
Sign up to save your podcasts
Or
『たった一人の白線流し』は、高山市に実在する伝統行事「白線流し」をモチーフにした、卒業と友情の物語です。
この物語の舞台となるのは、岐阜県高山市にある高校。そして、主人公は東京の美大へ進学したばかりの新入生。
卒業式に出られなかった彼女が、ふるさと高山へ戻ることで迎える、予想もしなかった特別な卒業式——。
本作は、番組「Hit’s Me Up!」の公式サイトをはじめ、Spotify、Amazon、Appleなどの各種Podcastプラットフォームでお楽しみいただけます。
美術部の仲間たちと過ごした日々、別れ、そして新たな一歩。
そのすべてが、一筋の白線に込められ、流れていく瞬間を、ぜひ心で感じてください。
[シーン1:美術館内〜芸術祭の準備風景]
■SE/大学のキャンパス/美術部室〜携帯の着信音
「もしもし」
「もしもし」
芸術祭の準備中、突然かかってきた1本の電話。
それは、一ヶ月前に卒業した高校の先生からだった。
「え?卒業証書?」
ああ、そうだった。
私、芸術祭の手伝いで、卒業式に出られなかったんだ。
いまもまだこうやってバタバタしている。
仕方ないよね。
だって芸術祭がおこなわれるのは東京の美大。
そんなとこ、まさか合格するなんて思わなかったんだもん。
美大では、初夏の芸術祭に、部員の作品をまとめて出品する。
その中になんと新入生の私の作品まで含まれるなんて。
というわけで、芸術祭の準備を手伝いながら、自分の作品も描き上げなくてはならない。
なんというプレッシャー。まだ、題材(テーマ)さえ決めていないのに。
そんな慌ただしいさなかに届いた、顧問からの電話。
卒業から1か月も経ったいま、
卒業証書を渡したい、だなんて。
電話をかけてきたのは美術部の顧問。
ゴッホのようなあご髭を生やした顔は忘れようがない。
私のふるさとは高山。
高校の美術部で三年間を過ごした。
部員全員が傾倒、というか、のめり込んだ画家はパブロ・ピカソ。
ご存知のように、本名はもっと長ったらしい、あのピカソね。
私たちの美術部は、男子がいなくて、女子が4人。
自分たちのことをよく「アルジェの女たち」なんて呼んでたわ。
作品自体はまあ、いろいろ意味深なんだけど。
この春、唯一の3年生だった私が抜けたから、残っているのは3人ね。
そういえば、み〜んなピカソに影響受けてたなあ。
私が卒業するとき、2年生だった2人は、
「青の時代」と「キュビズム」が好きだったから、オリヴィエとエヴァ。
3年生だった後輩は、「シュルレアリスムの時代」を追いかけていたから
マリー。
私は、「新古典主義の時代」が好きだったから、オルガ。
なんて、それぞれ呼び合って、楽しかった。
知ってると思うけど一応、その時代その時代でピカソが愛した女たちよ。
実際の彼女たちは、険悪な関係だったのにね。笑える。
そんな楽しい高校生活が終わったのは、この春。
顧問の電話は、美術部時代と同様に、ゆっくり、丁寧な口調だった。
内容をまとめるとこんな感じ。
卒業式の日、てっきり私も出席すると思って待っていた。
なのに急に当日、東京の美大に呼ばれて欠席。
そのあと連絡をとらないままひと月が経ってしまった。
とりあえず卒業証書だけでも渡したい、と校長先生も言っている。
東京から300キロもの移動は大変だと思うが・・・
高山へ帰れそうな都合のいい日を教えてほしい。
できれば、あまり遅くならないうちに。
という話だった。
来週には芸術祭の準備も落ち着くし。
私は来週の土曜に帰ると伝えた。
本当は高山祭には帰りたかったんだけど・・・
急いでチケットを手配する。
乗車駅は東京でも品川でもない。
だって貧乏学生は、高速バスに決まってるでしょ。
朝7時に新宿を出れば、お昼1時には高山駅へ着くんだもん。
いったん実家へ帰って着替えて・・・
あれ?
着替えって・・・
制服?
卒業したのにセーラー服着たらもうコスプレじゃん。
確かに顧問は、制服で来てほしいって言ってたけど。
まあ、いいか。
とにかく、来週の土曜までに芸術祭の準備終わらせなくっちゃ。
作品のテーマは、高速バスの中でゆっくり考えようっと。
[シーン2:高山のバスターミナル]
■SE/バス停の雑踏
「う〜〜〜〜〜ん!」
高山駅のバスターミナル。
高速バスを降りた私は大きく背伸びをする。
6時間の長旅だからね。
最近の高速バスはトイレもあるし、座席もゆったりしていて全然疲れないんだけど。
「ただいま〜!」
駅前で誰にともなく、叫びたくなった。
やっぱりここは私の居場所。
空気も美味しいし、駅前の騒音も最高。
あ、いけない。
あんまゆっくりしていられないんだった。
急いで実家へ帰り、両親への挨拶も早々に制服に着替える。
たった一ヶ月しか経っていないのに、なんだかもうしっくりこない。
”時間”という魔女が、私に”老いの魔法”をかけたようだ。
だめだめ。
時間がない。
高校時代と同じように慌てて自転車に乗る。
ちょっと急げば、約束の2時に間に合うな。
なんだか、また思い出したぞ。
そういえば私、ほぼ毎朝遅刻ギリギリで走ってなかったっけ。
あの頃と変わんないじゃん。
鍛冶橋を渡って、朝市の堤防沿いに万人橋(まんにんきょう)へ。
合崎橋(あいさきばし)を渡れば、懐かしい母校だ。
いやホント。
懐かしい、っていう感じがピッタリなんだよなあ。
高校生のときは呼ばれるとビクビクした職員室。
なんの罪悪感もなく、入っていくのは、ヘンな感覚。
勢いよく扉を開けると、部活の顧問が入口に立って待っていた。
「あ、先生」
「おう、きたな」
やっぱりゴッホにしか見えない。ウケる。
いつものクセでヒゲをさすりながら、
体育館に行こう、と優しく話しかけた。
「さ、体育館行こ」
体育館?
別に職員室でいいのに。
ひょっとして、わざわざ壇上でやるんじゃ?
いやあ、ないない。それはない。
だって今日は土曜だし、そんなんおかしいし。
不審な思いのまま、顧問についていく。
あれ?
体育館、電気ついてる?
顧問がゆっくりと扉を開けた。
『おめでとう!』
え?え?えーーーーーーーっ?
体育館の壇上には、部活のみんな、アルジェの女たちが並んでいた。
オリヴィエ。エヴァ。そしてマリー。
しかも頭の上には「オルガのための卒業式」って描かれた
アートっぽいイラスト文字の看板が吊るされている。
ちょっとぉ。
泣かせようとしたってだめだからね。
私、卒業式出ても、絶対泣かない、って決めてたんだから。
わざとらしいくらいの笑顔で、私は壇上に上がる。
看板の下、スポットライトが当たる舞台で、
私は名前を呼ばれ、卒業証書を受け取った。
「おめでとう」
笑顔を絶やさず、拍手をするみんなの元へかけよる。
「みんな、ありがとう!」
え?このあと?
なにかあるの?
やだやだやだ。サプライズはなしよ。
私はみんなに背中を押されて体育館を出る。
一緒に歩いていったのは、学校の前を流れる大八賀川(だいはちががわ)。
え?
大八賀川?
ってことは?
そう。橋を渡って向こう岸へ。
校舎とグラウンドを正面に見ながら、3人の仲間が横断幕を広げる。
『切磋琢磨』という筆文字の上に、
『ファイティン!オルガ!』というイラスト文字。
やるの!?
白線流しを?
グラウンドの前では顧問が笑顔で手を振っている。
ああ、だから、制服で来いって言ったのね。
私は、セーラー服からスカーフをはずし、ねじって1本の線にする。
それをゆっくりと川へ流す。
白線は、雪解け水の混じった川面を静かに流れていった。
しばらく目で追いながら、顔をあげると
アルジェの女たちが拍手をしながら泣いている。
やめてよ。それ、反則よ。
でも、みんなに手を振る笑顔の私も、瞳からは大粒の涙があふれていた。
1か月後、芸術祭に並んだ私の絵画は100号の大作。
新古典主義に倣った画風はなんと優秀賞を獲得した。
テーマは『白線流しと友情』
手前に流れてくる白線と川の流れの躍動感。
遠くから手をふる3人の仲間と顧問。
その間に、スカーフのないセーラー服姿の私。
1人だけの白線流し。
私は一生忘れない。
『たった一人の白線流し』は、高山市に実在する伝統行事「白線流し」をモチーフにした、卒業と友情の物語です。
この物語の舞台となるのは、岐阜県高山市にある高校。そして、主人公は東京の美大へ進学したばかりの新入生。
卒業式に出られなかった彼女が、ふるさと高山へ戻ることで迎える、予想もしなかった特別な卒業式——。
本作は、番組「Hit’s Me Up!」の公式サイトをはじめ、Spotify、Amazon、Appleなどの各種Podcastプラットフォームでお楽しみいただけます。
美術部の仲間たちと過ごした日々、別れ、そして新たな一歩。
そのすべてが、一筋の白線に込められ、流れていく瞬間を、ぜひ心で感じてください。
[シーン1:美術館内〜芸術祭の準備風景]
■SE/大学のキャンパス/美術部室〜携帯の着信音
「もしもし」
「もしもし」
芸術祭の準備中、突然かかってきた1本の電話。
それは、一ヶ月前に卒業した高校の先生からだった。
「え?卒業証書?」
ああ、そうだった。
私、芸術祭の手伝いで、卒業式に出られなかったんだ。
いまもまだこうやってバタバタしている。
仕方ないよね。
だって芸術祭がおこなわれるのは東京の美大。
そんなとこ、まさか合格するなんて思わなかったんだもん。
美大では、初夏の芸術祭に、部員の作品をまとめて出品する。
その中になんと新入生の私の作品まで含まれるなんて。
というわけで、芸術祭の準備を手伝いながら、自分の作品も描き上げなくてはならない。
なんというプレッシャー。まだ、題材(テーマ)さえ決めていないのに。
そんな慌ただしいさなかに届いた、顧問からの電話。
卒業から1か月も経ったいま、
卒業証書を渡したい、だなんて。
電話をかけてきたのは美術部の顧問。
ゴッホのようなあご髭を生やした顔は忘れようがない。
私のふるさとは高山。
高校の美術部で三年間を過ごした。
部員全員が傾倒、というか、のめり込んだ画家はパブロ・ピカソ。
ご存知のように、本名はもっと長ったらしい、あのピカソね。
私たちの美術部は、男子がいなくて、女子が4人。
自分たちのことをよく「アルジェの女たち」なんて呼んでたわ。
作品自体はまあ、いろいろ意味深なんだけど。
この春、唯一の3年生だった私が抜けたから、残っているのは3人ね。
そういえば、み〜んなピカソに影響受けてたなあ。
私が卒業するとき、2年生だった2人は、
「青の時代」と「キュビズム」が好きだったから、オリヴィエとエヴァ。
3年生だった後輩は、「シュルレアリスムの時代」を追いかけていたから
マリー。
私は、「新古典主義の時代」が好きだったから、オルガ。
なんて、それぞれ呼び合って、楽しかった。
知ってると思うけど一応、その時代その時代でピカソが愛した女たちよ。
実際の彼女たちは、険悪な関係だったのにね。笑える。
そんな楽しい高校生活が終わったのは、この春。
顧問の電話は、美術部時代と同様に、ゆっくり、丁寧な口調だった。
内容をまとめるとこんな感じ。
卒業式の日、てっきり私も出席すると思って待っていた。
なのに急に当日、東京の美大に呼ばれて欠席。
そのあと連絡をとらないままひと月が経ってしまった。
とりあえず卒業証書だけでも渡したい、と校長先生も言っている。
東京から300キロもの移動は大変だと思うが・・・
高山へ帰れそうな都合のいい日を教えてほしい。
できれば、あまり遅くならないうちに。
という話だった。
来週には芸術祭の準備も落ち着くし。
私は来週の土曜に帰ると伝えた。
本当は高山祭には帰りたかったんだけど・・・
急いでチケットを手配する。
乗車駅は東京でも品川でもない。
だって貧乏学生は、高速バスに決まってるでしょ。
朝7時に新宿を出れば、お昼1時には高山駅へ着くんだもん。
いったん実家へ帰って着替えて・・・
あれ?
着替えって・・・
制服?
卒業したのにセーラー服着たらもうコスプレじゃん。
確かに顧問は、制服で来てほしいって言ってたけど。
まあ、いいか。
とにかく、来週の土曜までに芸術祭の準備終わらせなくっちゃ。
作品のテーマは、高速バスの中でゆっくり考えようっと。
[シーン2:高山のバスターミナル]
■SE/バス停の雑踏
「う〜〜〜〜〜ん!」
高山駅のバスターミナル。
高速バスを降りた私は大きく背伸びをする。
6時間の長旅だからね。
最近の高速バスはトイレもあるし、座席もゆったりしていて全然疲れないんだけど。
「ただいま〜!」
駅前で誰にともなく、叫びたくなった。
やっぱりここは私の居場所。
空気も美味しいし、駅前の騒音も最高。
あ、いけない。
あんまゆっくりしていられないんだった。
急いで実家へ帰り、両親への挨拶も早々に制服に着替える。
たった一ヶ月しか経っていないのに、なんだかもうしっくりこない。
”時間”という魔女が、私に”老いの魔法”をかけたようだ。
だめだめ。
時間がない。
高校時代と同じように慌てて自転車に乗る。
ちょっと急げば、約束の2時に間に合うな。
なんだか、また思い出したぞ。
そういえば私、ほぼ毎朝遅刻ギリギリで走ってなかったっけ。
あの頃と変わんないじゃん。
鍛冶橋を渡って、朝市の堤防沿いに万人橋(まんにんきょう)へ。
合崎橋(あいさきばし)を渡れば、懐かしい母校だ。
いやホント。
懐かしい、っていう感じがピッタリなんだよなあ。
高校生のときは呼ばれるとビクビクした職員室。
なんの罪悪感もなく、入っていくのは、ヘンな感覚。
勢いよく扉を開けると、部活の顧問が入口に立って待っていた。
「あ、先生」
「おう、きたな」
やっぱりゴッホにしか見えない。ウケる。
いつものクセでヒゲをさすりながら、
体育館に行こう、と優しく話しかけた。
「さ、体育館行こ」
体育館?
別に職員室でいいのに。
ひょっとして、わざわざ壇上でやるんじゃ?
いやあ、ないない。それはない。
だって今日は土曜だし、そんなんおかしいし。
不審な思いのまま、顧問についていく。
あれ?
体育館、電気ついてる?
顧問がゆっくりと扉を開けた。
『おめでとう!』
え?え?えーーーーーーーっ?
体育館の壇上には、部活のみんな、アルジェの女たちが並んでいた。
オリヴィエ。エヴァ。そしてマリー。
しかも頭の上には「オルガのための卒業式」って描かれた
アートっぽいイラスト文字の看板が吊るされている。
ちょっとぉ。
泣かせようとしたってだめだからね。
私、卒業式出ても、絶対泣かない、って決めてたんだから。
わざとらしいくらいの笑顔で、私は壇上に上がる。
看板の下、スポットライトが当たる舞台で、
私は名前を呼ばれ、卒業証書を受け取った。
「おめでとう」
笑顔を絶やさず、拍手をするみんなの元へかけよる。
「みんな、ありがとう!」
え?このあと?
なにかあるの?
やだやだやだ。サプライズはなしよ。
私はみんなに背中を押されて体育館を出る。
一緒に歩いていったのは、学校の前を流れる大八賀川(だいはちががわ)。
え?
大八賀川?
ってことは?
そう。橋を渡って向こう岸へ。
校舎とグラウンドを正面に見ながら、3人の仲間が横断幕を広げる。
『切磋琢磨』という筆文字の上に、
『ファイティン!オルガ!』というイラスト文字。
やるの!?
白線流しを?
グラウンドの前では顧問が笑顔で手を振っている。
ああ、だから、制服で来いって言ったのね。
私は、セーラー服からスカーフをはずし、ねじって1本の線にする。
それをゆっくりと川へ流す。
白線は、雪解け水の混じった川面を静かに流れていった。
しばらく目で追いながら、顔をあげると
アルジェの女たちが拍手をしながら泣いている。
やめてよ。それ、反則よ。
でも、みんなに手を振る笑顔の私も、瞳からは大粒の涙があふれていた。
1か月後、芸術祭に並んだ私の絵画は100号の大作。
新古典主義に倣った画風はなんと優秀賞を獲得した。
テーマは『白線流しと友情』
手前に流れてくる白線と川の流れの躍動感。
遠くから手をふる3人の仲間と顧問。
その間に、スカーフのないセーラー服姿の私。
1人だけの白線流し。
私は一生忘れない。