わかった」
『気をつけて』
「うん、大丈夫。
アイランドFUJIまで高速クルーザーでたった1時間よ」
『ハイドロセルの発表、うまくいくといいね』
ハイドロセル、というのは、まったく新しいエネルギー理論。
水晶の特殊な共鳴効果を利用して、水から驚異的なエネルギーを生み出す。
それは、環境に優しく持続可能なエネルギー源として、世界中から注目を集めていた。
今日、私はそれを政府の新エネルギー会議で発表する。
『いつ戻ってこれそう?』
その質問には答えず、曖昧な笑顔で返しながら、ぽつりと呟く。
「私、お腹に・・」
岸壁に打ち寄せる波の音が、
私の言葉を奪っていった。
ここは、北アルプスの穂高。
といっても穂高連峰ではない。
アイランドHODAKA、穂高島である。
3024年。
急激に進んだ気候変動は、南極とグリーンランドの氷河を溶かし、
世界中の都市を水没させた。
もちろん、日本も例外ではない。
海面上昇と同時に、地球規模でプレートテクトニクスの変動が発生。
東京、大阪、名古屋はすべて海の下に沈んだ。
いま波の上にあるのは3つの島。
富士山の山頂が残る、アイランドFUJI(フジ)。
北岳、間ノ岳(あいのだけ)、甲斐駒ヶ岳の山頂が連なる、南アルプスアイランド。
そして、
穂高岳(ほだかだけ)と槍ヶ岳(やりがたけ)が連なる、北アルプスアイランドである。
私はいま、北アルプスの上高地(かみこうち)にある港から
メガロポリス、アイランドFUJIへ旅立とうとしている。
『待ってる』
「うん」
透明なドームで区切られた搭乗ゲート。
ガラス越しに手をかざし合う2人。
私はもうひとつの手で無意識に下腹部をなでていた。
お腹の中には4か月になる、赤ちゃんがいる。
本来なら、とっても嬉しい出来事なのに、喜べない時代。
国土の99%が消失した日本では、
3つの島に総人口1,000万人がひしめく。
そのため政府は、人口統制法を施行。
島ごとに人口を管理し、許可がなければ妊娠・結婚は違法となる。
見つかれば、強制退去。
島からの強制退去とは、ボートピープルになることを意味する。
私は、許可を申請する前に妊娠してしまった。
アイランドFUJIへの目的は、新技術発表のあと
非公式の医療センターで人知れず処理をすること。
彼はなにも知らない。
『船酔いしないようにね』
話しかけてくる彼の顔がまともに見られない。
『デッキで海風にあたりすぎるのもよくない』
彼は下を向く私にかまわず言葉をかける。
『お腹、冷やさないようにね』
「え?」
私が顔を上げた瞬間、レトロな汽笛が鳴り響き、
ドームのガラスがブラックアウトする。
高速クルーザーは、一瞬海面に浮き上がり、
そのあとは猛スピードで港をあとにした。
[シーン2:アイランドFUJI>富士イノベーションドーム】
■SE/拍手と歓声「ブラボー!」
アイランドFUJIの富士イノベーションドーム。
コンベンションホールでおこなわれた新エネルギー会議で
私の開発したハイドロセルは予想外の注目を集めた。
穂高や槍ヶ岳を含む北アルプス地域は、
主に花崗岩(グラニット)で構成されている。
花崗岩には、水晶(石英)が多く含まれるが、
北アルプスで水晶の鉱脈は見つかってない。
だがそれは、数年前、急激な地殻変動がおこるまでのこと。
地殻変動のあと、
地下深くから地表に押し上げられてきた水晶の鉱脈が見つかった。
それ以来、北アルプス穂高島は「水晶の塔」と呼ばれる。
水晶は一定の周波数で振動する特性を持つ。
この共鳴効果を応用して、
北アルプスの水が水晶を通る際に特定の共鳴効果が発生。
「ハイドロセル」によりエネルギー効率は飛躍的に向上する。
環境に優しく持続可能なエネルギー源。
私の発表は世界的なセンセーションを巻き起こし、
各国の指導者や科学者から高い評価を受けた。
祝福の握手もそこそこに、私は急いで会場をでる。
扉をあけてロビーにでたとき、バイオエコースキャナーが私をスキャンした。
『無許可懐妊の疑いで身柄を拘束します』
しまった。
無表情な声でAI音声が響きわたる。
通知を受けた政府の**特別警察「ゼロコントロール」が私を取り囲んだ。
出口はすべて封鎖され、無数の監視ドローンが空中に静止する。
そのとき、
「う!お腹が・・」
私は強い体調不良を感じ、体が動かなくなった。
つわり?
額に汗を浮かべ、痛みに耐えながらお腹に手を当てる。
と同時に、特別警察「ゼロコントロール」とドローンの動きが止まった。
「え?どういうこと?」
考えている余裕はない。
彼らを横目に私は会場をあとにする。
急いで、医療センターへ行かないと。
だが、私の乗った1人乗りドローンが誘導されたのは
医療センターでなく、御殿場のポート。
ドローンのモニターからニュースが流れる。
『さきほど、北アルプス島の研究所から
新しい人口管理AIシステムが起動されました』
え?
『これは、世界中の人口データをリアルタイムで分析し、
バランスよく人口分布を可能にするシステムです』
これは・・・彼が開発していたプログラムだ。
『これにより、非人道的であると世界中から指摘されていた
人口統制法は廃止されました』
完成していたなんて・・聞いてないよ。
それより・・・さっきのはなに?
私を医療センターへ行かせなかった力は、どこから?
その答えは、すぐにわかった。
原因は、お腹の赤ちゃん。
彼女が、私が持っている水晶と「クリスタル共鳴」を起こしたのだ。
私を中心にして、周りに発生したエネルギーの波。
それは、ハイドロセル技術を超える特殊なエネルギーだった。
[シーン3:北アルプスアイランド>港の見える丘】
■SE/波の音
北アルプスに戻った私は、彼とともに打ち寄せる波を見つめる。
『まさか僕たちの娘が・・』
「世界を救うリーダーだったなんて」
『でもそのおかげで、君は間違いを犯さずにすんだ』
「なんか、その言い方、うざい」
『はは・・ごめんよ』
「まあ・・間違ってないけど・・」
『リーダーじゃなくて、未来の希望なんだよ』
「そうかも」
『あのとき、君を取り囲んだ「ゼロコントロール」の連中が
君を恐れ敬いはじめたくらいだから』
「私じゃなくてこの子でしょ」
『ああ、だから3人で未来に希望の灯りを灯していこう』
「うん。来月が楽しみだわ」
『そうだね。
ねえ、君。早くパパに顔を見せてね』
大きくなった私のお腹に向かって、彼がささやく。
ハイドロセルのエネルギーは、
私たち、いえ、この子を中心に世界を変えていこうとしていた
「水晶の塔」は、気候変動による海面上昇が引き起こした未来の日本を舞台にしたSFストーリーです。
かつて私たちが知っていた都市は水没し、残されたのはわずかな島々。科学の力が希望となる一方で、人類は生き延びるために厳しい選択を迫られます。
『水晶の塔』 は、そんな世界で生きるひとりの女性の物語です。
新たなエネルギー技術「ハイドロセル」を開発し、未来を切り開こうとする彼女。しかし、彼女は自らの妊娠が許されない社会の中で、ある決断を迫られます。
科学と生命、希望と絶望の狭間で、彼女は何を選ぶのか。
そして、彼女の中に宿る新しい命がもたらす奇跡とは――。
飛騨高山を舞台にした番組 「Hit’s Me Up!」 公式サイトをはじめ、Spotify、Amazon、Appleなど各種Podcastプラットフォームでも視聴可能です。また、小説版は「小説家になろう」でも読むことができます。
さあ、3024年の未来へ(CV:桑木栄美里)
【ストーリー】
[シーン1:北アルプスアイランド>穂高島>上高地港(ポート)】
■SE/岸壁に打ち寄せる波の音
■SE/船の汽笛
『わたしは世の光である。従う者は、命の光を持つ』
「なにそれ?」
『ヨハネによる福音書 8:12だよ』
「なんで聖書」
『まあ、内容かな』
「どんな?」
『この世に闇が訪れるとき、光の救世主が世を救う』
「わあ、宗教っぽい」
『違うよ。未来が見えなくても希望を捨てない。
心の持ち方を伝えているのさ』
「ふうん」
『あ、クルーザーの出航時間だね』
「うん。行ってくるわ」
『ドームデッキから見送るよ』
「わかった」
『気をつけて』
「うん、大丈夫。
アイランドFUJIまで高速クルーザーでたった1時間よ」
『ハイドロセルの発表、うまくいくといいね』
ハイドロセル、というのは、まったく新しいエネルギー理論。
水晶の特殊な共鳴効果を利用して、水から驚異的なエネルギーを生み出す。
それは、環境に優しく持続可能なエネルギー源として、世界中から注目を集めていた。
今日、私はそれを政府の新エネルギー会議で発表する。
『いつ戻ってこれそう?』
その質問には答えず、曖昧な笑顔で返しながら、ぽつりと呟く。
「私、お腹に・・」
岸壁に打ち寄せる波の音が、
私の言葉を奪っていった。
ここは、北アルプスの穂高。
といっても穂高連峰ではない。
アイランドHODAKA、穂高島である。
3024年。
急激に進んだ気候変動は、南極とグリーンランドの氷河を溶かし、
世界中の都市を水没させた。
もちろん、日本も例外ではない。
海面上昇と同時に、地球規模でプレートテクトニクスの変動が発生。
東京、大阪、名古屋はすべて海の下に沈んだ。
いま波の上にあるのは3つの島。
富士山の山頂が残る、アイランドFUJI(フジ)。
北岳、間ノ岳(あいのだけ)、甲斐駒ヶ岳の山頂が連なる、南アルプスアイランド。
そして、
穂高岳(ほだかだけ)と槍ヶ岳(やりがたけ)が連なる、北アルプスアイランドである。
私はいま、北アルプスの上高地(かみこうち)にある港から
メガロポリス、アイランドFUJIへ旅立とうとしている。
『待ってる』
「うん」
透明なドームで区切られた搭乗ゲート。
ガラス越しに手をかざし合う2人。
私はもうひとつの手で無意識に下腹部をなでていた。
お腹の中には4か月になる、赤ちゃんがいる。
本来なら、とっても嬉しい出来事なのに、喜べない時代。
国土の99%が消失した日本では、
3つの島に総人口1,000万人がひしめく。
そのため政府は、人口統制法を施行。
島ごとに人口を管理し、許可がなければ妊娠・結婚は違法となる。
見つかれば、強制退去。
島からの強制退去とは、ボートピープルになることを意味する。
私は、許可を申請する前に妊娠してしまった。
アイランドFUJIへの目的は、新技術発表のあと
非公式の医療センターで人知れず処理をすること。
彼はなにも知らない。
『船酔いしないようにね』
話しかけてくる彼の顔がまともに見られない。
『デッキで海風にあたりすぎるのもよくない』
彼は下を向く私にかまわず言葉をかける。
『お腹、冷やさないようにね』
「え?」
私が顔を上げた瞬間、レトロな汽笛が鳴り響き、
ドームのガラスがブラックアウトする。
高速クルーザーは、一瞬海面に浮き上がり、
そのあとは猛スピードで港をあとにした。
[シーン2:アイランドFUJI>富士イノベーションドーム】
■SE/拍手と歓声「ブラボー!」
アイランドFUJIの富士イノベーションドーム。
コンベンションホールでおこなわれた新エネルギー会議で
私の開発したハイドロセルは予想外の注目を集めた。
穂高や槍ヶ岳を含む北アルプス地域は、
主に花崗岩(グラニット)で構成されている。
花崗岩には、水晶(石英)が多く含まれるが、
北アルプスで水晶の鉱脈は見つかってない。
だがそれは、数年前、急激な地殻変動がおこるまでのこと。
地殻変動のあと、
地下深くから地表に押し上げられてきた水晶の鉱脈が見つかった。
それ以来、北アルプス穂高島は「水晶の塔」と呼ばれる。
水晶は一定の周波数で振動する特性を持つ。
この共鳴効果を応用して、
北アルプスの水が水晶を通る際に特定の共鳴効果が発生。
「ハイドロセル」によりエネルギー効率は飛躍的に向上する。
環境に優しく持続可能なエネルギー源。
私の発表は世界的なセンセーションを巻き起こし、
各国の指導者や科学者から高い評価を受けた。
祝福の握手もそこそこに、私は急いで会場をでる。
扉をあけてロビーにでたとき、バイオエコースキャナーが私をスキャンした。
『無許可懐妊の疑いで身柄を拘束します』
しまった。
無表情な声でAI音声が響きわたる。
通知を受けた政府の**特別警察「ゼロコントロール」が私を取り囲んだ。
出口はすべて封鎖され、無数の監視ドローンが空中に静止する。
そのとき、
「う!お腹が・・」
私は強い体調不良を感じ、体が動かなくなった。
つわり?
額に汗を浮かべ、痛みに耐えながらお腹に手を当てる。
と同時に、特別警察「ゼロコントロール」とドローンの動きが止まった。
「え?どういうこと?」
考えている余裕はない。
彼らを横目に私は会場をあとにする。
急いで、医療センターへ行かないと。
だが、私の乗った1人乗りドローンが誘導されたのは
医療センターでなく、御殿場のポート。
ドローンのモニターからニュースが流れる。
『さきほど、北アルプス島の研究所から
新しい人口管理AIシステムが起動されました』
え?
『これは、世界中の人口データをリアルタイムで分析し、
バランスよく人口分布を可能にするシステムです』
これは・・・彼が開発していたプログラムだ。
『これにより、非人道的であると世界中から指摘されていた
人口統制法は廃止されました』
完成していたなんて・・聞いてないよ。
それより・・・さっきのはなに?
私を医療センターへ行かせなかった力は、どこから?
その答えは、すぐにわかった。
原因は、お腹の赤ちゃん。
彼女が、私が持っている水晶と「クリスタル共鳴」を起こしたのだ。
私を中心にして、周りに発生したエネルギーの波。
それは、ハイドロセル技術を超える特殊なエネルギーだった。
[シーン3:北アルプスアイランド>港の見える丘】
■SE/波の音
北アルプスに戻った私は、彼とともに打ち寄せる波を見つめる。
『まさか僕たちの娘が・・』
「世界を救うリーダーだったなんて」
『でもそのおかげで、君は間違いを犯さずにすんだ』
「なんか、その言い方、うざい」
『はは・・ごめんよ』
「まあ・・間違ってないけど・・」
『リーダーじゃなくて、未来の希望なんだよ』
「そうかも」
『あのとき、君を取り囲んだ「ゼロコントロール」の連中が
君を恐れ敬いはじめたくらいだから』
「私じゃなくてこの子でしょ」
『ああ、だから3人で未来に希望の灯りを灯していこう』
「うん。来月が楽しみだわ」
『そうだね。
ねえ、君。早くパパに顔を見せてね』
大きくなった私のお腹に向かって、彼がささやく。
ハイドロセルのエネルギーは、
私たち、いえ、この子を中心に世界を変えていこうとしていた